第53話「南北海戦Ⅱ」


「イメリ。此処にいたのか」


「………」


 南部皇国の穏健派にあれやこれやと学ばせ始めて1日後。


 色々とやらねばならない雑務を片付けていたら、飛行船の中からイメリが消えたと言うので探していたら、バーツ移民街の方への足跡が見えたのでフォーエを連れてゼンドに跨り、近場で降ろして貰って現地に徒歩で向かったウィシャスと合流しつつ、捜索する事になっていた。


 と言ってもすぐに見つかったのだが。


 ユラウシャから移民街を見下ろす道の途中。


 僅かながらも傾斜のある平原からは街がそれなりに広く清潔なのが解るだろう。


 この数か月で軍と大工を動員して建てられた居留地はしっかりとした防寒対策が為されたそれなりでまぁまぁな出来だ。


「………」


 そのすぐ傍から広く平原を占めるようになった畑では大量の芋が収穫され、次々に馬車で複数の倉庫へと乾燥させる為に運ばれていく。


 男達の大半は辟易した様子で仕事をしているが、自然と彼らが不満そうにしているところは見ない。


 というのも生活の半分以上はユラウシャの物流に頼っており、それなりに良い食事や娯楽が提供されているからだ。


 ついでに労働も過剰労働ではない。


 昼休みや小休憩付きで一日八時間である。


 博打は厳禁だが、遊びの類はボードを使ったチェスっぽいのやらカードを使ったトランプっぽいのやら、スゴロクやら大量に流し込んだ。


「………楽しそう、ですね」


 更に殆ど資金も無く始められるTRPG……テーブルトークロールプレイングゲーム、卓上の会話で成立させるゲームをこの時代に合わせて娯楽として流行らせてみようとアテオラの実家に印刷させた初版のシステム、ルールや設定も使われている。


 中身は現実でヒキコモリな幼馴染と2人で遊んでいた時によく使っていた代物。


 恐怖と化け物がテーマの代物を真似てファンタジー風味に仕上げた。


 GM、ゲームマスターが出来る進行役は殆どが文字の読める士官に頼んでいる。


 人間というのはどんな仮想の世界でも満足感や達成感を得られるものだ。


 元々は精神治療の一貫であった遊びが兵隊となった男達の心のケアも果たすわけであり、かなり好評なようで多くの居留者達の問題行動が治まって来たとの事。


「………本当に」


 酒、女、博打。


 この三種の神器の一つを禁止して、酒と女は割高。


 ただし、食料は軍では望むべくもない真っ当なものが食べられ、種類も豊富だし、熱中出来る娯楽も転がっている。


 軍隊としての訓練を何一つしなくて良くなった半面。


 識字率アップの為の国語学習と娯楽がセットで洪水のように押し寄せてくれば、大量の作物の世話くらいは人数も相まって左程の事でもないのである。


 大工や職人が何人も常駐している為、造りたいものは自分達で造れとの合言葉でワークショップ染みて兵隊達の多くが自分のやりたい事をやり、軍隊経験を生かした連携で多くの人間が自分に合った仕事で成果物を得ている。


 居留地というよりも街と称されるのも解る。


「こんな街をあの地獄から来た傭兵や正規兵が創ったなんて……」


 ベンチが街のあちこちに置かれていたり、焚火を囲む場所があったり、靴や服の加工を請け負う男達が店染みた事をしていたり、愉しくやっている。


 というのはそういう外からの補助を受けながらも皆でキャンプしているような空気が醸し出されているからだろう。


 夜の明かりが貴重品にも関わらず。


 彼らが夜に憂さ晴らしで騒いでいられるのは帝国製のランタンと油のおかげだったりもするのだ。


 やがてはソレが電球になる日も遠い日の事ではない。


 全体的には大量の支援があるとはいえ、それでも通常の居留地のような過酷さも左程感じずに制御範囲下で大人しくしている。


 それは掛けた資金以上の事であり、ペイされたものは必ずしも資金ではなく。


 人の心を動かすという事実に他ならない。


「フィティシラ・アルローゼン」


 ようやく振り向いた少女は拳を握り、涙を堪えているようだった。


「貴女は本当に……人間ではないのかもしれません」


「酷い言われようだ」


 少女の顔は複雑ながらも敵意や怒りがあるわけではない。


 どちらかと言えば、失意というのが正しいだろうか。


 それは軍人や傭兵達の笑顔や笑い声の後に残る残酷な真実への苦しみだ。


「どうか……祖国を、お願い致します……」


 それは本当に初めてイメリが示す弱みであり、苦悩だった。


 自分達の力では決して手に入れられなかった時間。


 それを実現したのが軍でもなく。


 敵だった女であるという事実。


 あの地図で見た時以上の現実に襲われて、弱気になったのも無理はない。


 隣の芝生はよく見れば、青く見えるし、よくよく見れば、青いどころか。


 自分達の芝生がみすぼらしく見える黄金郷。


 とは言えずとも理想郷染みて何だか楽しそうに思えるわけだ。


「バカだな」


「え?」


「こんなのはまやかしだ。連中が軍人なのは何も変わってない。武器こそ取り上げてるが、連中の腕は鈍ってるだけで中身がちょっと柔らかくなっただけだ」


「……どういう?」


「そう簡単に人間は変われないし、変わらない。だから、あいつらがどうなるにしても、この街はこの形のままで未来に残る事も無い」


「つまり、無くなると?」


「諸行無常。盛者必衰。軍人ならば、死は常に傍らへある。だが、それは一般人も同じだ。軍人はその接する面が戦場という場だけ増える。来年、此処にいる殆どの正規兵が消えれば、その後は傭兵達次第……定住するにもこれからの戦争での戦いは必須……解るか?」


「どれだけの人間が生き残れるか。そう言いたいのですか?」


「死人を出す戦術戦略は練ってない。だが、相手はバルバロスを使い出した元大国だ。噛み付かれたら、大勢の死人が出る可能性は低くない。だから」


 イメリを見つめる。


「お前次第だ。これから、オレはお前を使って皇国を動かす。最初に言った通りだ。お前の働きが最終的に連中の運命すら左右する。能力や資質は問題無い。運も良い方だろう。だから、頼むな。それは最初からオレがやらなきゃならないもので、お前にはお前の仕事がある」


「自分の役割を全うしろ。そう、言うのですね……」


「そうだ。戦え。勝ち取れ。帝国は常にそうして来た。そう出来なくなった時の事すら考えずに……だが、個人としてのお前にはまだそれが出来る機会がある」


 こちらの言葉にイメリが俯けていた視線をこちらに向ける。


「皇国の現状の改善……」


「子供か大人かは関係ない。覚悟が出来て、視野が広ければ、大人よりも子供の方が動ける事もあるさ。これから大勢のお前が此処に押し寄せて来る。お前がそいつらの模範であり、導だ」


 言われずとも、これからの事を教えられていたイメリが唇を噛む。


 俯きそうになる顔をそれでも下げず。


「それでいい。オレの仕事の後は任せたぞ」


「幾らでも準備をさせられましたね。貴方には……」


「与えられたヤツは誰かに与えてやれ。いつか、そいつが誰かに与えられるように……人間はそうして生きて来たんだ。それがお前のやるべき事の本質だ」


 頷いた彼女が涙を拭う。


 もうその顔に感傷は無い。


「さぁ、仕事に掛かるぞ。イメリ」


「はい。貴方がソレを望み。私がソレを望む限り。必ず果たして見せます」


「引き上げだ。ウィシャス。今日中に物資の調合に入る。街に一っ走りして、例の物資を基地に運び込むように言ってくれ」


「了解しました。でも、どうやら遅かったようだ」


「何?」


「海岸線沿いの東部から竜騎兵の偵察です。北部の竜は集め切ったはず。つまり」


「ッ、予想外に早いな。だが、想定内でもある。総員非常呼集!! 飛行船に帰るぞ!! 移民街の顔役にはもう話を通してある。すぐに準備させろ!!」


「了解!!」


「フォーエ!! ゼンドと一緒に低空飛行で3人だ。飛べるな?」


「うん!!」


 フォーエが口笛を吹くと遠くで待っていたゼンドがすぐに低空を飛んでやって来て、背中を低くこちら側に向ける。


「本番だ!! イメリ!! 飛行船内でお前には調合を手伝って貰う。いいな?」


「散々、本で知識を詰め込まれて、研究所で試験と実技をやらされましたから」


「その意気だ」


 三人乗りでゼンドに乗って超低空地面スレスレで飛行船へと戻る。


 どうやら竜騎兵無しで最初期の戦いを制さねばならないらしかった。


 *


「で、どうだった?」


 天候が崩れ始めた曇り空の下。


 現在時刻は最初の偵察中の竜騎兵発見から3時間が経っていた。


 ユラウシャに常駐させていた竜騎兵達を周囲の偵察に出したところ。


 高高度からでも艦隊の数は視認出来た。


 見る限り海域50km圏内には敵影が7隻。


 南部皇国から報告があった艦隊の総数からすれば、未だ先見艦隊規模と言える。


「双眼鏡で覗いてみましたが、甲板には軍人の姿が数名。ただし、子供が労働力として使われているらしく。襤褸を着込んだ少年少女が確認されました」


「こちらに見せているのか。もしくはヴァドカでやられていた黒い化け物を入れられてると見るべきだな」


「つまり、わざとこちらに確認させた、と?」


 ユラウシャの竜騎兵部隊の隊長に頷く。


「艦隊の上に立つヤツ。バイツネードもしくはそいつらに命令を下してるヤツは頭が切れる。竜騎兵が1匹だけで低高度を飛行していた事もオカシイ」


「我々と同じように遠くから見ていればいいわけですからな」


「竜騎兵を使えば、陸上からだって、侵攻は可能だ。大きく迂回して北部同盟の横っ腹を狙ったっていい。略奪に使えば、逃げ切る事も容易いしな」


「成程……」


「竜騎兵が殆ど見えないって事は何処かに竜騎兵を専門に扱う船がいる。それも竜の飛行能力が使える圏内……この範囲だ」


 操舵室の備え付けのテーブルの上に地図を置いて、コンパスで大きめの円を描く。


「海側から上陸が通常不可能な場所からでも竜騎兵の援護があれば、行ける場所が多いんだ」


「つまり、内陸部にもう侵入されてる公算が高い?」


 コクリと頷く。


「そうだ。それを踏まえて海の哨戒任務はしなくていい。数が少ない以上は沿岸部沿いの怪しい場所に上空からコレを……」


 厚着で毛皮を被る隊長が装備のガスマスク越しにこちらの試験管を見やる。


「それは……」


「人間が耐え切れても竜の反応は誤魔化せない。沿岸部の街を占拠してないって事は確定的だ。そうすれば、すぐに反応出来るように沿岸国周辺には狼煙や他の連絡手段を持たせてる」


「……沿岸部の人がいなさそうな地域になら、ソレを使ってもいいと?」


「そういう事だ。本数は数百用意した。隠れられそうな場所には落としまくっていい。どうせ、殆ど動物もいない原野だ」


「了解しました。第三哨戒行動で出撃致します」


「よろしく頼む。例の攻撃を打ち込んだら、相手に捕捉される前に必ず離脱しろ。対処用の戦力である竜騎兵本隊は後1日は絶対来ない。それまで持たせる為にも一騎足りとも落ちるのは許さない。いいな?」


「必ず!!」


 隊長が敬礼。


 すぐに飛行船から駆け足で外に待たせた部隊へと向かって行く姿が見えた。


 着陸した貨物室内部から大きめの竜に括り付けられるタイプの木箱が出されて、装備されていく。


「例の悪臭兵器や煙を使う例のヤツか?」


 ゾムニスに頷く。


「竜騎兵の動きを知って封じるのが先だ。それが対処出来なきゃ、一日も持たない可能性の方が高いからな。そもそも戦略兵器染みたもんを相手が使ってくる事も想定されて然るべきだ」


「まずは運搬役を潰す、と」


「そうだ。竜騎兵をまずは潰す。次に先見艦隊を潰す。先見艦隊を潰した後で練習艦と竜騎兵の半数で出撃。随時飛来する竜騎兵と共に残りは哨戒任務で北部同盟各地の異変が無いか偵察ってのが流れだな」


 ウィシャスが手を上げる。


「何だ?」


「内陸部まで戦力を裂く必要があるのかい?」


「ある。敵の狙いがもしも主要な北部同盟の大国だった場合に対処が遅れると困った事になる。護る側は圧倒的に不利だし、半数もあれば、既存の艦隊の数が4倍になっても持ち堪えられる」


「戦力分散はそれでもマズイんじゃないかと思うけども」


 ウィシャスの言う事は最もだ。


「内陸が無事なら、問題無い。問題は後方との遮断や後方が壊滅する事だ。竜騎兵そのものの仕事は基本的には抑止力と航空戦力という二つに絞られる」


「抑止力?」


「いいか? これからの戦争は如何に敵を消耗させるかだ。消耗させられないように戦うには後方が万全でなきゃならない。そして、現場の戦力は消耗品にならないように手厚く保護しつつ、敵の目的の核心部分を潰すのに使うのがいい」


「見当は?」


「当然、付いてる。これを見てくれ」


 地図の上に新しい地図をアテオラが載せてくれた。


「助かる」


「い、いえいえ!! お仕事ですから!!」


 アテオラがテーブルに載せたのは大量のバルバロスの所在地だ。


「相手はバルバロスさえ持っていければ、戦争すらする必要が無い。だが、巨大なものを求める場合は内陸部まで進出しなきゃならない」


「つまり?」


「敵の対応は3種類に絞られる。バルバロスの極秘裏の強奪。もしくはそれが失敗した場合はバルバロスのいる内陸への侵攻」


「ふむ。最後の一つは?」


「オレ達を殲滅してから上陸」


「つまり、1番目を潰したい、と」


「戦略的には内陸への侵攻には戦力がいる。それを子供に任せても成果が出ない以上は大人の傭兵を使う事になるが……」


「傭兵は役に立たない。と、前回の事で相手は学習した?」


「そうだ。なら、バルバロスを前面に押し立てて、少数の大人がソレを扱う方式が一番単純で強力だ」


「子供は労働力や罠。バルバロスが本命なわけか……反吐が出るね」


 ウィシャスの瞳が冷たくなる。


「本命はバルバロスの乗った船の拿捕もしくは撃沈だ。子供連中を回収するには人死にが出過ぎると判断したら、迷わず撃沈しなきゃならない」


「……それが今回の君の仕事かい?」


「ああ、そうだ。それまでの此処の護りはフォーエとオレがいれば、200くらいまでならどうにかする」


「当人がいつでも出られるようにゼンドと一緒にいるから言うけども、本人が聞いたらきっと顔が引き攣るんじゃないかな」


「出来る事は出来る。事実は事実だ。何度も訓練したし、専用の兵器類も積んである」


「心配は無用と言われると護衛の立つ瀬がないんだけどな」


 ウィシャスが苦笑する。


「まぁ、300以上になれば、竜騎兵の援護がいる。だから、竜騎兵待ちの時間が凌げれば、ほぼ勝ちと言って問題無い」


「算段はあるわけか。僕らは聞いてないけど……」


「要は子供をこの寒空の海の下で生かして敵船から連れ出して、寄生バルバロスの罠も解除して、人道的に無力化する簡単なお仕事だ」


「ははは、君が言うと出来そうにしか思えないから困る」


 呆れた瞳が不可能を可能にしてみせるのか。


 と、こちらを何とも言えない顔で見ていた。


「フェグの事があってから、色々と試して来た。オレの怒りを買う事に熱心な人間には相応のもてなしを用意した。地獄に天国を造ろうじゃないか」


 ニコリとしておく。


 だが、何故か周囲の顔は微妙に汗を浮かべていたのだった。


 *


―――北部同盟沿岸部原野地帯。


「よし。これより目標とするバルバロスの確保に入るぞ。長距離行軍となる。行くぞ」


「た、隊長!! 上空に敵竜を視認致しました!!」


「総員隠れろ!! こちらの偽装が見破られる事はない。息を潜めて、やり過ごせ」


 沿岸部に上陸していた南部皇国の竜騎兵の一隊が内陸部へと足を延ばそうとしていた矢先の事であった。


 原野に降り立っていた彼らが一騎の竜を確認し、敵哨戒を掻い潜ろうと原野の色に溶け込む麻布のシートを被り、身を顰める。


 そろそろ夕暮れ時の時間帯。


 やり過ごせば、彼らはほぼ何にも遮られず内陸へと向かう事が出来る。


 はずであった。


 カシャンという音を聞いた者は竜だけであった。


 そして、次々に―――。


「うお!? どうした!? 何故、暴れる!?」


 ギィキィイイイイイ!!!?


 嘴の鋭い翼竜にも似たバルバロス達が次々に泣き声を上げて、上空へと飛び立ちそうになり、偽装の為のシートが払われていく。


「クソ!? どういう事だ!?」


「ぐぉ!? 何だ!? この臭いは!!?」


「こ、これはまさか!? 報告に在った!? ハッ?!!」


 上空を見上げた時。


 その隊の半数の男達の命の行方が数秒後に決定した。


 理由は単純無比だ。


 上空から再び放たれた筒状のものが周囲に黄緑色の噴煙を放ったからだ。


 あっと言う間に周辺が煙で覆われ、次々に男達がゴホゴホと咳き込み。


「じょ、上空に逃げろ」


「目がぁ!? クソ!? ゴホゴホッ?!!」


 上空へと逃れようとする。


 が、上空から発砲音が響く。


「?!」


 男達を哨戒中の竜騎兵のボルトアクション・ライフルが狙い撃つ。


「さ、散開、ち、地表を逃げろぉおお!?」


 男達が散り散りにその場から逃げ出していく。


 それを見届けた竜騎兵がすぐに高度を上げて逃げの態勢に入った。


 だが、皇国軍の男達はそれどころではなかった。


 煙りを吸い込んだ殆どの竜と兵が喉と目の痛みに喘ぎ。


 何とかフラフラとしながらも作戦の遂行は不可能だと沿岸部の方へと向かう。


 竜達は最初こそ苦しんでいたが、低空を飛び始めると少しずつ回復。


 男達も攻撃を受けた際の合流ポイントへと逃げ込めば、何とかなる。


 そう、思っていた。


 だが、彼らが不調な躰を推して数時間後に辿り着いた場所。


 そこにあったのは喘息に喘ぎ、夜の闇と月明かりの最中。


 次々に倒れた者を抱き起す仲間達の姿。


 だが、その男達もまた喉や胸を押さえて苦しみながら、力尽きていく現実。


「どういう事だ!? まさか、毒!? クソ、クソ!?」


 船へと戻ろうとする者もあった。


 しかし、竜から落ちてしまう者達も多く。


 海面にボチャボチャと消えていく。


「此処は……地獄だ」


 砂浜に設営された偽装野営地。


 火を炊く事も出来ない彼らは竜に寄り添うようにしながら、援軍を要請した者達が戻るのを一晩中待った。


 そして、次の朝。


 最初から居場所がバレていた彼らが半死半生で2割の仲間達が寒さと肺水腫で息を引き取った後。


 やってきた一団を見て思う。


 ―――ああ、勝てない、と。


 一際白き鞍に跨り、鳥竜から降りて来て、今にも死にそうな男達を前に軍装に薄い鎧を纏った少女。


 その背後で燦然と輝く竜の頭部の仮面に示されたシルエット。


 全能竜ブラジマハターを頂く竜騎兵団。


「見えざる者達!! 【覇竜師団ドラクーン】……!!」


「初めまして。南部皇国軍竜騎兵の皆様。わたくしはフィティシラ・アルローゼン。貴方達に引導を渡しに来ました」


 何とか立てる者達がふら付く身体で剣を構える。


 蒼褪めた顔。


 体力は限界。


 もはや少女一人殺せるかも妖しい集団だが、その瞳は仲間の死に狂気染みて、震える剣を揺らめかせる。


「わ、我らが、このまま、死ぬと、ごほッ、が、ぐぅ……おもう、なよ?」


 血と唾液を吐きながら、塩素ガス……肺を攻撃する窒息剤を相当量吸い込み。


 手当も受けられずにジワジワと死につつある彼らはせめて一太刀と獰猛に笑う。


「全面降伏するならば、皆様の命と身体を助けましょう。その為の薬と設備があります」


「今更……自分でもわか、るぞ。助からん!!」


「いえ、この世には万能薬すらある事は知っておられずはず。そして、死人は生き返りませんが、皆様の故郷……地獄の南部皇国には皆様のような死して尚戦う勇士が必要です」


「死して尚、だと?」


「死に掛けている方を治療しましょう。我々は敵同士ですが、そちらが攻めて来たのです。殺される覚悟はお有りでしょう? ならば、生き恥じを晒しても祖国の為に戦う覚悟を決めるのもまた兵士の仕事ではないでしょうか」


「口の、まわ、る。めぎつ、ねだ……」


「答えが如何にあろうとも勝利は一目瞭然。そして、勝者が敗者を処する以上、貴方達にわたくしが聞いているのは心持ちなのですよ」


「こころ……ごほっ、ぐ、ぅぅ……ッ」


 最先頭で剣を構えていた男が口から僅かに喀血してヒューヒューと呼気も荒く砂浜に片膝を付く。


「時間はありません。貴方達は祖国を救いたいのですか? それとも敵を殺したいのですか? あるいは仲間を護りたいのですか? 時間が無ければ、何も選べない以上、答えは簡潔にお願いします」


「ふ……は、は……コレが小竜姫、か」


「答えは如何に?」


「クソ、喰らえだ。クソ……仲間を、どう、か―――」


 前に出ていた男が倒れ込むのを少女は支え。


「承知しました。クソも喰らっておきましょう」


 少女が片手を上げる。


 朝日の中で伸び上がった腕が変化する。


 その人間には有り得ない鋼染みた腕から透明な粘体が樹木のように上空へと伸び上がり、それをポカンとして見上げていた兵達は素早く伸びて来た触手のようなものを口内に突っ込まれて、喉元を抑えながら、気絶していく。


 その様子を背後の竜騎兵達は見ていた。


 何してるの!? 


 え!?


 え!?


 みたいな反応で小竜姫は化け物の能力が使えますという事実に震える者が多数。


「殺したのかい?」


 ウィシャスが瞳を細めて、背中から少女に訊ねる。


「コレが死んでるように見えるか?」


 ズボッと口から粘体を引き抜かれた男が砂浜に倒れ込み。


 血色も良くなって生きている様子に彼が何か言いたげながらも溜息一つ。


「そんな事が出来るなんて聞いてない……」


「ネズミさんのおかげだ。フェグの事があって、訓練して出来るようになるまで慰霊碑が二つになった。研究所はネズミと愉快な研究者達とか名前を改めてもいいかもしれない」


「それは研究者の人達がげっそりしそうな話だ。はぁぁ……此処に置いておくわけもないって事は?」


「総員!! 縄で縛り上げて裸にしてから連れ帰るぞ!! 移民街に放り込んだら、後は放置でいい!! 残りは回収した装備と竜を連れて帰還だ!! 帰還後、直ちに残党を捜索!! その後、海域の広域探索を行う!! フォーエ!! 先行するぞ」


「うん!!」


 少女は白い鞍に少年と共に跨り、部下達を置いて海域へと飛び立っていった。


「……ウィシャス中尉殿。護衛を付けずによろしいのですか?」


「護衛が必要な程にもう竜騎兵が先遣艦隊に残っていると? 此処だけで200騎近い数です。通常の船に載せられるかどうかで言えば、大艦隊が丸ごと戦力を失ったに等しい」


「なるほど。確かにこの数は……」


「我々は此処に到達していない竜騎兵の死骸や死に掛けの捜索です。生きていれば、一か所に集めて殿下が返って来てから治療という事になっています」


 背後の竜騎兵が顔を引き攣らせた。


「そう、ですね……小竜姫殿下……噂に違わず。いえ、噂よりも……」


「その先は言わずに結構。傍にいる自分達には今更ですから」


 死んだ男達が次々に周辺の少し奥の陸地に穴が掘られて埋められていく。


 そして、生き残った男達が次々に武装解除後に縄で縛られ、全裸で竜に載せられ、バーツ移民街のある方面へと消えていく。


 こうして、1人の少女とドラクーンの名前は後に畏れられる事になる。


 見えざる毒で侵すもの。


 叡智によって敵を喰らう牙。


 あるいは……全てを殲滅せし、帝国最強の竜騎兵団ドラクーン。


 吟遊詩人達は後に謳う。


 ああ、汝は貴族の子に非ず。


 悪虐を祖とする大公竜姫也、と。

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