こんなに温かいのに

 食事を終えて部屋に戻ると、中は薄暗かった。カーテンがひかれていないので、外の通りから漏れている明かりが室内の光源だ。とても静かで、通りを歩く人の声や、下の食堂から響く歓声や食器がぶつかる音が聞こえる。


 プリムは入口にかかっていた角灯を取って中に入る。その火を中にある角灯に移し、入口に戻す。角灯の中で揺らめく炎が室内を明るく浮かび上がらせる。


「寝てるの?」


 ベッドで仰向けのまま目をしっかりと閉じているリーフに近付く。ベッドのそばにある棚に角灯を置くと、リーフの顔を覗き込む。


(そういえば、何も食べていない……?)


 そのとき、ぱちっと目を開ける。驚いたプリムは反射的に後ろに飛び退く。心臓がとてもどきどきしている。まさか目を開けるとは思ってもいなかったため、油断してかなり至近距離にいたのだ。


「惜しいな」


 身軽に上体を起こし、身体の向きを変える。


「口づけでお目覚めって憧れてるんだけど」


 にやっと笑って言う。冗談と本気がちょうど半分といった様子だ。


「勝手に起きたんでしょ!」


 右手で左胸を押さえながら悲鳴に近い声で言う。右手には鼓動が感じられる。まだ落ち着くには時間がかかりそうだ。


「おや? 何かしてくれるつもりだったわけ?」


 意外そうな顔をしてリーフは問う。


「心配してやってるんでしょ! ぜんぜん食事はしないし、水分さえ摂らないし、傷だってそのまま残ってる。――本当は眠っていないでしょ? 昨日からずっと」


 言って、プリムは目を伏せる。寒くもないのに身体が震えた。


「ほう」


 リーフは目を丸くして感嘆の声を上げる。そこまで気付いているとは考えていなかったのだ。自分をきちんと見てくれていることに、リーフは素直に感心した。


「立派な観察眼を持っているな」


 茶化す様子は全くなく、珍しくリーフは褒めた。


「馬鹿にしないでくれる? 新米でも、傀儡師なんだから」


 手が震えている。声も、わずかに震えていた。


「……人形だと、認めたわけだ」


 結論を言わないプリムの代わりにリーフははっきりと告げ、寝台を下りる。


「あたしは認めてなんかいないわ!」


「嘘だ」


 リーフは首を横に大きく振るプリムの正面に立つ。プリムは視線をリーフの顔に合わせる。瞳にはすでに涙がたまっている。決壊するのも時間の問題だ。


「嘘じゃないもん!」


 まっすぐにリーフの目を見つめているが、その視界は歪んでいる。リーフはしっかりと彼女の瞳を見つめる。


「いや、認めている。お前は俺を人形として見ている。認めている自分を否定しているだけだ、お前は」


 努めてやさしい口調で諭すように言う。悲しそうなプリムの頬に触れると、その手を涙が濡らした。


「……この話はやめよう。互いに傷つくだけだ」


 言って自分に引き寄せ、プリムの額に口付けをする。


(こんなに温かいのに……)


 リーフの胸に顔を埋め、涙を流す。次から次に溢れてくる。昨晩もずっと泣いていたというのに、どうしてこんなにも溢れてくるのだろう。


(何が違うっていうの……?)


 プリムはリーフの腕の中でそのまま意識を失った。

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