その身体が壊れたら、取り返しがつかない

 朝陽がカーテンの間から漏れている。まだ地平線から昇ったばかりの太陽の柔らかな暖かさ。部屋がぼんやりと明るく、赤紫色に染まる。


「ん……」


 目を擦り、きょろきょろと見回す。視界がまだおぼろげに霞んでいる。


(あのまま寝ちゃったのか……)


 頭の中もぼんやりとさせたままごそごそしていると、リーフが声を掛ける。


「まだ寝ていていーぞ」


 ベッドの上で寝転んだまま本を読んでいる。


「慣れない旅で疲れているんだろう? まだ時間はある」


 視線だけをプリムに向けて、大して気遣う様子もなく言う。


「ううん……その前に、リーフ君、回復させてあげる」


 ベッドをそっと出て、リーフのベッドに移動する。足元がおぼつかない。かなりもたもたとした足取りでたどり着くと、にっこりとリーフに微笑みかける。


「平気だって。無理するな」


 本を枕の横に置いて上体を起こす。その台詞に対し、プリムは首を横に振る。


「その身体が壊れたら……もう取り返しがつかない」


 自身の小さな手のひらをリーフに向ける。


「あたしは眠れば回復する。でもあなたは違う。――あなたを人形にしないためにも、必要な処置だわ」


 両の目を閉じ、手のひらに精神を集中させる。プリムの両手に暖かな光が集まると、呼応するかのようにリーフの身体から光が生じる。全身に光が宿る。


「生命の元となりし熱き力よ 我が身体を介し 均衡の名において この者を正しき姿に戻したまえ」


 魔導人形を修復するための呪文によりプリムの身体がぼうっと光を放つと、手のひらに収束しリーフに移動する。光に包まれた場所に力が宿り、みるみる傷が癒えていく。


「あっ」


 光が消え、術の効力が切れたところでプリムはかくんと膝をつく。リーフはすぐに手を差し伸べる。


「大丈夫か?」


 プリムは彼の手を取ると苦笑する。


「痛みはひいた? 加減するのに失敗しちゃったよ」


 手を借りて立ち上がると、リーフのベッドに腰を下ろす。


「寝ぼけた頭で術を使うから」


 プリムの頭を優しくなでる。口調も心なしか優しい。


「だが、おかげで完全回復だ」


「良かった」


 ほっとしたように笑むと、すぐに立ち上がる。ふらっとしていてきちんと立っていられない。思わずリーフが彼女を抱えてベッドに運ぶ。


「や、いいよう!」


 手で払うが、リーフは無視する。プリムの頬は真っ赤だ。


「だったら、心配かけるようなことをするな」


 プリムをベッドに寝かせると、毛布を掛けてやる。


「……ごめん」


 上目遣いに毛布をかぶった間から見つめる。


「いいって、わかったなら」


 やれやれといった表情でプリムを見る。彼女は首をゆっくりと振る。


「そうじゃなくて……」


 プリムは完全に毛布に顔を隠す。


「ん?」


「これであたしは……あなたが人形であることを……証明したことになるんだよ……?」


 消え入るような声は涙が混じっている。


「本当に……ごめんね」


 そのまま眠りの中に落ちる。リーフの戸惑うような顔は彼女の目には入らなかった。

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