第332話「月の渚で再開せよ」


「マスタぁ♪」


「ふぁぁ……何だ。付いたのか?」


 甘い声で目が覚めると褐色の男の娘というか。

 どっちも付いてるというか。

 一応、天海の階箸で三人娘に誂えさせた普段着。


 どうして、男の娘というのは無駄にエロ……煽情的な姿が好きなのだろうと思わざるを得ない白いドレスタイプの活動的なミニスカ姿な元副総帥がいた。


 新しい名前は色々とあの時考えたが、最終的にネロトちゃんとなった。


 ちょっと考えれば分かる神の漢字を分解しただけの代物だ。


 アレの大本がコレというのだから、世の中は何か色々と人類には優しくないのだろう。


 折れそうな鎖骨に愛らしい卵型の顔と白い虹彩。


 顔立ちは彫りこそ深くないが、何処か中東の顔立ちを想わせて少し鼻が高い。


 外見的には自分の半分くらいの年齢に見えるだろうが合法ロリ?と言うべき姿である。


 薄い肢体が何かギャルゲーの妹みたいに自分の寝台の上。


 布団上に載っていれば、相手は正しく甘えん坊な少女?そのものであった。


 ブラウンの長髪のまま。


 朝のお目覚めをサポートしに来たネロトは頭を適当に撫でると天上の心地良さであると言いたげに頬を蒸気させて、艶っぽい事この上無い吐息を零した後。


 甘々な声で。


「七時ですよ。起きて下さいませ♪」


 と言った。


「ああ、分かった。退いてくれるか?」

「はい!!」


 取り敢えず。


 青少年には非常にエロ……煽情的なネロトが横に退くと同時に目元を擦って起き上がり、ニコニコしながら持って来ていたらしい衣服を渡してくる。


 というか、降りる際にパンチラを撃ち込んでくる妹は普通いまい。


「先に行っててくれ」

「はい♪」


 船室の自動扉の先へとパタパタ出た少女は頭を律儀に下げてから浴室へと向かっていく。


【ん? 此処から18禁BL展開か?】


 何故か、この二日毎朝のように時間が停滞して現れる鬼がラジオ体操しつつ、廊下からこちらに話し掛けて来る。


「手とか出してないだろ。いい加減にしろ下さい」


【我らが世界。いいんだぞ? 近頃は男の娘モノはBLとは違うジャンルとして確立されているからな?】


「ガチホモではない。BLでもない。男の娘だ。とか何処のちゃんねるの掲示板論争だよ。いや、可愛いけども、今嫁以外に手とか出さないよ。朝からツッコミ入れるのも辛いんだが……」


【それはお前さんが深雲をフル稼働させてるからだがな】


「鳴かぬ鳩会に時間を取られて、やれてなかった事をこの二日でめっちゃやってるんだぞ? 仕方ないというか、オレの今の脳髄ですら熱ダレ寸前というか。やっぱり、眠いな」


【やれやれ。わざわざ、それで鈍行の宇宙船に乗るとは……嫁と会うのがそんなに怖いのか?】


「いや、見せるならカッコいい自分でいたいだろ? 一応、手を出すと決めたんだから」


【……涙ぐましい努力だなぁ。実に感動した(棒読み)】


「ああ、そう。低血圧低活動状態なオレにこれ以上ツッコミは入れさせるな。これでもオレは忙しいし、眠い……っと」


 フラ付くのも、目がショボショボするのもそこそこに通路を無言で進む。


 すると、背後の鬼は苦笑したようだった。


【まぁ、精々、可愛い子とくんずほぐれつ男同士の裸のオツキアイをしてくるこった。英気を養え。癒されて来い。我らが世界よ~~】


 良い笑みで何だか歯まで煌めかせている鬼を幻視しながら、ヨタヨタしつつ、船室横に設えられた10m四方の浴室へと向かう。


 途中のドラム缶式の洗濯機の横で着ていた衣服をそのまま脱いでイン。


 ガラッと中に入ると。


 もう準備万端で40℃丁度のお湯が張られた湯舟とガラス張りの狭いシャワー室が見えた。


 何処のラブホだよというツッコミは野暮だろう。


 宇宙船内部に立派な浴室とか笑うしかないが、生憎とコレも全ては過去の偉人?達の仕業だ。


 何時の時代の設計かは知らないが、一番外観で気に入ったのを内装事利用したら、内部がこうだっただけなのだ。


 一度に10人近くは入れるだろう浴槽は純白でバブルまで出る始末。


 ついでに備品毎再現したのがアレだったのか。


 浴室横のリネン室にはフンダンに浴室で使うグッズが大量だった。


 そして、その半分は普通の代物なのに後の半分が大人仕様なヌルヌルなローションとか、穴の開いた椅子とか、空気を入れて作るフワッフワな寝台とか、明らかにアウトな多種多様な玩具一式とか。


 悲しいかな。


 人類の三大欲求の一つを完全充足させまくりであった。


 げっそりして作り直そうかとも思ったのだが、無駄な事はしない主義である。


 というか、今更に1万隻作り直しとか徒労系みたいな疲労感が襲ってきそうだったので放置していたのだ……どうせ、そんなのに気付く程に人が載るのは随分後になってからだとの予想もあった。


 が、それはバッチリ外れた。


 目聡くて賢くてマスターに尽くしてくれる極めてエロ……煽情的なネロトちゃんはざっくりと家事炊事までバッチリなパーフェクト超神?であった。


 毎日、身体くらいは洗おうとしたご主人様を綺麗にしようという従者の鑑みたいな

 目をキラキラさせた男の娘を拒絶出来るだろうか?


 いや、拒絶したら、また胃が痛い事になりかねないし、それ以前に優しくしてやるのは既定路線なので一応乗っかった。


 だが、結果として危険である事が分かったのは収穫であろう。


「あ、マスタぁ♪」


 心の底から嬉しそうにフワフワな寝台の上でヌルヌルなジェルを温めてから塗り延ばしていたネロトはざっくりと全裸……では無かったが、男とも女とも言えない身体に頭から被ったジェルでテラテラと全身を輝かせ。


 ついでに股間の白布。


 男用らしき極めて愛らしい白いフリル付きで内部の形が分かってしまうフィットした形のランジェリーを身に纏っている(三人娘に渡されたに違いない)。


 頭の髪は後ろで丸めて団子状にしているが、それにしても直視出来ないレベルで瞳はウルウルしていた。


「今日も頼む……」

「はい!!」


 風呂の前にある寝台に俯けに寝そべると腰の上に跨ったネロトが太ももで腹を挟む用にして、ジェルを体中に塗り延ばし、マッサージし始める。


 明らかにイケナイマッサージ屋さんかというような。


 否、恐らく完全にそっち系の技能なのだろうが、やたらと身体の凝りを解すツボを心得ており、ついでにその柔らかな手や太ももや身体全体を使うマッサージではピッタリと背後に全身を感じた。


 思わず出てしまいそうになる声を我慢しつつ。


 十数分間、させるがままにやらせておいたら、ハフハフと汗を流しつつ、蕩けた顔で艶美な顔で微笑みつつ、こう呟かれる。


『終わりましたよ……マスタぁ♪』と。


 その後、シャワーを浴びて浴槽へ。

 温度はちょっと熱めの41度。

 しかし、解れた身体には丁度良い。


 だが、視線の横にシャワー室ではネロトがまるで少女のような全身をお湯で流しており、後ろ姿だけ見れば、完全にアレである。


 出て来たら、何だか今日も良い仕事が出来たと言いたげに誇らしそうに笑まれ、ススッと横にピッタリとくっ付いて入られる。


 下着というか。

 ランジェリー型の水着はそのままだ。

 一応、してもらった手前。


 頭を撫でると上せそうなくらいに顔を蕩けさせて笑まれた。


 その後、頭を洗い洗われ、身体は別にそこまでしなくていいだろうと何も付けずに洗いもせずに流すのみにした。


 初日のボディーソープでの全身を使ったヌルヌルウオッシュされてから丁重にお断りしたのは記憶に新しい。


 本気でマズイと感じるレベルだったのだ。


 相手の本気度と完全な技能が合致した時、天上の心地良さは出現するとか知らなくて良い事実を知ってしまった。


 先に上がって、全身を拭き。


 やはり、初日に拭くのまでされた時の事を想い出して、ちょっと首を横に振る。

 脳の疲労とはいえ。


 それでも身体の刺激で疲労が取れたような心地になりつつ、居間に向かう。


 ダイニングキッチンのソファーに身を浸せば、人をダメにする魔力によって瞬時に快眠しそうになるが、ご主人様のお世話を完璧にすると決意したネロトに抜かりはない。


 ちゃんと身体を拭いて、三人娘から渡されたのだろうエプロンを身に着―――。


「どうして裸エプロンなんだ……」


「マスタぁ♪ 今、仕上げてしまいますね。椅子に座ってお待ち下さい」


 慎ましやかな笑みとは正反対に先程まで来ていた水着すらなく。


 完全に裸エプロン姿の元副総帥は……完全に下が丸出しだった。


 どちらも見えてしまっている。

 それはそうだろう。

 そもそもエプロンが短い。


 しかし、こちらの疑問は聞こえていない様子でキッチンで柔らかで小ぶりなお尻を振り振り、フライパンの中から卵を放り投げれば、それが皿の上にフワリと載って、極上のオムレツが出来上がり。


 テーブルに仕方なく座るとすぐにサーブされたサラダと鶏肉のコンフィが並ぶ。


 スープはコンソメだ。


 どうやら嘗ての技能系の記憶の一部は戻っているらしく。


 高級なタイプだった事もあって、料理が出来る場所で使われていたせいか。


 そういう炊事に関しては完璧な回答としか思えぬものを作ってくれる。


 それもやたら上手い。


 恐らく神の肉体のせいなのだろうが、それにしたって普通のメニューが超高級な美食レベルで出て来る為、殆どこの事に関しては文句も無かった。


 ちなみに主食は本日はパンだが、前日は白米だった。


 和洋中多国籍料理がこの時代に毎朝毎昼毎晩出て来るとは思わなかった為、今では完全に胃袋は掴まれているかもしれない。


「……本当に旨いな」

「ッ、ありがとうございます!! マスタぁ♪」


 ニコニコしながら、その言葉だけでフルフルと身体を震わせて、悩まし気に感動しているネロトの股間は……まぁ、言わなくてもいいだろう。


 取り敢えず。

 朝食を食べてから、普通の洋服。


 ミニスカな三人娘が選んだのだろう男の娘用衣装に着替えさせて、ダイニングから船の中心部である操舵室へと向かう。


 三歩後ろを付いてくる相手の事は極力今は考えないようにして、扉の先に立ち入れば、メインスクリーンには月が映っていた。


 三十数万km程度の距離ならば、すぐに月まで辿り着くような性能はしているのだが、宇宙空間でやらねばならない事も山積みだったので一区切りするまでは鈍行で此処まで来ていた。


 だが、未だに緑と青に包まれた月は静かの海の一部が抉られたままだ。


 黒の塔を出現させた場所に続く大穴へとゆっくりと加速を開始。


 そのまま開いていたオペレート席の一つに入って、十数分待つ。


 急激に近付いてきた月面付近ではお出迎えがあるかとも思ったが、そういう事はなく。


 月面地下へと何階層か下ってから覚えている回廊からハッチを潜り続けると宇宙のアメリカとの戦闘が在った場所までやって来た。


 船をエアロックに接続し、着の身着のまま。


 内部に入って、連絡が未だに付かないヒルコにオンラインでの呼び掛けを続けつつ、エレベーターの一つを確保して、海の中に続くルートに入り、海底まで移動。

 そこから予め確認しておいた内部移動用の車両がある倉庫に入って、ホバーで移動する未来的なスポーツカー的なフォルムのソレに乗って月猫の塔に続く道へと侵入。


 最後に複数のロックを解除しながら隔壁を歩いて突破し、海底にある漁港内部に出た。


 どうやら誰もいないらしく。


 静まり返った其処を通り過ぎて、国家の重役しか使えないとか言われていた直通のエレベーターに乗った。


 途中、黒の塔が見えたが、それよりも真下の都市の方が気になった。


 動やら普通に人が動いている様子でホッとしたのは否めない。


「うわぁ……」


 ネロトがエレベーターから見える外の景色に目をキラキラさせていたので、此処がどういう場所でどういう人々が住んでいるのかを教えると何度も何度も頷いていた。


 そうしてチーンとありきたりな音と共に扉が開く。


 すると、周囲の人々の表情が固まっていた。


 声にするなら『え? え? ええ?!?』と言ったところか。


 混乱して取り敢えず自分や他人の頬を抓る者。

 他にも相手を殴って確かめる者。


 最後にオレ疲れてんのかな、という顔でスゴスゴと家に帰ろうとする者。


 誰もが何か物凄いモノを見てしまったと言いたげであった。


 現在、改装中らしい塔の入り口には建設業者しかおらず。


 あ、気にしないでと手をヒラヒラさせつつ、外に出る。


『すごい……すごいですよ!? マスタぁ♪』


 ネロトが目をキラキラさせていた。

 月猫の街並みはすっかりと変わっていた。

 というのもアレだ。


 恐らくは時間を捻出するヤバイオブジェクトのせいだろう。


 実質の時間はともかく。


 まだ、数か月も経っていないはずの街並みは1年くらい帰っていないような気分にさせられるくらいには変化しており、現代的なビルやら商業施設やらの他にも間違いなく現代的だろう文化。


 要はアイドルの看板だの、ゲームの看板だの……何か嘗てギャルゲーの看板で溢れていた頃の秋葉を思い起こさせるような場所が純ファンタジーな世界観に混在し、猥雑とも違う……強いて言うならば、瀟洒な文化を残しつつSFな世界観のゲームに出て来る都市みたいになっていた。


「ほら、行くぞ。逸れるなよ?」

「は、はぁい♪」


 後ろに付いて来るのを確認しつつ、その足で大使館に向かう。


 金は持っていなかったので乗合馬車に乗れなかったのだ。


 そうしてようやく辿り着いた大通り前の大使館。


 どうやらもうあの時の騒ぎでの面影も無くなった真新しい通りの先の扉横に付いたベルを鳴らせば、すぐに応対する為に何処かで見た事のある魔王応援隊の少女が一人。


「ただいま」

「ぁ……え?」


「ええと、帰って来たんだが、嫁連中と今軍とか動かしてる連中と他には……ああ、うん。面倒だから、全部呼んで来てくれるか? 仕事があるヤツは呼ばなくていいから」


「―――ッッッ!!?」


 何か声にならない絶叫でカエェ~~~~~ッというところまでは聞こえて来たのだが、それよりも先にその猫耳少女は大使館の奥へと消えていった。


「行くぞ」

「はい♪」


 ネロトを引き連れつつ、大使館内に入ると。


 すぐに兵隊が出て来て、前を阻もうとし、すぐにジトッとした汗を浮かべて直立不動で何か大名行列の前に平伏する平民みたいに頭を床に激突させつつ、ダバァアアッと涙を爆裂させてオイオイ泣き始めた。


 もはやドン引きレベルのリアクションであるが、取り敢えず職務に戻れと言い置いて奥へ奥へと進んでいくと。


 途中で出会う連中出会う連中が全員呆然とした後、凄く良い笑みで涙ダバァ状態で何を言っているのか分からないレベルで騒ぐモノだから、仕事しろと一応言って進み続けるしか無かった。


 そうして、ようやく一番奥の部屋の扉を開けた時。

 思わず扉を開けようとしていたらしき嫁。

 取り敢えず……一番に会いたかった相手が一人。


「ただいま」

「………………」


 他にもその後ろには嫁達が全員、物凄く驚いた。


 というよりは、物凄く固まったというような感じで勢揃いしていた。


「あの……帰って来たんだが、大丈夫だったか?」


「………………」


 いつもならば、その少女の銃弾くらい飛んでくるかと警戒するのだが。


 今日は違うらしく。


「あのな? 今までちょっと時間が無くてだな」


「………………」


「何とか過去から帰って来たのは良いんだが、オレもやらなきゃならん事が……悪い……そんなにショック受けなくても……」


「………………」


 無言で自分を無表情に見つめ続ける少女にそんなに怒っているのだろうかと恐々と瞳を覗き込む。


「フラ―――」


 ム、と言う前に唇を塞がれた。

 唇だった。


「ん、フラ―――」


 やはり、最後にムと言うよりも先に唇が塞がれて、舌が何度も絡められて、何度も何度も確かめるように放さぬとでも言うように声も封じて。


 少しだけ両手で腰を抱きしめれば、息継ぎするまで、ずっとそのままだった。


 そうして、唾液でべとべとになった顔で、上気した顔で、初めて見る。


 本当に……初めて見る……泣き顔で……フラム・オールイーストは言った。


 この本当にどうしようもなく嫁をほったらかしにしていたはずの馬鹿な夫の名を。


「ごめんな」


 そう抱きしめれば、ポロポロ涙を流した嫁達がワッと押し掛けて来て、思わず倒れ込んだのも束の間。


 所構わず口付けされるわ涙と笑顔でグチャグチャな顔で衣服は全面グッショリ。


 まともな応対がされたのはそれから凡そ30分後くらいの事であった。

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