消された証拠と生まれる疑念
翌朝。太陽が昇り始めた頃には嵐は去っていた。強風で千切れ飛んでいた青々としている葉が灰褐色の石畳に彩を添えている。空は澄んだ青い色をしている。空気も清々しい。昨日の嵐が嘘のようだ。日常がウィルドラドの町に戻ってきていた。
旅支度を整えたプリムは慣れた足取りで
活気の戻った石畳を抜けながら早足で
(あれ……?)
見間違いであると思いたくて、プリムの足は確認を急ぐべく走り出す。一気に駆け上がって到着した丘の上には何もない。いや、正確には変わり果てた姿があった。
「なんてこと……」
炭になって崩れた
(昨日の嵐で火事に? 確かに雷は鳴っていたけど……)
呆然と立ち尽くすプリムの肩にディルは止まる。それをきっかけに、玄関であった場所の炭を拾い上げる。
(火事は間違いなさそうね)
ほかの場所にも目をやるが、燃え残っているものはなさそうだ。プリムは小さいため息をつく。
「みーっ!」
急にディルが飛び立つ。その後ろを視線で追うと、その先にはリーフが立っていた。
「……リーフ君」
リーフも工房の今の姿に驚いた様子で、丘を登りきった場所でこちらを見ていた。
「ひでぇな、こりゃ」
状況を呑み込んだのか、辺りを見回しながらプリムがいる場所に近付く。
「全部燃えてしまったんじゃないかしら」
お手上げのポーズをしてリーフの様子を窺う。リーフの周囲をディルは飛んでいる。
「本も、材料も、か」
炭になった
「苦労して集めたものもたくさん置いていたっていうのに」
靴の底で足元の炭や灰を除ける。下に焦げた地面が見える。それを見ながら悔しそうにリーフは続ける。
「消し炭だね」
形のあった炭があっさりと砕ける。
「ねぇ、リーフ君」
声を掛けると、リーフはプリムに視線を移す。そこにある表情は本当に残念そうなものだった。始めはこの火事がリーフによって引き起こされたものなのではないかと疑っていたプリムであったが、その表情を見て彼ではないと信じることに決める。
「何?」
「この指輪、さっさと外してしまいたいの。昨日のことを思い出す度に癪に障るからね。だから探しに行きましょう。あなたの魂の残りを」
つんとした態度で答える。本当はリーフを人形にしたくないからだが、口が裂けてもそう言いたくはなかった。
その様子を見ながらリーフはくくくっと小さく笑う。
「素直じゃねぇな、お前」
「あたしはとっても素直よ。どこを見てそう言っているのかしら?」
「全部」
言いながらまだ笑っている。プリムはむっとする。
「――とにかく、出発の準備を整えましょう。早いほうが良いでしょ?」
少し偉そうな態度で提案する。リーフの態度は腹立たしいが、ここは決めた以上ぐっと堪えようと彼女は思っていた。
「その格好で旅をするのか?」
「いけない?」
プリムの格好はおよそ旅をしやすいとはいえないものだった。
乾かした外套を羽織り、その下には軽い生地で作られた上下つなぎの衣裳を着ている。透かし編みで作られた
「まるで観光旅行に行くみたいな軽装に見えるんでな」
「普段使い慣れたものを身につけるべきでしょ? 大体、長旅に備えた装備なんて持っていないもの」
「確かにそうだな」
プリムの言い分にリーフは納得する。傀儡師の資格を取ったあとも旅はせず、ずっと屋敷にいたのだ。傀儡師の資格を持つ人間は自分の好きなことを研究するため、もしくは自分の芸を窮めるために旅をする人間が多いが、プリムはそのどちらもせずに屋敷にこもっていた。
(スピリアなら旅慣れているだろうけど、プリムにそれを要求するのもな)
対照的にプリムの姉であるスピリアは研究好きの傀儡師で、面白そうな論文が出たとあればすぐに屋敷を出て行ってしまうなど頻繁に屋敷を留守にしてしまうような人間であった。現在は自分の研究論文をまとめるために屋敷にこもっているはずである。
「んじゃ、俺も支度をしますか、ミストレス」
からかい半分でリーフが言うと、プリムはむっとしてくるりと踵を返す。
「名前で呼んでくれなきゃ口をきかないんだからねっ!」
さっさとリーフの住む家に向かう道を進む。その後ろをやれやれといった様子でリーフはついて行く。そんな二人の横をディルが飛ぶ。
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