第329話「踏破」
『全てを破壊せよ。破壊せよ。破壊せよ。破壊せよ破壊せよハカイセヨハカイセヨハカイセ―――』
今やあらゆる周波帯で垂れ流されるノイズの波。
それにちょっとチャンネルを合わせただけでこの有様。
聞き覚えのある声に肩を竦める。
「どうやら、あちらはかなりご立腹らしいな。世界の支配者になるんなら、別にこの星でなくても良かろうになぁ。つーか、友達や恋人もいなさそうなのに何で執着するかね……それこそ神様らしく諦めて欲しい話だ」
ガチムチ妖精さんズがゲラゲラ笑う。
それを横にして講談でもしている気分になりながらも、破壊者となった副総帥(名前何だったっけ?)さん撃滅用のプランを詰めつつ、移動中の外を見る。
世界を思い出す限り、言う程に悪い状況ではないだろう。
南部と東部における動きを確認したと妖精達の一部が今度こそ完全に繋がらなくなった通信の代わりに飛脚も真っ青な速度で色々と偵察してくれたのだ。
こちらも出発したのは今朝方の事。
更に9日程の時間が挟まったが、次々に各地から齎される報はまったく悪くなかったと言える。
大陸中央から近辺からの避難指示で多くの国家が沿岸部の津波が到達していない地域にまで国民を再避難させ、次々に空飛ぶ麺類教団の物資や玉のおかげで何とか飢えずに生活出来ているとの事。
ついでに世界各地に散らばっていたあらゆる戦力が国民を護る為に手と手を取り合って、人間を高速で飛ばして情報をやり取りしているらしく。
殆ど現状の把握は完璧。
ポ連もまた今まで吸収された国家が全て独立して、大陸中央の情報を聞いて後方へと退避するところや援軍を送るところもあるという。
だが、一番嬉しかった誤算はアメリカ単邦国や日本帝国連合の共同体がごパン大連邦との間に国交を樹立したとの知らせであった。
そして、各国に協調しての軍事作戦。
主力攻撃部隊は自分達に任せ、他は国民の退避に動いて欲しいと念押ししたとの情報が届いた時は正しく、あの巨女に感謝した。
「さて、オレ達は今現在大陸中央に向かっているわけだが、まぁ……恐らく電子兵装マシマシの物理攻撃で破壊されない機甲戦力とか、破壊されてもすぐに復元される機甲戦力とか、重砲火砲の類がやってくるってだけだ」
主戦場となるだろう中央まで残り30kmを切っているだろう現在。
トレーラーの窓からは濛々と上がる黒煙が大陸の地方へと流れていくのが見える。
だが、それとて時間が極度に流れているせいだろう。
相手は恐らく―――。
「あの副総帥様は人間なんぞゴミとしか思ってないし、一々一人ぼっちのドローン軍隊相手に真っ当な戦争するのも馬鹿らしい。で、これからオレはあの副総帥をぶっ飛ばしに行くわけだが、お前らには適度に敵戦力と遊んでいて欲しい」
その言葉にトレーラー内の男達や女達が意味を測りかねて首を傾げる。
「要はオレとあいつが話している間は適当にあしらって損耗するなって事だ。命は掛けるな。突破もしなくていい。後退は幾らしてもいいし、適度に苦戦しているように見せ掛けてくれるだけで十分だ」
「あらあら」
その言葉にアメリアスが随分安く見られたもんだと反発しそうな妖精達を見やる。
「別にお前らの実力なら可能だろう? そうだよ。今まで戦ってきた苦しい時を思い出して、ちょっとあの副総帥様に演技して差し上げてくれ。接待しないとああいう手合いは癇癪を起すどころか。途端にもういや世界なんて滅ぼしてやるって無茶し始めるからな。だから」
思わず本音が出る。
「『く、何て強いんだ!!? あ、あいつはまさか鳴かぬ鳩会の影の副総帥?!! もうダメだぁ!? お終いだぁ!? お、オレ達はあいつに勝てるのかぁ!?』とかテキトーに苦戦したフリしといてくれ。あ、ついでに死にそうな連中の援護や撤退も頼む」
どちらかと言えば、そちらの方が決死になるんじゃねぇかなぁという妖精さんズの顔であったが、仕方ないものは仕方ない。
今のところ、装備と経験で勝っているのは彼らしかいない。
他の戦力は殆どが損耗覚悟、決死で何とかというのが殆どだ。
電子兵装を使えぬとなれば、それ程の覚悟がいる。
『実は自分、昔……役者を志していた事があって』
『え? じ、実は自分もラジオのDJに憧れてたんだ!!』
『あ、オレは死んだフリでは一家言あってだなぁ』
『フッ、苦戦したフリ? いつでも苦戦していたとも、負け戦なら百戦錬磨だ』
『おお、同志!! 撤退戦や遅滞戦闘ばっかだとなぁ。やっぱ、そうなるよなぁ』
これから半数以上は死にに行くに等しいという現状。
誰もが分かっていても、笑顔があった。
トレーラーの中は比較的、何でも揃っていて、今から飲み会でもするかというようなコスプレ会場を後にしてのオフ会みたいにも見える。
椅子とテーブルとパック詰めの飲み物オンリーではあったが、それでも十分に彼らにとってはリラックスしているのだろう。
電灯は今も強度の高過ぎる電波の影響で明滅し、トレーラー自体もいつ砲撃を受けたか分かったものではない。
だが、確かに男達も女達も戦意と闘志は燃え上がっていた。
「さぁさ、皆行くわよ。出撃して頂戴。さっき思い出したけど、もう先発部隊からの応援要請があったわ」
そのアメリアスの言葉に立ち上がった者達は一斉に敬礼した。
「ベリヤーエフ。任せます」
「お任せを」
ガチムチな金髪妖精。
5本の指に入る結構偉い男がアメリアスに敬礼してから、こちらを向く。
雑多なものが置かれたトレーラー内。
一切今まで会話に加わらず。
ただ、こちらを見ていた男は仲間を死に追いやる命令を出したカシゲ・エニシという男を確かに観察していた。
「では、行きましょうか。人の世を護らんとする者達に我ら妖精の加護を知らしめに……」
―――『オウッッ!!!』
男も女も無い。
彼らは百戦錬磨の兵隊だ。
そして、この数か月でこちらが予想する戦況は全て教えた。
後はただ実践するのみ、と言ったところだろう。
「妖精円卓ッッ、総員出撃!!」
アメリアスの言葉と共にトレーラーが開閉されていく。
次々に飛び出していく者達はまるで本当に空を飛んでいるかのように地を駆け、あっという間に狩猟用の犬の如く噴煙に染まる黒き世界の下に出撃していく。
「さようなら。もし、また会う事があれば、次はお酒を一緒に呑みましょう」
ウィンク一つ。
アメリアスもまた跳躍して地平の彼方へと飛び去っていく。
トレーラーは走る。
此処からはベリヤーエフと二人切り。
「ガチムチ妖精さんと二人切りとか。男としてはゾッとしないな」
「それはこちらのセリフだ。
「扇動はしてないだろ? 船頭は務めたかもしれんが」
「貴様が
「違いない。が、後はお前に頼むしかない。まぁ、あっちは適度にオレを殺しに来るが、お前が連れて行くなら、何とかなるだろ」
「……フン。全てを分かったような口ぶりだな」
「全て予想の範囲内だ。予測も予知も必要ない。あの大そうな破壊の権化みたいな事を喋ってる神様は単なるエゴ剥き出しの人間だ。神様じゃないなら、どうとでもなるさ」
「……どうとでもなるなら、我らが同胞の命を散らせて欲しくはないものだが」
「オレは信じろとも、信じてくれとも言えやしない。だが、一つだけ断言しよう」
「何だ?」
黒煙の下。
焦げ臭く。
世界が戦禍に包まれたような色に染め上がる。
何処かで砲爆撃の音がする。
何処かで誰かが戦っている。
しかし、だからこそ。
「あの男はただ心底に後悔するだろう」
「―――フン。貴様のそんな顔を見て、心胆冷えぬ者がいたならば、そいつは正しく神だろうとも」
男が少しだけ瞳を俯けて呟く。
「そうか? オレはいつも通りの顔をしてる気なんだが……」
「ああ、そうか。ならば、貴様はもう……人間でもオブジェクトでも……いや、神ですらない」
「なら、何なんだ?」
「……単なる世界で一番怖い何かだ」
ベリヤーエフが肩を竦める。
「まぁ、いいだろ。嫁にだって秘密にしたい事くらいあるんだ。オレだって怒る事くらいあるさ……もう泣くのは止めた。無力に涙するのも、ただ己の弱さを嘆くのも……そんな事をしてる暇が無いと知ったんだ……」
「暇が無い、か」
砲撃がトレーラーの後方30m程の場所に着弾し、爆裂した砲弾の破片がトレーラーにガンガンと当たった。
だが、平然と走り続けるトレーラーの上でベリヤーエフがこちらの首根っこを捕まえてゴキゴキと首を鳴らす。
「貴様は一体、この先に何を見ている?」
「……そんな大そうなもんじゃない。ちょっと、宇宙を掛けて本当の神様とやらを前にして勝たなきゃならないってだけだ」
「くく……ならば、案内しよう。貴様が暇の間に片付けるべき相手の前までな」
「よろしく頼む」
「ああ、任せておけ。貴様の無様な背負われ姿を全世界の兵達に見せ付けてやろう。カシゲ・エニシ……最後にして最初の新参者」
「オレは妖精さんとやらになったつもりは無いんだがな」
「貴様の席は最初からあった……誰も知らない第一位……アメリアス……彼女は決して口にしなかったがな……」
言葉を紡ぐ前に、背負われ、ベリヤーエフが跳躍する。
途端、砲弾がトレーラーを打ち砕いた。
世界を見ろ。
そう言われている気がした。
遠くから遠雷の如く砲爆撃の音がする。
世界に硝煙臭い響きが満ちていく。
黒く染まった空。
薄暗い地表。
泥と大地のあちこちが隆起して罅割れ、今も溶岩を噴き上げ、垂れ流している。
だが、その河も湖も次々にゆっくりと内部から現れる戦車も重砲もあらゆる鋼鉄の兵器達も……全てはただ本命の前の前座の前座程度の話。
ベリヤーエフ。
嘗て、人に生み出され、人の為に戦い、人の世を護って来た。
いや、今も護っている男は……自分に向けられる砲口を瞬時に避けながら、相手の照準が自分達を破壊するギリギリを狙うと知りながら、それでも大げさなくらいの機動で回避して前進する。
途中、何度脚をマグマの熱に焼かれただろう。
途中、何度その両手を放して背後の荷物を放り出そうと思った事だろう。
命を掛けて運ぶ。
たった、それだけの事を男はやり通した。
凡そ30時間。
思い出した時には……もう男の両足は焼け崩れており、少し足を斬り落として再生せねばというところまで来ていた。
周囲は灼熱地獄。
推定320℃はあるだろう高温。
マスクのおかげで男は何とか持っているが、背後からはただ無限軌道のキュラキュラという音のみが近付いてくる。
「行ってくる」
「返りは誰かに拾って貰え」
「アッシー君はいつでも待ってるのがデフォらしいぞ。死語だけど」
「あっしーくん?」
「気にするな。お前は役目を遣り切った。少し寝てろ……後はオレが片付けて来る……ご苦労だった」
「フン。貴様に……労われる事など……」
前方300m先には黒く染まった巨塔が幾つも聳えていた。
振り返らずに征く。
アメリアスに渡された小さな指輪。
環境から守って貰えるエネルギー消費式の力場は“弱い力”よりも更に繊細な“極弱い力”を用いて外界からの干渉を遮断する。
そして、襟元に付けられた酸素生成用のカプセル状の機器が無ければ、あっという間に熱と酸欠で自分は死んでいるだろう。
「オイ。来たぞ。勿体ぶってないで、さっさと案内しろ。人をこんなところにまで来るよう仕向けたんだ。相応の持て成しくらいしてくれるんだろ? 副総帥」
砕かれた大地の最中。
最も暑い巨塔の中心域のマグマ溜りの奥がゴプリと泡立ち。
巨大な腕が伸びたかと思うとこちらの身体を掴んで、内部へと引きずり込む。
背後で声が聞こえた。
それは叫びではなかった。
―――『精々、好きにして来い』
そう、それは単なる男なりの励まし、だったのかもしれない。
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