第304話「無限抱擁」


 ファースト・クリエイターズ。

 宇宙を駆ける、の報は誰も気付いていない。

 それどころか。


 自分達と同じ地球人類のいる地球が数千億光年中に数千億単位以上いる事など知る由もない。


 だが、しかし、今現在見て見ぬフリも出来ないのが人情である。


 だから、過去への帰省を終えるに当たり、この過去宇宙内で見付けた人類にはある程度の責任を取ろう。


 取り敢えず、過去に複製されて、自分で見付けた幾多の地球内部の至高天とリンクを開始。


 今日まで培ってきたノウハウを全てプログラミングで書き出し。


 人類の救済用プランを至高天のシステム・カーネルに上書き。


 後は野と成れ山と成れ。


 プログラムの応答用テキストオンリーで謎の地球侵略者ファースト・クリエイターズは宇宙のあちこちに神出鬼没なボットとして出現。


 この地球で起こった事と大半同じことをしてくれるようになった。


 相手の技術レベルや生活、習俗などを分析して救済プランを最適化。


 大別した複数案の詳細は全て、こちらの思考パターンを抽出して、現地からの情報で“自分ならこうする”というような改良を加えるランダム性のあるプログラムを加え調整。


 この地球でも大好評だったファースト・クリエイターズ全話をプラン実行後から全地球上で自動改変しながら垂れ流し、適当に戦争と貧困と差別を撲滅した後、原理主義な宗教や思想や主義をこちらと同じようなルートで壊滅に追い込む。


 其々の人類が今日まで積み上げて来た不幸な歴史を全部清算して、清く正しいルールを守って楽しく人生送ってねという宇宙規模の善意の押し付けはもうノータッチでも勝手に完遂されるだろう。


 今現在、宇宙中心領域より500万光年ほどの宙域で最後の宇宙救済用の再拡大の実効性を検証中だ。


 惑星のブラックホール化を防ぎ。


 周辺に恒星を配置し、複数の地球系移住惑星を運行して永続的に星系が回るようにし、高重力の隕石トラップな惑星も外縁に置いてという事を繰り返している。


 他の銀河内にまで伸ばしたポータルから無人の星系近辺で大質量とエネルギーの放出と惑星の形成を行っているが、支障はそう出ていなかった。


 一気に星系内の惑星が増えてもある程度は詰められるし、惑星同士の激突も回避出来る事が実証された事は誠に喜ばしい限りである。


 プランの確度が98%を超えた時点で後は限りなく100%に近付けていくようシステムの自己改善用の自動アップデート機能を強化。


 今日が終わるまでには1000万光年。

 明日が終わるまでには1億光年。

 明後日が終わるまでには3億光年。


 1年後までにはブラックホールやら超新星爆発やらの宙域すら地ならしするロードローラーみたいに平らげ、周辺銀河を含めて3000億光年は星々で埋め尽くされていくはずだ。


 星系単位で人類が繁栄していく為に必要な物質は永続的にポータルから吐き出され、惑星という形であちこちに形成され、ブラックホールも空間制御による極大の緩衝で是正し、露出した内部の質量をエネルギーとして放出させて安全に拡散放出させる事で元の空間へと戻す。


 事実上の超光速通信と空間制御技術の合わせ技は魔術の物質を無限に再生産出来るという超効率の特性と合わせてほぼ宇宙くらいは救えちゃうくらいには進んだものになったようだ。


 まぁ、大半は深雲と至高天を無限増殖させられるからこその芸当。


 量子転写技術に不可欠な質量が魔術で無限に再生産出来るというところが相性良過ぎたのだろう。


 エントロピーも何もあったものではない。


 事実上、質量1から10の4000乗倍の同じ質量が発生させられるのだ。


 処理能力を提供してくれる至高天。


 あらゆる時空間を超越して観測し、光の速度を超える通信を行う深雲。


 全て万能無限への扉だ。


 魔術は事実上、物質を生成するのに特化して使用している為、物理法則を超えた作用の大半に手を付けていない。


 それはこれからの課題だろう。


 物理法則下で出来る事は全て出来る状態なのだから、ある程度はあの唯一神にも対抗出来るだろうが、恐らくあちらはオカルトに片足を突っ込んだせいで規模こそこちらに劣るが、現実改変レベルの物理法則外からのアプローチは簡単にしてくるはずだ。


 星系規模での完全質量制御。


 これを限られたリソースでやっていたのだから、あの蛸の邪神様だって畏れるはずである。


「どうかしたんですか? エニシさん」


 今日は愉しいお別れ会。


「何でもない」


 アトゥーネ教ご本尊様謹製のローストビーフやらチキンやらサラダやらオードブルがズラリとビュッフェ形式で秘密基地内には並んでいる。


 横にはちょっとまだ恥ずかしそうなフニャムさんが一人。


 朝から昨日の自分はどうかしていたとピッタリ添い寝していた事に懊悩しているらしく。


 まだ意識が遠くに跳んでいるようだ。


 元独裁者の老人は幾つかあるテーブルの1つでお茶を嗜んでおり、人型機動兵器を散々に乗り回して気に入ったらしいHENTAIは自分の新型NVの前のテーブルに山盛りにした皿を置き、シャンパンを足元の装甲にお疲れ様と掛けていた。


 料理を作った当人であるアトゥーネさんは料理を準備し終えた為、本日はもう気品席で玉座かという豪華な椅子に座っている。


 だが、これだけでパーティーというのも寂しいので色々とお招きしたのは単なるお茶目だ。


 今現在、この地球上に存在する国家の中で最も良心的な部類の指導層、技術者、科学者、宗教家、財団関係者、アトゥーネ教の関係者を招いてある。


 秘密基地も今日で壊す予定なので構いはしない。


 地球上ではファースト・クリエイターズの仕業ではないかという拉致誘拐が話題になっていたが、彼らを集めるのに超光速移動用のポータルを使ったので見付かるまで時間が掛かるだろう


 全員を基地横に増設した箱型のポータル内部に転送後、箱が横に開く。


 すると、ぞろぞろと彼らが其々に何が起こったのかと目を白黒させながら恐る恐る出て来た。


 財団関係者などは昨日、一番ヤバい博士達を差し向けたのにピンピンしてるこちらを見て、天を仰いでいる。


 此処に連れて来た詫びとして彼らには全世界の言語がリアルタイムで翻訳して分かってしまうプログラムを脳髄内部にプレゼントしたので互いに会話可能だ。


 その内に国境を越えて意思疎通出来る人物達となってくれるだろう。


「え~~本日は拉致誘拐させて頂き、誠にありがとうございます。現在の地球上の人類から勝手に選出させて頂いたあなた方は人類の共通認識として、“今後の予定”に付いて開示する事を目的に此処へ招待しました。料理を取ってから椅子にお座り下さい。ファースト・クエリターズの最後の活動をご報告申し上げます。ちなみにパーティーが終わるまで此処から出られませんし、助けも来ませんし、お腹も空くようにしておいたので空腹で倒れたくなかったら、アトゥーネ製料理は全員で皿に取るよう伝えておきます。上映会は二十五分後からです。トイレは左側の壁端。ああ、後はゲストとしてお招きしましたが個人からの質問などは受け付けておりません。こっちから話し掛けない限りは大人しく拉致誘拐された人間として寛いでいて下さい。アトゥーネ教の信者はご本尊様に対して話し掛けていいですが、お障りは禁止でよろしくお願いします」


 雑い説明。


 もう半分以上面倒になっていたのは認める。


 最初に動いたのはアトゥーネ教信者。

 それも教祖になるか。

 あるいはこれからの重要人物達だ。


 感涙した様子で座っている彼女に猛烈な勢いで突進。


 ズザァアアアアアアッとスリップ気味に五体投地。


 もはやドン引きを通り越して昇天しそうな悪女はピクピクしたエビみたいに全身を震わせていた。


 他の連中はこちらの言葉の後、どうすればいいのかと顔を見合わせ、周囲にあるチープなパーティー会場のパイプ椅子やら巨大人型兵器を見るやらして、何かを諦め切ったような顔になり、言われた通りにトイレに行く者やら食事を紙皿や紙コップに取る者やらに別れた。


 財団の人間と日本国政府の要人。


 スーツ姿の外人やら官房長だけがこちらをしばらく見ていたが、すごすごと料理を取って適当な椅子に腰掛け始める。


 そして、最後の相手が来るのを見て、フラムが驚いた顔となった。


「未来に帰ったんじゃないの?」

「未来からもう一度来れないって誰が言った?」

「え?」

『アトゥーネ=サン!! お久しぶりデス!!』

『この日が来るの、ベリーベリー待ってたデス!!』

『ウ、うぅオオオぉぉォお!!? 本物のアトゥーネ=サンだぁあぁああ!!?』


 男性陣がアトゥーネ教信者の五体投地に加わった後、ブンブンと感激した様子でその手を取った。


 教祖連中はそれを見て、こいつらは……味方か!?

 というような微妙な顔をしている。


 自分は御障り禁止なのにこいつらはいいの的な顔をする者も多数。


 しかし、彼らをよく見て見れば、怪人として有名になっている連中の顔をしていると気付き。


 やはりアトゥーネは偉大という事で内心の葛藤にはケリが付いたらしい。


 きっと、将来はご本尊を護る聖人にでもなっているに違いない。


「……1つ聞いていい?」

「何だ?」


「未来に帰ったら、もう戻って来れないんじゃないの?」


「誰がそんな事言った?」

「――――――」


「ちなみにお前がオレのいる未来に来ても日帰り出来るぞ。寿命が二倍になった毎日を送ってみるのも一興だな。今日は未来、明日は過去、なんて事も可能だ。無論、時間差は無いんだから、二重生活しててもラグは無い」


 ボカッと本気で強く殴られた。


「痛いんだが、暴力反対」

「わ、私がどれだけッ、どれだけッッ!!?」


 プルプル拳を震わせた顔の真っ赤な美少女が唸る。


「だが、別に危険が無いわけじゃない。そもそもあっちはまだ戦争中だ。その間、お前を連れていく事は考えてなかった。ただ、それでもと覚悟があるなら連れていくってだけだ。だから、まったくの嘘でも無い」


「……ッ、時々言ってる唯一神て奴と決着を付けに行くの?」


「別に殺し合いになるかは分からないけどな。あいつはオレより強かったが、オレもそれと同じくらいにはなっただろう。恐らく……だから、あいつのしようとしている事を止めに行く」


「分かった行く!!」

「いいのか?」


「そっちに行っても、帰る時は時間差は無いんでしょ?」


「でも、あっちの状況次第じゃ、何年も離れる事になるかもしれないぞ?」


「帰れるならいいわよ。ウチのにも明日には帰るって言ってるから」


「……ちなみにあっちにはお嫁様が一杯だから、仲良くしてやってくれ」


「そいつら次第ね」


 会話を終えてもまだちょっと目を怒らせた少女は紙皿に食事を取りに行った。


 もう自棄食いなのか。


 山とローストビーフが取られ、途中で近付いて来たフニャムさんの様子に退いた人物達が周囲からコソコソと掃けて、別の料理を取りに行く。


「総司令。そう呼ぶべき?」

「おお、懐かしいデスね!!」


 後ろから声を掛けて来たのは女性陣だった。


「お前らもアトゥーネ製の料理食べとけ。昨日でファースト・クリエイターズは解散、今日は解散記念日だからな」


「でも、此処と繋ぐポータルを残しておくって事は……」


「この時代に残る連中もいる。お前らはそいつらを助けてやって欲しい。時間経過のラグは再設定可能だ。時々、手伝うくらいはしてくれるだろ?」


「それは……地球を救った英雄の頼みなら」


「それは有り難いが、オレは生憎と英雄じゃない。それとあっちの方はどうだ?」


「今、地球圏の復興中。宇宙からの支援物資も次々に届いてて、ようやく大都市圏を元に戻し終わった」


「さよか。なら、後は勝手にやれ。人類の統一は終了したんだ。内部抗争だの権力争いだのをしないって各国代表の一筆は守られてるか?」


「財団が監視してる。今のところは大丈夫だと思う」

「なら別に構わないな」


「……イグゼリオンが簡易に量産化されたけど、前のとは全然別物だって軍人達が惜しがってる」


「玩具は卒業しろと伝えろ。欲しかったら自分で造れってな。資料渡しただろ」


「あのアニメ?」

「ちゃんと全期分揃えたからな。好きに二次創作してくれ」


 何か言いたげな。

 しかし、それよりも確かに彼女達が頷く。


 そうして各々ファースト・クリエイターズ達が談笑しているのを見ていた要人達は目の前の人物達が世界を引っ掻き回した者達なのだろうか、という顔となり……今現在起こっている第三次世界大戦について理解している層などは怪訝を通り越して不可解という顔になり、アトゥーネ製の料理を食べてから……コレ美味いな……と黙々と食事に勤しみ始めた。


 いつ食べられずに取り残されるか分かったものではないという内心からだろう。


 そうしている合間にも25分は過ぎ。

 上映開始となる。

 映画館のように薄暗くなり。


 彼らが列席した椅子の前方にある壁が巨大スクリーンとして映像を映し出し始める。


―――あの戦いから半年。


―――全てが終わったかに見えた。


―――しかし、超遠未来の宇宙終焉期より飛来した唯一神を名乗る者の襲撃。


―――彼らは再び、戦わざるを得なくなっていた。


 薄暗い部屋にいるあの戦いの功労者達。

 しかし、今や彼らは普通の身なりをして。

 人社会に溶け込んで生活していた様子が伺える。


 だが、誰もが煤けており、時折巨大な地鳴りや振動が部屋内部を揺さぶっていた。


『どうする? このままではジリ貧だ』

『だが、今の我々に何か出来る策はあるのかね?』

『まったく、最低の気分です!!』

『にゃ~ご主人様~どうするにゃ~?』


『まだ、手はある……あの神を倒す為にあの男のいた時代に跳ぶ』


『ですが、もう我々は……時を渡る術を失っています』


『ふぅむ。実際問題、もうフォートは動かんぞ。この時代での作戦行動が終了した時点で自壊させた。直すような技術も知識も我々には無い。違うかな? 我らが将よ』


『だから、そのまま眠らせておけば良いのではとあれほど言ったのに……』


『愚痴ってもしょうがあるまい。貴様がそう言うという事は何か策があるのだろう?』


『奴が乘って来た装置を奪う』

『おぉ~ご主人様、頭良いにゃ~!!』

『方針は決まったか』

『なら、征きましょうか』

『うむ。それが最後の道ならば』


『絶望は当の昔に捨てた身だ。我々に遺された力は全ての宇宙の為に……』


 彼らの周囲で紅の燐光が吹き上がる。

 その粒子の最中で姿が変貌していく。

 だが、それを嗅ぎ付けたのか。


 巨大な爆発がそのマンションの一室をマンション毎破壊する。


 しかし、その最中から流星のように上空へと垂直に昇っていく耀きを人類は再び観る事になるだろう。


 無限のように空を埋め尽くして飛来する宇宙戦艦群。


 たった五人を前にしてその圧倒的な火力が州地域。


 否、周辺国家全てを地殻毎吹き飛ばす爆撃を開始する直前。


 その軍艦の群れの中にポッと華が咲いた。


 爆沈していく空に空いた隙間を縫うように月面から飛来した五機の機影。


『イグゼリオンで奴のいる月面裏に向かう。全機、行動開始!!!』


『『『『オウ!!!』』』』


 五機の其々にカラーリングされた機神。


 初めて名前が明かされる機体が彼らをその胸部に格納し、そのまま更に密集してくる敵陣を正面から突破し、猛烈な砲撃と爆撃を掻い潜りながら、地球圏から月へと加速していく。


 だが、彼らの目の前で月はその形を変えながら、質量を持った人型へと変貌し始め、世界に哄笑が響き始める。


『ギューレギュレギュレギュレギュレ!!!』


 その間の抜けた声とは裏腹にその人型の拳や全身から打ち放たれた光線によって近付いていく機影が次々、爆光の中へと沈み。


 しかし、最後の一機である黒蒼将専用機が内部に突入。


 全ての隔壁を溶かし切り。


 その内部にある宇宙船へと半ばめり込むようにして転移を試みた。


 未知の輝きがアメーバのように連鎖し、七色の光の筋となって流れ去る未知の空間内でボロボロに崩壊していく機体の中。


 下半身を吹き飛ばされた彼が最後の言葉を紡ぐ。


『まだ、運には見放されて無いようだな』

『そうかね?』

『ッ―――ギュレン・ユークリッド!!?』


 彼の半壊したコックピット内の割れた画面に無精髭を生やし、白人にも黒人もヒスパニックにもアジア系にも見える奇妙な骨格の男が豪奢な法衣を着込んで映し出された。


『酷いじゃないか。我が親友よ。僕は君を救いに来たと言うのに……』


『な、に?』


『愚かなる人類にまだ執着するのか。ああ、君が宇宙の終わりに人類からどんな目に合わされたのか教えてあげたいよ。見て来るといい……果たして人類が本当に救うに値する存在なのか。神を倒して来た君達、ファースト・クリエイターズの行動の結果が本当に人を幸せにして来たのか……』


『まさかッ―――貴様は、貴様はッ?!!』


『言っただろう? 私は宇宙の終わりからやってきたと。さぁ、始めようか……永い永い人類の終わりを。人間などこの宇宙に必要ないという事を私が教えよう』


『ギュレンッッ!!!』


 シーンがホワイトアウトした後、一気に黒く染まって。

 今まで流れていた壮大なBGMが途切れる。


 プチュン、と。


 画面の電源が落ちた音と共に金で縁取りされた題字と未知のコードで画面が埋め尽くされた。


―――ファースト・クリエイターズ劇場版。


【ラスト・ウォー・クロニクル】


―――君は神々の戦場へ赴けるか?


 要は映画版造りましたよという番宣である。

 半分がポカーン。

 半分が微妙な顔となり。


 極々少数のこちらの実情を知ってる財団関係者や官房長官が神妙な顔となった。


『え~会場にお集まりの皆様。ご歓談の後には後方のグッズ販売などは如何でしょうか? 1つ1$均一となっておりますので、どうぞお買い求め下さい。キャッシュが無い場合は持っていくだけでこちら側で引き落としておきます。また、今ご覧になった映像はブルーレイとDVD、映像データの入ったメモリなどでもご用意しております。お帰りの際は成田の国際線を御利用下さい。出入り口はあちらです。本会場は1時間後に爆破されますのでお気を付けて』


 ザワッとしたのも束の間。


 料理をガツガツ平らげた全員が後方にいきなり現れた物販コーナーに驚きつつも、脳裏で計算したらしく。


 すぐに一人二人、すぐに雪崩を打つようにして物販コーナーに走った。


 それで一人で全商品を買い込み、$紙幣が無い者も有る者も次々に品を確保。


 その後、こちらを一別した後、逃げ出すように出入り口に殺到する者やら。


 こちらに頭を下げてから歩き出す者やら。しばらく観察していようという者もいたが、すぐに爆破の文字を思い出したかそそくさと会場を後にし始める。


 そうして各国の要人が掃けていき。

 残された料理をこちらでのんびり平らげていると。


 最後までいた財団の関係者が軽く頭を下げてから出ていき。


 ただ一人。


 日本の官房長官のみが50分を超えてもまだ其処にいた。


 周囲の目が無くなると同時にこちらに進み出て来た彼がこちらを見やる。


「また会いましたな。黒蒼将カシゲェニシ」

「逃げなくても?」

「成田のある地域で逃げる理由がありますかな?」

「まぁ、そう言われれば、そうですけど」


「……貴方達が本当は何と戦っているのか。我々には未だ到底全てを理解する程の情報も無ければ、その真偽を確かめる術も無い。だが、最後の活動と言うからにはこの国……いや、この時代から退去すると考えても?」


「ええ、表向きはもう本来の時代に帰る事になります。いつでも来られますが、死んでいる可能性もある。だから、ああして警告だけはしたと受け取ってもらえれば……」


「警告……宇宙の終わりから侵略者が攻めて来る、か。下手なSFの方がまだ良い筋書きな気もするが……真実なのでしょうな」


「そう信じて頂けると?」


「我が国の測量調査をしている人間達が狂ったかデタラメを我々に揚げていると信じるよりは簡単でしょう」


 自分のやってきた事を省みろと暗に言われる。


「ですが、根本的には関係ないんですよ。これは我々の未来、我々の宇宙の話……あなた達はその未来の一部を垣間見たに過ぎない」


「……だが、貴方は本当の意味でこの地球を救おうとした。それが我々の意志とは関係の無いところで行われた事は遺憾を通り越して真に敵と断じるに値する行為だ。だが……だが……こう言っては何ですが、世の不条理を未知の不条理が駆逐していく様は我々にとって遠い場所の出来事であり……実感を受けて初めてソレを恩恵だと理解する事が出来る類のものでしょう……そして、それは本来、我々が努力して為すべきものだった……努力しても、何代、何十代、何百世代掛けても辿り着けるかどうか怪しいものだったとしても……それが真に人が辿るべき道筋だったと私は思っている」


「……」


「その努力する機会を奪われた事は真に人類を堕落させる悪行だと私は思うが、同時に貴方達が為した行いが今、この時にそういった理想よりも助けて欲しいという人々を救っているとも理解しましょう。故に政治家としての私は貴方達誇大妄想狂に感謝もしなければ、罪を糾弾しようとも思わない。ただ……娘を救ってくれた事だけは一人の親として切に感謝したい……ありがとう。ファースト・クリエイターズ」


 そう、頭を下げて。


 年上の立派な政治家は物販の袋を下げて、シャンと背を伸ばして出口の先へと向かって言った。


「そう言えば、あの方の娘さんは前に交通事故で意識不明の重体だと新聞に……」


 アトゥーネがそう呟く。


 その声もすぐに伽藍とした会場の内部で吸収されるかのように消えていった。


「さ、祭りはお終いだ。料理も平らげたし、オレは戻る。で、男性陣はどうする?」


 見れば、ベリヤーエフも食事を終えて、こちらの傍に来ていたし、アイトロープお爺ちゃんに戻ったような老人もすぐ横でシャンと背筋を伸ばしていた。


「あちらにも自分がいるのならば、此処に残らせてもらう。己の正義を己の力で……それは困難な事だが、己を信じればこそ、この世界が我々の世界に到達するような日々は絶対に避けなければならない。そう、感じている」


 ベリヤーエフが拳を握る。


「さよか。なら、時々は報告しに来る。オレが死ななきゃな」


「フン。悪の魔王にして結社の首領。正しく人類の敵たる貴様の声を毎日聞かなくて済むのなら喜ばしい事だな」


 その一員の癖に良く言うよと苦笑するが、あちらも苦笑していた。


「で、元独裁者なアイトロープお爺ちゃんは?」


「……吾輩は帰らせて貰う。あちらで吾輩が死んでいるとしても、最後まで己の為した国家への責任は持ちたいからな。ただ、もし可能ならば、この世界をまた訊ねたい……その為のシステムは作ってあると聞いたが、個人で使わせて貰えるかね?」


「ああ、構わない。だが、まずはオレがあっちの厄介事を終わらせてからにしてくれ。生憎とフラム以外連れて行って全員助けられるかどうか分からないからな。それと言っておくが、アンタは同じ人格は持ってるが、あの時代で死んだ人間とは別人だ。偽物とは言わないが、本物とも言えない。それだけは忘れるなよ。独裁者」


「了解した。その日を心待ちにしていよう」


「で、勿論此処に残る千音さんはどうする? 全部、忘れて介護職に戻ってもらっても構わないが……」


「ア、アトゥーネにはもう成りません!! そう……そぅ言えるかと思ってましたけど……でも……」


 声を小さくして。


 僅かに視線を伏せた女性が懊悩の先に真っ直ぐこちらを見た。


「責任は取らないとならない。そう思えるようになりました。お爺ちゃんや貴方を見ていたせいかもしれませんね。エニシさん……」


「つまり?」


「アトゥーネとして活動はしませんが、この力を私に死ぬまで貸して下さい。これから起こる色々な問題がもしも人の手に余った時、私は私が為した事の結果として多くの人が困らぬよう戦っていきたいです。それにこの世界に遺すシステムを見守る者も必要でしょう?」


「ははは……ちゃっかりしてる。ああ、じゃあ、これからはお前がこの地球に置いたシステム関連の保守責任者だ。ベリヤーエフとしっかりやってくれ」


「あ、は、はい!!」


「あ、アトゥーネ教の連中の面倒もちゃんと見ろよ。善意マシマシな世界でも問題は起こるもんだからな」


「ぁ、はい……」


 ズーンと忘れていた厳しい現実をどうやら思い出したらしい。


「さ、後はお前らだが……楽しんでくれたか?」


 未来組の能力者達が全員で頷く。


「此処に残る連中に力を貸してやってくれ。そして、自分の時代でもしっかりやれよ?」


 その瞳の端には涙が溜まっている。


「まぁ、生きてたらもう一度会う事もあるさ。必ずしも此処にいるオレかどうかは分からないが、その時はオレに優しくしてやってくれ。これでもヲタニートで繊細だからな」


 最後に横の少女に目を向ける。


「覚悟はいいか?」


「勿論よ。ウチのが煩くならない内に帰らないとね。怒られるの私なんだから、しっかり頼むわ。悪の秘密結社の首領さん」


「はいはい。じゃあ、そろそろ警察も此処に来るし、お別れだな。全員ポータルに入れ。跳ばすぞ」


 ゾロゾロと全員で拉致誘拐時に使ったポータルを起動する。


 転送は一瞬だ。

 だから、別れは内部で済ませた。


「お爺ちゃんとベリヤーエフさんは行くところが無いなら家に来て下さい」


 そう元独裁者に目の良過ぎる家庭的なアトゥーネさんがニッコリした


「いいのかね? ご迷惑にはならないかな?」


「いえいえ、一応田舎の安い一軒家を借りてるので。家の横に凄い広い土地まで付いてるんですけど、時間が無くてほったらかしなんですよね。畑かお庭にしたいと思ってたんですけど、趣味でやってみてはどうでしょう? ベリヤーエフさんにも活動している時以外に眠る場所は必要でしょうし、どうですか?」


「いいだろう。この国は気に入っている。我が名はベリヤーエフ。力仕事にも定評があった男だ」


 アトゥーネ=サンと別れるのが辛い男性陣ボロ泣き。


 女性陣は少しだけこちらを心配そうに見ていたが、何故か顔を見てから何を想ったのか頑張ってと笑顔になった。


「フラム……オレより先に死ぬなよ」


「は? それは私の台詞でしょ……私の……だ、旦那様にしてあげるわ……このロクデナシ野郎……」


「ソレを世間一般ではデレたと―――」

「言わない!!」


 ベシッとグーで殴られた瞬間。


 全員が転送された。

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