第303話「夜中閨話」


 まぁ、買い物はスムーズに終わった。


 閉店時間まで全部使ってとにかく買ってとにかく送るを繰り返した為、7時半には買い物が終了。


 予約してあったレストランのフルコース料理は世界宗教の主神様と同レベルくらいには美味しかった。


 此処で未来で習ってテーブルマナーが生きると思ってなかったと言うか。


 気付いて少しだけ愉快になったかもしれない。

 腹が膨れたら、その足で映画館に行き。

 11時近くまでハリウッドのアクション映画大作を鑑賞。

 ホテルにチェックインしたのは11時30分を回っていた。


 初めて泊まるロイヤルスイートは寝台もソファーも人をダメにする魔力に満ちていたが、夜景もそれなりに綺麗で思わず見入った。


 その内に少女が横から消えて、シャワーの音が聞こえ始め。


 ソファーで11時過ぎのドラマを見つつ、冷蔵庫に入っていたオレンジジュースを飲んでいたら、もう12時が近く。


 そのままソファーで横になって目を閉じた。


―――12:00の鐘が鳴る。


 目を覚ませば、フラムがこちらに腕の中でソファーで身を寄せ合っていた。


「オイ。悪趣味だぞ」


 そう言った途端。


 パチリと目を開いた少女がフワリと浮いたかと思えば、虚空で見知らぬ金髪美少女に骨格毎変化していく。


 だが、その状態を見れば、分かるのだが、一瞬で状態そのものが物理法則に拠らず変化している事が分かった。


 現実可変に等しい事が今目の前で行われている。

 少なくともそう理解したのも束の間。

 彼女の後ろに白衣の男が2人現れた。


「現実改変を受け付けない、か。いやいや、大したものだ」


「ファック過ぎる。プロトコル作成不能級か……まったく、財団もこんなの相手に無理を言ってくれる。新作AVを買ったばかりなのに観る暇もないとは」


 外人なのは解るのだが、一人は何やら妙なペンダントをしただけでラテン系か白人かも定かでは無く。


 もう一人はウクレレ片手に一体何しに来たのか白衣の下はアロハだった。


「お前ら“博士”だな。こっちでシステムに割り込んでも物理的に接触不能のデータ保管庫に仕舞われてて結局中身は見られずじまい……システムにオブジェクト使うなよ。危うくこっちのシステムが焼き切られるところだったんだぞ」


 こちらの言い分に2人の博士が気が合うのかどうなのか。

 顔を見合わせて、肩を竦めた。


「始めまして。我らが神よ。君には3つの選択肢がある。此処で不毛な現実改変合戦をするか。さっさと未来に帰るか。我々に収容されるか」


 アロハの方がまるで犯罪者に権利を告げる警察官のような口調で言い出した。


「明日には帰るよ」


「「………ちょっと、相談タイムだ」」


「あ、はい」


 浮いた少女が後ろを見て、困ったような顔になったが、こちらをちらりと見て、フヨフヨ近寄って来た。


「あ、あなた、神様なの?」

「ああ」

「そうなんだ」

「お前は……魔法少女か?」

「うん。魔法使い」

「あの二人に起されたのか?」


「うん。神様を殺さないと世界が危機だから、魔法使いの出番だって」


「じゃあ、問題ないな。もう危機は去った。それと一々そんな誰かの顔色伺う必要ないぞ。適当にしてりゃいいんだ。適当に……」


「適当?」


「魔法使いの前に女の子だろ。お洒落くらいしろ。それに化粧だって好きなだけすればいい。街を出歩いて良い男でも見付けて、清く健全なお付き合いとかもするといいぞ。もう、この世界じゃ健全じゃない方のお付き合いは不可能だからな」


「健全じゃない方?」


「分からなくていい。財団もお前が単なる人間だと知れば、そうせざるを得なくなるさ。それがこの世界の新しいルールだからな」


「ルール?」


「ああ、あの二人にこれから普通の人間になりたいって言ってみろ。そしたら、その時点からお前は単なる普通の女の子だ」


「そ、そうなの?」


「魔法使いになるのは土日だけにしとけ。やりたい事は自分の手でやるのが一番楽しいぞ。ゲームとか、結果だけ見ても詰まらないだろ?」


「ゲーム……TRPGとか?」

「そうそう」

「ワニさんや怖い人と博士がしてたの。知ってる」


「この世界だって、同じだ。ルールとマナーを守れば、皆愉しく暮らせる。魔法使いになって、魔法使うより、自分の好きなものを自分の手で造ったりした方が何倍も楽しいはずだ」


「そう? なんだ」

「そうそう」

「でも、財団? の人が困るんじゃない?」


「じゃあ、困らないようになれって願え。それで解決」


「う、うん!! こ、困らないようになれ!!」


 フワッと何か無重力のような感覚がした後。


 今まで話し合っていた二人がようやくこちらに気付いた様子でアッという顔をした。


「今、何かしたかな?」


「我々の認知、認識外で何かあったな。ファック過ぎる……」


 2人がどうやら今までの会話が聞こえていなかった様子でげんなりしていた。


 だが、そうなった理由はこちらにもある程度は予想が付く。


「それはお前らが連れて来たこの子が一人で歩き出したからだ。時間と空間は不可分だが、この子にはソレすら関係ないんだろ? じゃあ、この未来の結末が過去を確定したんじゃないのか? 大抵、オレと同じような存在になってるって意味なら、もうこの子はただの人間だ。だって、財団が“困らないようになった”からな」


「「ッ……」」


 2人がどうやら事態を悟ったらしい。

 完全敗北した様子ではぁぁぁと大きな溜息を吐いた。


「明日には出て行ってくれる事を願う」


「明日が期限という事で。ああ、もう今日は帰って寝よう」


 2人が少女に帰ろうと言い出して、少女がいつの間にか床に降りてそのまま歩き出す。


「ああ、此処に来た時にいた女の子は元に戻しておいてくれるか?」


「え? う、うん。でも……」

「今日は日曜日だぞ」

「あ、そっか!! 元に戻れ!! えい」


 少女がいつの間にか持っていたステッキを一振りしてからバイバイとニコニコしながら、博士2人の後を追っていった。


「……はぁぁぁ」


 ドッと疲れた。


 現実改変系能力を前にして身構えるなと言う方が無理だろうが、やはり改変はこの宇宙内部の情報に限られているらしい。


 深雲と繋がっているおかげで変化した現実を認識し、変化した記憶やら諸々をネットワークにも跨って記憶していた情報から再度不正な処理として自身を復元、いう試みは上手く働いたようだ。


 前に月で現実改変された時、頭が熱ダレしたパソコンみたいになっていたのはどうやら今は理論的に理解している処理を深雲のネットワーク無しにやっていたせいらしいと気付く。


 ある程度のシステムの規模である天海の階箸とそこから繋がる深雲からデータをこっちの頭が無理やりに引き出していたのだろう。


 あの時は既存の光量子通信網からの引き出しだったが、今は深雲の事実上の超光速ネットワーク……それも宇宙間通信網からの取得だ。


 その速度はあの時と今回では天地以上だろう。


「どうしたの?」


 顔を横の向けるとシャワーから上がって途中でついでに買った幾つかの服の1つである黒のワンピースに着替えたフラムがホコホコした様子で濡れた髪をタオルで拭いていた。


「ちょっと、焦っただけだ」

「?」

「何ともないか?」


「何とも? 疲れたり出来なくしたヤツが言う言葉じゃないわね」


「ならいい。今日は疲れた……オレもシャワー浴びたら寝る」


 そう言った途端にジロリと睨まれる。


「ふぅ~ん」

「何か問題でも?」

「デートはまだ終わってないわよ」


 バサッとタオルが地面に落されるとバッとジャンプした少女の頭が腹部にクリーンヒットした。


「あの、痛いんだが……」

「嘘吐き」


「これでもお前の前にいる時は普通の人間っぽい感じに色々調整してるんだぞ?」


「―――私の前にいる時だけ?」

「ああ、一応」

 腹部から顔を上げた瞳がこちらと重なる。

「悪の秘密結社はまだ解散してないわよね」

「いや、もう明―――」


 よく見れば、未だ11時20分だった。

 どうやら魔法少女が“元に戻しといてくれた”らしい。


 世界の時計という時計を弄った詭弁用の大仕掛けはどうやら予想外のイレギュラーによって消滅したようだ。


「解散してないなら……代価を要求するわ」


「家でも資産でも好きなものをやろう。さすがに世界の半分はやれないがな」


「言ったわね。じゃあ―――」


 あちらが言うより先に人差し指を唇に付けようとしたが、逆にこちらの唇の前に人差し指が付けられた。


 フレキシブルな空間転移だ。

 物体を繋げたままに一部分を空間転移で飛ばす。


 飛ばした瞬間に再接合すれば、事実上は光の速さに近い速度で肉体を稼働出来る。


 馬鹿げた危ない使い方だ。


 だが、その使い方がもはや答えな以上、黙らざるを得なかった。


「私の勝ちよ。悪の秘密結社の首領さん」


 少女がモゾモゾと服が乱れるのも下着が乱れるのも構わず、こちらの上に芋虫のように伸し掛かり、顔を近づけて来る。


「詭弁は無し。私と不倫しなさい」


 ピロリンと相手の瞳にメールしてみる。


―――せめて、不倫じゃなくなるまでちょっと待ってくれ。


「……じゃあ、今ここで悪党に担保を払わせるわ」


―――担保?


「だって、約束を反故にされかねないもの」


 そう言って、少女は……胸元に顔を埋めて、シュルリと器用にワンピースを脱ぎ捨てると。


「こうしてて…………エニシ」


 そうソファー横に落ちていたブランケットを引き上げて頭まで被ってしまった。


 その芋虫のように固まった少女の熱量は高く。


「オレは夜更かししない健全なゲーマーだからな。もう寝る……躰が動かない気もするが……気のせいにしておく。お休み……フラム」


『オヤスミ……エニシ……』


 何かを思考するより先に少女のブランケットをちゃんと引き上げて風邪を引かないよう保温しておく。


 そんなの必要ない事だろうとも、そうしたいというのが人間だろう。


 温もりは湿っていた。

 だが、それもいつか乾くだろう。


 今朝方に成る前には起きようとそっと瞳を閉じる。


 重要な事程にこうも時間が過ぎ去っていくものかと。


 そう思いながらも意識は落ちていく。

 喧しい情報の報告も水底からは遠く。


 ゆっくりと消えていった。

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