第55話 大団円

 大騒動の夜会から数日後。日当たりの良い庭園の片隅で、石造りの細長いベンチで丸まってまどろんでいたシェリルは、頭上から降ってきた戸惑いを含んだ声に、思わず頭を上げた。


「姫、お邪魔して宜しいですか?」

「ジェリドさん? はい、どうぞ」

 視線の先にジェリドを認めたシェリルが、前脚でトントンとベンチを叩いて促すと、彼は静かに近衛騎士の制服姿で腰を下ろした。


「私がここにいるって、誰かから聞きましたか?」

「エリーシア殿に、今回一働きした私に然るべき配慮を頂きたいと、控え目にお願いしました。多少嫌な顔をされましたが」

「エリーとジェリドさんって、仲が良いのか悪いのか良く分かりません。それにジェリドさんは相変わらず、言葉遣いが丁寧ですね」

 シェリルにしみじみとそんな事を言われたジェリドは、ちょっと苦笑いしてから、あっさり呼称と口調を変えた。


「言われてみれば、もう正式な婚約者同士だしな。それじゃあ今後は君の事はシェリルと呼ぶから、君も私をジェリドさんでは無くジェリドと呼んでくれるかな?」

「ええ、分かったわ。ジェリド」

(正直に言えば、年上の人を呼び捨てにするのは抵抗があるけど)

 そう思ったシェリルだったが、自分自身を納得させた。そしてある事を思い出して尋ねてみる。


「ジェリド。あの騒動の後、ラミレス公爵とライトナー公爵は、罪状が明らかになって領地が半減された上、今後十年間の王都立ち入り禁止で、ハリード男爵の領地はそのままだけど、五年間は王都立ち入り禁止になったのよね?」

 人づてに聞いた内容を口にすると、ジェリドが重々しく頷く。

「ああ。勿論家督を譲って、社交界から締め出される事での有形無形の損害は他にもあるが、ハリード男爵は息子を人質に取られていた事もあって、情状酌量を認められたからな」

「その口添えを、ジェリドがしてくれたってレオンから聞いたの。どうもありがとう」

 そう言ってぺこりと頭を下げた彼女を見て、ジェリドは破顔一笑した。


「本物のディオンは明らかに被害者だし、シェリルをきちんと王宮まで連れて来てくれたから、口添え位何て事は無い。ところでシェリルは、今彼がどうしているか知っているかな?」

「え? そう言えば、どうしているのかしら?」

「彼は正式に王宮に文官として採用されて、父の下で早速こき使われているよ。それで父が『暫く実務を叩き込むから、来年か再来年にはシェリル殿下の領地の総管理官として、赴任させる』と言っている」

 それを聞いたシェリルは、本気で驚いた。


「宰相様の部下? それに私の領地の管理官!?」

「説明がされていないのかな? 例の王家に返還された元ラミレス公爵領が、今回の活躍と君をこれまで保護養育していた事への褒美として、伯爵位と共にエリーシ殿に下賜され、元ライトナー伯爵領が君の領地になっている。それで君達に代わって、そこの管理する人間を派遣するが、そのシェリルの領地がハリード男爵領と接している」

 その内容を一生懸命頭の中で考えたシェリルは、漸く事の次第が飲み込めた。


「そうか! ディオンがそこに管理官として赴任すれば、王都に居るより楽に謹慎中のハリード男爵夫妻に会いに行けるのね!?」

 そう確認を入れたシェリルに、ジェリドが笑顔で頷いた。


「ああ。ハリード男爵夫妻は王都に五年間立入禁止を言い渡されたが、彼にはその罪状は及んでいない。彼が王宮内に文官として在籍して王都の屋敷も管理すれば、最低限貴族内での対面は保てるし必要な交流もできる。そして君の領地に派遣時には、仕事のついでに容易に親の顔を見に行く事もできるというわけだ」

「陛下や宰相様が、ハリード男爵家にも適正な処分をしつつ、なるべく影響が少ない様に配慮してくれたのね?」

「官吏としての仕事もそうだが、ミレーヌ様が腕の良い医師と魔術師を手配して、彼を診て貰ったそうだ。その治療が奏功して、半年から一年治療を続ければ、長く走れる事もできそうだと聞いた。本人とちょっとだけ顔を合わせたけど、君によろしくと言っていたよ。さすがに身分的に、すぐに面会許可が下りそうにないからね」

「あ、それを伝える為にわざわざ来てくれたの? ありがとう!」

「君の顔を見に来たついでだが」

 そう言って苦笑したジェリドの顔をしげしげと眺めたシェリルは、これまでに感じていた疑問を口にしてみた。

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