第271話「宙を泳ぐ要塞」


 振り返る事などいつでも出来る。

 枯れ果てた人類の終末の先であったとしても。


 錆び付いた日々の先でいつか動かなくなったとしても、その先へ。


 前よりまた己の望みある未来へ。

 許されるなら、それが幸せであって欲しい。

 であればこそ、人は自らの子供達に何もかもを手渡す。

 そのいつかに辿り着けないから。


 だが、果てに至る者が一人でもいたならば、そこにあるのはきっと言う程に彼らが遺したかったものでもない、というのは歴史的に見ても明白な回答だ。


 何故か?


 高々10万年で人類が滅び去ったも同然、なんて誰が想像し得るだろう。


 善意たればこそ、全て善きものの為の争いだと正当性を主張して、すぐ傍にあるものすら見落としてしまうのだ。


 恵まれた国の恵まれた人種の恵まれた家庭に育ったからこそ、分かる事もある。


 委員会は間違えていた。


 彼らは明日滅びる前に今を壊す事にしたらしいが、その方法論には少なからず、謙虚さと倫理とある程度の人情味が必要だった。


 人類がやがて滅びるからと今を否定して戦争を始めた良識者達は、そこに零れ去るものに視ないフリを決め込んだせいで最終的には破綻したのだ。


 それは彼らが自分達で思う程に善意には溢れていたかもしれないが、それだけだった事の証左だろう。


 人は一人では超えられない夜がある。


 明日を望むからこそ、其処には明確に他者を必要とするべきだった。


 なのに、そんな誰かを不用意に合理性で削除してしまう方針を取ったが故に最終的な結果として人類という社会的な共同体に結末を否定された


 人類にとっての究極の救済が貧困や飢餓、戦争からの開放だと言うのは大義的には十分なものだろうが、マクロ的な視点に過ぎない。


(そう、委員会はそこを履き違えてる……)


 救済なんて言葉は持てる者の浪漫を煮詰めたようなものであって、放っておけば、大抵数日放置した鍋の中身みたいに黴る程度の代物。


 人が救済されるのに世界を再構築するオブジェクトとか、量子コンピューターとか、そんな大げさなものなど本当は必要ない。


 今日、探してでも傍にいて欲しい人がいて。

 冷たくなっても大切ならば、彼らは一様に救われている。

 他者無しに社会は成り立たず。


 感情を互いに共有しようという相手がいる事はそれだけで恵まれた事だ。


 だから、真の意味で人類が幸せであって欲しいなら、救済されるべき誰かを好きで、彼らを愛する誰かがいるだけで目標など簡単に達成されてしまう。


 陳腐な話であろう。


 愛は地球を救わないが、愛は人間一人をそう短くない時間くらいなら救ってくれるのである。


 それが一時の感情だろうが、最後に地獄を味わおうが、死ぬ直前に思い出せるのが、大切な誰かの顔ならば、人生に意味はあった。


 人間に価値を見出さない人間というのがそれなりの数いるとしても、彼らが心地良いと思う環境は大抵社会の中にあり、大抵誰かが造ってくれた場所だ。


 独裁者みたいな権力を使って、己の幸せな空間を作り出せる者が少数ならば、殆どの人々にとって最大公約数的に必要とされるのは感情を満足させ得るものを生み出す他者なのだ。


(そうだ。だから、何よりも大切にしなきゃならないのは他人だ……それがこの身体になってからはよく分かる……)


 いつもいつも意識を失いまくり系主人公として、夜眠る事が怖い。


 等と言えば、今の自分を見た大半の連中は『何をお前は言っているんだ?』と呆れるに違いない。


 だが、一度死んだ身からすると。

 これが自分の真理だと分かる。

 毎日毎日、眠る度に思う事。

 ああ、もしまた自分が此処で死んだら、と。

 その不安はいつだって実現し得る。


 それを忘れていられる程、自分が追い詰められていない、という事実も無い。


 例えば、今日、チートが全て消え去り、自分を殺しに来る一般人が包丁片手に刺しに来たとすれば、自分は最後まで足掻くだろうが、結局は死ぬだろう。


 その時、何を思い浮かべて死にたいか。

 そう出来たらいいかと。


 望む事があるとすれば……それはたった一つの冴えない答えだ。


 だから、誰かにそれだけの事が出来る日々を、と願うのは自分からしたら、善意というよりは社会基盤になっていて欲しい、単なる要望でしかない。


 チートを手に入れてしまったヲタニートが自分が元の能力皆無に戻った時、それでもそうやって生きていけたら、という準備だ。


 その要望を自分で実現出来てしまうのは幸か不幸か。

 分からないとしても、己の行動だけが全ての指針となるだろう。


 其処にあるのは御大層な理屈で肉付けしてはいても、根本的に己の周辺環境整備という……物凄く個人的で極々当たり前の理念なのだ。


 誰だって自分の部屋くらい掃除するし、自分の部屋の棚の位置くらい選ぶ。


 そう、それだけの事である。


「………」


 自分がやっている事なんてのは正しくそんな独り善がりの“お前らも掃除しろ”という程度の押し付けだろう。


 『オレは人類の母親か?』とセルフツッコミを入れたとしても、空しいのでやったりはしないが……。


―――ロシアより続いて原始型のアヴァンガルド42発接近中だ。


「さっきのとは違う虎の子か。全て砕き落とせ」


―――続いて第二波EU全域から来ますッ!!


「高度900kmで誘爆させろ」


―――ふむふむ……戦略原潜が20隻以上、ハッチ開口音を各地の海洋で検知……来るぞ若者よ。


「海洋汚染は避けたい。上がって来たら撃ち落としといてくれ」


―――あ、アメリカと中国から第5波!!! 恐らくこれが最後です!! や、約1200発!?


「オレが行く。どうやらロシアとタメ張るくらいには思ってたより常時撃てる数を保持してたみたいだな。つーか、冷戦時代のまだ普通に秘匿してたのか? 先人の技術には脱帽だな。さすがフロッピーで動かせるローテクの塊」


 大気圏上空に置いた巨大な影。

 直径63kmの超巨大要塞……にしか見えない


 この宇宙人の基地モドキにしか見えないトゲトゲな要塞型浮遊物モノへ向けて、現在地球上の核保有国家の大半からによる寄付が始まっている。


 人類を救おうという国家の上層部が現在、あの豆の国で壊した枝の技術を視覚情報のみで再現に成功した洗脳攻撃―――各国の重鎮をマーキングした魔術コードによる幻想術式を受けて、を連打中。


 閣僚だろうが、議会だろうが、みんながみんな熱に浮かされたようにを叫ぶ異常事態。


 ついでに現在核のゴミが溢れる地域や核ミサイルを分解格納している基地などにも先兵レギオンが大挙して押し寄せている。


 やった事は単純だ。

 国連安保理会場を襲撃。


 ついでに未知の敵(笑)たるファースト・クリエイターズの短い演説とすら言えない宣告が政府首班達の耳に禍々しい声で各国の言語に翻訳され、届けられた。


―――これより人類絶滅に向けて地球のを開始する。


―――我らが要塞の前に屈せよ。

―――出来そこないの家畜達。


 ネットでは会議場となったニューヨークでの爆破騒動が逸早く拡散。


 この見えざる襲撃者達の宣言から数分後。


 太平洋上空に巨大な物体が突如出現し、高度を上げていく。


 更に世界各地で先兵が活性化。


 各地の原発やサイロを持つ基地、ウラン鉱山へと侵攻を開始。


 全世界規模での大襲撃を前に各国の軍は対応へと動いた。


 此処で今までのハッキングを全て終了。


 連携を取り戻させつつ、各地の核ミサイルを護る部隊の駐屯地を無力化。


 次々に迫る化け物の大群に対し、各国の軍は最初の武器弾薬の損失にも関わらず大規模な出動を余儀なくされ、補給も儘ならない状態での戦闘を開始。


 無論、戦車砲どころか小銃の弾にすら事欠く有様となった彼らはその現存火器の残弾を撃ち尽くした後、撤退。


 此処で政府の大半は魔術師の戦線投入を開始した。


 先兵の行軍速度はこちらで制御しており、演出としては正しく核を取られるくらいなら、発射するべき、という状況へと相手を追い込む。


 米軍だろうが露軍だろうが中国軍だろうがG7だろうが、砲弾と爆薬が殆ど効かない相手に最後の火力投射を全力でしたので面子は立っただろう。


 勿論、魔術師だけで戦線維持なんて出来はしない事など軍上層部は分かっていたし、微々たる戦果に一喜一憂したところでどうにもならないのは明白であった。


 ジリジリと押し込まれながら数時間後。

 敵の猛攻を前にして撃たないという決断は無くなったわけだ。


 そうして、勢いよく上昇していく敵の本拠地だろうと目される要塞を目標として武器弾薬の底が尽いた国家は核の投入を決定した。


 洋上へと殺到した弾頭はこちらが揃えた滞空迎撃網。


 太平洋の海水から無尽蔵に生み出したCIWSっぽい蜂の巣型の洋上フロート群の弾幕やアトゥーネ・フォートに目一杯爆装した迎撃用のマイクロミサイルの誘導弾で500km圏内に到達するより先に破壊。


 爆発も許されずに海の藻屑となり、周辺にばら撒いていた魔術コード発生装置。


 神剣の能力延伸用ビーコンの周囲で原子分解されて汚染もなく無力化された。


 そうして高度が十分な位置に達した要塞は現在、各国の連携した波状核攻撃の絶好の標的として、欧州へと向けて侵攻を開始している。


 こちらはその四方を護りながら、核の迎撃へと当たっている最中。


 まったく、嬉しくないが今度はそれなりの装備で核を相手出来ている事に心の何処かがホッとしていた……核を受け切った記憶は今も微妙に心の奥底にこびり付いているらしい。


『フシュゥウゥゥッッッ!!!!!』


 カッと目を見開いたHENTAI巨漢がメタリックスーツの背後にドッキングした問答無用の加速装置。


 クラスタ化したラムジェット推進機関の束。


 直径50m級の連結ブースターを全速にして、要塞北部から大気圏を上がって来るミサイルに向けて突っ込んでいく。


 その両腕部の武装はもはや人体が持てる規格を超え、120m程にまで膨れ上がった金属の鉄塊。


 天海の階箸の表面装甲の技術を再現した代物だ。


 断熱圧縮に焼き付きそうな男は現在メットを被っており、完全に生きた金属を従わせ、敵ミサイルを捉えた。


『消え去るがいい!!! ヌゥウウウウウウウウウウウウウン!!!!』


 アルカイック・スマイル全開。

 絶大なGを物ともせず。


 文字通りのに近付いていく速度で液体金属がリング状でブン周り、磁界内で荷電粒子化して、輝く二つの流星となった。


 それはあらゆる物質を分解するに足る威力のラリアット。

 虚空を駆け、突き抜けた男の背後。


 一瞬で距離を離した弾頭の半数程が爆発も許されずに消え去り。


 残っていたミサイルも全て莫大な熱量が両腕から解放された余波で内部機器を破壊されて要塞手前の空域で幾つかが起爆したのみに留まった。


『か、覚悟決めますからね!!!!』


 アトゥーネ・フォートに乘ったまま。


 要塞西部域から出撃した千音が各地からこちらに集まって来る核弾頭の映像に涙目となりながらも、その千里眼を輝かせ、全てを肉眼でロックオンする。


 地平の果てすらも見通す異能。


 それは時に科学の精粋にすら勝る程の感覚器センサーだ。


『行きなさいッッッ!!!』


 フォートの全装甲が当初の設計通り開いた。

 まるで口を開ける獣。


 機構中枢のオリジナル炉心として使用されていたソレが顕わとなる。


 マグネター・ブラスト・キャノン―――最終兵器の超弱装版。


 とはいえ、一撃で一国くらいなら死の大地にするだろう砲口が内部にある豆粒程の球体を爆縮、左右に長い一撃を振った。


 地球規模でのEMPパルスによる精密電子機器の強制シャットダウン。


 辛うじて軍用機器は持つように設計し、同時に世界展開する先兵で各地の電子インフラを保護、修復させながらの初撃は激烈だ。


 この世の終わりみたいな爆光が対閃光防御中のこちらの瞳を焼きそうな程に溢れ、核の誘爆光すらも呑み込んでからフッと消失した。


 いつも魔王様として多用する多重防御フィールド。


 殆どの能力を使用者の保護に当てた対電磁、対粒子線防御態勢のフォートが自らの攻撃で焼け付き、自壊しながらも内部から水銀状の液体金属を溢れさせ、更にその巨体を数百m級の戦艦程までも膨らませていく。


「し、死ぬかと思いましたよッッ!!? ブラックです!!? ブラック過ぎます!? エニシさん!!? というか、な、え!?」


 大きくなっていく愛機に『何ですかコレぇええ!!?』と叫ぶ一般人が次撃の核を打ち落とす為、その宇宙戦艦の甲板に乗せられ、ドナドナ欧州上空へと向かわせられていく。


「人の善意を踏み躙る事が時にこんなにも愉しいとは……大悪人というのも悪くない将来の選択肢だったかもしれないな。さて、吾輩も行こうかッ」


 世界各地の海洋から上がるミサイルはさすがに地表からの数程ではないが、それでも十分に多いだろう。


 だが、老人は臆せず。


 己の手にした400mのガトリングを構える。


 もはや、人が持つというよりは乗り物か巨人の兵器にも見えるが、老人の細腕が持つソレは確かに連動し、その制御下で無数の弾頭を射程範囲に捉えた。


 600km圏内に存在する全ての固体を粉砕せしめる黒き咆哮。


 それはUSA宇宙軍の軍艦が装備していた武装の強化模造品だ。


 老人の指の掛かったトリガーが引き絞られ、そのモノクルに映し出されたロックオン先に向けて、ソレが振り乱された。


 バスター・ガトリング・カノン。


 結局、一発も未来の宇宙帝国の艦隊が撃たなかったソレが激発した。


 秒間7万発の重金属弾頭が数百の砲口から吐き出され、大気圏との摩擦熱や断熱圧縮にも負けず。


 次々に世界各地へ弾雨となって加速する。

 そうして、核弾頭は華と咲き。

 世界は流星雨の天体観測現場と化した。


「砕けろ。善意の華よ……終末の先からの贈り物だ……」


 慈しむように呟く老人の声には確かに総統と呼ばれた日々の先にある何かしらの決意が見える。


「オレも行こうか」


 ユーラシア全域からの第一波以降、こちらの疲弊を待っていたに違いない中国とアメリカの波状核攻撃の嵐が次々に向かってくる。


「人類と浪漫で戦うってのもまた浪漫の内かもな」


 要塞の上に佇んでいた闇から胸部を開いたままのイグゼリオン三号機が進み出て、こちらの身体をいつもの暗いフィールドの中に包んだ。


 一瞬、気が遠くなった後。

 コックピットが閉まる。


 隙間が全て魔術コードで分子レベルで結合、密閉されていく。


 傍の神剣を右手の先にあるドッキング・ユニットに装着。


 有機系素材の制御中枢にはソレ以外にモニターやスイッチの類もなく。


 仄温かい黒い筋肉状の繊維で構成された内部をまるで生き物のように脈動させている。


 全ての兵装のオールグリーンを示す表示が網膜投影された。


「イグゼリオン―――お前が神話になってくれ。あいつらがお前をずっとキラキラした瞳で見ていられるように……」


 黒き躯体が覚醒する。

 三号機最大の特徴は内部構造が有機物な事だ。


 装甲は薄いが魔術コード無しで再生能力を持ち、巨大な万能細胞としてあらゆる遺伝子を直接遺伝子バンクから検索し、ソレを人工的に情報から作成、自身に適応させる。


 一機目が試作品、二機目が絶対防御と対物量用とすれば、三機目は超長期戦闘を想定した持久戦用。


「行くぞッッ!!!」


 背部装甲に仕込まれたブースターが点火した。


 魔術コードによってブースター基部に設置した小型ブロックをそのまま運動エネルギーに変換。


 13Gの加速が身体を押し潰すように襲ってくる。

 だが、生憎と対G限界はとっくの昔に人間以上だ。

 何ら問題は無い。


 そして、周辺にばら撒いた監視用衛星からの映像を網膜に投影しながら、核が向かってくる宙域に進路を向ける。


「背部展開」


 真空の中で黒き翼が開いた。

 それは生身の部位から吹き伸びる悪魔の翅か。

 それを無限に羽根散らせながら、両腕を開く。

 魔術コードを全開。

 神剣と世界各地で増殖させた神の水による演算を開始。

 前方に巨大な熱と光のプラズマ球体が出現。


 それとほぼ同時に一繋がりの糸で繋がれた散らせた無数の羽根に膨大なエネルギーが流れ込んでいく。


 黒粒子の性質は魔王様の研究課題の一つだった。

 その中で幾つか分かった事がある。


 あらゆる波を呑み込むソレが最終的に燃え散るまでの過程の解明は大きな前進であっただろう。


 黒羽根は物質として波を呑み込み続けた先、許容量を超えた時点で原子崩壊を起すが、その際に呑み込んだ出力の大半を投棄している模様だ。


 これもまたオカルトの類。

 物理法則に縛られない未知の物質。

 虚数物質エキゾチック・マターであるソレの性質らしい。


 だが、その先を見る事は出来ずとも、捨てる時のプロセスは理解出来た。


 要はブラックホールのようなもの。


 あらゆるエネルギーを重力の井戸の底に呑み込むようにその物質もまた一定のエネルギーを貯め込み、限界を超えると空間を歪曲させ、何処かに送ってしまう。


 そうして、奇妙な事象を起しながら崩壊する。

 燃え散るというのはエネルギーの微量な出力。


 ブラックホールで言うところのクェーサー反応のような事象の境界面から脱出したような力の事を示す。


 また、この作用から許容量限界寸前でエネルギーの流入を止めれば、膨大な力を持ち歩く事が出来るようだ。


 ついでにソレを開放する方法が一応、分かった。


「漫画やアニメにありがちな未知の物質………実にオレ好みだ」


 三号機を造って、とある物質を得てから炉のエネルギーは全て羽根に貯め込まれている。


 ソレを出力する原理はとても簡単だ。


【―――爆導機雷チェーン・ブラスト・マイン、激発予備動作開始】


 網膜投影された表示にAIが応える。

 羽根に注がれたエネルギーの開放方法。


 それはほんの少しだけその物質のある空間を《スポイル》してやる事だ。


 エネルギー総量が限界に近ければ近い程に空間を引き込む為の力は必要らしいのだが、何だかそういう物質との出会いがこの時代に戻って来てからあった……出会ってしまった。


 これを運命と呼ぶべきか。

 それとも単なる偶然か。


【―――CBM起爆イグニッション


 羽根を結ぶ糸の中を微細な金属細胞が駆け抜ける。

 これの活性化を順次最後尾から開始。


 キュゴッと。


 追い越し気味だった核の群れの最中でパージされた羽根が核以上の威力で起爆した……そして、全ての羽根が空域に散布されたと同時に連鎖崩壊した。


 地球の夜であった地域の全てでこの現象を見る事が出来ただろう。


 世界が極光の輝きによって照らし出されていく。


―――夜を引き裂く光芒。

―――無限の流星。

―――幾万の太陽。


 ソレらが闇を払う。


 核の輝きなど及びもしない波動を世界の誰もが感じたはずだ。


 その絨毯の上を更に加速して、北半球を半周した辺りで人類の持つ衛星の大半が蒸発した。


 これではGPSもまた使うのに1からの衛星網の整備で時間が掛かる事だろう。


「全先兵をモードEで再起動。地球上の核を喰らい尽せ……この玩具はもう少し預けだってな」


 先兵が未だ撃たれる事無き眠った核の弾頭を、それを生み出せるウラン鉱脈を、稼働中の原子炉付随の燃料棒プールを、核のゴミの埋設地を、襲い始めた。


 バキンバキンとソレを喰らい始めた蟲は体内で魔術コードを使用し原子レベルから別の物質へと変換。


 適当に重金属にして自分の体内へと取り込ませる。


 再度、高濃度のウランや核物質を用いるには現在炉心に使われている燃料棒を再処理、兵器級のものに濃縮するしかないが、ソレが現在のところ技術的にやれるのかと言えば、世界規模でNOだろう。


 ウラン鉱脈すらも喰らい尽されれば、人類が再びまともな原子力発電を取り戻すには長い年月が掛かる。


 だが、それよりも先に核融合炉の開発が終わる方が早いのは自明。


 というか、技術提供はその内に行う予定なのでしばらくは節電に努めてもらう事としよう。


 小国などの核は原発を含めて全て消化。


 大国とておいそれと核に転用出来る資源ではなくなるせいで新規核弾頭の製造数は恐ろしく難しいはずだ。


 一応、原発に使われる核物質でも兵器には転用出来るが、濃縮出来なければ、汚い爆弾ダーティー・ボムのような極めて放射能汚染の酷い兵器以外には不可能だろう。


 核拡散防止は言う必要もなく。


 核開発はG7とロシア、中国、インド辺り以外では不可能となり、核戦争のリスクは大幅に低減。


 エネルギー事情も数十年前に逆戻りとなった。


 同時に国家の核オプションでの攻撃というものは今までよりも更に厳しい基準でしか行われ得ず、グッと控えられるようになる。


 国内の経済と軍事どちらに核資源のリソースを割くかで国家のエネルギー問題の命運も分かれ始めるし、兵器級ウランのような物質を新規に安定して大量に増やせる技術が出て来ない限りは核兵器開発以前の第二次大戦期の戦略が復活する。


 それはつまり、しばらくはまだ化石燃料にどっぷり頼りつつ、技術の進歩を待つ時代が続くという事である。


 まぁ、そこら辺のエネルギー技術は世界各国に複数を供与する予定だ。


 些事加減は後で考えねばならないが、何とかなる。


「これを停滞と呼ぶなら、それでいい。だが、何も進歩の速度だけが全てじゃないだろ……猶予は出来た……」


 バルーンが余波で破れた。


 なので、適当に地球上のまだ動く観測機器を欺瞞しておく。


 爆沈する機動要塞という派手な演出の地球の半球全域に展開する全天投影は迫力満点だ。


 規模を拡大し続けていた神の水による大気層の生成は100%完了している。


「おぉ、凄い凄い。元ネタ提供者のハリウッドには感謝しないとな。今度未来のCG技術でも流してみようか」


 現在、地球上の核資源の98%近くが先兵の襲撃で蒸発中。


 後数時間もせずに本日のワールドツアー業務はお終いである。


(全員、心配なさそうだな)


 世界各地で仕事の終わった先兵の引き上げが開始され始めた。


 此処から数か月の間は人類の暗黒期。

 となるはずなのだが、そうは問屋が卸さない。

 ワールドツアーの第二弾が控えている。


 取り敢えずは数日中に発動するだろう計画はアジアや人口の多い地域や貧困地域を中心として同時多発的に多くの人間を巻き込んでいく事だろう。


「今日は疲れたな……」


 全員に集合命令を掛ける。


「ん?」


 よく見れば、有人のステーションが近くにいた。


 事前に防護用のフィールドを張って、適当に作戦宙域から離れた場所に誘導して放置したのだが、どうやら外に現在の状況を解決するべく数人の白い宇宙服姿の人員が出ている。


「こっち見てる……手でも振ってみよう。初の宇宙人(笑)との接近遭遇だな」


 空の方は全天を欺瞞中なので量子ステルスは使っていなかったのだ。


 ヒラヒラと片手を振ると何やらあちらが凍り付いた。

 肩を竦めてから指を弾く。

 ステーションの表層で魔術コードが発動。


 適当に前いた位置まで外壁をエネルギーに変換しつつ推進し、位置を戻すだろう。


 それに慌てたらしい人物達が次々与圧ハッチらしきものの中に逃げ込んでいく。


「さ、帰るか。我らが故郷に」


 次なる行動に備えて落下する大気圏内の集合場所は東南アジア近辺。


 取り敢えず、肉はしばらく要らない程度には食ったので夜の乾杯は魚料理にする事が内心で決定したのだった。

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