第6話 王妃直々のスカウト

 昼前の腹立たしい一幕の後、エリーシアは憤然としながら過ごしていたが、夕刻になって外部からの魔力を感知した魔導鏡が縁を点滅させているのに気付き、盛大に顔を顰めた。極力人付き合いをしていなかった彼女にとって、連絡を取って来る人物は片手で数えられる人数であり、更に現状を考えると、今最も顔を合わせたくない人物からの連絡である可能性が大だったからである。


「クラウスおじさん。何時間ぶりですね。お元気でしたか?」

「ああ、エリーシア、なんとか」

「それは何よりです。王宮勤めは何かと気苦労が多いかと思いますが、どうか末永くご壮健で。それでは失礼します」

「ちょっと待ったぁぁ――っ!! 切るな、頼むからこのまま切らないでくれ!!」

 予想通りの不愉快な顔を見て、エリーシアが仏頂面で通話を終わらせようとした。しかしクラウスが血相を変えて鏡に掴みかかって絶叫したことで、盛大に顔を顰める。


「はっきり言わせて貰いますが、人でなし野郎の巣窟の飼い犬のおじさんに、用はありません」

「だから、もう少し冷静に話を」

「まあ……、王宮専属魔術師長も、彼女にかかると形無しなのね」

 突然クラウスの背後から女性の笑い声が聞こえ、エリーシアは無意識に眉根を寄せた。


「傍に誰かいますか?」

「ああ、王妃様から是非君と直に話がしたいと言われて、魔導鏡の回線を繋いだから。王妃様、こちらにどうぞ」

「ありがとう」

「あ、おじさん!!」 

 いきなり予想していなかった人物の事を口にされ、流石にエリーシアは狼狽した。しかし鏡の向こうで、あっさりと相手が入れ替わる。


「あなたがエリーシア・グラード殿ですか? 私はミレーヌ・ジェラルディス・エルマインです」

「初めてお目にかかります。エリーシア・グラードです。王妃様にはご機嫌麗しく」

 穏やかに微笑まれて挨拶をされた以上、仏頂面を見せるわけにもいかず、エリーシアは礼儀正しく頭を下げた。しかしそんな彼女に、予想外の冷静な声が返ってくる。


「本日あなたと同居している猫が、長年行方知れずの我が国の第一王女である可能性が出てきましたが、その彼女の教育はどうされていたのですか? レオン殿とジェリド殿の報告では、猫のままでも普通に会話はできているそうですが」

 その率直な問いかけに、エリーシアは瞬時に真顔になった。


「シェリルが満月の光をその身に浴びた時に限って、術式に何か影響が生じるのか人の姿に戻ると判明してからは、父と私でその間に読み書きを教えていました。その後何年かして、父が猫の姿の時も人の言葉が喋れる術式を組み込んだ首輪を作ってからは猫の姿でも会話や音読は可能になりましたので、できる限りの一般常識や歴史等を文書や口頭で教えていました」

 それを聞いたミレーヌが、小さく息を吐き出す。


「エリー殿や亡きアーデン殿には、本当にご苦労をおかけました。ですがやはりその猫は、例え王女ではなくとも我が国の民の一人として、王家が責任を持ってきちんとした教育を受ける機会を与えるべきだと思うのです」

「ありがとうございます。それは私も同感です。シェリルはれっきとした人間ですから」

 さっき来た男達よりはよほど話が分かる方らしいと安堵しながら、エリーシアは素直に頷いた。するとミレーヌが、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「意見が合って嬉しいわ。それでこれまでの対応に色々思う所があるかとは思いますが、まず一度王宮に出向いて、ここの魔術師棟に保管してある解除術式を彼女に試して貰いたいのです。それで、もしその猫が王女でなかったと判明しても、王家でしっかり保護すると約束します。王妃としての私の保証では不足でしょうか?」

「滅相もありません!!」

「それであなたは、王宮専属魔術師として働く気はありませんか?」

「……はい?」

 いきなり話題を変えられたエリーシアは、驚愕のあまり絶句した。そんな彼女を見たミレーヌが、おかしそうに笑う。


「王妃自ら魔術師の勧誘をするのが、そんなに意外ですか?」

「おかしいとか以前に、その理由をご説明願います」

「そうですね。少し簡潔過ぎました。先程も言ったように、王女でもそうでなくても彼女を王宮で引き取りたいのですが、一人で来ていただくのはどう考えても無理だと思うのです。それであなたを王宮お抱えの専属魔術師にして、彼女と一緒に王宮内に住居を手配しようと考えています。そのための立派な、大義名分と前例もありますから」

「どんな大義名分があるのですか?」

(私のような庶民を侍女としてならともかく、王宮専属魔術師? まあ、シェリルの面倒を見られるなら、別に仕事とか肩書とかはなんでも良いけど)

 流石に当惑したエリーシアに対し、ミレーヌは落ち着き払って話を進めた。

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