第39話 お茶会への乱入
その日は珍しく来客が少なく、午後に纏まった時間が空いていた。しかし昼食時にソフィアが「庭園の南側に植えられているクレムリアの花が満開ですので、そこに席を設けてジェリド様とお茶会をする事になりました」と報告したことで、シェリルのささやかな自由時間はあっさりと潰えたのだった。
そしてお茶会の時刻になり、項垂れながらシェリルがソフィアを引き連れてそこに出向くと、ジェリドが嬉しそうに彼女を出迎えた。
「数日ぶりですね、シェリル姫。なにやらお疲れのご様子ですが」
「いえ、大した事はありませんから」
しかし内心の不満をジェリドに向ける事はできず、シェリルは曖昧に笑って誤魔化した。するとジェリドは意味ありげに笑い、ソフィアにお茶を淹れて貰ってから、さり気なく問いかけてくる。
「姫。急遽この場に来ていただいた理由はお分かりですか?」
「あの花を見に来たのですよね?」
周囲に咲いている橙色の花を指さしながらシェリルが当惑すると、ジェリドが苦笑いした。
「実は今の時間帯、レイナ様の所に取り巻き連中を引き連れて、ラミレル公爵と自称ラウール殿下が出向いています。表敬訪問として」
「そうなると、レオンも同席しているのよね?」
そう確認を入れると、彼は小さく肩を竦めた。
「ええ。不愉快な事は一度に済ませるに限るとばかり、ミリア様とカイル様もご一緒です。それで『せっかく兄弟が勢ぞろいしているのに、シェリルだけ除け者にしているのは申し訳ない』とか言い出して、奴があなたを呼びつけないように、少しだけ外に出ている事にしました」
「そうでしたか。ところでジェリドさんは、あの人に会った事があるんですか?」
「今、私の指揮する第四軍の一部が、ファルス公爵の護衛の任に付いています。それでファルス公爵がラミレス公爵と顔を合わせた時に、彼が同席していました」
「そうですか。それなら彼をどう思いましたか?」
「うさん臭くて、気に入らない奴ですね」
言下に切り捨て、そ知らぬ顔でお茶を飲んだジェリドを見て、シェリルは溜め息を吐いた。すると今度はジェリドが尋ねてくる。
「姫も王妃様と一緒に、既に一度顔を合わせていますが、どういった印象をお持ちですか?」
「悪い人ではないようですが、何か魔術をかけられそうになった可能性があります。王妃様も私も、魔術無効化の術式を封じ込んだ指輪と首輪を持っていたので、何事もなかったですけど」
それを聞いたジェリドは、瞬時に顔つきを険しくした。
「姫……、術をかけられそうになった段階で、十分悪人だと認識していただきたいですね」
「すみません……」
尤もな言い分に、シェリルは小さくなった。しかしジェリドもその場を気まずくしたいわけではなく、すぐに話題を変えて和やかに話し出す。知己に富んだジェリドの話は面白く、すぐにシェリルが気を取り直して笑顔で話し込んでいると、急に傍らにいたソフィアが警戒の声を発した。
「シェリル様、ジェリド様、ご注意ください。来ます」
「ソフィア? 怖い顔をしてどうしたの?」
「なるほど……。確かに来たな」
不思議そうにソフィアの視線の先を目で追ったシェリルとジェリドは、庭園を半ば囲むように造られている回廊から、護衛と思われる騎士を二人引き連れて、こちらに向かって歩いて来る青年を認めた。シェリルが微妙に顔を引き攣らせ、ジェリドが無表情になる中、彼が騎士に目配せをして少し離れた所で待機させてから、シェリル達が居るテーブルに歩み寄ってにこやかに二人に声をかけてくる。
「こんな所で奇遇だね、シェリル。見事な花を観賞しながらのお茶会なのかな?」
「ええ……、こんにちは、ディオン。今日は良いお天気ね」
「せっかくだから、ここでお茶を一杯貰っても良いかな? 高貴な方と顔を合わせてきて、緊張して喉が渇いてしまってね。そちらはモンテラード公爵家のジェリド殿だったね。同席しても構わないだろうか?」
「どうぞ、お構いなく。ソフィア、椅子を準備してくれ」
「畏まりました」
そして如何にもできる侍女らしく、予め準備してあったらしい椅子をソフィアがどこからともなく準備し、ラウールの分もお茶を用意して何事もなかったかのようにお茶会は続行された。
「うん、やはり王宮で使われている最高級の茶葉だ。美味しいね。それにクレムリアの花が見事だ。こまめに手をかけないとここまでの大木にならない筈だから、さすがは王宮の庭園だと思わされるよ」
「そうね」
(どういう話をして、どういう感じで切り上げれば良いのか、全然見当が付かない。どうしよう……)
余裕綽々でお茶を味わっているラウールとは裏腹に、シェリルは内心で途方に暮れた。そんな心の内を読んだように、彼がカップ片手に笑いを堪えるような表情で言い出す。
「シェリル……、そんなに困らなくても。まるで俺が苛めているみたいだ。でもそういう反応の方が、まだマシかな? 同じ兄弟でも俺はシェリルと違って、相当胡散臭いと思われているらしい。さっきの二人も、顔を合わせるのも嫌だったみたいだし」
そんな事を自嘲気味に言われて、シェリルは思わず口を挟んだ。
「それって、ミリアとカイルの事? でも実際に色々話してみたらすぐ打ち解けたし、二人とも本当に普段は礼儀正しい良い子だから」
「羨ましいな。シェリルも最近こちらに来たばかりなのに、王宮に随分馴染んでいるみたいだ」
「馴染んでいるというか……、私が庶民育ちで物知らずだから、周りの皆さんが気を遣ってくれているだけよ。ディオンの場合はちゃんと貴族として育っているから、皆の見る目が厳しいだけじゃないかしら?」
「確かに、それも一理あるかもしれないけどね」
考え込むようにして言ってみると、ラウールは取り敢えず納得したらしかった。そして再びカップを持ち上げてお茶を口にする彼を眺めながら、シェリルは密かに胸を撫で下ろす。
(本当は、ディオンが偽者なのは明白だから、王宮の中枢の方達からの当たりが余計にきつくなっているのよね。でもそれは、取り敢えず秘密にしなくちゃいけないし。なんとか誤魔化せたかしら?)
そこでここまで無言で二人の会話に耳を傾けていたジェリドが、さり気なく会話に割り込んだ。
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