第342話「神な下僕と握手会」


 昼、恒久界でハーレムや一部の大人達の面々とネロトの握手会が開催された。


 何を言ってるか分からないと思うが、過去の記憶を思い出した連中は混乱しつつも、こちらで用意した正しい歴史パンフレットを片手に何か諸々納得出来ないような顔になりつつも、理解したようだった。


 魔王応援隊の方は自分に手が出されていなかった事に驚愕しているようであったが、問題は探訪者ヴィジター連中か。


『月竜が存在して無い過去の国だったとか言い出したニャ!! この魔王!?』


『それはさすがに……幾ら魔王様でもちょっと……』

『正気を疑うデス!!』

『ボク知らないけど、ケンボーショーって治るのかな?』


『まったく、何を言い出すかと思えば、そんな事あるわけ―――』


 とか言ってた連中のビフォーアフターは凄まじかった。


「無かったニャァアアアアアアアアアアアアアア?!!」


「無かったデス!! 後、手も出されて無かったデス!!? でも、リヤは女の子の方がカワイイからそっちの方がいいデスよ?!」


「無かった?! うぅ、魔王さんは女の人に手を出さない悪い人? あれ?」


「そ、そんな……月竜が無かったなんて……姉さん……それに魔王閣下との事も……うぅ、記憶が二つもあるなんて混乱するしかないよ!?」


「マジかよ。いや、それよりも!? オレ、男だったのか!? ちょっと待て!? この中で一番記憶改竄されてるのオレじゃないか!? 乙女としての色々とか丸ッと全て知りたくなかったぞ?! 後、魔王との蜜月とかぁあぁ!?」


「やっぱり、こうなりましたね。ああ、こちらはこちらでやっておくので他の方達の方に回って下さい」


「任せる」


 仲間達が愕然とするのを何とかフォローしている元々大丈夫だったエオナは頷いて、その場で話し合いを始め。


 月猫の方は一番愕然としているのがケーマル・ウィスキーその人だった。


「自分が男……ふ、ふふ……これは中々衝撃的な……」

「けーまるもどる~?」

「ええ、後で戻して頂きましょうか。魔王閣下に」


 ユニに横から支えられたは今も際どいドレスタイプの衣装にケープを羽織っただけの姿だ。


「まぁ、そうなるよな。後、月亀の連中の事なんだが……」


 招集した月亀の面々。

 王様と王子様が物凄く狼狽していた。

 主神の悪戯。


 自分達の亀甲縛りトレンドが実はついだった事に衝撃以上の事実を感じたらしく。


 ガクリと膝を付いた程だ。


「月亀の方は影響が大き過ぎるから、元に戻った連中以外は治すかどうかは保留にしておくぞ~~後、そうなると思って衣服は用意しておいた。あっちの部屋で着替えて落ち着いたら何食わぬ顔で業務に戻ってくれよ~」


 憔悴した王様と王子様はイソイソとマントで身体を蔽って別室へと向かっていく。


「ご主人様。これでいいですか?」


「ああ、良くやった。それにしても記録してみたが……お前の性質みたいだな」


「せーしつ?」


「気にするな。ちょっと神様は上書き耐性があるってだけだ」


「???」


 握手会終了後。


 アワアワしている嫁の半分くらいには諸々の事情をこちらでも何度か会話で聞かせながら後の事を協議し、フラム達にそちらのサポートを頼んで大使館を出た。


 ネロトはこちらの様々なお仕事の要望に対して誠実に仕えてくれている為、今はガルンに付けている。


 という事で月竜にようやく出発したのが正午くらい。

 高速で自身を砲撃のように撃ち出して加速する事十数分。

 蜥蜴の国の内部へと入り込むことになっていた。

 麒麟国の首都は深い森。

 いや、草原や沼地が同居する一帯だ。

 生い茂る長草に足元は見えず。


 しかし、今も大量の無限湧きな化け物が首都はともかく国内ならきっと少しはいる、はずなのだが……首都上空まで来ても動く者は無かった。


 中世都市と呼べるくらいには発展した様子の地域はそれなりに大きく。


 外から内部を見えないように覆い隠していた結界はどうやらもう消えている。


 一番大きな通りの内部に降りると。

 商店の店先にイソイソと双子の軍人がやって来ていた。


『やぁ、良い天気だね』

『やぁ、本日は御日柄も良く』


「何処でんな会話覚えて来るんだ? いや、覚えてるのか? そんな前の事」


『あはは。人間、何でも意思の持ちようさ♪』

『僕らって平和主義者の文系だからさ♪』

『物覚えと記憶力は良い方なんだ♪』


「お前らが平和主義者なら世の中は友愛博愛精神溢れる国家だらけだろ」


 思わず半眼になる。

 モスグリーンの軍服が同時に肩を竦めた。


「お前らが予め出迎えてるってことは予測されてたな。で、オレとF妖精さんとユニの姉は?」


『こっちだよ』

『そうそう。こっちこっち』


 二人に先導されて商店内部に入ると。

 店舗裏手の庭まで案内された。


「何だコレ……」


 思わず呟いたがそんなのは分かっている。

 穴だ。

 それも大穴だ。

 庭が丸ごと奈落になっていた。


『月蝶軍が再編されてる間にあちこちに通路伸ばしてたんだよね』

『いやぁ、岩盤が妖精さんのおかげでプリンになっちゃって』


「……お前ら、重要拠点まで地下トンネル彫ってたのか? なんつ―アナログな」


『来るかい?』

『降りるのにロープいるかい?』


「生身で結構だ」


 二人がやはり肩を同時に竦めて、持ち出そうとしたロープを横に置いて穴に飛び込む。


 それに続けば、深さだけで200mはあるようだった。


 まぁ、何事もなく地下に着地する寸前には灯りが見えたし、何もないランタンが四隅に置かれた地下空洞は数人が暮らすには丁度良い広さがあった。


 どうやって減速したのか。

 あるいは生身でそういうスペックを持っているのか。


 パンパン埃を払った双子軍人が四方に広がる幾つかの通路の一つに入っていく。


 すると、通路に次々と魔術の灯が松明のように整えられたクリスタル。


 触媒を枝に括り付けたものに煌めいて。

 奥へ続くトロッコが見える。


「……どっかの考古学者が出る映画か何かを想起するのはオレだけなのか?」


『ああ、間違ってない』

『F妖精さんの趣味らしいから』


「左様か」


 トロッコに前後を双子に挟まれて乗るという微妙な心地を体験しながら、普通に古びれた車体がスムーズに加速し、加速し、加速し、時速900km近い速度で加速し、唐突に止まったかと思えば、慣性を無視して普通に飛ばされる事も無く。


 トロッコの終点に随分と珍しい光景を見た。


「………」


 自分が自分の母親の子供の頃にそっくりだろう少女に膝枕されて、眠っていた。


 周囲は円筒形状にくり抜かれている一角。

 外からは太陽光が射しているが、内部は土色ではなく。

 光る柔らかそうなコケに覆われ、壁と床を一面覆っている。


 土の色が見えるのは土間のようになっている調理用らしき鍋が木製の枝で吊るされた焚火の周囲と奥に続くフローリングの先の……トイレなのだろうスリッパが置かれた区画だけだ。


「………」


 何と言うか。

 生活感出まくりであった。


 ジャーッと音がしたかと思うと何かスッキリしたような様子で何かオヤジ臭い欠伸をしながら妖精さんがフヨフヨ浮いてやってくる。


『おお、正しく双子というか同一人物というか。もう一組双子が増えるのは勘弁して欲しいと思う当たり、私も彼らに毒されている気がするな』


『何かサラッとディスられたよね?』


『妖精さんが双子になったら僕らの方が毒されるのは確実だよ?』


「お前らに毒されてる世界の方が気の毒だけどな」


 溜息一つ。

 しかし、そこで気付く。

 こちらの自分が起きて来る気配が無い。

 それどころか。

 自分の母親似な少女も目を閉じて動く気配が無い。

 耳が聞こえていないという事も無いだろう。


『ああ、彼と彼女には今潜って貰っててね。チョコバーとコーラならある。持て成そう。そう言えば、秘蔵の無修正ピチピチ合法〇〇歳なハードコアAVを発掘したんだが、一緒に見ないかね?』


「嫁で間に合ってる」


『く?! 男は女が出来たらAVを見ない?! んなわけないだろう!!?』


「興味があっても最上級を体験してる身からすると必要は無いな」


『オマワリサン!! コイツデス!!』


 妖精さんが物凄く犯罪者を見るような目でこちらを見た。


 絶対、普通の社会ならそちらがオマワリさん案件だけどなと内心で呟いておく。


 双子軍人がいつの間にかコケの上に座布団を敷いている。

 それに座ると左右に彼ら手前に妖精さんが座る。


「で、だ。潜ってるってのはブラック・ボックスの方か? それとも深雲の方か?」


『ブラック・ボックスの方だ』


 シレッと妖精さんが虚空にAVを流しながらアンアンオーイエスオーイエスやってるのをBGMに真面目な顔?をしてこちらに答える。


「財団のオブジェクトの使い方は一通り学んだが、歴史改変で滅んでない事にするとか止めろよ。オレの手駒が減るとか勘弁して欲しいんだが……」


『その話をするとだな。君が悪い』


「どういう意味だ?」


『委員会の中でも思想閥の連中は前々から目を付けていた。あれだけの能力はあの神野郎ですらも一目置くものだ。この世界の真実に辿り着いた蒼き瞳の英雄……その力だけでは足りないか?』


「足りないんだが。というか、そういうのは全部知ってるのか?」


『知ってるとも。至高天の話も殆ど察しは付いてる。この宇宙内部の人間にとって重要な部分は網羅しているとも。その上で君やあの男の宇宙すら横において繰り広げているのだろうには興味も無い』


「……何か思ってたより長話してるとまともだな。F妖精さん」


『博士と呼ばれた我々にまともと言ってくれたのは君で1000人目くらいだ。全員狂人だったがね』


「あーそうかい。重要人物に狂人しかいないのが悪いな」


『それについては同意見だ。思想閥の連中にはこちらの仕事を最優先させている。邪神連中が動き出す前に全て終わらせておかねばならないものでね』


「ミヤタ・トウゴウは今何してる?」


『大方、神の水でも支配中だろう。まぁ、彼らは良くやったが、あの主神の掌の上だな』


「……どういう事だ? さすがにこの世界の根幹のシステムだろ? 乗っ取られて大丈夫だってのか?」


『ははは、甘いな。ああ、おばーちゃんのプディングや子供の頃に舐めたキャンディ―より絶望的に……』


「予備があるとか?」


『予備以前の問題だ。神の水は魔術生態系の基礎ではあるが、単なる情報集積用の試作品だ』


「アレが試作品?」


『ギュレン・ユークリッド。ヤツが元々はオブジェクトだったというのは名前から察しは付いているだろうが、何故オブジェクトになったのかについては知るまい?』


「情報を漁っても出て来なかったな。階箸や深雲の方も色々と検索したんだが」


『教えてやる。数回に渡って歴史改変したからだ。財団がな』


「……それ程にヤバイのか? って事はユークリッドだなんて嘘っぱちか」


『いや、ユークリッドだとも。あいつ自身は……になるまではな……』


「詳しい話を聞こう」


 周囲のギュレン・ユークリッドの顔。

 いや、無数の人々の顔が映し出される。

 それは嘗てギュレンが見せた幾つもの顔。

 あるいは見知らぬ顔であった。


「ギュレン・ユークリッドは単一個人では無かった」

「想定の範囲内だ。自分で一人称を大量に使ってるしな」


「だが、問題はそういう特殊な事情の方じゃない。ヤツが開発していた技術の方だったのさ」


 妖精さんが肩を竦める。


 どうやらまだまだギュレ主神には秘密があるらしかった。

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