第22話「北部大計Ⅱ」


 ヴァドカ軍の殿に追い付くまで約3日。


 さすがに歩兵が歩いているだけあって、かなりの鈍行なのは現代の機械化歩兵でないのだから当たり前ではあったのだが、助かる事この上無かった。


 伸び切った列は未だに戦列歩兵ばかりであり、槍や小型の弩弓などが兵器の主流だ。


(ようやく追いついたな……)


 実際、帝国でも未だにソレはあるものの。


 テルシオなどの大昔の欧州で使われた戦術がこちらは現役。


 単なる騎馬と歩兵と槍、弓、弩弓、時々馬に引かせた戦車で戦う大陸史上で事実上のファンタジー要素抜きなら鉄製武器持ってる最強軍隊だったりする。


 マスケット銃のようなものが無いというだけで殆ど中世の最精鋭な軍隊くらいの威力はあるだろう。


 無論、それ以上の相手はいる。


(南部は南部でファンタジーな魔物使って戦争中だし、一概には最強って言えないかもしれないが、帝国って軍隊だけは本当に真っ当なんだよなぁ……この時代水準でだけど)


 大砲も今のところは発明されていないが、ぶっちゃけファンタジー要素の空飛ぶバルバロスが猛烈に航空戦力として強いというだけで後は大体中世基準。


 だが、それにしてもヴァドカも弓を使う騎馬である弓騎兵と精兵である常備軍の歩兵だけでも随分と北部の中では異端だ。


 よく見れば、その軍隊の後方には工兵らしき相手も見えるし、スコップが担がれているのを目撃すれば、侮る事は出来ない。


「フィティシラ姫さん!! 見えて来やしたよ!! あれがヴァドカの本隊でさぁ!!」


 気の良い山賊の棟梁。


 隻眼の部隊長の名はザルクと言った。


 途中、仲良くなっておこうと川沿いで身体を石鹸で洗わせるやら、気分が良くなって症状が回復したと嘘を吐いて復帰させたデュガやノイテに観察ついでに世話をさせたので身なりは小ざっぱりしつつ、人間と共存関係を築く害虫にも消えて貰った。


 が、微妙にデュガが意気投合した様子で道中は会話が弾んでいた。


 ああいう荒くれ者にはデュガシェス様は好かれ易い性質なのです。


 とは、ノイテの言だ。


「これがヴァドカ本隊。総勢で2、3万はいるか? 内訳は解るか?」


 ノイテに言うと彼女がすぐに馬車の外を見つめながら相手の軍隊の構造を分析していく。


「歩兵が恐らく4000、槍兵が3000、騎馬が1000、土を掘る道具を持っているのが3000、後背から物資を持って来ている部隊が凡そ4000、残りが農奴もしくは買われた奴隷と傭兵、でしょうか? 目視の概算になりますが」


「傭兵と奴隷連中の様子は?」


「疲れ切ってるようですね。まぁ、この距離を装備も食事も乏しくやって来たとなれば、初戦での相手の突撃を受けさせる肉壁役でしょう」


「ありがとよ。はぁぁ、ホント、これだからファンタジーは……」


「ふぁん? よくある戦争時の手ですが?」


「だよなぁ~~ウチは竜があるから使わなかったけど」


「帝国は犯罪者使ってる分だけマシって事か……」


 愚痴る間にも外から声が響く。


『こちらザルク隊だぁあ!! 後方から帝国貴族の方を連れて来たぁああ!! 道を開けてくれぇええ!! ライナズ様に御目通り願うぅうう』


 本隊で恐らくは中核人材を囲っている部隊に聞かせているのだろう。


 それを聞きながら、窓枠から澄ました顔を見せて置く事にする。


(さて、後はあのお姫様に期待しておこう)


 馬車が進んでいくと。


 次々に騎馬と擦れ違う。


 帝国貴族の馬車の威圧感をものともしない様子で顔色も変えないのだから、相当なものだろう。


『移動中の本隊が見えて来やした!! 斥候は恐らく会戦予定の場所まで届いてますが、まだ本格戦闘にはなってやせん!!』


「ありがとうございます。ザルクおじさま。本陣の周囲の方にこちらの事情を話したら、お咎めを受けるかもしれないので陣から離れておいて下さい」


『そ、そんな、姫さんを置いて行くわけには……』


「いえ、此処まで十分に多くのものを受け取らせて頂きました。どうかご自身と仲間のお命を優先して下さい……」


『わ、解りやした。フィティシラ姫さん……ど、どうか、お気を付けて……」


 実際、ザルクにはライナズとか言う今回の戦争の主導者にして大将の情報をかなり貰っていた。


 随分と対策を立てるのに役立った事は間違いない。


 窓から離れたザルク隊が本隊の上級の命令系統に属するのだろう騎馬隊に事情を話すとすぐにその場から頭を下げてから離れていく。


 現在地は凸凹としてはいたが、まだ歩けなくも無い街道沿いの草原地帯。


 大量の人員を養う為の物資。


 とくに水を得る為に川沿いを侵攻していた。


 そして、それに並走するように特別製の馬車は流していたが、やがて巨大な角笛の音と共に各地で止まれぇええと大声が響き始め。


 殆どの部隊が止まって小休止を取る事になったようだった。


 一級河川だろう川岸には数十隻の船が縦列しており、本国からの補給物資が荷下ろしされ、また同時に川を遡っていく。


(さすがに大軍を動かすには川沿いで船からの補給が必須か)


 そう観察している間にもゾムニスが周囲の指示で馬車を更に本隊の深くに進める。


 街で雇った護衛という体で食料を手配したと嘘を吐きつつ、合流するのには手間取ったが、街に引き返させたアルジーナの方に動いて貰ったおかげで食料やら他の物資も疑われずに回収出来たのだ。


『帝国の方!! 馬車より降りられたし!! ライナズ殿下が謁見するとの事であります!!』


 山賊にお芝居をしていた時に笑い死にそうになっていたデュガも今は復調している……あの時は本気で呼吸困難になりそうなくらいに笑いを押し殺していたらしく。


 当日の夜中には夢にまで見て笑ったとか。


 そんな竜の国のお姫様もすっかり侍女役が板に付いている。


 ドアが開かれ、2人のメイドが絨毯を敷き、その上にそっと降り立つ。


 帝国式の女性の歩き方は左程難しくない。


 静々と音を立てずに慎ましく歩くだけだ。


 スーパーモデルみたいに歩く練習を家でさせられたのは良い想い出には入らないが、こうしてやってみれば、役には立っている。


 正に昼時。


 太陽も左程熱く無く。


 いや、むしろ丁度良いくらいの温かさ。


 これが陽光の陰りと共に10℃以下にまで下がるのだから、北部の気候は厳しい。


『おおぉ……アレが帝国貴族……』


『だが、子供のようだぞ?』


『女が帝国の名を背負っているのか?』


『如何なる傑物ならば、あの歳で……』


 ざわつく人の波がモーセよろしく海みたいに割れていく。


 そして、その先には白馬から降りたらしい男が床几……簡易の椅子に座って待っていた。


 周囲には次々に棒が付いた白布が立てられ、陣が形成されて周囲から人を遠ざけていく。


 その最中も男は不適な笑みでこちらを見つめている。


 表情から察するに自身満々な人物である事は確かだろう。


 だが、驕りのようなものが見えない。


 それは武人だからなのか。


 それとも単純に王族極まってるからか。


 またはそういう人格だからだろう。


 虚勢など張らずとも大物そうだった。


「初めまして。わたくしは帝国の方から参りました。フィティシラ・アルローゼンと申します。ライナズ・アスト・ヴァドカ王太子閣下」


 相手の外見だけを見るならば、薄暗い金髪の癖っ毛を揺らしたライオンというよりは大きな獣全般が纏うような猛獣の気配をさせた20代だった。


 容姿は美男子の部類なのだが、その顔付はその歳でもう何処か完成されている感があり、帝国貴族を前にしてもまるで揺るがず。


 薄く笑みを浮かべている様子はかなり帝国でも見た事のある最上位貴族連中の当主などに共通するところがある。


 恐らく足りないのは権謀術数を旨とする帝国貴族の愛嬌や悪い笑みくらいだろう。


「……そう硬くならずともいい。お互い、腹の探り合いをしにこんなところまで来たわけではないだろう? 帝国の姫君よ」


 その言葉に驚く。


 どうやら、相手は観察眼も随分と高いらしい。


「さて、確かに硬くなっていたかもしれません。ですが、わたくしは此処に己の意志で立っております。そう友に対するように気安くとは参りません。閣下」


「くく、面白い獲物が掛かったものだ。どちらかと言えば、ユラウシャの間諜でも来ないかと暇に思っていたのだがな」


「お戯れを。わたくしが正しく帝国の間諜そのものでありましょう」


「ほう?」


 ざわつくライナズの周囲の男達だが、すぐにライナズの背後で沈黙する。


「ライナズ閣下。今回の戦はどちらが仕掛けたものでありましょうか?」


「無論、勿論、我が方から。まぁ、宣戦布告も無かったが、戦は当の昔に始まっていたな」


「それはどういう?」


 ライナズが肩を竦める。


「なぁに……海からの荷が滞り始めたのだ。何のかんのと言い訳をされながら数か月……ようやく父王も重い腰を上げてな? こちらの間諜が連中の戦の準備に気付いて、相手の体制が整う前にユラウシャを潰す事にした」


「それだけだと?」


「ああ、それだけだ。何やら北部で色々と連中はやっているようだが、今ならまだ我が国の軍で潰せる。先に仕掛けて相手を削るのは戦にて上道」


「………ユラウシャそのものには然して興味が無いと?」


 相手は当然の事実を述べただけで、それが軍を動かした理由だと言っていた。


「あの海の商人連中の考えそうな事にこの内陸の我が国が軍以外で何か解決策が必要であると? そもそも国を動かす者はこの場にはおらん」


「ご自身はあくまで剣だと?」


「ただの剣ではないとも。大剣だとは豪語しよう」


 限りなく動かしづらい相手だという事は解った。


 生憎とそれでは困るのだが。


「つまり、ユラウシャが大人しく為れば、軍は引いて頂けるのでしょうか?」


「はははは、まぁそうだな。一度動かした軍を戦以外の理由で止めるとなれば、相当の理由がいる。同時にまた相当の利が必要だが」


 のらりくらり。


 だが、その目は笑っていない。


 だから、面倒過ぎる事が解ってしまう。


 こういう手合いに押し問答は殆ど意味が無い。


 確信と決断と現実だけが、こういう類には効くのだ。


「ちなみにわたくしが此処に参った理由には当たりが付いているでしょうか?」


「ほう? 試されているのか?」


「交渉前の事前確認です」


「ふむ。聞いた話によれば、銅鉱山をあの何も無い邦に開くとか。まぁ、今、帝国が北部に侵攻するというのは考え難い。だが、北部を放ってもおけないとなれば、何かしらの手を打つとは思っていた」


「………」


「こちらから見れば、帝国が重要人物を送ってくるというのは予定調和に過ぎん。だが、戦を止めに来るというのは解せんな」


「では、わたくしは何をしに来たと思われますか?」


「帝国も一枚岩ではないと聞くが、そちらを見て考えは変わった。どうやら帝国には先見の明がある者もいるらしい。でなければ、我が国がユラウシャを取り込むのを止めようとはすまい?」


 ライナズが初めて床几から腰を浮かしてツカツカとこちらの手前まで歩いて来ると上からこちらを覗き込む。


「そなたの問いに答えよう。フィティシラ・アルローゼン。何故、此処に来たのか? それに答えは無い。いや、戦を止めようというのも一つの答えではあるのか。だが、それよりも大きなものをそちらは見据えているように思える」


 僅かに瞳が細まる。


「ですが、そちらのお言葉を聞く限り、軍を止める理由には成り得ないと言われてしまいそうですね」


「その通りだ。今は小休止、此処から残り一日を踏破すれば、ユラウシャは目前。想定よりもさすがに早過ぎる行動であちらの防備はまだ固まってはいまい」


「つまり、好機は逃せないと?」


「此処は軍である以上、戦う為に最善を尽くすべきでは?」


「……では、最善を尽くして頂けると?」


「約束しよう。我が軍はあちらの統制の取れぬ傭兵とは違う。必ず最善を尽くそうとも……それが北部においてヴァドカが生き残って来た理由でもある」


「左様ですか。では、最善を尽くして頂きましょう」


「何?」


 初めてライナズの顔色が変わった。


 止められないと知ったならば、どうするか。


 それが涼しい顔で最善を尽くせと言われたのだ。


 そして、止める方法はコレしかないだろうと認めていた手紙を懐から取り出す。


「本来は我が騎士が各国に渡しているものですが、結局最後まで渡せなかった為、不躾ながら手渡しとさせて頂きます」


「手紙、だと? 面白い。目の前の相手からそんなものを渡されるとは……」


 面白がった様子で笑みを深くした男がこちらの両手で差し出した手紙を丁重に受け取ると、封を破いて中身を取り出し、目を素早く奔らせる。


「…………」


「これはわたくしが各国の方達に出した手紙の原文。その一部です」


「…………」


 ライナズが笑みというには引き裂けそうな吊り上げ方で口の端を曲げて、最後には恥も外聞もなくゲラゲラと嗤い始めた。


「ははははははははっ!!!」


 その様子は実に狂人のようだが、劇画にしたらよく映えそうなくらいに何処か芝居がかってもいたかもしれない。


『王太子!? どうなされましたか!?』


「静まれ静まれ。くく、ははは、ふ、ふふふっ……」


 大笑いを何とか治めたライナズが目の端を拭った。


「面白い。実に面白い。本当に……こんな事を真顔で書いて出したのか? 北部諸国の連中に? 全ての国に?」


「はい」


「ふ、ふふ……何とも傑物と言うべきか。まるで北部諸国が道化ではないか!! 愉快!! 愉快!! 生まれてこの方、このように痛快であった事は何度も無いぞ!! フィティシラ!! フィティシラ・アルローゼン!! お前は北部諸国を滅ぼしても覇道を征く者か!! ああ、ああ、確かにあの音に聞く悪虐大公の血を引いている!! 間違いない!!」


 心底、愉快そうに愉悦の瞳で、男は爛々と輝く肉食獣の瞳でこちらを見た。


「このライナズ・アスト・ヴァドカが認めよう。出会って、まだ半刻も立たずとも、お前は今北部諸国を掌で転がす大悪女だ!!」


「お褒めに預かり光栄です。ライナズ閣下」


『王太子!? い、一体、どういう事なのですか!?』


「この手紙を読んでみろ。読めば解る」


『は、は!!』


 手紙が周囲の男達の手に渡って読まれ始める。


 その間にライナズが指示を出し始めた。


「無駄な事はしないに限るな。軍を引け!! 半数をヴァドカ本国へ!! もう半数は再編する!! 急げ!! 全ての兵科を半数に分けよ!!」


「では、わたくしはこれよりユラウシャへと向かわねばなりませんので。おっとりと駆け付けて下されば幸いです。閣下」


「考えておこう。次に合う時、そなたが屍でなければ、我が妃にならぬかと求婚してしまうかもしれんな」


「御冗談を……未だ学生の身。そういうのは卒業してからにして下されば、幸いです……」


「くくく、何とも食えぬヤツ……再び生きて相見えよう」


「ええ、その時は殺し合いにならねばいいですね」


「さて、どうかな。世の不思議、世の習い、世の約束に何も確かな事などありはしないのだ。お前がそれを作るというのならば、その時は是非とも誘って欲しい」


「考えておきます。では、これで」


 再び馬車に乗り込む時も唖然とした周辺の兵は止める事も無かった。


 こうしてゾムニスが実際緊張しているのだろうが、何食わぬ顔で馬車を出立させると背後からは手紙を読んだ男達の絶叫にも近しい叫びが上がって、すぐに誰かに黙らされたようだった。


「なぁなぁ、フィー」


「何だ?」


「一体、どんな手紙書いたんだ?」


 紅茶を入れた二重底の水筒から入れたお茶を自然と出したデュガが訊ねて来る。


「ん? ああ、もう種明かししてもいいか。ほら、これ」


 手紙の予備をデュガに渡す。


「ええと? 何か文章欠けてないか? これ」


「原文だからな。同じ文章のところだけしか書かれてない」


「ふむふむ。『のような理由により、帝国は然るべき北部諸国の所有権に付いての合議を行う帝国を主宰とした合同会議の発足を此処に宣言し、この会議は各国の軍及び全ての諸国との間での交渉の場を設ける事とする。期日は…………2週間後? 場所は……ヴァドカ首都? 尚、合同軍事訓練もまた同時に行う予定である。全軍の派遣要請を帝国が行うものであり、我が国との軍事的関係を今後とも考慮される場合は是非とも平和の祭典として全軍での来訪を……えぇぇ……」


 思わずデュガが思わず困惑した様子になる。


「な、なぁなぁ、ふぃー」


「何だ?」


「ヴァドカで会議するのか?」


「ああ、そう書いてるな」


「北部諸国の所有権て何だ?」


「簡単に言うと誰が一番強いかな決定戦だ」


「お、おお、わ、解り安いな!! いや、それよりも勝手にヴァドカでやるのか!?」


 どうやらさすがに流されなかったらしい。


 それを聞いていたノイテとゾムニスが物凄い顔になる。


「まさか、ヴァドカに軍を無理やり集めさせたのですか!? こんな手紙誰が信じ……いえ、そうでしたね。一攫千金、ですか?」


 ノイテにも解ったらしい。


 帝国の要請でも全軍でヴァドカに向かうとか。


 普通は考えられない。


 だが、北部諸国の統合、その為の大規模な融資、諸国へのテコ入れが銅鉱山の噂で持ち切りの各国に現実味を帯び、それがヴァドカで行われる。


 これに意図を感じないものはいないだろう。


 今、ヴァドカはユラウシャと戦争をする為に軍を北部に移動させている。


 という事は、ヴァドカは今がら空き。


 それを知った上で帝国がヴァドカに全軍を出せと言っているのだ。


 それも平和の祭典にしたい、だなんてもったいぶった理由を付けて。


「これを鵜呑みにする国家は無いでしょう。ですが、これを深読みすれば、ヴァドカを山分けして、後で戻って来た軍を各国の出す全軍で叩く事も視野に入れているとも読める。もしもヴァドカの一部でも取れれば、他国にとっては正しくこれ程に美味しい話はない」


「そう、どう転ぼうが、帝国がヴァドカでやると言ったら、来るしかないんだよ。だって、そうしなきゃ、投資も何も無いんだからな。交渉の場は此処なんだと言ったら、相手は来るしかない。来ないままに仲間外れになりたい国は無いよなぁ?」


「君というヤツは……がら空きのヴァドカ本国に諸国の軍を集結させたのか? それも軍事訓練や北部諸国の未来を決める会議をするからと。最もらしい理由を付けて、ヴァドカに了承を取りもせず……」


「取る必要があるか? それとヴァドカ本国にも手紙は送っておいたぞ。さっき言わなかったがな」


「詐欺師の手口ですね。間違いありません……」


 ノイテが大きな溜息を吐いた。


「ちなみにヴァドカに送った手紙は単純だ。北部諸国の統合に付いての話し合いがある。受け入れ準備をして欲しい。これを断った場合、北部諸国の統合に関してヴァドカは発言が無いものとして扱う。こんな感じか?」


「うわぁ……大混乱になるぞ?」


「どっちにしてもヴァドカ本国の周囲に軍が展開して待機する事になる。2週間と書いてるが、ソレは遠い国用でな。他はもっと早く来いって急かしてる。勿論、帝国抜きで勝手に始める馬鹿はいないよなって釘も刺した」


「あ、後ろで聞いてたアテオラが泡拭いてぷくぷくしてるぞ」


「結構、繊細だからな。アテオラは……大丈夫大丈夫。戦争とかにならないって。ちょっと穢い大人とゲスい他人の不幸が蜜の味な連中に餌と実益と陰謀をぶら下げてやっただけだから」


「ぷくぷくぷく……」


「まともな国ならこんなバカげた話には乗らない。だが、生憎と此処には乗るしかない疲弊した国ばっかりだな。自分の国をどうするのか決めるんだ。他国が集まったら何決められるかわかったもんじゃないし、発言しなきゃヤバイってだけだ」


「ぷっくくくくくくくく!!?」


「軍まで出してくれる帝国と仲良くなりたい国は多いかもしれないが、単なる軍事演習だ。みんなで仲良く剣の腕とか弓の腕とか競って、お前の国すげーなって言い合うだけの場だぞ? 健全だろ?」


「ぷく……そ、そうでしょうか」


 復帰したアテオラが口元をハンカチで拭う。


 近頃、驚き過ぎて耐性が出来たらしく。


 何だか短時間で自分で口元を拭うくらいには逞しくなっていた。


「いや、絶対騙されてるぞ。アテオラ……」


 ボソッと呟いたデュガが珍しく疲れたような顔になった。


「まずそもそもお前が教えてくれた情報を元に相手の国の悪いところを暗に罵倒しまくったり、痛いところを突いて解決して差し上げる事も出来ますよって飴をやったり、そういう『お前らの事は全部丸ッとお見通しだ!!』的な文章が最初に付くから、相手も真面目に聞いてくれるんだしな」


 その言葉にノイテが顔に片手を当てた。


「ああ、これはキツイですね。自分の国の一番突かれたくない点を帝国が知っていて、それも含めて会議しましょう。なんて言われたら……それに北部諸国を統合する会議を立ち上げるとか言い出されたら、さすがに本気だと思わざるを得ない」


「ついでに一番問題になっているヴァドカを会議場所に指定する辺り、確信犯なのは相手には伝わっているし、どうするにしても軍が全力で動けないと他国に取り分を持って行かれかねないと誰もが考えてしまうわけか」


 ノイテとゾムニスがこの悪魔という顔でこちらをさすがにジト目で見つめる。


「軍の再編が終わるまで恐らく2日から3日。それまでにユラウシャの上層部の状況を把握して、ダメそうなら叩いて中枢をぶっ潰すし、良さそうなら取り込む。どうなるにしろ。これからだ。頑張って貰うぞ。全員」


 背後から誰かが自分を遂に止めに来る事は無かった。


 別に帝国はヴァドカに宣戦布告したわけではないのだ。


 向かう先のユラウシャまで後1日と少し。


 これからが大仕事なのは間違いなかった。

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