第340話「邪神と女神」


 エマ・アシヤと呼ばれる女性は委員会において幾つもの滅びの事を知った。


 それはたった一つの事を原因とする複数の諸関連事象の集合として認識される。


 例えば、地球環境の激変において芋虫の群体が全てを代替していく見えざる侵略。


 例えば、未だ旧南米沖に眠る〇〇〇-001の活動単位の上昇。


 例えば、委員会がその技術力によって自らの先兵としてオブジェクトを改造する現実。


 例えば、反旗を翻した天才による地球と月の断絶後に始まった超長期社会規模実験サルヴと呼ばれる月面地下世界の初期化。


 例えば、宇宙そのものの寿命と限界について。


 だが、全て一つの原因の派生結果として存在しているという事を彼女は知る。


 ソレは恐らく偶然。

 本当に偶然のイレギュラー。


 彼女は神になり、アーカイヴを使う事になってから幾つもの情報を見たのだろう。


 それは彼女の医療従事者として設定された神格として得られるモノの中に埋もれていたに違いない。


 最高神【運命神ホイール・オブ・フォーチュン

 自分の母親であるエミの生体と記憶データ。

 伝説の委員会初期メンバー復活の鍵。


 もし、これを用いる事が出来るのならば、彼女は恐らく主神ギュレン・ユークリッドを超える可能性があった。


 まぁ、無理なのは承知していたに違いないが、それでも彼女は色々あった滅びの最中にも未来の事を考えていたのだ。


 渡されたデータの殆どは暗号化されていたが、解析出来たものは正しく後になって知る事が出来た今まで自分が出会って来た沢山の滅びの内実だった。


 そして、彼女のプランは人々を生かす為のものだった。


 そう、多種多様の滅びを前に直面して彼女はサルヴも灰の月と呼ばれた地球もどちらの世界のも助けるつもりだったのだ。


 すぐに活用出来るデータの殆どは魔王様のサルヴ内の救済計画に。


 過去の地球やこちらの地球でも活用された。

 だが、最後のデータが解析された時、全ては判明した。

 彼女が何をそれでもと言い続けたのか。

 ラスト・バイオレット権限を持つ者をどうして待っていたのか。

 全てが此処にある。


「そういう事か。アシヤさん……アンタ凄ぇよ。本当に……バイオレット……お前もそうだったんだな」


「婿殿?」


 ヒルコがいつものアイアンメイデンなスタイルで情報解析していたが、不意にこちらに様子に気付いてか小首を傾げた。


「なぁ、ヒルコ。お前、ラスト・バイオレット権限がどうして天海の階箸の権限として設定されてると思う?」


「ん? どういう事かや?」


 データ解析用の小型の量子コンピューターの端末。

 複製した神剣を大量に並べた部屋の最中。

 深く息を吐く。


「前に言った通り、過去には跳べない別宇宙間跳躍の原理は教えたよな?」


「うむ」


「オレが辿って来た過去の世界から続くこの宇宙でも過去に似た別宇宙と同じような事が起こったのも想像の範囲だろ?」


「ふむ?」


「あの馬鹿デカイ構造物。地球規模の動力源。本当に当時の委員会だけで造れたものだと思うか?」


「それは一体どういう……?」


「地球環境が現在進行形で至高天のバグの影響に晒されそうだって話だ。まだ、月での現象は起きてる。つまり、未だにリバイバル・ハザードは止まってない」


「……まさか?」


「アシヤさんが調べた情報によると作り掛けの代物がどうやら当時出現したらしい」


「出現? しかも作り掛け……」


「つまり、作り出すのに数万年は掛かるはずだった計画がやってもないのに一瞬で半分達成された状態でリバイバル・ハザードで出現した。だが、おかしいだろ? 自分の構想してたものが、もう存在する形でいきなり現れるなんて」


「そうじゃな」


 極秘ライブラリの映像を出す。

 当時のリアルタイムでの出現時、大分混乱しているのか。


 巨大な塔の出現に発砲する各地からの火線やミサイルの着弾の様子が伺える。


 しかし、実装されている液体金属防壁。


 神の盾を前にして全ての攻撃力が無為に消費された事で当初は日米の秘密兵器かもしれないと委員会の上層部には連絡が入れられていた。


「で、当時の委員会はこれを新しいオブジェクトの仕業と考えた。だが、実態は解明出来ずにそのまま利用する事にした。何せ本当に同じ物だったらしいからな」


「質問じゃ。その半分とは中枢までも入っていたのかや?」


 良いところに目を付けるのはさすがごはんの国の裏の支配者。


 当時の調査隊の映像を映し出せば、例の計画の現物です間違いないとの話が次々に各部門から上がっているのが分かるだろう。


「そういうこった。そこにはもうラスト・バイオレット権限が記されていた」


「待て!? では、今使われている深雲のハブは至高天のバグで出来たものだと?」


「解るよな? 一体、その情報が何処から持って来られたのか。幾ら繰り返しの地球だって言ってもそっくりそのまま同じもんが構想されるわけないだろ。なら、この宇宙以外の似た別宇宙から持って来るというのが自然だ」


「同系統の別宇宙……婿殿の行った過去と同じような類か」


「そういう事だ。これはオレが今まで考えていたこの世界の構造の裏付けとなる事実だ。あのギュレ野郎もリバイバル・ハザードで出現したような扱い。いや、それをこの世界に引き起こしてもう存在しない過去の宇宙終焉期である超遠未来からやってきた。なら、一体誰がこの世界の至高天にバグのように見せてアレを送り込んで来たと思う?」


「……そちの母親かや?」


 母の情報を全て出す。


「一番可能性が高いのはソレだ。そして、アシヤさんは母さんの記憶込みのライフデータを発見してた。アシヤさんは母さんの記憶を覗けたんだよ。恐らく解析出来たものの中から滅びを回避する為の方法を模索した」


「……ふむ。お主の母親が蘇っておる世界、というのがある可能性が高いのか」


「何ら違和感無いだろ? つまり、オレが何かのバグとして発現しない世界だ。オレの元々の身体が誰の身体だったのかを考えれば……空飛ぶ麺類教団や委員会の一部が母さんを蘇らせる事に成功した宇宙があっても不思議じゃない」


「だが、あの階箸の中枢部分は破壊したであろう?」

「バックアップ取らずに破壊する馬鹿はいないぞ?」

「―――いつの間にか逞しくなったのう」


「ありがたく誉め言葉として受け取っておく。で、だ。アシヤさんが遺した最後の情報が解析出来た。滅びを回避する為に幾つもの方策が練られたらしいが、最終的にはあの階箸の内部のデータを覗き見したら自分が解析中の人間、母さんの痕跡を発見。そこからラスト・バイオレット権限に行き付いたらしい」


「ふむ……」


「そして、他座標宇宙間移動の方法を……どうやら見付けたようなんだ」


「それは……秘匿すべき大きな秘密じゃな」


「ああ、そうだ。そして、アレがこの世界の物質ではない事も突き止めた」


「それはつまり移動方法の原理を大まかには理解していたと?」


「そうだ。オレが解明した宇宙間座標移動による別宇宙旅行技術は別宇宙の物質がビーコンの役割を果たす。アレはどうやら星間航行移民船の皮を被った別宇宙航行移民船……恐らくオレの母が滅びる世界に送ってる代物だと気付いたアシヤさんは神格連中に隠れて幾つもデータを各地に残した」


「それをお主が拾ったと」


「アシヤさんはどうやらラスト・バイオレット権限によって起動する機能を最後のセーフティーにした。そう、別宇宙への移動が可能なら、それでこの宇宙から脱出出来る。別宇宙スライド移民計画を希望にしたんだ」


「じゃが、どうせその宇宙も滅びまっしぐらじゃろ? だって、どうあっても委員会や他の連中が存在するのではないか?」


「そこは考えてあった。というか、母さんが恐らく書いた筋書きがある」


「婿殿の母上が?」


「あの階箸には誰も乗っていなかった。だから、あちらの世界を確定する者はいない。意味、解るか?」


「ッ、そういう事かや……」


「そこに大量の人間を乗せて向かえば……その当事者達が望む宇宙を再生出来るんじゃないかとそう考えた」


「別宇宙間旅行のツールを世界改変ツールとするのか……確かに今の話が本当ならば、滅びの要因を全て排除した宇宙を再編可能かもしれん」


「芋虫の事も見えないし、聞こえないし、知らない連中ばかり。なら、あちらの宇宙に向かえば、普通の人間達が何も知らなかったおかげで知らないままにソレは存在しない事になる、かもしれない」


「考えたのう。他のオブジェクト関連の連中も同様か。一般人だけという前提になるが、確かにそういう方法で排除されてはそちらの宇宙には存在の余地が無いのかもしれんな」


「確証は無い。だが、試してみる価値はあると踏んでいたらしい。リヴァイヴァル・ハザード自体が人類を再生するとしても、その度に芋虫に全て乗っ取られる破滅へのカウントダウンも進行すると分かってたんだ」


「ブラック・ボックスであるメンブレン・ファイルがオブジェクトとしての世界改変ツール。至高天は物質世界における同様の代物。だが、アシヤ・エマはそれよりも更に上位の宇宙改変を行うつもりだったのかや……」


「恐らくアシヤさんにとっての最良のシナリオは何も知らないラスト・バイオレット権限を持つ人物を箱舟に乗せて滅びる地球から脱出させて別宇宙で新天地を作らせる事だった。何も一般人にもラスト・バイオレット権限保有者にも知らせず、超光速航行技術とか適当な事を言って別銀河への宇宙移民とか思わせれば完璧だな」


「そして、その計画は婿殿のせいでご破算になった、と」

「生憎と全部知ってるオレが権限を持ってるからな」


「まぁ、でも、やりようは幾らもであろう。そう言えば、あの鳴かぬ鳩会の総帥はどう話に絡んでくるんじゃ?」


「はは、簡単だ。あの船を造った連中の最上位者がその宇宙じゃ……あいつの父親だったんだよ」


「?!」


「その宇宙の委員会にはオレと出会わなかったんだろう二人の名前があった。1人はレッド。そして、その娘であるバイオレット……ずっと思ってたんだよ。どうしてあいつは他宇宙移動技術関連の情報を持ってたんだろうってな。その理由は単純明快だ。あいつが啼かぬ鳩会を組織して何処かで天海の階箸の情報をゲットした時、全てを知ったんだ。恐らくレッドが仕掛けていたバックドアを使う事でな」


「鳴かぬ鳩会が階箸をあっさり掌握した理由はそれかや?」


「ああ、当時のカシゲ・エニシを復元する為の方法をきっと必死に探して考えて実行してたんだろう。鳴かぬ鳩会のポ連進行の話も地上で色々探ってたんだがな。どうやら鳴かぬ鳩会は生体培養設備のある遺跡を片っ端から接収してたらしい」


「愛され器質じゃのう」

「愛が重いと近頃知ったオレだ」


 肩を竦める。


「自分のエニシの器となるものを探し続けていたとは……しかし、それが今までは叶わなかった。が、此処にいるカシゲ・エニシを発見する事であちらも動き出さざるを得なかったのじゃな」


「オレが特別な個体なのは認める。ただし、それはオレじゃなくて、オレの周囲が導いた奇跡みたいなもんだ。あいつらとの出会いがオレを特別にした」


「謙遜とは言うまい」


「あいつも過去のオレもあっちに行っちまった。この宇宙に残ってるのはオレが二人。だが、オレ以外にあのギュレ主神と対等にやり合えるやつがいない以上……激突は不可避なわけだ」


「勝つ算段は?」


「当の昔に立てて来た、どうせ、何をしたところで今のあのギュレ野郎に勝てる確率は0なんだ。あいつがその気になれば、今この刹那にオレ以外の全てを自分の想い通りに動かして洗脳したり、操作したりなんて楽勝だろう。地球も月も同じだ」


「ふふ、それにしては自信満々じゃな」


「準備だけはしたつもりだ。オープンディールするまでに積み上げて来たモノの差で全てが決まるのは戦争や争い事のイロハだろ?」


「期待しておこう。しばらくはお嫁達とくんずほぐれつイチャイチャするのであろう?」


「英気を養ってると言ってくれ」


「うむ。我が子が滅茶苦茶幸せそうな顔で毛布にギュッとして思い出し笑いでゴロゴロ転げ回っているところを見せられては納得せざるを得まい」


「……ソレ、あいつに言ってやるなよ? あまりの恥ずかしさに錯乱してオレの首が落ちかねない」


「それでも死なん男には今更なリスクではないか?」

「(*´Д`)……今日はこれでお終いだ。後片づけはよろしく」

「任された」


 指を弾くと剣が次々に消え去り、その場が大使館の一室に戻る。


 それと同時に今も魔王軍内のシステムを弄っているアイアンメイデンさんも消え去った。


 ホログラムで互いに確認しながらの共同解析は終了。

 部屋の外に出ると。

 ネロトがいた。


「仕事終わったか?」

「はい。ご主人様!!」

「よしよし」


 頭を撫でると恍惚とした表情になる元副総帥を見ながら、こいつも数奇な運命だなと因果の縺れ具合の酷さを思う。


 連れ立って歩き出して数十秒。


 まだ昼には早い時間帯とあって、あちこちに魔王応援隊のハーレムの面々が残っていた。


 関係者が毎度毎度頭を下げようとするのを片手で制止して、仕事頑張れと言って外に出ると。


「スゴイのよ?! お水が浮かんでる♪」

「確かにこれは……良いものですわ♪」


 パシフィカとベラリオーネが並んで庭に屯していた。


 と言っても、その姿は虚空にフヨフヨ浮いている水の球体のから顔を突き出しており、水浴びの最中だ。


 周囲には残っている魔王応援隊の者達も一緒で水着姿であちこちに浮かぶ水の玉に飛び込んで泳いだりしているようであった。


 球体はそれなりに大きく。


 その一番大きなものの内部には邪悪そうな邪神像よろしく。


 ビッグ・シーが何か置物の彫像みたいな様子で入っている。


『やぁ、久しぶり』


 脳裏にザックリと話し掛けられて思わず固まる。


 自分の超人部分とはいえ、それをいきなり使っての会話というのはまだ苦手であったし、出来ないわけではないが使う相手もいなかったのだ。


『何、してるんだ? ビッグ・シー』


 そう訊ねると邪神像が微妙にホコホコした顔になった、ような気がする。


『実は信徒さん達から逃げてる最中なんだ』


『水の玉の中に入って中空プールの中心部になってますとか絶対思わねぇ……』


 何やらこの一年近くの時間で魔王神殿の関連諸神の一柱。


 それも大親友設定が生えたらしい海神は黄金の邪神像とかになってあちこちで勝手に信者が崇めて増殖しているらしい。


 だが、それにしても大使館に逃げ込む辺り、まだ余裕があるのかもしれない。


『土産話してやりたいところなんだが、しばらくは嫁連中に掛かり切りになる。開いた時間に頭の中で会うのでも構わないか?』


『いいさ。君が世界を知り、どう感じ、何を決意したのか。それこそが人の魂の何たるか……世の価値となる』


 傍に向かうと応援隊の子達が次々にこちらに気付いて手を振って来る。


 それに手を振り返しながら、邪神様の大水球を前にして見上げる。


 パシフィカとベラリオーネはまだ気付いた様子もない。

 いや、誰もが止まっていた。

 水の分子の一欠けらさえも。


『初代の魔王様になったオレはアスクレピオスの事を知ってたな?』


『どうしてそう思うんだい? それを示す証拠は一つもないはずだけど』


『各地にアシヤさんの情報が残ってるはずなのに残ってなかった。ギリギリ残されてたのは今にも消えそうなアシヤさんの本体のみ。それも本体の情報以外は殆ど残ってなかったと考えるべきだ』


『ふむふむ』


 蛸の顔の触手がユラユラする。


『当時から生き残ってたオレは恐らくはこの世界の真実に辿り着いたが、ラスト・バイオレット権限が入手出来なかった。そして、主神ギュレン・ユークリッドの間隙が其処にある』


『間隙とは?』


『あいつがいつオレの親友になったのか。ずっと、考えてた……だが、それには恐らくブラック・ボックスの力無しに何らかの因子が必要なはずだ。それまであいつはそれまで単なるギュレンだったんだろう?』


『どうだったかな?』


『ユークリッド……自分をオブジェクトだなんて名乗ってるんだ。何らかの収容プロトコルが組まれてたと考えるのはおかしいか?』


『ならば、その結果として考えられる答えは?』


『魔王となったオレは何らかの理由からアスクレピオスの情報を入手した。だが、ソレは不完全な代物で人類の救済方法としての天海の階箸に関するモノだけだった。恒久界の初期化に巻き込まれたオレが出会った連中をどうにかしたいと考えた時、現実的に可能な案はギュレンを倒す以外で3つ』


『それは?』


『一つはギュレンよりも強くなる。その可能性を得られるのは恐らくお前との出会いだけだっただろう』


『後の2つは?』


『アシヤ・エマの救済案を回収して実行する事。だが、手札も時間も足りなかった。オレみたいに必要な手札が揃ってたとも考え難い』


『なるほど。イイ推理だ』


『そして、あいつは最後の1つを選ばなかった。この世界を再構築するオブジェクトの使用は結局のところオレにとって無用の長物だったはずだからだ』


『………』


『ビッグ・シー。あいつと契約したと言ったな。契約の内容そのものは想像が付く。オレがオレとして取り得る契約内容ならば、その状況下で状況を引っ繰り返す力として所望するのは未来予測、予知……いや、だ』


 肩を竦めたように見える邪神は微笑む。


『見つめる全てを犠牲に出来ないなら、自分を犠牲にしても構わん。それはオレの基本的なスタンスだ。オレは単なるヲタニート。自分の価値は自分が一番良く知ってる。この世界は輝いてるよな? なら、別に構いはしなかったはずだ。好きになれる者がいたならば、そこに命は掛けられる』


『望みの全てが砕け散っても諦めない者がいた……彼は最も犠牲が少ない方法を取った』


『繰り返される戦いの果てに自分がどうなるかまでも織り込み済み。それでもコレが一番犠牲の少ない方法だったんだろ?』


『………』


『アンタの望みは一つ。言動からも予測可能だ。人類の生存は愉しい文化と文明あればこそ価値を持つ。この世界に溢れてる似非ファンタジー臭……初期化の度に生き残らせた連中を導く役をやらせてたな? あいつとの契約内容は文明や文化の残存と再構築』


 邪神の球体を二つに割る。


 その中心で今、本当に邪神として姿を現した相手を真正面から見やる。


『その代わりに与えたんだろ? 未来を確定する能力を。いや、それならオレは此処まで辿り着く必要が無いか。なら……望む未来を選択する能力に類するもの。一種の予知能力に見えるのは選択肢そのものが未来を確定するからだ』


 邪神が立ち上がり、庭に立つ。


『色褪せる事の無い世界を望む時、君は誰に力を託したいと思う?』


『……全てを救う為にオレが望んだ能力は自分に可能な選択肢しか選べない代物だった。そして、あいつはオレに到達するまで戦い続けた。そうじゃなけりゃ、全部解決してるはずだからな。そして、あいつも知ってた。特別じゃない自分じゃ何処にも到達出来ないと……』


 パチパチと触手が二つ拍手する。


『ユニの能力……色々と調べたが、単なる予知や予測じゃ説明が付かない部分があった。本人にも他の連中にも言って無いが、本当の本当に特別だったのは姉妹二人ともだったんだろ』


 それが真実。

 そして、自分を此処に連れて来た自分の結末。


『あいつは自分の好きな連中の為に自分の命と人生を犠牲にした。あいつの愛したヤツはあいつの子を産んで幸せに死んだ事だろうよ。だが、あいつはその後も生き続けた。お前との契約を果たしながら、自分の愛したヤツらが遺した血統や人々を護りたくて……』


『だとしたら、どうするんだい? 全てを知り、全ての元凶たる最後のえんよ』


 邪神は邪神。


 きっと、この宇宙内部では限界があるとしても、永遠の存在なのだろう。


 人を弄ぶ本質が変わるとも思えない。


『ビッグ・シー……オレは感謝してるんだぜ? きっと、無数にこの世界で死んで来たオレの中でも随分とあいつは幸せな方だろう。だが、一つ気に食わないな』


『気に食わない?』

『お前は未来も過去も全て知ってるだろ』

『………さて、どうだったかな?』


 神と名乗るモノ。

 しかし、真に恐ろしいのはその事ではない。

 神と呼べるだけの能力を持っている事だ。

 愉快な人類という種族を眺め続ける何か。

 今も胃の中の連中が騒いでいる。

 そう、それは少なくともこの宇宙のものではない。


 魂とやらだけで見れば、ソレは全てが虚ろにも見える深く青い何か。


 人類の人智を超越するあらゆる事が可能そうな力の塊だった。


『神のよすがに人間を使うのはご遠慮下さいって事だよ。邪神』


 自分の腹部に手を突っ込む。


 ゆっくりとソレを取り出せば、何処か愉悦したように神の瞳が細められた。


『お前は最初からあいつをオレに辿り着く為のフラグにしたな? オレと出会う為のルートは何通りだ? その度にどれだけのオレと契約して来た? あるいは宇宙でもやり直し続けたか?』


 邪神は何も言わない。

 だが、確かにその口元は邪悪に微笑んでいる。


『その為にどれだけの人間を犠牲にしてきた? その為にどれだけの悲劇を演出してきた?』


 クツクツと邪神はゆっくりと笑い出した。


『愉しむ為にギュレンを停止したな? 事態が動き出す前に止められたら興覚めだもんな? イベントは起きてくれた方が嬉しいもんな?』


 触手は愉し気に揺れている。

 まるで踊るかのように軽やかだ。


『確信を以てオレが断じよう。お前がこの世を弄んできた神だ』


 手に掴んだソレは今や輝いている。

 黒く黒く蒼く蒼く。

 ペンダントはもはや溶け合った。

 世界は常に己の中にある。


『最初から……何か違和感があったんだ。このオレが目覚めた世界に……真実へ辿り着く度に……元々の原因。そう原因に付いてだ』


 今の自分がどんな姿になっているのか。

 認識出来ない。


 が、目の前の邪神はもはや今にも踊り出しそうな程にウキウキしているのが見て取れた。


『例えば、ザ・プライマーチ・システム。あいつらの手違いで脳を発達させた男。あの頭の回る連中が手違いを発生させ得るかという現実に付いて。例えば、オレの両親の研究を実際に推し進めさせた宗教組織。どう考えても単なる投資額以上を出していながら、到達するという確信があったかのように振舞っていた事。例えば、あの男が消えたのに委員会が道を間違えた理由。この今話してる頭の能力、とかな』


 笑うのを止めた相手の瞳はギョロリと目の前の矮小な生物を見つめていた。


 それは先程までとはあまりにも違い無感情で無感動。

 虚空を思わせる何か。

 一瞬でゆるキャラが真なる恐怖に化けたような異質な感覚。


『そもそもだよ。北米のあの電車に付いてあの未来予測してたトカゲのにーちゃんが偶然に発見したシステムを使ってたのも気になる。どうしてソレがあの時代に偶然にも発見された?』


 神は何も言わない。


『上部構造とやらが分裂してたりした事も奇跡的な確率に思えるんだよ。普通、現実はドラマみたいにで出来てたりはしない。まるで……誰かがそう……望んでいたかのように』


 言わないという事は言う必要が無いのだ。


『アンタの能力を知ってからずっと思ってた事だ。使えそうだなと……100人居れば、確実に数人を下僕にする能力なんだろ? じゃあ、幾らでも悪用が思い付くよなぁ』


 手にしていたソレが解けて消える。


『オイ。尊きクソダコ殿。お前には感謝。だが、人間舐め過ぎだろ?』


 言った時には殴り終えていた。

 瞬間の交錯。


 だが、迎え撃った触手は一つ当たれば、当たった部分どころか。


 至近じゃなくても肉体が消し飛ぶ威力だろう。

 だが、全て―――


 たぶん、胃の中の地獄連中はてんやわんやしているだろうが構いはしない。


 真正面から、その瞳を覗き込む。


『遊ぶなら決まりを守れ』

『決まりとは?』

『決まってる』


 もう一発、脚でその股間から頭の天辺までも


 だが、別に堪えている様子も無い。

 当たり前だ。

 目の前の相手は本当の邪神。


 ならば、この規定された宇宙内部での個体としての存在なんて本体とは考えられない。


『人類とやらじゃなくて個人を尊べよ。オレにしてるようにとは言わない。だが、それくらいの労力は掛けてくれてもいいんじゃないか? オレみたいなのと遊んでみたかったんだろ? 遊んでやるよ!! その足腰立たなくなって、もう止めて下さい何でもしますからって自分から言ってくるまでな!!』


 蛸がいつの間にか元に戻っている。

 そして、人間臭く唇の端を歪めた。


『新たなるものよ。矮小なる卑小なる被造物よ。汝は神為りて神為らぬ大宇の一つ。業なる天より後に在り、始原なる天より先に棲まいし天……あの天の成り損ないに今肉薄する最後の希望』


 蛸の触手が緩やかにこちらに巻き付くと殺すでもなく地表に降ろす。


『希望なもんか!! 希望ってのはオレみたいなやつの事じゃないッ。今、この周囲に生きて笑ってる連中の事だッッ。人間とオレが認める、これからも傍で生きて行きたいと思える連中の事だッッ!!』


 狂気の芯にも見える瞳がニコリと細められる。


 そう、いつの間にか劇画タッチの画風がゆるキャラになったような錯覚。


『ギュレン・ユークリッドを解放してにした事は許してやる。にお前を巻き込んだ事も謝罪しよう。だが、これ以上は邪魔だッ。此処は……後は黙って見てろッ。観客席所望ならお行儀良くマナー忘れんなッッ!!』


 その言葉にゲラゲラと触手が笑いに踊りながら離れていく。


『了解した。新たなる天よ……この身が保証しよう。期待通り。いや、期待以上の結果だ。悪徳喰らうもの。地獄喰らいしもの。荒野の果てに眩き日々を看るものよ』


 静かに再び浮かんだ巨体が二つに分けた水球内部に戻っていく。


『勘違いすんなよ? 看るどころか看てくれてるのはこの世界の方だ。何も無かったオレの視界に輪郭と彩を与えてくれるのはあいつらなんだ。だから、オレはこれからもその為に戦い続ける。それがお前らみたいなのと永劫を無限回繰り返す代物だろうとな』


『いいだろう。やってみるがいい。人類最後のよすがとは汝なれば……果てより先を歩むのに人たる身で足りると証明してみろ……世の果てでいつでも汝の報告を愉しみに待っていよう』


『この世界は遊び尽くせないさ。何たって此処はオレが望んだ世界なんだろ?』


 それにただ肩を竦めて、邪神が静止した時、再び時間は動き出す。


 少女達のはしゃぐ声。

 こちらに気付いた少女達は不思議そうな顔をしていた。


「A24? どうかしたの?」

「カシゲェニシ……?」

「何だ? 何か顔に付いてるか?」


 訊ねてみると二人が二人とも同じ感想を持ったらしい。


「お父様みたいだったのよ……A24のお顔」

「ええ、どうかしましたの?」


 ネロトがこちらの顔を覗き込んで大丈夫なのかと心配そうな顔をする。


「気にするな。ちょっと、大人の大変さが分かったってだけだ」


「「「?」」」


 まぁ、いい。

 色々と話したい事はあるのだ。

 それに夜の事もある。

 それに話すにも場所が必要だろう。


 二人に少し早いが上がれと言って、邪神プールから引き出して両腰を抱える。


「A24。力持ち!! カッコいいのよ♪」

「ちょ、何で腰を抱えられてますの!?」


「別にいいだろ。嫁に成りたいって言われたんだ。初夜の話するのに色気が無いのも困りものだろ?」


「ぁ……ぅ……はぃ」


 恥ずかしそうに頬を染めて、ベラリオーネがこちらの言葉に頷いた。


「今、エニシ殿語録が更新されたでござるよぉ~~!!?」


 ドドドドッと何処で聞き耳を立てていたのか。

 ござる幼女が館の中に走っていく声が聞こえた。


 きっと、後一時間もせずに嫁ーズの誰かが複数人押し寄せて来るだろう。


 それよりも先に話をしないと途中でグダグダになるのは必定。


「ほら、行くぞ。邪魔される前に、な」

「あ、タコの神様ありがとうなのよ~~」

「あ、ありがとうございました」


 二人の礼儀正しい少女達に髭の触手がブンブンとちょっと嬉しそうに水球から飛び出して左右にバイバイと振れていた。


 内心で溜息一つ。

 邪悪な邪神の陰謀を阻止したのも束の間。


 その邪神が最も畏れる信者達が背後から迫っている事は教えず。


 嫁との夫らしい夜の会話をすべく。

 大使館の一室へと急ぐのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る