第38話「夏の襲撃者」


 各地で同時並行で進めている改革案は現在のところ上手く進んでいる。


 新式の生活様式を定着させる為、新しい技術を用いて造るインフラの実証生活実験も西部北部の両方で開始された。


 流通の要となる道路。


 そして、鉄道敷設計画も軍部の一部に現在の兵站問題解消の為の代物だと有能な連中を引き抜いて試験的な敷設部隊、現地での研究開発を行う人材の育成を始めさせたところだ。


 鉄道オタクと呼べる程に列車や電車が好きなわけではないが、過去に鉄道記念館や博物館の類に行った事はあるし、その際に鉄道の敷設の歴史や現実的な作り方や技術開発の歴史展示などを見たりもした。


 自分の記憶力はそれなりだと思っているが、そういう子ども心に面白いと思っていた事は案外脳裏に残っているものだ。


 日本の知育系番組や技術解説系番組の記憶が役立つ日が来るというのも面白い話だろう。


 現在、内燃機関の開発は急ピッチで進められており、蒸気機関の現実的な実用段階まであと少しとなった。


 大型の機関車は数か月以内には完成する。


(それまでに鉄道会社の設立。鉄道の経営ノウハウの確立。各地の停車駅の整備、線路の敷設工事の工程マニュアル化。ああ、忙しい)


 現在地は帝国内の研究所が所有する区画内に簡易敷設された線路上。


 簡易の蒸気機関でトロッコを引いてミニ機関車のように動かしていた。


 鉱山で用いる事を前提としたインフラである。


「それで最終的に何トンまで行けますか? 勿論、傾斜10度以上の坂道などを考慮した上で……」


「機関の大きさにも拠りますが、現在の開発が終盤に差し掛かっているレールの厚さと幅、機関車の大きさから考えて貨物の運搬に関してならば、中型帆船より多少劣る程度になるかと」


「よろしい。開発で必要になった点と問題点を洗い出して報告を。すぐに予算も付けます。試験走行までに仕上げられますか?」


「現在、鉄筒シリンダー鉄箱エンジンは完成しており、走行する際の制御機構には数学者の方と共同で設計を……」


「お願いします。これが今後の帝国と世界の趨勢を占う技術の一端となるでしょう……基本的に現技術水準で出来るところまで突き詰める必要はありません。動いて荷が運べるという事実を知らしめる初号機の完成と安全装置が最優先で」


「はい。必ず……」


 白衣の研究者達と言っても若手も老年もいる。


 誰もが現在の技術と知識水準において異端と評される者達だ。


 軍の研究者に馬車を宛がってやらせているが、鉄道は正しくそういうレベルではないし、工学技術の精粋そのものと言える。


 これを作れれば、ガソリンエンジンとまでは行かなくても大抵の現代兵器は作れるまで秒読みの段階。


 各地で燻ぶっていた技師達を集めて持ち込んだ技術や必要な技術の再現、再発見……正しく車輪の最発明をやらせている状態。


 埋めるべきロードマップの途中の技術は幾多もある。


 特に工学に関しては合金技術のブレイクスルーが起きなければ、工学製品の大半が重いままだろう。


 一応、有用な合金関連の基礎知識は与えてあるので後は気長に待つしかないが、現実はそれを待ってはくれない。


 合板技術や溶接技術。


 合金の作り方も現代からは程遠い以上、やはり最も現物で早く揃えられるのは一部の鋳物技術と化学知識による薬剤の類だ。


 それも医療に使えない軍事や一般雑貨くらいにしか使い道が無いものばかりなのだから、問題しかないが、今は有り難いというべきだろうか。


(原始的なプラスチックの開発は終了した。次はこれを成形、加工……さすがに袋や紙の類まで薄くするのはまだ現行じゃ不可能だが、印刷技術に関しては大体1900年代水準まで来てる。問題は必要な物資が揃えられるかだ)


 現場の白衣達に頭を下げてから、研究所を出る。


 今日も仕事は山積みだ。


「なぁなぁ、あれ走るのスゴイぞ♪」


「マヲー」


「デュガ。その猫は?」


 玄関先に戻って来るとようやく精神的に復帰したメイド2人が猫と一緒に待っていた。


 今日はどうやらデュガの頭の上がお気に入りらしい。


「何か今日はお前が寝台になるんだよって上に載られた」


「そ、そうですか。それにしても精神的に参っているのかと思えば、相手が話せるバルバロスだったとは……」


「マヲヲ~~」


 黒猫は尻尾をユラユラ吸い付いたようにデュガの頭部に張り付いている。


「今日は他に何処へ行くんだ?」


「ああ、今日は学院を休んでるからな。相応な場所に向かう予定だ」


「そーおーな場所?」


「帝国議会の議場にちょっとな」


「ちょっとで行く場所ではないでしょう」


 ノイテが頭に手を当てて首を横に振った。


 馬車に乗り込むと2人が訓練していた通り、リボルバーをホルダーに入れて腰の横に付け直す。


「それでお前らの方こそ良かったのか。一応、祖国の秘伝なんだろ?」


「別に他国に流したからと言って、それを実現出来るとは……いえ、そうでしたね。貴女なら実現させてしまうのでしょう。ですが、殆ど意味が無い」


「意味が無い?」


 先日、陸軍に航空支援部隊を創設するという事で2人に頼んでみたのだが、快くというよりは軽く引き受けてくれたので何かオカシイとは思っていたのだ。


 だが、その意味が無いという言葉に目を細める。


「どういう事か聞いてもいいか?」


「……代々、我らの祖国の軍団長がデュガシェス様の家から排出されているのは一匹の竜に乗れるからなのです」


「一匹の竜?」


「この帝国でブラジマハターが祖竜として崇められているのは知っています。ですが、それは伝承、伝説の類でしょう。ですが、我が国には遥か古より存在し続け、戦乱において戦い続ける竜が存在する」


「そんなのが?」


「はい……祖国の者の多くは今も信仰しています。【始仙竜アルマトラ】……南部での決戦時に投入されましたが、超人共を殆ど喰らい尽したのはデュガシェス様の御父上が載られた戦場の伝説そのものなのです」


「そんなのがいるのか……」


「あ~~あいつは何かじーちゃんなんだよな~」


「じーちゃん?」


「恐らくは千年単位で生きているものと思われます。詳しい事は軍団長が継ぐ書庫にしかありませんが、敵軍が幻と思う程の大きさになり、全てを圧し潰し、薙ぎ払う。恐らく大陸最強の切り札です」


「……時間制限在り、使用制限在り、ついでに必殺の切り札の癖に使い処が無い竜って事だな? 怪獣かよ。はぁぁ(*´Д`)」


「―――!?」


 思わずノイテの顔が引き攣るというよりも動揺したようだった。


「どうして使い処が無いとか思うんだ? ふぃー」


 デュガシェスが聞いて来る。


「そんなのが毎回戦場に出てたら今のご時世でも噂になるだろ。だが、噂程度で恐らく消えてるって事は人智を越えた力過ぎて、理解が追い付かないって事だ」


「ふむふむ」


 デュガシェスが感心したように頷く。


「そして、時間制限が無きゃ無制限で使えるはずで、そうなら負ける理由が無い。退路だってそれで確保すりゃ負けなかった。だが、そうならなかったわけだ」


「………」


 ノイテがさすがに押し黙る。


「つまり、戦える時間には制限がある。使用にも制限がある。そういう類のものって事だとオレは考えたわけだ。言っておくが、その程度のものなら、幾らでも対処のしようはある」


「対処、出来ると?」


 思わずノイテが訊ねて来る。


「使用前に相手を倒すとか。使用条件を満たせないようにするとか」


「それが可能だと?」


 苦い顔で更に訊ねて来る相手に肩を竦める。


「使用されて勝てないかも実際に勝てない理由を探って、それを研究解析。この時代の技術でどうにもならんのなら諦めてもいいが、どうにかなるならどうにかる。そういうもんだ」


 もはや呆れてモノも言えないという顔でノイテが大きな溜息を吐いた。


「物怖じ一つしないのですね。貴女は……」


「今更だろ。化け物に食われて生きてるんだ。化け物に踏み潰されたり、擦り潰される事を覚悟して立ち向かえば、大体どうにかなるのは学んだ」


「無謀だとは思いませんか?」


「生憎と現在は陰謀塗れだが?」


「……そうでしたね。我が祖国の軍団でも手こずりそうなアレを竜一匹と道具だけで倒した貴女には今更ですか……」


「まぁ~ふぃーでもさすがに勝てないと思うぞ?」


「愉しみだな。戦う機会があったら、倒しておこう」


「本当になりそうなのが怖いって。どうやったらそんなに為れるんだろうな? ふぃーはホント……」


 さすがにデュガまで呆れていた。


「勝てない理由を聞いてオレが勝てると確信したら、それで試合終了だ」


「簡単なんだけどなぁ。ウチのアレって使うとでかくなるから」


「どれくらい?」


「ん~~? 山四つくらい重ねた感じ?」


「……毒の回りが悪そうだ。確かにそんなのが出てきたら、死ぬな。だが、一瞬で質量を展開する。補填する。またはそういう未知の能力で実態を作る能力なら、勝てるぞ。恐らく」


「あ~~聞かなかった事にするぞ? 一応、ウチの重要な秘密だし……」


「なら、秘密じゃない攻略法を教えておこう。単純だ。それを可能にしてる能力を解析して吹き飛ばすか無力化すればいい。質量を他から補填するってのは考え難い。山四つが消えたら普通に大陸でも語り草だろ。つまり、疑似的な質量もしくは質量を持ったように振舞う何かを纏って大きくなるんじゃないか?」


「そこらへんの事は分からないんだけどなー。謎過ぎて……」


「質量を何処かに持っていて空間を越えて持ち込むみたいな能力で無いなら、どうにでもなる。最初に言ったようなのが相手だったら、謎能力が発動する前に敵の能力中枢がどういうものかを解析して、ソレが脳なら吹き飛ばすし、それが肉体に宿るものなら毒で犯してイチコロだ」


「あ~あ~きこえない~~」


「まぁ、聞け。楽しくなってきたところだ」


「大概過ぎるぞ。ふぃー」


「そうか? 物質で物質に干渉する程度の存在なら、物質である以上、どんな方法かは選ぶとしても干渉する事は可能なはずだ」


「それ普通のヤツ出来ないぞ? 絶対」


「その干渉水準までの技術さえあれば誰でも可能だとも。単なる物理事象は余程に理不尽で手札が足りない時以外は理不尽とは呼ばない」


「何かホントに倒される気がして来た……」


「デュガシェス様……これ以上は墓穴を掘るだけかと思います」


「だな。この話しお終い!! ウチの国の守護神が倒される未来とか見たくないしな!!」


「まぁ、今はそんなのに構ってる暇は無い。やる事は幾らでも山積みなんだ。全てを動かす手札も部下も足りないし、死なない程度に自分で働かないと」


 そう言い置いて馬車の外を覗いた時だった。


 いきなり馬車が急停車する。


「ッ、全周警戒!!」


「「ッ」」


 2人がこちらの声ですぐに銃を握り込んで左右の扉に展開し、同時に扉を開いて、その鉄製のドアを開くと同時にソレを盾にするようにして外に降車。


 手鏡で進路方向を確認した。


「数1。子供と思われますが、何かオカシイです。怯えているわけでも轢かれているわけでもない。旅装束のようなものを着込んでいます」


「周辺に子供が道に飛び出して来たと叫んで憲兵を呼べ」


「はい」


 ノイテがすぐに対処する。


 と、同時に通りの端にいた憲兵が1人駆け付けて来た。


「オイ!! 何かオカシイぞ!? 周囲に人気が無い!! 後、何か変な臭いがするぞ!!」


「仮面を装着しろ」


 扉の内側に設えてある緊急時用のポケットにはガスを一時的に無力化する為の活性炭とその他の湿気を取る薬剤を幾つか入れたフルフェイス型ガスマスクだ。


 まだ透明な樹脂の開発には成功していないが限界まで引き伸ばして薄い色付きのガラス程度までは透明度を確保している。


 左右に空気を濾過する薬缶を2つずつ揃え。


 吸気と排気の機構もしっかり出来ている試供品だ。


 一応、ヤバイ薬が撒かれた場合を想定して、中和出来るかはともかく現行の技術で常用されている毒に対抗する中和剤のアンプルを座席の下のケースから取り出して、軍装の内側にある専用のポケットへ入れ込んでおく。


「今、憲兵が倒れました。二時方向から飛来物在り。恐らく吹矢の類です」


「暗殺に警戒しろ。後、一度攻撃してきた遠距離攻撃の射手は位置を変える。常時、上は気にしろ。お前らの服も手袋も特別製だ。内側に吹矢程度なら通らないし、毒も沁みない。頭部と袖口や首元に当たらなきゃ大丈夫だ」


「涙が出る程、安心ですね。ええ」


「ま、死ぬ時は死ぬしな!!」


「1mmも安心してくれないようで安心した。必ず背後を合わせて歩け。オレが行く」


 メイド2人が背中合わせで周辺を警戒しながらリボルバーをあちこちに向けつつ歩いて来る。


 それを後ろに旅装姿の子供の手前まで来ると。


「……子供一人にまるで暗殺者を見るような目。貴女が噂の小竜姫で間違いないようですね」


「何者だ?」


 綺麗なここら辺の言語を話すので北部か周辺国の人間から言葉を習ったのだろう。


 だが、発音は完璧でも大人のような喋りをする相手は年相応の声音だ。


 ついでにそういう環境で育った事も伺える。


 子供が大人の喋りをしなければならないという時点で普通の環境ではないだろう。


「……我らはバイツネード」


「南部皇国? 手が速いな……北部じゃ皇国の手の人間を炙り出してる最中なんだが……」


 顔が見えた。


 長く黒い褐色の髪に薄ら惚けたトパーズを思わせる瞳の色。


 女児というには年嵩の9歳以上。


 顔立ちは大陸南部にありがちな彫りの深い顔立ちだが、童顔と合わせても少し年上くらいに見える。


 肌の色は薄白い灰色染みており、大陸南部の幾つかの日照量が少ない地域の人種だったはずだ。


 帝国図鑑に描かれていた絵や情報から言っても恐らくは間違いない。


「何が目的だ。それとウチの御者や憲兵殺してないだろうな? 此処は帝国で法治国家なんだ。殺してたらしっかり監獄で臭い飯を食べて貰う事になるぞ」


「小竜姫……噂に違わず我らと同じような、こちら側ですか」


「どちら側でもない。オレはオレ側の人間だ」


 相手が旅装束らしい襤褸な外套の下に纏う旅装にしては物騒な小剣や短剣の類を腰に差しており、深い擦り切れた緑色の衣服は何処か軍装にも見える。


「……此処までしたんだ。現れた理由を聞かせて貰おう」


「その命、頂戴したい」


「誰の命令だ?」


「言うとでも?」


「言わずにいられるとでも?」


「……ふ、ふふ、華と菓子にしか興味の無い帝国貴族の子女をただ噂で糊塗しているだけかと思えば、どうやら違ったようですね」


「それでやるならさっさとやれ。必殺の手札とやらを見せてみろ。無論、お前らが負けたら法令に則って牢屋に入れさせてもらう」


 カヒュンッと。


 地面で小さく火花が散った。


 と、同時にリボルバーの射撃音も響く。


 帝都の道は石畳が大半な為、撃たれれば、目に見えて火花くらいは出るのだ。


(銃? オレ以外にこれを作るとしたら、恐らくはあっち側から来た人間。もしくは真っ当な技術発展の成果。あるいは殺傷武器として何処かの専門機関が開発。だが、こいつらがバイツネードを名乗ってるって事は3番目が濃厚か?)


「今、狙撃手を打ち倒しました。左腕をやりましたから、正確な狙撃はもう不可能でしょう」


 ノイテがリボルバーの硝煙を手前で払いながら、鋭くマスクの下から周辺建造物の上層部を睨む。


「―――ソレは、もう帝国は鉄火を開発したのですか!? そんなにも小さく!?」


 驚いた様子の少女が目の前で瞠目していた。


 どうやらリボルバーに驚いているらしい。


「どれくらい先だった?」


「30m程ですか。腕に命中した際に血が出ているのは確認しました」


「腕、上がってないか?」


「毎日のように訓練するメイドの鑑ですから」


 ノイテとデュガに言い渡した近頃の訓練はそれだ。


 ちゃんとやってたのかと思わず顔に出ていた。


「やれやれ……2人目、3人目がいないとも限らない。全周警戒を続行」


「……なぁなぁ、コイツほんとにバイツネードか?」


「どういう事だ?」


 デュガがジト目で少女を見た。


「本当のバイツネードって言うのはなぁ。こう、何が何でも絶対に殺すって意気込みで暑苦しいんだよ。まぁ、後ろにいる参謀連中の作戦とかを遂行する手足、末端だけの話だけど」


「なるほど? つまり、こいつはバイツネードに造られた囮?」


「だって、変だろー。本当に重要な武器や高額な薬とか使うヤツはそれそのものがすげー教育に時間掛かるって話だぞ」


「?!!」


「ああ、言われてみれば、単なる囮にバイツネードの戦闘人員をこんな簡単に使い捨てるわけがないのか。賢いな」


「へへ~~もっと褒めてもいいんだぞ?」


 デュガの頭をポンポンしておく。


 それに呆気に取られていた少女が我に返って言葉を紡ぐよりも先にデュガのリボルバーが火を噴いた。


 一瞬で左前方の建物の上にいた人影が撃ち抜かれ、右肩に攻撃を受けて倒れ込んだのが見えた。


「やっぱり、いたな。変な臭いに嗅ぎ覚えはあったか?」


「無いなー」


「昔、聞いた事があります。バイツネードの一部には人間の思考能力を低下させて、蟲のように誘導する麝香のような臭いを使う者がいると」


「前頭葉の機能を低下させて、誘導する薬剤か? 何でそういうとこだけ過剰に優秀なもんが出て来るんだか。これが物語なら、ご都合主義実過ぎると批判するところだが、現実になるとなぁ……」


 ノイテの解説に溜息を吐く。


「さてと薬の効果もそう長くないだろうし、ノイテ。黄色、緑、青だ」


「はい」


 すぐにノイテが背後に背負う弓と煙筒の矢を取り出して上空に撃つ。


 アーチェリー染みた研究所お手製で飛距離もかなりある代物だ。


「何を……それはまさか!?」


「さ、お前には聞きたい事もあるし、大人しく来てもらおうか。痛いのは嫌だろ?」


「お、脅されようと何も喋ら―――」


 湿布式の小さな細く短い針と薬剤で湿らせたリボンを合わせたハンコ注射染みた少しだけ跡が残るタイを相手の首筋に巻く。


 と、同時にすぐに相手がクタリと倒れた。


「な、に……を……」


「即効性の神経を麻痺させる毒だ。ああ、ちゃんと量は調節してあるし、後遺症も残らないから心配するな」


 テキパキと相手の旅装を脱がせ、武装を降ろし、衣服を全て脱がせていく。


「あ、な、い―――」


「一体、何をしているのですか?」


「こういう手合いに自殺されたりするのを防止してるだけだ。知らない間に殺しの道具にされてたり、ありそうだろ?」


「バイツネードなら、まぁ……無くもありませんか」


「だから、調べるんだ。此処でな。爆発されたり、知らない間に毒が時限式で仕込まれてたり、みたいなのは避けたい。お前も気にするな。死んだらちゃんと供養して墓に入れてやる」


 相手の衣服を脱がせる。


 所々が埃塗れで汚れていたが、どうやら手術痕は無いようだ。


「ひゃ、め……」


「はい。あーん」


 まともに動かない口を開かせて、布越し内部を触診。


「ぅお、ぇ、ぐ、ぅ、ぅぅう」


「口内や喉奥まで仕込んだ毒薬の類は無し。悪いが下も見させてもらうぞ。死にたくないだろ?」


「おぇ、う、ぁ、ぅ!? や!?」


 涙目になり始めた少女相手に心は痛むが仕方なく下半身の穴という穴に何か入っていないか。


 指を突っ込んで触診してから、手袋を外して、この暑い時期に着込んでいた外套で包む。


「終わりだ。一応、問題無いみたいだな。後はバルバロスとか。寄生虫とか。新式の検査方法でも確認しよう。ああ、自殺防止用にギャグも咬ませないとな」


 一通りの検査を終えてから持って来ていたバイトギャグ。


 ちくわみたいな形のゴム製の噛ませるソレを口元から頭部に巻き付けて締め付けを調整して一息吐いていると。


 何だか女性陣がドン引きした目で見ていた。


「何だその瞳。仕方ないだろ。寝覚めが悪い事は嫌いなんだよ」


「絶対、ふぃーにだけは敵対してから捕まらないようにするぞ……」


「可哀そうに……完全に男へ蹂躙された後の涙目な少女ですね」


 もうお嫁いに行けないレベルの恥辱を味わったらしい少女が涙目で悔しそうにポロポロ泣いているが、暗殺者に使い捨てられるよりはマシだろう。


「何か暗殺されそうになったのにオレがワルモノみたいじゃないか?」


「ワルモノなのでは?」


「ワルモノだろ。ふぃーって」


「ウチのメイドが冷たい……はぁぁ(*´Д`)」


 デュガに外套毎背負わせて、車体内部へと持って行かせる。


 すると、今度こそ遠方から憲兵隊の騎兵隊がやってくるようだった。


「……ノイテ。剣や投げナイフの類に見覚えは?」


「南部で売っている市販品でしょう。バイツネードの装備はもっと分かり難いものが多いですし、普通に見えて普通ではないモノも多いので」


「何か手掛かりになるものを持ってないかと思ってな」


 相手の着ていたモノを全て手で触って確認。


 すると、衣服の一部から掌サイズな小瓶が出て来た。


「これは……南部で普通にあるか?」


「いえ、これ程に小さい硝子の小瓶はかなり値が張るかと」


 内容物は白い鱗のようなものに見える。


「……後は憲兵隊に回収させよう。恐らく自分で死んでるだろうが、バイツネードの装備も回収したら研究所に回すよう言っておいてくれ」


「解りました」


 帝都での白昼堂々の帝国貴族襲撃。


 という、真実は勿論隠蔽される事になる。


 ただ、何処からか入り込んだ不審者が無差別に帝国貴族の馬車を襲って返り討ちにあったとだけ噂が流れるだろう。


 それにしてもバイツネードとやらのやり口は何だか過去に出会った少女達から考えてもかなり悪辣な気がしたのだった。


 *


 帝国の夏は暑い。


 この時期は帝都に流れる水路での水浴びが恒例行事だ。


 水路自体の使用時間は決められており、下流から使用して上流が使う事になるのは夕暮れ時となっている。


 これは水質汚染で臣民が被害を被る事が無いようにという大公の意向であり、特権階級者として普段の節制や我慢強さを貴族が表す様式美、なのだとか。


 まぁ、貴族が使った後の水を下々に使わせるのは傲慢に見えるから使用時間は時間差を儲けようという話だ。


 特に綺麗な水源から水路を用いて飲料水以外を生活用水として調達している貴族はそれだけで十分に恵まれている。


 なので、夏場の帝都は早朝から最貧層、中流層、上流層、貴族層で数刻毎に水浴びする場所が決まっており、詰め掛ける人々の群れは其々の時間に其々の場で涼を取るのだ。


 ちなみに水着は男が白い木綿の腰巻一つ。


 現代で言うブーメランパンツ染みている。


 ふんどしではないが、モロ出しを抑えるソレのみだ。


 逆に女性は木綿の白い布地を少し飾った普通の洋服よりも少し薄い水着が主流。


 色付きは中流層以上が多い。


 貴族層の水着はシルク製で更に色々と趣向を凝らした可愛いものが多いが、肌を見せない仕様なのは少しも変わらない。


 まぁ、肌を見せる理由は自分にも無いが、水着は解放感が無いと水に入っても微妙だとは思うので仕方なくビキニだ。


「暑い……」


 貴族層は個人邸宅にプールを用意しているところもあるが、多くは溺れないように50cm、60cmくらいだ。


 子供用のプールと普通のプールは厳重に分かれている。


 貴族が入った後、使用人達が使う事も許されるソレは夏場の愉しみの一つだとか。


「それで何か話す気になったか?」


「………」


 完全無欠に黙り込んでいるのはプール傍で樹脂製のバイトギャグで口を封じられ、指錠で指を拘束され、逃げる事も出来ずに夕暮れ時に佇む少女であった。


 相手の身体が回復する前に研究所まで再度引き返して運び込み。


 女医の触診で腹の中に何かを入れられたりしていないのを確認後。


 一応、逃げられないように拘束して、本邸まで連れて来たのだ。


 結局、本日に限っては襲われたので後日と議会の事務と相手に連絡を入れて置いたので問題は無い。


 日中暑かったので熱中症になっても困ると涼やかなプールに連れて来て、相手の脚を入れさせていたのだが、涙目グッタリ状態から何とか復帰した少女は絶対に何も言いませんと固く口を閉ざした。


『それ普通だと思うぞ。ふぃー』


『女心が分からない乙女がいるようで』


 散々言われっぱなしだが、極めて人道的に扱ったはずなのだが、どうして責められなければならないのか。


 悪辣や残虐な現実を前に倫理や道徳が必ずしも人道的であるわけではないのだ。


 実際、この大陸での拷問や様々な残酷なお話というのはちゃんと集めてあるので、どういう手口で何を相手がするのか。


 というのは、この大陸基準で考えている。


「ふぅ……ちなみにお仲間は死んでるのが発見された。毒薬を噛んで自殺だったみたいだな」


「………」


「デュガ。口元の外してやれ」


「はーい」


 チャプチャプとプールに入って涼を取っていたデュガがジャバジャバ水を掻き分けやって来て、ノイテは夕暮れ時を過ぎるのを見て、ランタンの明かりを周囲に置いて行く。


 屋敷の内部には虫除けの香草が大量に植えられている。


 なので、小さな蚊に近寄られる事も無い。


「………」


 つーん。


 そんな擬音になるだろうか。


 そっぽを向いた少女は頑なだった。


 ちなみに研究所で検診用に作っていた病院着に着替えさせている。


「で、お前は実際バイツネードに協力して何かを為せると本気で信じてるのか?」


「!?」


 さすがに反応があった。


「ノイテ。地図」


「はい。どうぞ」


 もう背後にいたノイテがアテオラに造らせた手帳サイズの地図帳を持って来る。


 南部皇国の地図は既に第一版で収録済みだ。


「お前の出身地は南部皇国の恐らく沼地とか多いデゼルス地方近辺だな」


「っ」


「綺麗なここら周辺の言語の発音が出来るのはお前が皇国内でも高い地位の家の産まれである事を示している」


「?!」


「恐らく親しい親類縁者か家庭教師の類にここらの言語を習ったろ? ええと、身長と体重から言って、現在11歳から12歳半以内……」


「ッ」


「口内の状態から言って此処まで来るのに1か月以内くらいか」


「~~~」


「南部から此処までの移動ルート状には現在、幾らかの風土病の流行地帯があるから、長い旅をしていたとも考え難い」


「―――」


「風土病に掛かると口内炎が酷いらしい。歯並びは良いようだし、食事をしてから歯磨きも欠かさない。上流階級じゃなきゃ普通は毎日磨かないから臭うんだがな」


「………」


「恐らくは空路。水路でも大規模に帝国周辺に繋がるのは東部経由だが、東部経由の水路だと4か月掛かるからな。お前の上司もしくはその上は優秀だな。オレを殺せという命令は実質此処3か月以内に発された最短最速の命令って事になる」


「………」


「お前の便を検査したが、食い物は豆類が主なようだ。南部原産のものだったって話だから、一月分の食糧を持って空の旅ってところか」


「………」


 チラリと相手を見たら、もう何も聞かないと言いたげに目と耳を塞ぐように縮こまっていた。


「はぁぁ、デュガ」


「え~~そういうのは自分でやるべきだろー」


「頼む」


「はーい。ほーら、嫌でも聞くんだぞ~ウチのお姫様は容赦ないかんな~」


「ッ」


 デュガが相手の耳が聞こえるように両手を上げて腕で耳を抑えていた少女を普通の姿勢に戻す。


「ちなみにお前の手の指の具合から見て、剣を握る蛸があるから、軍人もしくは貴族のような軍務、暴力に従事する家系だな?」


「ッ~~~!!?」


 親指が縛られているのも構わずに拳が握られた。


 もはや相手はこちらを睨み殺しそうだ。


「そうだな。お前を解析、状況から推測してみるにこういう物語はどうだ」


 地図を閉じて、相手の前に胡坐を掻いて座る。


「あ、はしたないんだぞ~~!! 侍従長に言っちゃ―――」


「言ったら、明日から1週間、菓子の配給は無し」


「何でもありませーん」


「よろしい。はぁぁ(*´Д`)」


 溜息一つ仕切り直す。


「お前は皇国南部に産まれた。幼い時に始まった戦争でお前の家は南部皇国側に付いた軍人もしくは軍関係者の家系でお前は小さな頃から戦場に起つ父親なんかを見て育った」


「ッ」


「しかし、お前が戦場に出るよりも先に戦争は終結。学徒動員ギリギリで戦争は止まったが、お前の家は敗戦後に没落」


「~~~ッッ」


「南部皇国はしかし軍の立て直しで子供を大量に軍で使う事にしてお前を徴兵。バイツネードの生き残りによる教育を施して使える兵隊にしようとした」


 相手の顔はもはや畏れなのか。


 あるいは驚きなのか。


 唯々、震え始めていた。


「お前は父親を失って没落した家を建て直す為に戦場に散る覚悟を決めたが、優秀なお前は軍務としてバイツネードの暗殺業務での捨て駒。いや、それ以下の囮として駆り出される事になった」


 もはや相手はまた泣きそうだ。


「お前の任務は暗殺し易くなるように敵を油断させて足止め、注意を引く事。お前の上司はお前にこの仕事が終われば、家の再興を約束した」


「どうして……」


 そう少女がポツリと怯えたようにこちらを見やる。


「ん? 当たってたか?」


「………」


 思いっ切り顔を逸らされた。


「だが、此処からが面白いからよく聞け。お前の上司が言ってた事は嘘だ」


「!!?」


「何故、そう思うのか? お前も薄々気付いてるんじゃないか? こんな子供は幾らでもいるし、お前みたいな子供を使い潰しても何ら軍には問題が無い。そもそも、今の南部皇国に没落した家を再興する意味が無い」


「い、意味が無いってどういう事よ!?」


「ようやく喋ったな。少しは聞く気になったか?」


「ぐ………」


「今の南部皇国を外側から見る限り、戦争なんかやってる暇なんて無い。すぐにでも国家の基礎を固めなきゃマズイ状態だ。なのに軍拡してる」


「それがどうしたの!!?」


「解ってるのを聞くのはそれを認めてるようなもんだな。軍は子供を単なる兵隊の代用品としか見てないし、真っ当に面倒を見る気も無い」


「それはっ!?」


 悲痛な顔だった。


「全て使い潰して北部皇国に復讐する為の駒。皇帝はお前らなんぞ使い捨ての道具としか思ってない。上から見たらお前はバイツネードの付属品扱いだ」


「………ッ」


「おっと、自殺してもいい事無いぞ。それと舌を噛み切っての窒息死は入水自殺以上に苦しいからお勧めしない。そもそもあんまり死ねないし、窒息死は苦しいぞ。死ぬなら痛くない即死系の毒薬がいい」


「あなたは……小竜姫……何を私に言いたいの!?」


 少女の瞳はもはや名状し難い程に混乱と混沌の極地だ。


 悲哀の中で朽ちていく事を義務付けられた運命への嘆き節に満ちている。


「名前は?」


「………イメリ……イメリ・カダスン」


「じゃあ、イメリ。お前、自分の家に残った家族や自分の身を犠牲にしても助けたい人物っているか?」


「どうして、そんな事を聞くの?」


「今後の予定の参考にな」


「……母は私が軍務に行くと聞いた翌日に亡くなった……もう、私の……私には……うぅ……ぅぅぅ……っ……」


 ポロポロとどうやら溢れ出した感情を堰き止め切れなくなった様子の少女を観察し、相手が暗示や思考誘導されていないかを確認する。


 脈拍、所作、動作、工作員は本当に思い込みだけで役柄を演じ切る事もある。


 数十年も潜伏する人間が冷戦下では確かに存在したし、そういう人物達は間違いなく本当の専業従事者だ。


 顔をデュガに挙げさせて、目を覗き込んで確認。


「ふむ。本当みたいだな。で、今更に祖国に忠誠とか誓う方か? お前」


「ッ―――私は皇国の兵士よ!!」


「成程……つまり、お前は皇国の為に働くんだな?」


「ええ、絶対敵になんか!! 貴女のような人間に寝返らない!!」


「ははは……左様か」


「あー終わったな。うん。ご愁傷様だぞ。ええと、いじめ?」


「イメリよ!?」


 涙を振り切るようにボケたデュガにイメリが食って掛かる。


「解った解った。じゃあ、これからはお前はオレの下で皇国の為に働くって事で」


「はぁぁ!? 何を言ってるの!?」


「ノイテ。アレを持って来い。指も外してやれ」


「もう持って来ています」


「……何で解った?」


「これでもメイドをして長いので」


 数か月ですっかり馴染んだらしい。


 イメリの前にシートを敷いて、その上に企画書というよりは計画書の一部である製紙を積んだ。


「何を……これは何!?」


「皇国の未来図だ」


「みらい、ず?」


「これからオレが皇国を貰うに際しての国内整備計画の概略だ。皇国の上層部なら欲しいかもしれないくらいの代物だが、お前になら見せてもいい。それから決めろ」


 ノイテがビーチチェアの横の台に温かい紅茶を入れているのでソレを呑みながら、果実を齧る。


「………ッッ」


 少女は食い入るように書類を見始めた。


 夕暮れ時すらも超えていく空の静寂。


 揺れるランタンの明かりが水面で反射する。


 ゆったり休憩時間を満喫して夜のお仕事の手順を脳裏で確認しているとガタンと相手が崩れ落ちるように涙目で資料を落として地面で両拳を握って震えていた。


 その顔はクシャクシャだ。


 そして、その理由は単純だ。


 どうして、こういうものが敵と言われた連中のところにあって、自国の人間の手で造られなかったのだろう。


 という哀しい現実が受け入れるには苦しいからだろう。


「どうだ? お前ならどうする? イメリ・カダスン……お前は皇国の為に戦う兵士なんだろ? お前は皇国の為に戦えるのか? 今の皇国じゃない。、だ」


「―――これが此処にあるって事は……最初から……」


「そうだ。お前がもしもオレの要望に応えられるなら、オレはお前にお前が護りたかった皇国をやろう。お前はそこでなら幾らでも真っ当な軍人をすればいい」


「だから、祖国を裏切れって言うの……」


「別にイヤならいい。その場合はお前はその皇国を見ずに死ぬ。一生、この地で死んだ魚の目でもして皇国の話を死ぬまでずっと遠くから聞いてるだけの人生だ。安心しろ。自殺する権利はやるぞ」


 その言葉にまた顔を反抗的にした彼女だが、すぐに俯く。


 言われた事の裏が解る程度には優秀なのは有り難い。


 理解力のある地位の高い家の人間というのはこういう点で説明の手間が省けるので中々にして人材としては優秀だ。


「殺さないのね……それが貴女のやり方? 小竜姫」


「フィティシラ。フィティシラ・アルローゼンだ。皇国の兵士。お前にまだ祖国を思う気持ちがあるのなら、乗れる船には乗っておけ」


「でも、殺すのでしょう? 皇国の人々を」


「ああ、殺すとも。基本的に戦争主導してた軍上層部の無能とか。今、軍拡を進めてる皇帝陛下とか。その取り巻きとか。民間人や下っ端軍人に用は無い。犠牲は最小限だ」


「それで皇国を乗っ取れるつもり!?」


 そんなのは不可能だ。


 個人の計画なんて単なる妄想だ。


 と、彼女は暗に言う。


 だが、その視線は書き込んだ計画書を前に歪んで哀しそうに崩れていく。


「なら、聞くぞ。今の皇国にこのオレを止められる力があると思うのか?」


 片手の手袋を外してみる。


 箔付けには丁度良い小道具である。


「―――その手は……バルバロスの呪い?!」


「知ってるのか? まぁ、後でいい。少なくとも南部皇帝や負け続けの超人(笑)集団に負ける理由は無いな」


「(うわ、連中が聞いたら一族総出で襲って来そうな台詞だぞ)」


「(今更でしょう。どうせ、全部滅ぼすなり、取り込むなりしそうな勢いですし、黙ったままがいいかと)」


 後ろのヒソヒソする外野は置いておいて立ち上がる。


 相手の前で手を差し出してみた。


「あの泥船の船頭連中が導くよりはよっぽどに綺麗事が罷り通る世界にしてやる。それに書いた通りだ。オレは不合理や無駄な事は嫌いだ。戦争もな」


 その手を数秒か。


 数十秒か。


 見ていたイメリがその手を―――取った。


「嘘を言っていたら、私が貴女を殺す」


「出来るならやってみろ。まだ、その気は無い」


「何処までも太々しい女……」


「まだ子供のお前に言われる程じゃない」


「フン……」


「ようこそ。イメリ……此処が歴史の分岐点の一つだ。お前の協力でオレの計画はまた一歩順調に進んだ」


「貴女を見張ってやるわ。フィティシラ……」


「そうか。なら、オイ。ノイテ」


「もう持って来ています」


「何で解るんだよ」


 思わずそう苦笑していた。


「長い事、貴女のメイドをしていますから。サイズはデュガの予備ですが、足りるでしょう」


「な、何?」


 ノイテが黒いシートで包まれた何かを持って来ているのに気付いてイメリが汗を浮かべる。


「さぁ、あちらで着替えましょう。今度は恥ずかしくない場所ですので」


「え、あ、ちょ―――」


「後はそっちに任せておけ。仕事に付いてはいい。明日からゆっくり先輩に聞く事だ」


 ズルズルとイメリはノイテに連れられて何処かへと消えていった。


 手袋をまた嵌めておく。


 どうやら、この手に関しても情報が転がり込んで来たらしい。


「なぁなぁ、ふぃー。何見せてたんだ? この書類……あ、皇国語で書かれてる?」


「簡単に言うと統治計画だ」


「統治計画って、皇国の占領計画か?」


「ああ、まともな統治用のな。南部の協力者に見せる為に書いてたヤツだな」


「どうしてソレで協力してくれる気になったんだ?」


「10年単位の計画だ。今、ボロボロの皇国の人間が心の底から欲しい言葉と現実的な折り合いを細かく指摘して、現実で造る制度の主要骨子を全て綿密に書き込んである」


「それだけで動くのか?」


「具体性があって実現性しかない計画だからな。皇国の法制度や実態生活上の福祉政策も商人連中や元在住の有識者から聞いた情報と取得した法律の書籍を元にして改善策を多岐に渡って作った」


 勿論、大学の講義で民法は取っていた。


 そんなのの単位さえ取得していれば、後は日本のテレビでやってる法律系番組の知識とか借りる程度の話だ。


「つまり?」


「もしこうだったなら、もっと違っていたはずだ!! という皇国人の恨み節が限界まで自分の望んだ通りに現実との折り合いを付けて書かれてある。要は皇国人にとっての理想だ」


「理想ねぇ……それってふぃーのじゃないか?」


 微妙に怪しげな視線で書類をデュガが眺める。


「さぁ? 理想ってのは何よりもまず自国民くらいしか書けないと思われがちだが、こうやって此処に存在してるんだから、相手のオレへの心証は皇国に理解があるヤツだっていうので固定化される」


「うわぁ……(´Д`)」


「何だ。その顔……」


「知ってるぞ? どうせ書いてない事が山積みなんだろ? 間違いないぞ」


「解ってるじゃないか。これに+α……更に書き加えるのがオレ流だ」


「可哀そうないじめ。いめじ?」


「イメリだ。覚えてやれよ。これからお前の後輩になるんだぞ?」


「ふぇ?」


 やれやれと肩を竦める。


「それにしてもふぃーって皇国語読めるし書けるんだな」


「別に皇国が攻めて来るって聞いてから時間がある時に勉強しただけだ」


「え?」


「生憎と昔から言語関連の能力は高いからな。レッスンも現地の外交官だった人間に習ったから、発音は綺麗なはずだぞ。ま、常用語句で1万、専門用語で4000も覚えれば十分だろ」


「ふぃーってホント……いや、何でも無いぞ……言うと現実になるってよく言うからな……」


 こうして、その夜の最後。


 デュガが疲れたような顔で溜息を吐いたのだった。

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