第300話「真説~辿り着く者6~」


 私が技研のトップに立って推し進めた事業の中で宇宙艦種の設計製造以外で最大の功績とされたのはやはり量子転写技術の研究開発を殆ど成功させた事だろう。


 独占的な研究開発とその資金によって私の周囲は正しく研究閥と呼ばれるような力を得る事になった。


 軍が後から気付いたところでもう遅い。


 私の周囲は財界人に軍需産業、コングロマリットの大御所で固められ、彼らの見えざる傘は私をやっかむ者を決して行動させなかった。


 この地球終焉までの平和な時間こそが私にとって最も価値ある代物であり、それこそが軍を掌握するまでに一番必要なものであった。


 軍は人間の複製に頼る弊害として、多くの人物達が互いに複製者間の精神衛生を護る為、一定の情報から遮断される。


 優秀で多くの人間に必要とされる人材程にその複製は多く、遮断される情報が多くなるわけだ。


 この弊害は私が月に入ってから数年で顕在化。


 軍全体で情報を統括する者が少なくなり、軍の実態は本当に上層部の一部、数人程度にしか見えなくなっていた。


 そういった問題を今までは高度な情報処理システムを通して誤魔化していた軍であったが、その情報システム自体の仕組みを把握し、外部から予測演算を行う事で全体像をほぼ9割以上理解する私という存在を自由にさせておかねばならなかった時点で勝敗は決していた。


 私以外に軍内部で全体像を把握していた人々を合法的に追い落す事は可能だったのだ。


 具体的には彼らのスキャンダルだらけな身辺情報が出所不明でネットに大量リークされ、彼らが純粋に公平な裁きを受けられるよう軍事裁判を行う人々の大半を公正明大な人物達で固められるようマスコミへの情報操作を行った。


 外部からも経済界や政治の世界から利害調整として然るべき裁きを受けさせるよう圧力を掛けさせるのに私という真っ新なアイコンが訴えるのは極めて有効だった。


 私が軍には自浄作用があると言えば、多くの人達が賛同し、それを現実にする為に軍そのものも内外にその事実を示さなければならなくなったのだ。


 こうやって真っ黒なスキャンダル塗れで全体像を把握していた指揮者達が表舞台から消えた後は外部から軍に調整を加える為、次々に軍政改革の旗手として私は別人みたいな自分を演じる事となった。


 軍をより身近に。

 軍をより清廉に。

 軍をより強大に。


 軍内部にいるそういった事を夢見る多くの派閥に私はそれを実現する為の夢を売ったのである。


 私のは全て公に為されるものだ。


 その全てにおいて多くの派閥は自分達との利害の一致から私に対して協力を申し出なければならなくなる。


 理由は他の派閥が私に近付き過ぎても追い落とされる可能性が高くなるからだ。


 結果として複数の派閥は私の意見を尊重し、私に対して協力を求め、私はそれに となる行動を以て返す。


 このキャッチボールが続く事で軍内部は私という窓口を通さなければ、物事が上手く回らないという現実を認識していく。


 全体像を把握する者が消えた軍で公に最も強い影響力を持つ私が功績と引き換えに彼らの願いを叶える事で派閥間での情報の孤立化と疑心暗鬼を産み、私を味方に引き入れたい勢力しか存在しなくなる状況を造ったのだ。


 この時点で私の影響力は軍内部で最大化された。


 正しく他者を選んで会話しているだけで私の影響力は軍を動かせる状態にまで膨れがったのである。


 私が二十歳を超えた頃から軍内部における技研は民間、政財界との窓口となった。


 軍の派閥は私との協力によって自分達の目的を達成し満足する。


 政財界は軍の動向を私という窓を通して覗く事で状態を把握し、商売や政治の判断材料にする。


 私は両方の力を借りて業績と功績を積み上げ、軍内部での影響力と地位と安全を確保する。


 昔は資源を掘る人間よりも資源を掘る道具を売る人間の方が儲けるなんて例え話があったそうだが、私はその道具を売る人間に成れたわけだ。


 こうして、私はあの決意をした日から4年目にして既に自分の命を狙う可能性のある勢力を軍内部から一掃する事が出来た。


 私は直接命令していないし、手も下していない。

 私を利用しようとする派閥がそうせざるを得なくなっただけだ。

 月面の技研は軍の要衝。

 そのエントランスには常に人が込み合い。


 私は多くの人と会話し、その影響力を以てあらゆる事態を動かし、干渉出来る立場としてデスクに座りっぱなしの日々へと入ったのである。


 この頃、もうギアーに対して軍は既に戦略兵器以外の撃退手段を行使出来なくなっていた。


 あらゆる兵器が相手に融合される可能性がある以上。

 重要なのは敵に何も与えずに殲滅する兵器だったからだ。


 それでも軍が拡大する敵勢力を楽観視していたのは地球脱出時に地球そのものの再構成で相手を消去れると見込んでいたからだ。


 事実、量子転写技術による惑星規模での素粒子分解に巻き込まれれば、相手は消滅すると予測でも出ていた。


 私が軍の掌握を推し進める一方でまた違う方面でも進めていた案件は世間での宇宙移民、宇宙航海時代への突入を熱く語る事だった。


 地球環境の悪化はもはや数万年では取り戻せない程になっていた、という事実を以て、地球で生きていく事の資源消費よりも今の人々と未来の人々が豊かに生きていけるよう量子転写技術と新型の宇宙航行システムを備える移民船や移民コロニーを用いて人を養えるだけの質量を探しに行く方が建設的だし、旧時代の資源不足による戦争のような形の強制的な資源再配分も起こらないと説いたのだ。


 実際、過去の戦争は多くの人々にとって未だ逃れられない過去であり、コロニーに移住した大勢の人々もまた自分達がどうして戦っていたのかを明確に知るようになってからは過去の大戦の掘り下げを行う思想が出て来ていた。


 過去の大戦の過ちを繰り返さない為、という理由は地球脱出論のお題目としては十分過ぎる程のものだった。


 こうして、私は技研のトップにして軍の最大の影響力を持つ人物にして軍の最大の広告塔にして民間からは最新の宇宙移民を唱える美人なテクノクラートという肩書を得た。


 私は多くの軍派閥に号令を掛ける立場となり、実際に軍を動かせるようになった。


 ギアーの勢力圏は日に日に広がって旧南米域を巨大な空白地帯とする程になっていた事も宇宙移民論の実用性と実行性を高める事になった。


 皮肉な事に人類の敵が拡大すればする程に私の言っている事が真実味を増し、多くの人々にとって現実として共有されるようになったのだ。


 そうして、瞬く間にその忙しい時期は過ぎ。

 地球最後の1年が幕を開けた時。

 私は両親と話し合う事にした。

 地球圏から出立する日程を伝え。

 火星域に移動しつつある今のコロニーで暮らすか。

 あるいは私が艦長を務める事になった一番艦。

 至高天と共に行くか。


 それは両親にとって思い掛けないプレゼントであり、同時にもう答えの決まり切った話だったのだろう。


 だって、2人はいつだって私だけを見ていたのだから。


 その席を……世界から逃げ出す席を私の為に投げ出した人達だったのだから。


 その日、初めて私は両親の前で大人になってから初めて泣いた。


 そして、世界がこんなに温かくて残酷な事を知ったのだ。


 それから。


 私は固い決意の両親の笑顔に最後まで未練を残しながら、自らで貸した己の責務を全うする為に全てを完璧に取り仕切ろうと働いた。


 量子転写技術はもはや人間が永続的に働く事も食物を食べずに生きていく事も可能にする程の代物となっていた。


 そう、物質さえ存在するならば、全てが可能な力なのだ。

 高々1年くらい人間を止める事など何の問題もない。


 毎日、私は多くの人々の前に起ち演説し、人々の意識改革に務めた。


 世界はゆっくりとだが、変わっていた。


 計画最後の半年を前にして私は軍に功績が多大なるを認むるという人類軍の人事からのお達しで人類軍最新最高の准将などという肩書も貰った。


 愛する祖星が滅びるのを真直に見る権利をやろうと言われて嬉しいかどうかはともかく。


 多くの問題はあった。


 だが、地球上に残る全ての人々を強制的に移民させる事を軍が強権的に進めても多くの人々は仕方ないという感情を抱く程に私の計画は半ば浸透していた。


 人類軍以外の人類が地球上から姿を消したのは計画発動20日前。


 ギアーはそうとも知らず。


 太平洋の無人となった洋上都市を次々に呑み込み肥大化しながら、地殻を割るように世界を横断し、歓喜の声を上げていた。


 時が過ぎ。

 人類軍が撤収を完了した地球最後の2日前。


 私は地球衛星軌道上1000kmの地点にある地球を一望するラウンジに立っていた。


 周囲はこの数年で私と技研が設計した宇宙艦種の大半が揃っており、正しくこの時の為に創られた基地は厳戒態勢と同時に祭りが始まる前のような緊張を帯びて。


 宇宙に上がった人々も多くはギアーの脅威をディスプレイ越しに地球上へ見て、最後の日々を偲んでいたと思う。


 L1から始まるラグランジュポイントの多くのコロニーはもう火星圏の近くにまで移動しており、問題は無く。


 最後に揚げられた人々は今や月にある発着場の施設で地球最後の日を目の当たりにしていた。


 技研は最後の最後で変更が加えられた計画の修正。


 月の万能量子転写島宇宙艦への改修を前にして最後の調整に入り。


 一番艦至高天は月を用いて従来の4倍。

 人類史上最大のコロニー型として生成される事が決まった。

 これは元々の一番艦を中枢ユニットとして扱い。


 その外殻として更に3倍の体積を持つ居住ユニットと防衛ユニットを追加する大幅な改修案であった。


 だが、実際に宇宙中進領域に進駐するには通常の万能量子転写島宇宙艦でも不安があった事は否めない。


 その当時ですら宇宙の現状がどうなっているのかは未知だった。


 中心域に質量が存在しているのかも分からなかったのだ。


 だからこそ、最終的な形態に付いては宇宙中心域に進む傍ら、500個近い複数の大質量惑星を牽引していく事が計画されていた。


 量子転写技術の更なる発展と効率化の研究の為の質量も勘案しての事だったが、少なからず数兆光年単位での永続的な活動が行える持続型の星系創設にも大質量が必要とされた。


 ブラックホール化する可能性のある天体質量の凝集すら今や量子転写技術を前にしては制御可能な範囲だったのだ。


 そして、私は地球を滅ぼす代価として人類史に名前が残る事になった。


 太陽系全土に光量子通信網による演説を行うのが軍の広報担当者として……私になったのだ。


 統一政体はそちらの方で人類の新たな時代の幕開けに対してのスピーチをする予定ではあったが、軍に地球滅亡の罪を被せておきたいという意図もあっただろう。


 その大罪を引き受けてくれる人物が最も民衆に支持されている人物ならば、影響も少ないだろうと軍は私を指名したのである。


 本来ならば、今も計器を前にして最終チェックをしていなければならない私が本番1日前には地球衛星軌道上の仮設スタジオでメイクさんに化粧をして貰っているというのは苦笑を通り越して苦かった。


 しかし、当事者として多くの人達に地球最後の日を伝える役目を与えられた事は天命にも思えていた。


 スイッチを押すのは優秀ではない私には荷が勝ち過ぎたのかもしれず。


 だが、その場にいないからこそ出来る事もあるのだと草稿は………全て頭の中で書いた。


 地球滅亡当日。


 ギアーが元々日本の在った場所とされる海溝付近に差し掛かった時。


 惑星の素粒子分解が始まる10分前。

 私の人生で最大のステージが幕を挙げて。

 星は紅い煌きに包まれていった。

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