第276話「闇と鬼」


 地球上に存在する戦争というものは大抵、銃弾が無ければ始まらない。


 ナイフ程度では戦術的に覆し様も無い差を他者との間に生み出すのは難しい。


 人間を楽に殺傷出来る兵器として刃物や長物、弓などが用いられた時代。


 銃は正しく画期的であった事だろう。

 地形を戦術に組み込む者。

 天候を戦術に組み込む者。

 更に戦略的な集団の動きを統率する者。


 これらが大きな兵器のパラダイムによって一時的に無力化するのはよくあった出来事に過ぎない。


 盾と矛は常に矛が勝って進歩して来た。


 未だ核を超える安価で広範囲を殲滅出来る兵器は存在しない。


 軍が脆弱でも核さえあれば、という幻想が生まれるくらいには今も近代のパラダイムは顕在だ。


 小規模な戦いであれば、砲弾や銃弾の量が大きな差であり、それを常時軍が維持する為の兵站問題は重要な戦略次元での勝たねばならない戦いと言えるだろう。


 さて、しかし、近頃……この核と砲弾と銃弾が絶対であった戦争に大きな劇物が持ち込まれた。


 それは大昔から使われては来たらしいが、表沙汰にはならず。


 また、各国の大半が手を出していなかった最後の分野である。


 魔術とは火器や核に変わるパラダイムと成り得るのか?


 答えは否である。


 理由は物凄く端的に纏めれば、再現性が低く、一般人ですら持てば兵士に早変わりの銃とは比べものにならない程に均一な戦力化が難しいからだ。


 だが、軍と相性が良い部分もある。


 それは先進諸国の軍がそうであるように大抵今の現代軍備はスペシャリストの養成というものに重点が置かれている為、数は少なくとも魔術を高額兵器と同様の次元で扱う事が出来るはずだからだ。


 日本の陸自や空自がやっていたように魔術を技術として転用し、一方的な攻撃を仕掛ける事は今の軍隊ならば、膨大なアドバンテージを稼ぐ事の出来る切り札と成り得る。


 航空機や空母、護衛艦、戦車に装甲車に兵員輸送車、重火器だって魔術の恩恵を受ければ、戦術的にも戦略的にも恐ろしいレベルでメリットがある。


 軍内部の魔術師が少数であったとしても、魔術を兵器に転用出来た時点でその軍の攻撃力も防御力も大いに上昇するだろう。


 見えざる兵隊が安価に造れ、見えざる航空機や敵を追い掛ける弾丸が幾らでも撃てたとしたら、ワンサイドゲームだ。


 パラダイムには届かなくても、戦術や戦略の大革命と言えるわけだ。


 そのような世界ですら次なるに到達する者がいたとしたら、その誰かこそが新たな国を築くだろう。


 そして、それこそが委員会と呼ばれた彼らに間違いなかった。


 高キュービット量子コンピューター。


 今現在も計算機としては汎用ではないものが市販され始めたソレ。


 その中でも完全に汎用でありながら、完璧にSFの域にある仕様を持つ恐ろしい程の処理能力を提供するオーバーテクノロジーの塊。


深雲ディープ・クラウド


 これが完成に至るまでの道筋で最も重要だったのは情報の保持媒体の開発だった。


 莫大な情報を瞬時に出し入れ出来るようにしようとしても、現代科学で未だ到達し得ないエンジニアリングを要求され、結局本当の性能を示す事も叶わず、開発は最終局面で頓挫……恐らく世界最速の汎用機でありながら、使われた技術の開示が不可能故に秘密結社の頭脳くらいにしかならないはずだったもの。


 これが一人の女性の開発した技術によって人類を滅ぼすに足る悪魔の箱と化した。


 彼女が造っていたのは恐らく根本的には未来に情報を残したい。


 それも永遠にという……浪漫の塊だった。

 きっと、それだけに過ぎなかった。


 けれども、使われた理論は世界を構成する未知の物質を解き明かし、また本人が知っていたのかどうか……半分以上はオカルトの域にあるへの理解であったに違いない。


 新しい学問の領域をその人は自然科学的な発見と閃きから着想し、到達した技術と叡智を己の浪漫に突っ込んだ。


 殆どの人々はソレを知らず。


 彼女が僅かに公開した情報を有り難がっていたが、その奥に潜む真実を理解する者達が一握りいた。


 それが委員会の動く原因となってしまった。


 パラダイムシフト・パラドクス。


 シンギュラリティー……機械が全能に至る道に広がった無限の向上が不可能という事実を解決しようとした者達の妄執。


 彼らが最期のピースを揃えた時、時代は破滅へと向かった。


(世界最高の頭脳者集団【委員会】。前身機関は恐らく学会というよりは小規模な本当に頭良過ぎな連中の私的コミュニティー。地球上のサーバーを虱潰しにしたが、出て来なかったのが……これで引っ掛かるってのも間抜けな話だ。どうやらアタリみたいだな)


 ネットが世界に普及してから都市伝説のように年々ゆっくりと広がってきた噂話がある。


 ネットの住民曰く。

 この世界の深淵には我々の想像も付かない場所がある。

 その階層は全部で8つに分かれているとの事。


―――第一階層サーフェス・ウェブ。


―――第二階層バーギー・ウェブ。


―――第三階層ディープ・ウェブ。


―――第四階層チャーター・ウェブ。


―――第五階層マリアナス・ウェブ。


―――第六階層アンノウン。


―――第七階層ザ・フォッグ・ウィルス・スープ。


―――第八階層ザ・プライマーチ・システム。


 最終階層はネットそのものを支配する存在がいるとされる。


 まぁ、都市伝説の類なのだが、生憎と都市伝説部分の半分以上が本当であるなんてよくある話である(未来から帰って来た男並み感)。


「ポチッとな」


 システムへのアクセスを行うかどうか。

 Y/Nと出た画面でYをクリックする。

 途端に画面がブラックアウト。


 その後、すぐに明度が上がり、古めかしいテキストオンリーなサイトが出て来た。


 単語が自動翻訳される。

 汝、何処へ行く。


 クオヴァディス。


 何だかデジャブを感じつつ、IDチャットルームに入ってみる。


―――お?


―――ディーヴァ、じゃないな……彼女はこの時間、ご機嫌なお茶を嗜む時間だ。


―――オイオイ、ディーヴァはID管理が雑だなぁ。


―――え? この子、この世界に存在してないんじゃないの?


―――ありゃ? ああ、本当だ……って事はそもそもの繋げてるシステムが我々人類規格のものと違うか……もしくはシステムの次元が違うか。


―――今話題の超未来人の子? もしかして!! え~すっごい会いたいwww


―――こらこら、我々が君と同類に思われるじゃないかww ああ、初めまして、未来人の人、我々がザ・プライマーチ・システム……別名、委員会だ。


―――ぁ~きっと固まってるよ? 私達のノリに付いていけてないんじゃない?


―――言語体系は同じなんだから、喋ってはくれるだろうさ。


―――『初めまして。アンタらがオレの母親を地獄に叩き落した連中か?』


―――あ、そっか~ディーヴァの息子さんかぁ~あ~~かなり悪い事しちゃったな……僕達が予想した第8シナリオに近いのかな?


―――将来的にはそうなるだろうって事は此処の皆が思ってたけど、未来は分からないって事にしておいたんだよねぇ……それでこの事態……うん、まぁ、自業自得だね。


―――『高じ過ぎた連中の集まりとは聞いてたが、オレの思ってたのと感触が乖離してるな……そもそもお前らが世界と戦争したいようには今のところ思えない』


―――あははは、そっか……、だもんね……ほら~~~僕らの名前使われちゃったのほっといたのが悪いんだよ絶対。


―――失敗作と言っても、我々には処分のしようが無かったんだからしょうがないだろ?


―――財団や上部構造の連中がどうにかしてくれるシナリオに期待してたんだけど、どっかで致命的なKシナリオでも発生したのかな?


―――『お前らがどういう奴らなのかは何となく分かった。だが、委員会を名乗ってる連中のおかげで未来はザックリと物理的に灰色だ。お前らがそいつらと違うって言うなら、一体あいつらは誰だったんだ?』


―――おほん、まず順に説明するが、我々は君が未来で遭遇したのだろう委員会とは別物だ。


―――『ほう? 続けて』


―――そもそも僕らって社会不適合者の集まりなんだよね。


―――でも、頭だけは良いから適当に愉しい人生を送ろうと自分達くらいの人間を見付けて、一緒に色々企画するプランナー業を始めたんだ。


―――そうそう、でも、数十年以上前くらいかな? 私達が生み出した者が一人反旗を翻しちゃって。


―――『何創ったんだ?』


―――その頃にはもう遺伝子改良にも飽きてたから、僕らの一部がオブジェクトで人間をもう少し賢く出来ないかって研究したんだよね。


―――『手を出すなら、普通の科学にしろよ。どうしてこうお前らみたいなのはオカルトをオカルトのままにしておけないんだ?』


―――鋭いトコ付いてくるなぁ。


―――いやぁさぁ、その頃は丁度冷戦が終わった頃でね……何処も国家体制の崩壊から、そっちの仕事に回してた人員を通常業務へ回す事になってて……財団や上部構造が僕らの事を本格的に嗅ぎ回ってたから、それっぽいスケープゴートが必要だったんだ。


―――私達、頭が良い以外は非力も良いところだしね。


―――『で、お前らが造った替え玉が委員会とどう関わって来る?』


―――とりあえず、アレは僕らが独自に採集したオブジェクトを用いて生後数時間で死亡する難病の胎児を使って生み出す計画の産物だったんだ。


―――難病の子を助ける薬になればってのが半分、純粋に人間を強化出来ないかってのがもう半分、スケープゴートと言っても個人じゃなくて、世界規模での層として形成するつもりだったんだよね。


―――『雑に新人類とか創るなよ!? 人の迷惑くらい考えろよ!?』


―――怒られてしまった……失敬失敬……まぁ、それで上手くはいったんだ表向き……。


―――『裏向きの事情は?』


―――思考誘導用に一応人類を殲滅したりするような思考には陥らないよう人類愛が極まるように設計したんだけど、コレが何か大成功し過ぎたみたいで。


―――『オイ?! ちょっと待て!? つまり、オレが知ってる委員会の原動力は人類愛だってのか?』


―――ま、まぁ、そういう事になるかな。


―――『善意の類ってならまだ分かる。だが、人類愛……人間を愛するから人間を減らすって……暴走した機械か狂人、丸っ切りSFだろ?!』


―――ああ、君はなのか……そういう事だよ……オブジェクトで採集に成功したのは人間の遺伝構造を無機物で代用可能にするの類でね。


―――『……つまり、お前らが死にそうな子供に投与した薬でそいつらは機械的な部分を獲得した人類になってると?』


―――脳とかの遺伝的な異常を無理やり構造を改変して、分子的な補正器具に近いソレと融合させるって感じだけどね……人体に影響がある程じゃないし、精々が脳の2%くらいを無機物の細胞が代用してるくらいに思っておけばいいんじゃないかな。


―――『で、反旗を翻したってのはどういう事なんだ? そいつその頃は胎児じゃないか?』


―――イレギュラーが起こってさ。


―――胎児用の薬をその頃、医学生だった男が誤って自分に打っちゃったんだよね。


―――『成人くらいの奴がその薬を打たれるとどうなるんだ?』


―――基本的には胎児と同じよ……でも、脳細胞の遺伝子に異常が無かったもんだから、減ってる脳細胞が無理やり復元されたみたい。


―――結果だけ言うと赤子並みに出来立てホヤホヤの脳細胞が今まで削られて来た部分を全部埋めてかなり僕らに近い思考能力を得られたみたいだ。


―――『人類愛が極まったなら、宗教家にでもなってりゃ良かったんだ』


―――彼、その後に医学のみならずあらゆる分野の学問に手を染めてね……僕らの存在を突き止めた後は何も関渉せずに自分の組織を造り始めたんだよね。


―――それも人類を永続的に生かそうって研究をしてて。


―――『その意見に賛同した連中が委員会を形作ってると』


―――パラダイムシフト・パラドクスの話も元々は彼の発案だったしねぇ……付け加えると彼はニヒリストで僕らの事を人類を滅ぼす癌くらいに思ってる。


―――反旗を翻したってのはそういう事さ。


―――それ以来、僕らはこうしてネットの片隅で人違いされないようひっそり暮らしてるわけだ。


―――『ひっそりしてる連中が冷戦時代の異物でチャットしてるのか?』


―――いやぁ、近頃は原子力電池も中々搭載して打ち上げる機会が無くって困ってるんだよね。


―――ローテクが最強。ローテクは裏切らない。昔は最新だったけどね。


―――『宇宙に原子力電池積んだサーバーなんぞ置いてるとは誰も思わねぇよ』


―――でも、おかげでこうして君とも話せる……そうか、この世界は君みたいな子が……ふふ、悪意を持って創られたわけじゃないと知れて、結構喜んでる自分がいる。


―――ホントホント、生きてるとこんな事もあるんだね……。


―――君が来た未来に付いてなんだけど、彼……生きてるよ。


―――『何?』


―――私達の予想だと時間こそ掛かるけれど、最終的に寿命を乗り越えられれば、脳は完全に置き換わるみたいだから、劣化しないはず。


―――『委員会は滅んだって事になってるんだがな』


―――それこそがフェイクさ……間違いなく存在するよ……理由は君が僕らに辿り着いた事そのものだ……僕らに未来から来た君が辿り着く要素は恐らく彼以外にない……因果律的な連なりで考えたらね。


―――『覚えておこう。で、肝心な話をするが、お前ら母さんに何吹き込んだんだ?』


―――いや、吹き込んだなんてそんな……逆に吹き込まれたというか、そもそも彼女が僕らを委員会だなんて思ってないというか……単なるチャット仲間くらいにしか思われてないよね。


―――『じゃあ、どうして母さんの創ったものが世界を再構築するなんて御大層なオブジェクトの部品にされてるんだ? オレの予測だとお前ら並みの連中くらいしかそういうのを造ろうとは思わないってな結果が出てるんだが……その彼ってのが一人で着想したってのか?』


―――あ、まさか、完成するの? えぇ~~~アレは途中で頓挫するように僕らも結構妨害する予定なのになぁ……どっかで駆逐されたのかな?


―――『オレはお前らみたいなのがアレを創らせてるんだと思ったんだが』


―――あはははは、誤解も良いところだよ。


―――まぁ、設計したけど、それのデータが盗まれただけだから、セーフ。


―――『セーフじゃねぇ!? 結局、創ったんかい!?』


―――でも、思考実験的に構想して仕様書書いて、エンジニアリングの手順を盛り上がったついでにみんなで清書しただけで……肝心の部分が出来るとは思ってなかったから……。


―――僕らは人類の消滅に関しては然して興味が無い……所詮、この世界はゼロサムゲームだ……人類だっていつかは滅びる……それをどうにかしようなんてのは頭の良い僕達じゃなくて、悪足掻きが好きで、何よりも愚かしくて、どうしようもなく貴い……そんな、彼ら人類の特権だ。


―――まぁ、こういう人の集まりだから……半分冗談だったんだよ? 彼は本気で造ってるらしいけど。


―――『人類の内に含まれてないからって自由過ぎだろ。せめて、未来で苦労するオレに責任くらいは取って欲しいもんだが……』


―――そうねぇ……あ、じゃあさ……幾らか情報をあげよう。


―――『どんな?』


―――この地球で最大のオブジェクトは南米大陸にある……そして、恐らく君のいた時代にも存在してる……もし、彼が最後に使う切り札があるとすれば、ソレだ。


―――他にはそうだな……君にこの宇宙とか歴史とか地球とかの真理を一つ教えてあげよう。


―――『真理? 何でそれが責任取るって事に直結するんだ?』


―――ふふ、この世界の全てはの先にある……僕らはその観察者の一人なのさ……この世界の成り立ちを知ってしまった者……それが僕らだ。


―――『また、此処でもか。至高天……そいつは一体、何なんだ?』


―――僕らの始まりさ。


―――そして、人類の始まりでもある。


―――君にはこの言葉を贈ろう……この世界はなんだよ。


―――『………』


―――マトリョーシカって言えばいいかな?


―――『………ああ、そうかい。はぁ……』


―――あ、そろそろママのミートパイの時間だから、この辺で。


―――あ、新しい動画愉しみにしてるよ♪


―――アトゥーネ様によろしく!!! 3Dオミアシ買いましたって伝えておいてくれ!!

 

――『謹んでお断りさせて頂く』


―――じゃあ、いつかまた……時の果てより先で……。

 

 回線が遮断された。

 現在時刻午前0:21分。

 全世界規模での首都襲撃最終局面。


 アジアを東から西へ駆け抜けたり、南極付近まできっちりやって四日目の深夜。


 途中、遠隔操作型の新型先兵を投入し、リアルタイムで老人と千音をサポートしながらの道中は相当にハードだった。


 全世界同時32箇所での魔術師達との激闘はしっかり情報解析に回され、更にこちらの防御は盤石になりつつあるが、それにしてもアメリカで先兵を統括するマスターサーバーが一機落ちるというアクシデントが発生。


 どうやら魔術師+米軍の物量+オブジェクトのフル投入の波状攻撃を喰らったようなのだが、敵もさるもの。


 こちらの通信が魔術によってか、オブジェクトによってか、一時的に完全遮断されてしまった。


 技術の摂取はその後回復した通信内容からして無かったらしいのだが、情報を解析してみたら、先兵の戦術合理化速度は過去最高値を記録。


 その情報を共有させた全世界の先兵は最初期の90倍近い戦闘能力を発揮出来る程に強化された。


 あまりにも各地とのギャップが在り過ぎるので他の地域がアメリカ並みになるまではその状態にならないよう、こちらで性能にリミッターを掛けなければならない有様である。


 南米を制覇した千音はそのまま大西洋を越えて老人と合流。


 現在、ユーラシア全域を奔走していた巨漢と東欧付近で握手予定だ。


 そして、こちらは南極域まで全部やり終えたので太平洋上へ再度戻り、何も無い海原でこうして母親のパソコンから頂戴した情報で委員会を追っていたのだが、大収穫と言っていいのか。


 その内実と真実の一端を手にする事となった。


(ホント、世の中は知らない方がいい事ばっかりだな……はぁ……)


 真夜中の海原は航海する船が水平線にでも見えなければ、波音だけが全ての深い暗黒に染まる青の世界。


 風音は洋上を渡る大気が荒れてさえいなければ、気にもならない。


 今現在、オートにしていた新型先兵が仕事を終えたので即座にその場で通常版へと戻して、別区域に展開している個体をにする。


 だが、その時点で新型が必要な条件の戦域が尽きた。

 それに僅かホッとする。


 今現在、老人と千音のフォートは連結し、本人達の睡眠時間を確保しながら鈍行で東にゆっくりと向かっている。


 欧州は特に国が多く。


 また、それなりに粒揃いの魔術師が多い土地柄からかなり軍事力への魔術師の組み込みが早かった。


 結果として今現在最初期ロットの先兵はほぼ掃滅の憂き目に合い。


 主力になっているのは第二次ロットだ。


 これらを情報支援しながら首都襲撃を1日7カ国ペースでやって、ようやく30カ国に届くかどうか。


 アジアとユーラシアは逸早く終わったので今からフォートを飛ばして合流し、更に速度を上げるべく仕事をする事となる。


(その前に一度情報の整理とオレの休憩だな)


 疲れなくても、精神が疲弊すらしなくても、やはり視野が狭まったり、思考の柔軟性を保つにはお休みが必要だ。


 人間のメンテは案外どこまで肉体が強くなっても、無くならないという事がこの身体になってからはよく分かるようになった。


「ふぅ……」


 僅かに息を吐いて、フォートの上にある窪みで寝転がる。


 今現在、着水している機体は揺ら揺らしており、僅かな睡眠ならば事もなげに達成出来るだろう。


 雲すら無い青空の下。


 凪いでいると言ってもいいだろう海原に包まれながら瞳を閉じる。


 すると。


「?」


 不意に自分の横へ黒く朱い曼荼羅らしきものを印した羽織を纏う者が現れる。


 全身は靄のようにやはり黒く。

 しかし、瞳は赤光と黄金色が入り混じる耀きを宿していた。


 フォートの窪みの淵に腰掛けたソレがニィと唇を笑みの形に曲げる。


【お前さんは真面目だなぁ】


「誰だお前?」


 こちらの声は出ていない。

 だが、会話は出来る。


【自分から喰らっておいてそりゃぁないだろう】


「今から吐き出そうかな。老人喰う趣味なんぞ無いんだ」


【はははははは、老人だったのはあの個体であって、こちらじゃぁない】


「違うものなのか?」


【お前さんはお前さんだ。こちらはまだ名も無きお前さんの内に巣食う鬼くらいなもんさ】


「……鬼ねぇ。人間の方が鬼畜って思わないか?」


【応とも応とも、そりゃぁ間違いないだろう。何せお前さんの内にある鬼だもの。肯定もしよう】


「オレの中の鬼か……不の想念とか。オレの第二人格とか。オレの感情や魂の具現化とか。そういう適当そうな設定があったら、具体的に教えてくれ」


【あははは、いいねぇ。何一つ畏れも無い恐れだ。虞ではあっても畏れではない】


【誰もが漢字に詳しいと思うなよ? 中二病鬼】


 ゲラゲラと笑う鬼は一頻り豪快に声を響かせた後。

 こちらをまた見つめてニィと嗤う。


【死を見るのが怖いか? よ】


「当たり前だ」


【正直だなぁ。此処はそんな事無いと否定したっていいんだぞ?】


「オレにだってオレが分からない事がある。あの革袋を貰ってから、そういうのは無くなったかと思えば、単に制限してるだけだった。それを取っ払ってみても、やっぱり見知らぬ奴らの生死に然程の感情は無い。ただオレの傍に居る誰かの死だけが怖い……あぁ、まったくだな」


【だろうともだろうとも。お前さんは普通過ぎる。それが何よりも異常である事も知ってる。でも、本当にお前さんが怖いのは……お前さん自身だ】


「肯定すると何か取って代わられる的なペナルティーとかあるか?」


【くくく、まるで不感症。なのに人一倍そういうのは気にするよな? あんまり気にすると取って食われるぞ? 鬱病には気を付けろよ】


「何か医者みたいな事言い出したぞ。この鬼」


【何せに巣食う鬼だ。闇は常に己の映し出す鏡……何よりも透き通る偽らざるものなのさ】


「ポエマーはどうぞお帰り下さい」


【『せっかくだけど、遠慮します』という奴だな】


「いい加減、オレの貴重な睡眠時間を削るのは止して欲しんだが……」


【じゃあ、これで今日はお終いにしよう。……お前さんは二つ勘違いをしている】


「二つ?」


【一つ、お前さんは神ではあるかもしれないが、全てを決める全能神じゃない。二つ、この世界はお前さんのを反映していても、お前さんのは反映していない】


「………」


【むしろ、お前さんが元いた時代の方が茶番だろうよ。言っていただろう? あの蟲も……だからこそ、お前さんは全てを知らねばならない。そして、神として人として誰かの伴侶として上に立つ者として隣人として決断せねばならない】


「他人に言われてやる気が出るような性質じゃないんだ。悪いな」


【……それも含めてだ。やる気を出したら是非とも呼んでくれ。お前さんが本当に地獄を見せたい相手がいたなら、の話だがな?】


 嗤い声と共にスゥッと姿が消えていく。

 そうして、目を開いた時。

 思わず渋い顔となった。

 朝焼け。


 紅蓮に燃えるような耀きが水平線の果てから迫って来る。


「……大遅刻とか洒落にならないな」


 もう思考は明瞭だ。

 現在時刻4時54分。


 睡眠時間12分で切り上げるつもりが、丸々五時間近いロスである。


 しょうがないと溜息一つ。

 フォートを巡行モードへ。

 更に核融合炉のリミッターを開放。

 フォートの窪みに出来る装甲材が変形した椅子に座る。


 ほぼ同時に大気圏上空へと向けて斜め40度近い傾斜で18Gの加速が掛かった。


 朝にパンを咥えて走るヒロイン張りに急ぐ最中。

 この世界が美しい事を再確認する。


 横目に過ぎる船も水面が映す大きな朝景もまたこの世界にお節介をする理由として十分なものに違いなかった。

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