第10話 王宮への誘い 

 翌朝、クラウスから再度連絡があり、二人は差し向けられた馬車に乗り込んで王宮に向かった。動き出した馬車の窓から景色を眺めながら言葉少なに話しているうちに、外の様子が様変わりしていくのを認めたエリーシアは、馬車が静かに停止したことで目的地に到着したのを悟った。


「到着したようね」

「エリー?」

「大丈夫よ。何があっても、シェリルの事は守ってあげる。でも一応、護衛の騎士の人達まで今回の話を知っているかどうか確認するのを忘れたから、念の為に言葉は話せない状態にしておいて」

「そうね、うっかり悲鳴とか出てしまったら拙いわね」

 腕の中で不安そうに見上げてくるシェリルに、エリーシアはすこぶる冷静に指示を出した。それを受けて、シェリルは自身の首輪に半ば埋め込まれている五つのガラス玉のうち、中央の緑色の物に前足で触れる。そして見た目が全く変わらないシェリルを抱えたエリーシアは、御者に扉を開けて貰って地面に降り立った。すると馬車の停車位置で待ち構えていたらしい集団の中から、見覚えのある人物が歩み寄って来る。


「やあ、待っていたよ、シェリル」

「ご苦労様、エリー、こっちだ」

「はい」

 豪奢な衣装のレオンに続き、王宮専属魔術師の制服である裾の長い紫色のローブを身に纏ったクラウスが現れ、エリーシアを先導して目の前の建物の中に入った。そこは王宮専属魔術師の執務棟であり、開放されていたドアから奥へと進む。そこで先程自分達の前に現れた集団がそのまま同行しているのに気がついたエリーシアは、無意識に眉根を寄せた。


「まるで見世物ですね」

「すまない。だが極めて稀な術式だし、魔術師としてはそれが展開される機会を見逃せないから」

「そう言われても」

「みゃ~う?」

 憮然として呟いたエリーシアだったが、腕の中からシェリルが呼び掛けてきた事で、すぐに気持ちを切り替えた。


「それなら、すぐ取り掛かれますね?」

「ああ、準備万端だ。しかし彼女は今、人の言葉が話せないのか?」

 先程シェリルが鳴いた事に関してクラウスが尋ねると、エリーシアが苦笑いで囁く。


「周りの人間が、どこまで事情を知っているかが分からなかったものですから、一応念の為に、人語を話せる術式を解除しておきました」

「なるほど。相変わらず用心深いな、エリー」

 そこで彼と共に苦笑したエリーシアは、すっかり緊張が解れた。

 少ししてクラウスが足を止め、とある重厚な扉をゆっくりと押し開けると、その向こうには吹き抜けの広い空間が広がっていた。その室内に入りながら彼が口の中で小さく呪文を唱えると、何も無かった床面から細い光が何本も滲み出る。それは凄い勢いで床面を走り、瞬く間に何重にもなった円形とその隙間を埋めるように幾何学模様と古代文字がびっしりと描かれた複雑な術式が浮かび上がった。

 それを目にしたエリーシアは、殆ど同一の物をこれまで何度も目にしていたことで、その完成度に思わず目を見張る。


「これは……」

「エリー。君の目から見て、これはどうだろうか?」

 その問いかけにエリーシアは直接答えず、右手を中空に伸ばしながら簡潔に呪文を唱え始める。


「リーディ・ラン・ジス・レクト・ユルツ」

 すると彼女の指先から、先程の床から放出された光と同様の物が何本も噴き出し、それが床の上で完成している術式に上書きするように軌跡を描いた。しかし魔術に長けた者が良く見ると、上書きされた方は所々欠損している場所が有り、それを確認したエリーシアがいかにも悔しそうに小さく歯軋りする。


「ここまでは作っていました。本当に、あともう一歩だったわ」

 そう呟いたエリーシアが指を鳴らして上の術式を消し去ると、クラウスが心底感心した声をかけた。


「凄いな。かけた術者や構築形式が判明しているならともかく、こんな複雑極まりない代物を、全く白紙の状態からあそこまで構築できるとは」

「半分以上は、父さんが構築した物です」

「土台がそれにしてもアーデンは五年も前に亡くなっているし、精密に上書きしていったのは君だろう? 前々から思っていたが王妃様が提案された通り、是非この機会に君を王宮専属魔術師として招聘したい」

「正直、堅苦しいのは御免ですが」

「細かい話は後だ、エリー。早速この術式を、この子で試してみよう」

「はい」

 魔術師として、目の前の高難度の術式を見て興奮する気持ちをなんとか抑えながらエリーシアは屈み込み、腕に抱えていたシェリルを床に下ろした。

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