あなたを人形にすることなんてできない
「どういう状況なのか、理解できたところで提案がある」
落ち着いた声でリーフが言う。
「何?」
衝撃からは立ち直れないが、その恨みをリーフに向けるでもなく顔を上げる。
「この様子からすれば、俺の魂はこの身体からどこかに出て行っているらしいことが推測される。傀儡師の能力から考えると、残っている魂を集めれば何とかなるんじゃないか?」
不思議そうに首を傾げるプリムにリーフは説明を続ける。
「プリムが俺を操作するために生成した人工精霊によって、俺の身体は満たされた状態にあるのだろう。つまり今の身体には俺自身の魂が抜けている、あるいは減っている状態だと考えるのが自然だ。ならば離れてしまった魂を見つけ、さっきの解除呪文で見つけた魂を定着させることができるはず。全部集めることさえできれば、人間に戻れる可能性があるんじゃないか?」
確信を持ってリーフは説明する。これは仮説だが、やらないよりはやったほうがよいだろうという判断である。人形の研究をも行う人形職人としての素直な探究心でもある。確認すべきことはまだいくらでもあるのだ。
「そんな簡単に言わないでよね! あくまでもそれは仮説なんでしょ! 戻れるかもわからないのに、そんな気休めみたいなこと言わないでよ! それに、こんな状況でどう探せって言うの? この状況で旅をしろって言いたいわけ? 冗談じゃないわ!」
リーフの台詞に逆なでされた感情のままにプリムは言い放つ。
リーフは続ける言葉が浮かばない。プリムの言っていることは正しいとは言い切れないが、あながち否定できることではない。混乱しているプリムを説得できるような、そういう優しい台詞は全く浮かばなかった。
「――ならばお前は何もせずに時が過ぎていくのに任せると言うんだな」
冷たく突き放すような声でリーフは続ける。
「ち、違うよ……」
「違わねーだろ。お前はここで、誰かが助けてくれるのを待つと言っているんだ」
「!」
プリムは下唇を噛んでリーフをにらみつける。その表情は彼の台詞を肯定していた。
「そうだな。こんな状況だし、スピリアに任せるのが一番良いのかも知れねーな」
挑発するかのような台詞にプリムは青ざめる。
「お姉ちゃんには頼らない! こんな……こんなことを知られるわけにはいかないもの」
リーフが出したプリムの姉の名。それがプリムをさらに動揺させた。
(お姉ちゃんに知られるわけにはいかない。この状況を知られたら軽蔑される……)
優秀な姉のことだ、ひょっとしたらたちどころに解決してくれるかもしれない。しかしそのことによって姉の期待を裏切ることになるかもしれない。プリムはぐっと手を握り締めて気持ちを抑えた。
(それに頼ったら、もう……)
傀儡師の資格を取ったときに誓ったのだ。もう姉には頼らないと。自分のことぐらい一人でするのだと。どんなに周りからおちこぼれだと言われようとも、傀儡師として独り立ちすると決めたばかりだった。
「――プリム、冷静に考えろよ」
黙ってうつむくプリムの頭をリーフはそっとなでる。水が滴るほどまで濡れた髪が指にまとわりついた。
「可能性があるなら賭けてみるべきだ。それにこのまま
考えられる可能性を静かに語る。
プリムはその仮説を冷静に受け取る。なんだかんだと言ってもリーフの実力や頭の良さを認めているのだ。
「正論ね。今のあたしに否定できる要素はないわ。まだ興奮状態でよくわからないけれど、魔力を奪われている感覚はある」
床に描かれた陣を見て、プリムは苦笑する。
(急激な変化がないのはこの魔法陣の効果かしら……?)
「なら、魂集めをしてくれるのか?」
リーフの瞳に希望の光がともる。
「その前に、あたしの質問に答えて」
強い意志の感じられる瞳でプリムはリーフを見つめる。
「答えられることなら」
真面目な様子でリーフは返事をする。
「魂がばらばらになるなんて、普通の実験をやっていたわけじゃないことは明白。あなた、ここで何をしていたの?」
ごまかしがないか、射るような目でリーフの様子を窺う。
「悪い、それは覚えていないんだ。疑うならこの状況を利用して探ってくれても構わない。ただ、ひょっとしたら魂を集める過程で思い出せるんじゃないかと考えているんだが」
プリムは疑っているが、リーフが嘘をついているようには全く感じられない。人形としてしまった今、確かにリーフが言うような感覚を共有する方法で探ることは可能かもしれない。だとしても、リーフを人形だと割り切って探るなどプリムはしたくなかった。彼女は諦めて次の質問に移る。
「じゃあもう一つ。砕け散ったほかの魂を見つけるのは大変だわ。どこにあるのかもわからないのよ? 何か当てはあるの?」
「当てというより、これもまた仮説で悪いんだが」
プリムはじっと耳を傾ける。今は彼の言うことを聞くしかない。自分では判断できないのだ。たとえリーフを信用できなくても、冷静な思考ができない現状では彼の発言が重要になってくる。
「どこかにとは言ったが、何の縁のないところに魂が行くとは正直思えない。そう考えると俺が生み出した魔導人形に魂が付着することは大いにあり得るんじゃないかな」
「ちょっと待って。あなたさらりと言ってのけたけど、自分がどれだけの人形を作ってきたのかわかっているの? 資格を取ってから三年は経つでしょ? 中堅どころの職人じゃない」
作ってきた魔導人形の中から魂が付着しているだろうものを探し当てる作業は途方もない。またそのすべてに魂が付着している可能性だってあるだろう。それらを見つけるのはどう考えても困難だ。とてもではないが当てがあると言う状態ともいえまい。
「そこも心配ない」
プリムの不安をよそに、リーフはきっぱりと言い切る。
「どういうこと?」
「お前、どうやってこの場所にたどり着いたんだ?」
「それは逃げ出したディルを追って……って、まさか」
はっとして、プリムは空中をパタパタと飛び回っているディルに視線を移す。
「やっぱりな。でないとお前がこんな日にここに来るわけがない」
「じゃあ……」
「これもま、仮定なんだけどな。ディルは俺の魂の在り処がわかるんじゃないかなと。そうであれば、ディルを使って探してみるのがいいだろう」
ディルはリーフがプリムのために作った魔導人形だ。そのディルがリーフの魂の在り処を感知できても変ではないとプリムは思う。しかし一度にいろいろなことを言われても処理しきれないで戸惑うばかりだ。
「そう簡単に言われても……」
プリムが困惑しているのに気付いたリーフは彼女を優しく抱き寄せる。
「無理しなくて良い、ミストレス。俺はお前に従うよ」
不安な気持ちでいっぱいになり、責任と重圧に負けそうになっていると判断したリーフは、できるだけ優しい声で語りかける。
ここにいるプリムは小さな頃からよく知っている弱虫で臆病な少女だ。いつでも姉のスピリアの背後にいて、自分から何かをしようとはしなかった幼い少女。傀儡師の資格を取ると宣言したことには驚いたし、学園始まって以来の劣等生と周囲から言われようともめげずに卒業して資格を取得したのには感動さえ覚えたものだが、それでも中身が変わったわけではないだろう。自分のことで頭がいっぱいで仮定ばかり並べて話を進めてしまったことをリーフは改めて反省した。
「――ミストレスだなんて呼ばないでよ」
涙声でプリムは呟く。様々な感情が入り乱れて、泣くことぐらいしかできなかった。
「今までどおりに、プリムって呼んでよ」
「主人なんだから、ミストレスだろう?」
さも当然のように言う。それに対し顔をリーフの胸に埋めたままプリムは首を横に振る。
「あたしは、あなたを、人形にすることなんてできない。リーフ君はリーフ君なんだから」
プリムが顔を上げてリーフの顔を見ると、彼は優しげに微笑んでいた。そんなことを口にするプリムが、実に彼女らしくて安心したのだ。
「了解、プリム」
プリムの前髪をそっと上げて額に口付けをする。プリムは真っ赤になる。どうして彼がそんな行動に出たのか全く理解できないできょとんとしたまま見上げていると、プリムの視界にディルの姿が入った。ディルはリーフの背後から自分に向かって来ているように彼女の目に映った。もちろんリーフからは見えない。
「!」
リーフは悲鳴にも似た小さな声を上げる。ディルの体当たりが彼の後頭部に決まったのだ。
「みぃっみぃっ!」
ぱたぱたとプリムの頭上を羽ばたく。その様子に彼女はくすっと笑う。
「主人に対する防衛反応ですって」
まだくすくすと笑い続ける。ようやっといつもの調子が戻ってきたのだ。
「こんの似非コウモリが!」
打った場所をなでながらディルを恨めしそうににらむ。
「そろそろ帰りましょうか。これ以上嵐がひどくなったら帰れなくなるわ」
プリムは立ち上がり、外の様子を窺う。嵐は来たときよりもその勢力を増しているように感じられる。時折落ちる雷も多くなったようだ。
「そうだな。早く帰ったほうが良い。そんなに濡れていては風邪をひくだろう? 俺は平気だろうが……」
最後の一言は呟き。仮説が正しければ、という気持ちが思わず出てしまったのだ。
「そうね。すっかり身体も冷えちゃったし。あなたはどうするの?」
そんなリーフの心の機微に気付かず、彼を見上げて問う。プリムの身長は女性としては平均よりもやや低いくらいの背丈だが、リーフは男性の平均よりもずっと高いのだ。
「屋敷まで送っていくよ。あんまり気が乗らないけど」
そして二人は嵐の中外に出ていった。
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