第9話 提案と妥協

(まだ少し怖いけど、気遣ってくれているのは分かるし、この前の話だと私が行方不明になった事で、お母さんや周りの人が疑われたのよね?)

 そこまで考えて、シェリルは自分には責任は無いとは分かっていながらも、少々申し訳ない気持ちになった。


(あの《黒猫保護令》が出た時もこの人はまだ子供で、何の責任もないし。闇雲に怖がったり嫌ったりしたら気の毒だわ)

 そうは思ったものの、基本的に人付き合いの経験がほぼゼロに等しいシェリルには、どうすれば良いのか皆目見当が付かなかった。しかし会話が途切れた時に、思い切って声をかけてみる。


「あのレオン殿下、こんな猫相手に大真面目に『姉上』呼びとか敬語を使うとか、どうかと思います。傍から見たら、頭がおかしいと思われそうですし」

 シェリルが大真面目にそう指摘した途端、他の二人は黙って傍観者を決め込んだ。


(確かに、事情を知らない者の目には、相当変に映って見えるだろうな)

(第三者から見たら滑稽極まりない事を、これまでスルーしていたのに)

 しかしシェリルの疑問に、レオンは大真面目に答えた。


「何故ですか? 数日とはいえ姉上は俺より早く生まれていますので、姉上と呼んで敬意を示すのは当然です」

(殿下、融通利かないですね)

(やっぱり残念王子)

 かなり遠慮のない感想を頭の中で思い描いている二人をよそに、互いに真剣な当事者二人のやり取りが続行された。


「でも、生まれてずっと王宮を出ていてまともな教育を受けていない、しかも猫に過ぎない者に、一国の王太子殿下がへりくだるのは拙いと思います」

「姉上の謙虚なお考えは良く分かりました。ですが教育云々などはこれから幾らでも身に付けられます。それに王太子であるからこそ、周囲に対して規範となる行動をする必要がある筈。故に、姉上を姉上とお呼びするのは当然です」

「だからそんな風に『姉上』と連呼するのは、止めて欲しい……」

(どちらの話にも、一理あるな)

(どこまでも平行線ね)

 堂々巡りになってきた議論に、ジェリド達は本気で頭を抱えた。しかし一歩も引かない気迫でシェリルと対峙していたレオンが、何故か急に表情を緩めて話し出す。


「確かに、誕生月も同じで大して長幼の差はないから、今後、俺は君の事を『姉上』ではなく『シェリル』と呼ぶよ。その代わり君も俺の事を『王太子殿下』とか『レオン殿下』とか呼ばないで、単に『レオン』と呼ぶように。分かった?」

 急に砕けた口調でそんな事を言われたシェリルは、どぎまぎしながら応じた。


「え、ええと、あの……、承知しました、レオン殿下」

「『分かったわ、レオン』だな。さあ、言ってみて」

「う……、わ、分かったわ、レオン」

 それを聞いたレオンが嬉しそうに頷き、シェリルに向かって右手を伸ばす。


「じゃあ改めて、これから宜しく、シェリル。分からない事とか不安な事とかあったら、なんでも言ってくれ。できるだけ力になるから」

「ありがとう、レオン」

 シェリルも素直に前足を伸ばすと、レオンはそれを握手するように軽く握り、二人で笑顔を交わした。そんな予想外の展開に、年長者二人は苦笑いを零す。


(殿下、些か力業っぽかったですね……)

(何だか一気に和んだわね。意外)

 そんな風に急転直下で姉弟として打ち解けた二人を、ジェリドとエリーシアは微笑ましく見守った。結果として美味しい物を食べて親交も深まり、エリーシアとシェリルは笑顔でレオン達に別れの挨拶をした。


「それでは明日改めて、こちらにお迎えに参ります」

「う……、はい」

「魔術師棟での準備はクラウス殿が抜かりなく進めておきますので、是非エリーシア殿も同席を」

「分かりました」

 レオン達を見送ってから、エリーシアは腕の中のシェリルに尋ねる。


「シェリル、本当に良いの?」

「正直に言うとやっぱり少し怖いけど、本当に私が、あの人と姉弟かどうか知りたいの。他の家族もいたら会ってみたいし」

「そうね。成功すれば、シェリルはずっと人の姿でいられるしね。成功しなくても、これまで通り一緒に暮らすからね」

「うん。ありがとう、エリー」

 既に昨日のうちにミレーヌからの申し出を聞かされていたシェリルは、(王宮か。どんな所かな?)と多少の不安を抱えながらも、自分の運命をちゃんと向き合う覚悟を決めていた。

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