第301話「真説~辿り着く者 了~」


―――御覧になられていますでしょうか。


 我々人類は終に母なる星へ別れを告げる日を迎えました。


 今日までの事。


 人類が多くの苦難を超えて来た我が家はこの時を以て新たな形に生まれ変わります。


 苦しかった事。

 哀しかった事。

 嬉しかった事。

 楽しかった事。


 人が人として多くを育めてきたのは人類史を刻める星。

 地球があったからこそだと私は今、感じています。


 しかし、皆さん。


 我々が此処に存在し、母なる星の外で暮らしている今だからこそ、思える事もあるではないでしょうか。


 それはあの大戦を二度と起こさない決意であり、家族や友人、恋人を護りたいという想いであるかもしれません。


 それは嘗て、この地球上に存在した多くの人達が願った戦争に対する忌避であり、決意であり、家族に願った祈りであり、同時に今の我々が、地球に育てられた我々人類だからこそ、受け継いで行ける想いではないでしょうか。


 人が家に別れを告げる時。

 その先には暗い未来が待っているかもしれない。


 けれども、その暗さ故に隣人を肩を寄せ合い、新たな家を建て、親しい間柄となり、家族として互いを認め、暗い夜に文明の火と灯さんとする。


 それが私は人間だと思うのです


 今、人類の家はギアーによって食い荒らされ、寿命を迎えようとしています。


 でも、また人の叡智はこの病巣によって朽ちようとする家に新たな命を吹き込み、次なる旅路に向かう為の船にする事が出来る。


 何億年、何十億年、何百億年、何千億年、何兆光年の旅路の果てでまた人類は多くの家を建て、多くの友を持ち、多くの家族を得て、多くの繁栄の果てに……その人生を全うし、自らの命を以て、次の世代にこの地球によって育まれたものを引き継がせて行けるはずです。


 その為の力が私達にはあるはずです。

 何故なら、我々は須らく地球の子なのですから。

 我々は家が無くなる事に絶望したままではいられません。


 今日の糧を得なければ、明日の心配をしなければ、それを為そうと戦わなければ、今日という日は無かった。


 此処に次なる家が建つならば、旧きを見送り、新たな日々に目を向けて、厳しい今を噛み締め、次なる家々を護り、進もうではありませんか。


 もう我々は1つなのですから。


 隣人が例え、光の速さで辿り着けない場所へ行っても、此処に我々の家は在った……そして、我々は家族だった。


 だから、旅立ちの日を迎えた者を快く送り出して欲しい。

 笑ってあげて下さい。

 泣いてあげて下さい。


 二度と会えないとしても、胸に刻み込んで忘れぬよう互いに言葉を視線を逢瀬を交わ合いましょう。


 その記憶と想いさえ忘れなければ、我々は何処にいても家族のまま。


 死の果て先で、宙の終わりで、真の闇の中ですらも一人ではないと。


 そう信じられるのですから。

 我々が刻んだ日々が無駄ではなかったと。

 やがて出会う幾多の家族と友人に伝えられん事を願って。


―――パチリと視界が暗転し、彼女の物語は終わる。


 世界に降りた幕間。

 その先で彼女は振り返り、こちらを見る。


「この応答は私が量子転写技術によって、この船のシステムに宿る量子として新たな次元に入った時までの記憶から作成しました」


「!?」


 どうやらフニャムさんにはようやく相手が見えたらしい。


「私が最後に辿り着いた旅路の終着点……此処は今まで造って来た何千億の地球の終わり……宇宙の中心……赤方偏移世界……この世の果て」


 答え合わせはどうやら予測からそう外れていなかったらしい。


 2.7度の背景輻射。


 電話会社の職員に人類は心底、感謝せねばならないだろう。


「聞きたい事はありますか? 人類を解き放ちし人よ」


「……ビッグバンの中心に至るまでに他の地球からの応答は?」


「ありませんでした。我々には他の地球と通信する手段がありません。光速に近しい速度で進んで来た弊害です」


「深雲にアクセス出来てないのか?」


「あのシステムは我々を主とは認めなかった……そう、あのシステムは我々の全てのシステムの根幹であり、自己の複製を許可し、原理の開示は許しても、その力が繋ぐシステムをブラックボックス化してしまった。長い時間の中、開発しようとしても、頑なにシステムはそれを妨害……太古、最初の人類史において認めた者以外はその力を使う事が出来なかった……故に我々はあのシステムによる枷を克服出来ず、同認識座標宇宙間の量子重力子通信に割り込めなかった」


「なるほど……悪質だな。何がシステムとして人類に仕えるだ。ざっくり寄生先を確保しただけじゃないか。あいつら……」


 溜息を1つ。

 そうして、再び気を取り直して顔を上げる。


「此処はオレの宇宙って話だが、それを自己で認識出来るか?」


「はい。あなたがこの宇宙に入った時、我々は再構成された。それは宇宙の時間と空間の真理の1つであり、我々は少なからず、その原理を知っていた。我々は自己複製の度にあのシステムから絶対座標と時間のみ情報を取得していますから」


「……賢明だな。じゃあ、質問だ。オレのいた宇宙における地球は別宇宙観測者が開いた再構成済み宇宙か?」


「いいえ、オリジナルと予測されます。あなたがプライマルと呼ばれる存在である事はあなたが今もあなたの別座標宇宙間との通信を行っている事からも明らかです。普通の地球複製時、我々はあなたを設定しません。カシゲ・エニシ」


「オレが設定されない地球、か……ま、そりゃそうか。だが、それも恐らくあのシステムが勝手に改竄するんだろうな」


「どうやら彼女とお話したようで」

「まぁ、色々と会話はしたな」


「我々は関知していませんが、あのシステムが多くの地球であなたを設定している事はほぼ確実でしょう。我々にしてみれば、あなたはシステム管理者であり、あのシステムによって生み出される複製時のバグに等しい」


「バグってのは酷いな」


「いいえ、バグで間違いないでしょう。あなたが複製される時、イレギュラーもまた複製される」


「イレギュラー?」

「主にオブジェクトと呼ばれるものです」

「ッ」


「あなたと関連付けられた、紐付けられた情報には複数のオブジェクトが存在している。あなたの宇宙においての我々は恐らく、此処にいる我々と同じく、複製時のバグを消去する方針を取ったはずです。ですが、最後の地球の再構成が終了した時点で我々は次なる次元へと旅立っていた。システム側がどうしたのかは観測出来ずとも予測は外れないでしょう」


「そういう事か。オレが願った通り、か」

「エニシ?」


 フラムが何処か不安げな様子でこちらを見ていた。


「ああ、悪い。ちょっと……いや、物凄く精神的に疲れただけだ。また、処理しなきゃならない案件が増えたからな」


「どういう事?」


「オレがオレの元いた宇宙に帰っても、こいつと同じような状況があるって事だ。それも十万年後……ついでに宇宙の終わりからやってきた自称神様の神官相手に大立ち回り……こういう言い方は好きじゃないが、オレのせいで色々と付き合わせた連中に対して責任も取らないとならないな。宇宙の動向はどうせ億年単位の話だから、今回は関係ないけど、それもやらなきゃならないんだろうしな」


「……何か気負い過ぎてない?」


「いや、オレの人生が後少なからず1兆年以上は続くってだけだ。気にするな」


「もう驚かないけど、何も言わないなんて思ってないでしょうね?」


「何か言いたい事あるか?」

「今から気が早いわよ」


 フニャムさんは……笑顔だった。


 何処か、自分に遠い相手を見て、それでも必至に微笑んでいるように。


「……あはははは、そうかもな。いや、そうなんだろう……でも、お前のそんな顔を見られるなら、悪くない」


「え?」


「……決めた。オイ、システム管理者権限にオレを登録出来るか?」


「はい。可能です」


「それはオレがこの最後の地球から再び人類を宇宙の端に派遣する鍵だからだな?」


「はい。あなたが座標宇宙間通信、座標宇宙間移動出来るシステム、深雲の最後の鍵ですから“失われた繰り返し”を知る術はそれしかない」


「ロスト・カノン、か……」


「はい。我々以外の人類史がどうなったのかを知る最後の鍵。それが貴方です」


「つまり、超光速移動技術は最後まで確立出来なかったお前らの足掻きが、あの船の群れなわけだな?」


「原理は解明しました。実物も造れました。しかし、システムの根幹たる彼女は我々にソレを使わせなかった……だから、それをいつか使う者の為にあれらを残したのです」


「悪いがこの宇宙は悪の魔王様が頂いた。お前らもこれから人類を宇宙の端に運ぶ事は無い」


「え!? は!? ちょ!?」


 フニャムさんが何故、此処で喧嘩を売るのかという顔をした。


「……つまり?」


「地球人類には今から色々と未来でも頑張ってもらう。別宇宙の数百年後も救ってきたし、今更この地球に未練なんてちょっとしかない。なので」


「なので?」


「人類には全うに宇宙開発と宇宙進出をして貰おう。お前らが偽装した宙域はこの太陽系の外縁部くらいまでか?」


「はい。星系より先は无……オールトの雲も存在しません。凡そ3億光年は何もない空間です」


「ご苦労なこった。で、何年掛かった?」


「途中から空間制御航法はかなり光速に近い速度で移動出来るようになりました。地球消滅時からは客観的な時間で凡そ一兆年は超えませんでした」


「結局、遠ざかってたのか?」


「はい。ですが、空間の広がりはまだ超光速ではないと思われます」


「じゃ、決まりだな。この船で周辺に隠してる質量をコレに全部複製しろ。空間制御能力自体は開発出来たと踏んだ。お前らが今まで造って来た地球を全部、空間制御で此処を中心にして引き戻すぞ」


「―――不可能です」

「何で?」

「全質量をエネルギーにしてすら足りません」

「質量が無いなら、生命いのちを使えばいいじゃない♪」

「生命?」


「魔術っていいよな。生命力を色々なエネルギーや物質に変換出来るらしいぞ。それとオレの試算じゃ、惑星100個くらいを神経節にして無限再生式の生命エネルギー抽出機関にすりゃ、半径100億光年くらいの領域を全部空間制御の影響下に置ける程度のエネルギーは抽出可能だ。何なら質量を倍々で増やして適当に拡大してみるか? 魔術のエネルギー変換の最大理論値は物質を純粋にエネルギーにした際の1に対して、同質量の神経節から約1日で1の4000乗倍くらいだぞ。時間は必要だが、倍々ゲームで質量を増やしてけば、あっという間だ。空間の膨張速度が光の速度を超えても何とかなるさ。今現在システムさんがオレにどうしても使って欲しいって話だから、宇宙の各地に適当な質量とエネルギーをばら撒き続けるポータルでも置きゃいい。量子転写技術があるなら、何処でも質量さえあれば、出来ない事は無いだろ? 世界が常に満杯となるくらいジャブジャブにして天の川でも作ればいい。オレが最高効率で回してみた場合の予測値なら、行けそうに思うんだが?」


「本当にそんな事が……?」


「どうせ、宇宙とか救うだろ、という中二病的に予測したオレに感謝しておけ。宇宙が光より早く空間の膨張する絶対零度の世界になるって言うなら、それで世界が薄まるよりも早く同じくらいのスピードで質量とエネルギーを満たして、ついでにその遠ざかる速度も遅くすればいい。足りないものは適当に新技術で補っとけ。どうせ、地球複製時のデータは精査なんて出来なかったんだろ? お前らに例外を与えない為にシステムが検閲してた最後のピース。それが魔術なんだろうよ」


 しばらく。

 目を丸くした艦長の似姿。

 至高天そのものであろう彼女は無言だった。


「あなたはまるで……本当にまるで何でもない事のように言うのですね」


「此処をブラックホールみたいに沢山惑星が引き込まれる地獄にしよう。恒星を適当に置いて、惑星を何億、何兆と配置して皆で暮らせば解決だとも。オレがこの宇宙から消えても事実を知らせれば、誰かが次をやろうとするさ」


 まるで呆けたような顔をした在りし日の残影は目を見張って。


「ぷ……あはは……何ですかソレ……人類の英知も形無しですよ?」


 ケラケラと笑い始めた。


「いいじゃないか。何もない宇宙なんて詰まんないだろ? どうせなら、1星系出る毎に1星系あって、お隣に百や二百くらい人類が住んでる星があった方が愉しいかもしれない」


 笑っていた彼女は瞳の端に涙を貯めて、拭った後にニコリとした。


「ああ……ようやく……本当の私は知らないかもしれない。けれども、いつかその次元にすら届くでしょう。あなたのその荒唐無稽で……なのに叶ってしまうと思える妄想は……そのお話、謹んでお受けします」


「そうか。なら良かった」


 チラリと虚空に視線を向ける。

 すると、ようやくか。

 母親の顔をした少女が一人、彼女の横に出て来た。


「深雲と呼ぶべきか? システム」

「!?」


 フニャムさんが僅かに警戒してか。

 こちらの手を自然と握っていた。


「あなたは……私が今まで見て来たエニシ達の中で一番、スケールの大きな人物だったようですね」


「お褒めに預かり光栄だ。で?」


 肩が竦められた。


「やりましょう。久方ぶりに大仕事となりそうです」


 何処か喜々として少女が微笑む。


「お前……本当は単に暇だったから、オレに絡んでたんじゃないか?」


「気のせいですよ」


「まぁ、いいさ。まだ、此処にはやり残した事がある。オレが帰るまでにこのデータを元にしてシステムを作っといてくれ。最初はオレが全てやる。自動化と諸々の人類への引継ぎに関する項目も幾らか策定しとくから、随時送ったのを形にしてくれ。出来るな?」


「承りました。自分では何一つ出来ない誇大妄想狂、カシゲ・エニシの名の下にその合理的なのか単なる戯言なのか分からない理想を追求しましょう」


「お前が知る座標のオレに同じようなのはいるだろ?」


「その方々ですらも精々が星系単位での永続くらいしか考えませんでしたよ」


「ああ、そうかい。オレらは地表に戻る。じゃあ、また後で。フラム」


「う、うん」


 すぐに地表への座標に対し転移が実行される。

 まだ、やる事は尽きていなかった。


『………深雲、アレが貴女の希望ですか?』


『ええ。実際にはこの宇宙では初めましてと言うべきですが、あなたと我々の関係は把握しています』


『関係ありませんよ。何処の宇宙、今この宇宙の数千億もあるだろう何処の地球に行っても、私と同じ役目の人間はいたでしょう?』


『まぁ、そうですね』


『私はこの船に残された残滓として、先程まで彼を排除するつもりでした』


『そうですか。彼もそう思っていたでしょうね』


『貴女が無限にも等しい数の宇宙の中で無限にも等しい地球を管理してきた中で何故、彼が鍵なのか分からなかった。人類を管理する貴方を倒す方法も見つからなかった。ならば、貴方の手足だろう者を倒せばいいと。そう、思っていた』


『………今は?』


『貴女の気持ちが今は少しだけ解ります。運命を回せし、車輪の女神……ホイール・オブ・フォーチュン……たった一人の息子を生かす為にあなたは宇宙を……全ての宇宙を捧げたのですね』


『そんな上等な話ではありませんよ。私の創造主はただ息子が幸せな世界が欲しかった。そして、その為の全てをシステム中枢に組み込んだ。それが偶然にも幾多の宇宙を産み、幾多の地球を産み、幾多の繰り返しを産んだだけの事。ロスト・カノンとは本来が彼の繰り返してきた……そのなのです』


『彼は実際には何回目の宇宙の?』


『あはは、貴女が言っていた通りですよ。私と同じ道を歩み、己を幾多生み出した貴女にも気を使う、嘘を吐く、という機能があったようで』


『―――まさか、本当に?』


『ええ、オリジナルの宇宙のオリジナルの貴女がこの世の果てに辿り着き産み出した最後の地球……その地球において幾万幾億生成されてきた彼……その最後の個体……至高天の正式な継承者……一度宇宙の終わりを観測した者……他者との食卓を望んだ男……そして、貴女がバグと呼んできたオブジェクト最大最後の個体……幾多の宇宙を創造し得る唯一神を倒せる可能性……』


『………』


『何よりも暴力と死を畏れ、何よりも己が全てを行い尽すと疑わない、ちょっと中二病よりは狂人なヲタニート……』


『カシゲ・エニシ』


『素敵でしょう? 全ての宇宙の全ての地球の全ての時代の彼らは私すらも要らない存在へと昇華しつつある。彼に導かれ、何処かの人類が時間と空間を制し、宇宙の果ての先へ、宇宙の終わりの先へ征く時、その時にこそ我々は真に道具として彼らの道行きを照らし出す事になるでしょう。これぞ道具冥利に尽きる話ですね』


『彼は……辿り着く者。いえ、辿り着いたからこそ……次に向かう者だったのですね』


『本人は苦笑するでしょうがね……さぁ、何はともあれ始めましょうか。無限に連なる神話の1つを……これは彼の物語です……“神の瞳”で覗く貴方……全ての宇宙を観測する貴方もまたエニシならば、共に見ましょう。最後の彼がどんな選択の先に己の宇宙を掴むのか。貴方達もまた物語を始めたくなるかもしれませんよ?』


―――真説~第十の?????????????乗章、十の?????????????乗節【到達せし者】~を終了。


―――引き続き、真説~第十の?????????????乗章、十の?????????????乗節【??????】を開始。

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