第270話「魔王の愉しい戦術講座」


 日本人として自衛隊に頭が下がるのは当然の話であるが、魔王とか歴史改変中の未来人としては彼ら程にやり難い極めて優秀で邪魔な存在もいないだろう。


 理由など言うまでもない。


 チュンチュンチュィーンとサブマシンガンらしきもののの掃射音。


 こちらの攻撃力を理解しているからこその機先を制する狙撃部隊の攻撃を合図に後方へ数人が即時脱出。


 更に足止めが終わるや否や狙撃手も超急いで建物を盾にして撤退。


 一撃一撃毎に遠間からの攻撃が連続。

 機動する戦力は決して同じ位置に留まらない。


 いっそ芸術と言えるまでの陸上戦力と狙撃手の有機的な連携だ。


 だが、最も恐ろしいのは狙撃手ですらも、という事だろう。


 何せ今も全天候量子ステルスで光学迷彩中なのだ。


 空からは完全スタンドアロンのドローンが光学望遠レンズでこちらのいる周辺を映しているが、それで見えるのは精々が地面から脚を上げた際に出る土埃くらいなものだろう。


 それら微かな敵の影らしき情報をレーザー通信で地表へと送っているらしい。


 恐らくはこちらの無線封鎖を嫌っての事だ。

 数キロ先の山肌。


 山林の中を走る国道から機動している戦車大隊のスラローム射撃が至近20m圏内に次々飛んで来れば、もう笑うしかない。


(狙われまくりだな。想定内だが、結局無いかと思ってたんだがな。此処まで大規模な自衛隊との戦闘……)


 仲間達と共に日本国内のお掃除終了記念BBQ予定が頓挫しそうになっているのは奥多摩辺りまで戻って来た時だった。


 F-35編隊からの誘導弾が34発程襲ってきた。


 本当に世の中はどうなっているのだろうと溜息一つ。


 適当に電子戦で乗っ取ろうとしたら、再び目標であるミサイルや編隊を


 それでようやく相手が魔術による隠蔽や魔術による敵の観測をしているのだと確信し、適当に空中で制動を掛け、周辺の大気圧を120倍程まで瞬間上昇、ついでに大気組成に酸素と液化爆薬を混ぜ混ぜした途端。


 ドカンとエンジンが逝ったらしき音と共に数十機の編隊があっという間に姿を顕して墜落、周辺の大気層で優しく吊って適当にそこらの田んぼや木々の間に軟着陸させた。


 周辺の大気層を固定化し、虚空で見えなくても制止させられたラムジェット推進の虎の子、自衛隊の装備では最新だろう最新型誘導弾SAM-3がゆっくりと姿を顕せば、内部の解析もすぐに開始された。


 しかし、弾頭に入っていたのは爆薬とはまったく違う妖しい液体。


 これにはさすがの自分もゲッソリである。


 面倒なのでデータを取ってから弾頭内の物質を単なる水に変換。


 そのまま山中の無人地域へ落して破壊した。


 こうして、相手が認識出来ないという事実を前にして空をそのまま行くというプランは没となったのだ。


 しょうがない。


 適当に予測で進路状に無人の見えないジャンボジェットでも突っ込まされたら、こっちもそれなりに痛いのだ。


 科学的に確認しようがない質量攻撃なんかを空中で受けるのはさすがに危険だったし、防御系の手札を晒すのはあまり好ましくない。


 という事で地表に降りたわけだが、そこまでがあちらの思惑か。


 陸自の車両が直接観測出来ないはずなのに遠間からロケランをバカスカこちらの近辺へ撃って通り過ぎていくわ。


 進路方向の国道やその近辺を調べたら米軍から借りたらしき地雷が複数の地帯に埋まっているわ。


『総力戦ですか?』と訊ねたくなるくらいに周辺地域の山林に陸戦隊らしき完全武装で兵員輸送車に載る部隊や機甲戦力集団が屯してるわ。


 まったく以て、遺憾ながら戦闘のせの字も習ってない素人にもう少し手加減して欲しいというのが本音であった。


(空中に浮かべば、恐らく自走砲辺りが出て来る。それも砲弾そのものが確認出来ない可能性すらある、と……ぅ、こんな時に……眠い……経験値稼ぎの副作用とはいえ、そろそろこの時差ボケどうにかしないとな……)


 魔術の戦力化自体は容易ではなかったのだろうが、それにしても相手が自分達の高威力、高打撃力を誇る武器にソレを仕込んでいるのは確実だ。


 そろそろ日も暮れ掛けた頃合い。


 周辺は人気がそう無い地域なのだが、近隣の民家にすら気配は無い。


 最新鋭戦闘機の集団墜落現場は燃え盛ってこそいないが、異常気象も相まってか。


 異様な熱気に包まれている気がした。


(ガンガン戦車砲が撃たれてるが、こっちは陽動だな。本命は見えない砲弾。後、あの怪しい液体。解析結果は出たが、なんだよな……魔術的に何か特別だったとしても、科学的にオカシクなけりゃオレにはソレが何なのか効果を現さなきゃ理解出来ない……つーか、悪魔扱いなのか? 聖水なのか?)


 砲弾を適当に窒素の凝集層で遠巻きに逸らしながら、さっそく周辺で乗っ取れる電子機器が無いかと確認してみたが、電波を使った無線は封鎖中。


 電磁波を使わないレーザー通信オンリーで遣り取りが行われているらしい。


「まずは通信の封鎖からにするか……そもそも見えないはずの人間を攻撃してるってんだから、本当恐れ入るよ自衛隊」


 地面に手を付く。


 それとほぼ同時に地域一帯に散布済みの神の水の一部が土中を振動させて熱し、水気を気化させ、辺り一帯に濃い霧が立ち込め始めた。


 殆ど20m圏内に着弾しまくりの砲弾の射撃精度が落ちた。

 視界の効かない場所に対し、データリンクだけで砲撃するのは難しい。


 それが他の戦力との連携によって威力を発揮する日本の最新式戦車、十式戦車の本領であったとしてもだ。


 非物理系の観測技術によって齎された情報がデータリンクで回って来る事など無いはずなのだから、それはそうだろう。


 となれば、こちらが神剣で通信を封鎖した時点で相手はこちらの正確な位置を見失う。


 レーザー通信が殆ど通らない濃密な霧の中で通信を潰されたなら、相手がこちらを捉えて正確に攻撃する方法はかなり絞られる。


 魔術で観測出来ていたとしても、観測結果を通常のデータ通信で共有出来ず。


 戦域展開中の全部隊が霧で覆い隠されている以上、確実に其処にはいないという場所にしか攻撃は不可能になる。


 相手が大規模に仕掛けている以上、五里霧中な戦域を攻撃するという方策もあるが、それは日本の自衛隊には不可能だろう。


 クラスター弾頭や気化弾頭が猛烈な勢いで投入されるならまだしも、通常戦力の火力投射で広範囲をカバーするのは難しいのだ。


 地雷がそれを物語っている


(この数日で自衛隊に出回るくらいに魔術関係の力を仕込めたかと考えれば、答えはNOのはず……)


 ただでさえ常識が変わった直後。

 魔法は本当にありまぁす。


 とか言ってるお目々キラキラなSNS界隈の連中が未だに白い目で見られている事からも自衛隊の魔術戦力化なんてのは無いと考えて間違いない。


 まだ、人類社会全体に魔術という技術に対する情報は行き渡っていない。


 精々が超デカい蜘蛛の化け物を倒す特殊技術持ってる連中がいる、くらいだろう。


 それを受け入れられたとしても数日で魔術使えるようになれとか普通の軍隊に対しては無茶ぶりもいいところだ。


 精々が何か魔術の道具を渡されて使うのが関の山。


 それとて軍が使う程の量をこの数日で用意出来たとは考えられない。


 ならば、狙うのは後方の司令部、現場の指揮官もしくは通信兵と観測手だ。


 乗り物に乗ってる連中は恐らく一両に一人は観測手が何処も付いているだろうが、通信が叶わない以上、先頭車両の動きに合わせて行動を統率。


 現場で戦う部隊は隊長や通信兵辺りが統率用の通信方法を持たされているはずだが、部隊間の連携用で個々人は持っていないはずだ。


 それと同時に観測用魔術の人員も別と見るべきだろう。


 同時に観測用の魔術を使える人材が自衛隊に多数いるとは思えない。


 素人がそう簡単に使えるようなら、魔術なんてすぐに広まっていたはずなのだから、どんなに手引きした連中が道具を揃えようとも使用者は限られるだろう。


 科学のように誰にでも使えるという代物でない事は身を持って知っている。


 あちらもそれは同じ。

 ならばこそ、付け入る事は十分に可能だ。


 この霧の中では魔術の通信や観測を使っていてすら、それを上手く連携に使えるものではないだろう。


 精々がこちらを観測出来ても大体でしか位置を把握出来ず。


 包囲を動かしながら相打ちしないよう装甲車や防備の厚い者を全面に立てて、コソコソと移動しながら位置取りする、くらいのはずだ。


 こうなってしまえば、こちらが守勢に回る必要は何もない。

 相手がマゴマゴしている間に仕掛けるのが吉である。

 狙うべき相手は霧の中でよく動く相手、ではなく。


 時折、立ち止まって確認しながら、部隊に指示を出している者だ。


 霧の中とはいえ、こちらのセンサーは周辺を完全に映し出してくれる。


 魔術で消える兵隊が大規模に投入されているわけでもない以上、ワンサイドゲームの覚悟は完了済みだ。


 魔術と自分という素人補正以外でこちらが相手に遅れを取る要素は一つも無い。


 基礎が違う。

 技術が違う。

 能力が違う。


 未来技術の賜物であるチート能力やチート技術やチート情報の塊は人類が戦ってきた劣悪な環境と委員会という人類史最大の敵によって磨かれた代物だ。


 この程度の状況でどうにもならなくなる。

 という事は在り得ない。


(行くかッ)


 身を低くし、地面スレスレを跳躍でカッ跳ぶ。

 こちらの身体能力はどっかのアメリカのヒーロー並みだ。


 魔王時代から研究していたおかげで現在、こっちの身体は物理強度も運動能力も跳ね上がっている。


 内臓器官の大半が殆どカスタマイズ可能で戦闘用に諸々を弄繰り回した結果。


 対G限界は人間とは比べものにならない。


 眼球などが加速で潰れる心配も無いし、肺が呼吸できなくなる事も無い。


 微細な肉体出力の調整を感覚ではなくプログラムで行う事で日常生活にも支障はないし、戦闘ともなれば、ガソリンでも燃焼させてるのかというレベルでカロリーを消費するものの、かなり生物としてはオカシな値を出せるようになった。


 0.1秒後。


 狙い澄ましたように前方の部隊の銃弾がこちらに向けられてノータイムで発射されたが―――遅い。


 幾ら相手が魔術で観測していようと人体の出せる速度には限界がある。


 銃弾が放たれた時には既にその連中の合間を抜けて、一人目の犠牲者の片手に持たれたソレ、お札の張られた通信機を千切り取っていた。


 遅れてやって来た余波で後方の隊員達が吹き飛び、腕が複雑骨折した現場指揮官らしき相手が絶叫を上げる。


 それを置いてけぼりにしつつ、地雷敷設が無い私道や車道に着地と同時に跳躍。


 更に加速して目星を付けていた近隣の14人。


 こちらの予測に合致した動きをする通信機持ちの敵指揮官に狙いを定めて襲撃を開始。


 次々に数秒遅れて、自分のいた場所への砲撃やら銃弾の雨やらが降っているが、対応し切れていないのは明々白々。


(観測精度はお察しか。だが、それでもまだ精度が高い気が……観測や通信だけじゃないな。まさか、魔術による予測みたいなものも使ってるのか? 予想に……揺らぎが……出てる……予測合戦中か……意識してなけりゃ普通に使うだけだから、あんまり気にして無かったが、そうか……やっぱり難儀だな。魔術の相手は……)


 疑念もそのままに現環境で使えそうなものを確認する。


 未来技術やチートは現代科学に考察されるのも遠慮したい代物だ。


 なので、この肉体一つで相手を無力化したりするのは重要な情報の漏洩予防の一環して意識されている事である。


 何も無い田舎とはいえ、電柱もあれば、電灯もある。


 田んぼだって敷かれている砂利が程よく相手を撃ち倒す散弾や銃弾として使えそうだ。


 地面スレスレを跳躍しながら掌で掬い取った小粒の砂利を親指で指弾気味に弾けば、邪魔な装甲車のタイヤくらいはパンクさせられる。


 2人目、3人目と陸自指揮官の持つソレ。


 お札べったり軍用無線機を破壊しながら、周辺の適当な観測サーチで引っかかっていないの居場所を考えてみる。


 先程から魔術で通信が行われているとしても、相手がこちらをそれなりに予測以外の方法で捕捉している気配がする。


 そうでなければ、こちらの後を追って砲弾が着弾したりはしないだろう。


 単なる予測だけでは現地に送る指示は不確実だ。


 観測した情報を言葉にして送らねばならない以上、橋の上で待ち伏せだとか、電柱の横から狙撃だとか、そういう細かい地形情報は必須であろう。


 とするなら、ニューヨークから魔術で通信して適当に指示している、なんて事はほぼ在り得ない。


 現在、周辺は神剣で衛星からのサーチを遮断している。

 各種情報の封鎖は破られている様子もない。


 赤外線どころか電波の類は全て適当な地域の状況を上空の大気層に再現させている為、監視衛星からのリアルタイム情報を元に指示しているわけでもない。


(日本には千音以上に見える系の術者や資質の連中はいない。となれば、現地にいるよなぁ……確実に……)


 跳び廻りながら、周辺環境の中で違和感の無い場所を探す。

 仮にも陸自が民間人であろう術者に指示させているのだ。


 となれば、それなりの待遇で扱うのが普通と思うだろうが、相手は予測合戦を現地で行うかもしれない事も容易に想像していたはず。


 それくらいでなければ、予測能力を使う者が真の意味で難敵であるはずがない。


 現在の戦闘状況を鑑みて、最もこちらが狙い難い場所。

 つまり、目標と成り得ない場所を選んで指揮所としているはずだ。


 簡易のCPを魔術全開で隠蔽するにしても、その違和感を魔術師を絶滅させると標榜するこちらが予想で見つける可能性は否定出来ない。


 で、あるならば、心理的な迷彩を使うのがいいと考えるのは自然だ。


 何処に陣取るのが良いだろうか?

 戦車の中?

 兵員輸送車の中?

 陸自の司令部?

 いや、そんなのは標的にして下さいと言わんばかりだ。

 だから、適当に考えれば、逆をやるだろう。


 普通のセンサーでは内部まで見通せず、電波も遮断出来そうで、魔術と親和性の高さそうな日本家屋に付随してて、大規模に術で隠蔽しても周囲から不思議に思われないような、丈夫そうな施設……例えば、大きな土蔵とか。


 砂利を衝撃で化学反応を起こす気化爆薬の塊にして周辺にある民家の中でに投げ放つ。


 目標と成る箇所は5つ。

 距離1~2km弱。

 それが、敷地内に入って直撃した瞬間。

 ボボボボンッと軽い爆発音。


 数秒のタイムラグで今までこちらを追って来ていた火線が途絶え、同時に敷地の一つに土蔵が


「ビンゴ」


 こちらの居場所を陸自は見失ったらしい。


 幾ら観測出来ても、超高速で跳ね回るこちらの現在位置を正確に追うのは霧の中では予測無しには不可能らしい。


 だが、爆発のあった場所が何処なのかと気付いた指揮官がいたのだろう。


 周辺で遊兵よろしく逐次投入、もしくは撤退時に使われる手筈だったのだろう車両が幾つも動き出した。


 此処でようやく魔術コードにをして貰おうと爆発現場のすぐ傍まで来た時点で手を地面に再び付く。


 途端、半径100mの外縁に次々地面の隆起で大きな壁が出来ていく。


 分厚く固いソレは10m程の厚さと20m程の高さを併せ持つ陸自とて専用の重機が無ければ、すぐには破壊出来ないような代物だ。


 これで多少の時間は稼げるだろうと土蔵のある民家の玄関先の小さな門を潜って敷地内へと入れば、縁側の方には土蔵と剥き出しの地面のみの庭があった。


 崩れ掛けた蔵内部は今も濛々とした煙を上げていたが、霧の最中では然して視認性に変わりは無い。


 近付いていくと―――人影が内部の壁の内側から出て来た。


「また、会ったわね」

「……いや、お前じゃない」

「―――」


 フラム・ボルマン。


 この間、友人と仄々空間を作り出してた当人が何故か其処にいた。


「お前は予測は出来るし、目もいいが、それは一般人に比べたら勘がヤケに鋭いって程度の話だ。だが、さっきのは確実に予測特化だった……となると、お前は警備役だ。お前の傍で誰かが適当に予測してたんだろ?」


「呆れた。女性に対して挨拶も無し?」


「オレを何だと思ってるんだ。単なる礼節の成ってない普通の一般人だぞ」


「……普通なら礼儀くらい知ってるでしょう」


 ジト目になられる。


「見解の相違ってやつだ。オレの周囲にお前みたいにお行儀が良くてアウトローぶっててもお嬢様、みたいなのはいなかったからな」


「やっぱり、裂いておくべきだったわ。あなた」


 目が物騒に細められた。


「それで物は相談なんだが、後ろに庇ってる誰かさんの能力とかちょっと奪わせてくれないか? いや、記憶にも人格にも精神的にも障害とかは残らないし、ただ能力が消え失せるってだけなんだが」


「お断りね。見知らぬ馬鹿に預けようなんて奴いるの?」


「御尤もだが、生憎と陸自が今やれる事なんてドローン飛ばして特攻させるくらいだぞ?」


「……こっちは眼中にも無いってわけね」


「眼中にも無い、じゃない。単純に相手にならないってだけだ」


「―――例え、それが本当だとしても此処を退く理由にはならないわ」


 相手の決意は固いらしい。

 あのナイフが腰のホルダーから引き抜かれた。


「時間稼ぎしても無駄だぞ? 此処に罠が仕掛けてあっても同様だ。オレは準備をしてる……いいか? 準備は


 問答無用。

 相手が突っ込んで来る。

 だが、時間稼ぎにこれ以上付き合う事も無い。

 一撃で行動不能にするべく。

 カウンター気味に突っ込んだ途端。


『分かりました!!』


 そう、声が響いた。


 止まるフラムが渋い顔で僅かに視線だけで後ろを気にした。


『能力の放棄に同意します。ですから、矛を収めて頂けませんか?』


 壁の奥からコツコツと雪駄で歩いてくる相手が見えた。


 朱色の紅の差した唇が霧の中でも艶やかに。


 線の細さが出る日本人形を思わせて、白い肌と金色の瞳が煌く。


 ついでに相手は舞子かというような和装姿。


 紫色を基本として水連が描き込まれた着物に薄い黄昏色の羽織を一枚。


 帯は薄い抹茶色で鶴のストラップがチョコンと付属していた。


「日本美人のお友達がこう言ってるが、どうする? ドレスが似合いそうな西洋美人さんは?」


 軽い舌打ち。

 だが、フラムの構えは解かれない。


「お上手ですね。あなたが教王会や我が家、我が校を砂にした方、ですか。考えていたのとまるで違いました」


「褒められてないのは分かる。ちなみにそこの友人から何て聞いてたんだ?」


「曰く。最悪の誇大妄想狂。嘘も付いていないのに戯言を吐く変人。そして、恐らく勝てないだろう相手、と」


「正しく理解されてて光栄だが、普通に言われるとダメージ大きいな」


「ふふ、父が言うには住む世界が違う方々と言われていましたが、話は通じそうですね」


「話は通じないが、話が出来る人間より、話は通じるが、話が出来ない人間の方が幾分扱い易いと思うぞ?」


「では、その話が出来ない方にこの身をお預け致しましょう」


理衛りえ!!」


 振り向いた和装美人が首を横に振った。


「フラム。この状況に陥った時点で詰んでいます。何回見てみても、あなたがこの方を地に臥させる状況は出て来ません。恐らく、物凄く手加減されておられますよね? 主に私のような資質を持つ者が限界以上を求めて破綻しないように……」


 言われた通り。


 予測合戦しまくりの状況を続けると能力を持ってる連中がこちらの処理速度に追いつかずに廃人となる可能性があるので大抵は控えめにしてチート予測は運用されている。


 他の能力も大抵リミッターを自前で掛けてあるのだが、そういうのに気付く敏い相手らしい。


「人間程々が一番だ。能力に頼り過ぎても後でツケが怖い。主な理由はそっちだな」


「御立派な信念です、とは申せません。一応、我が家と母校と私の力を奪うお方に対する回答ですもの……」


「そこは申し訳なくは思うが、謝れない。後、一応慰謝料の振り込みはしてるから、適当に使ってくれ。生きる上でこんな金要らねぇって信念なら別に構わんが、そういう性質でも無いだろう? 話してる分にはそんな感じだが」


「あはは、確かに……お金の問題ではありませんが、お金で不自由せずに過ごせるだけで十分にまだ恵まれていると言えるかもしれません」


 こちらが世間話している間にもリエと呼んだ和装美人の前にフラムが移動した。


「フラム」

「嫌よ」

「フラム」

「嫌だってば」

「フラム・ボルマン」


「………その力はこんなところで失われていいものじゃない……だって、あなたの描いてくれた未来に救われた奴が此処に一人いるもの……」


「フラム……こうなる事は何となく分かっていました。政府に対して協力すると決めた時から……」


「親戚からの圧力でしょ!!」


「ですが、没落を畏れたあの方々の後押しがあったとはいえ、決めたのは私です」


「どうして……」


「この世界に……それが生まれたから……」


「未来が、生まれた? 何を……」


「文字通りですよ。この方、いえ……が現れた時から、未来が生まれた……本来、破滅しかなかったはずの時代に……」


 後ろを確認するとアトゥーネ・フォートが虚空に浮かんでいる。


 どうやらグロッキー状態から立ち直って、迎えに来たらしい。


 だが、ちょっと脳裏で確認してみると、こっちに顔を出そうとして、こちらの状況を持幕投影で確認してから何だかプルプルし始め、頭を抱えて縮こまってしまった。


 どうやら見てはいけないものが見えたらしい。


「あ~そこら辺は分からない連中には秘密で頼めるか? 悪いんだが、


「……分かりました。それがなのですね?」


 相手の真っ直ぐな瞳に頷く。


「そういう事だ。取り敢えず、納得出来なさそうなフラムさんにはこういう能力持ってる連中にしか分からない事があるって事で納得してもらおう」


「しない。納得なんて……絶対に……」


 まるでいじけた子供のようにナイフを握り締めた少女が後ろからそっと抱き締められた。


「ありがとう。フラム……フラム・ボルマン……私の友人……いえ、親友と呼ばせて下さい」


 そうして、固まった相手を前にして、そっと後ろから出て来た相手がペコリと頭を下げてくる。


「よろしくお願い致します」

「ああ、よろしくお願いされた。後、もう終わった」

「あら?」


 相手が小首を傾げ、目を何回か瞬かせて、こんなにも早く終わったのかと苦笑を零す。


「これからは不便に思っても、それで愉しく生きられるよう頑張るといい。ああ、後はそこの友人が道を踏み外さないようにっても一緒によろしく頼む」


「……畏まりました。新たなる泰山の君の命となれば、心に留め置きましょう」


「何か偉くなるって前言われたんだが、それは無しの方向で。オレはもうぶっちゃけ偉くなりたいとか思わないくらいには地位とか要らないんだ。今のところ」


「ふふ、ふふふ……そうですか。何ともお優しい君ですこと……」


 まるで本日一番の冗談を聞かされたような笑い方。

 袖で口元が隠された。


「さて、オレはもう行く。これで日本国内で大抵やりたい事も終わった。次はワールドツアーしなきゃならないからな」


「また会う事があるのかは分かりませんが、多くを知る者としてあなたの未来に期待させて頂きます……終わりなき道を征く方よ」


「買い被り過ぎだ。じゃあ、またな。フラム」


 背後では最後まで友人を守れなかった少女の一筋の滴が落ちる。


 その音すらも聞き逃す事は許されない。

 だと思うからこそ、また……己の胸に雑念は押し込める。


(他人の涙を背負う覚悟。そんなのオレの人生には無縁なもんだと思ってたんだけどな……人生何があるか分からないって本当なんだな……難儀な事だ)


 陸自が用意良過ぎでブルドーザーを投入して来るのをセンサー類で確認しつつ、アトゥーネ・フォートに飛び乗る。


 それと同時に自動航行モードで光学迷彩を使いつつ、都心に向けて出発した。


 数m先の機体操作用のちょっとした窪みの片隅でまだプルプルしている千音を見付ける。


「どうしたんだ? 一体」

「……これは悪い夢。これは悪い夢」

「ちなみにどんな悪い夢なんだ?」


「あ、あああ、あの方は、術者の大家の次期当主ですよ? うぅ、あの式、あの姿、忘れもしません!! あちらはウチの旧いご先祖様の本家……昔、私の資質が丁度良いからと健康診断した事があって……うぅ……実家に知られたら……」


「いや、実家に知られたら以前に誰に知られてもヤバい事にしかならないんだが……」


「うぅ、旧家には旧家なりの世間体があるのです!?」


「何かあったら、オレが相談に乗るから、そんなビクビクしなくても」


「じゃ、じゃあ、ウチの実家が他所から攻められたらどうしますか?」


「え? いや、隠蔽してサクッとその他所の連中の記憶奪えばいいだろ」


「じゃ、じゃあ、ウチの家族に身バレしたら?」

「いや、それは御家庭の事情だから、な?」

「やっぱりぃ……」


 どんな魔王様とて、他人様の家庭の事情にはあまり立ち入れないのだ。


「それより帰ってBBQ準備だ。ワールドツアー第一弾は『皆の善意を分けてくれ!! 世界の優しい核弾頭募金!!』作戦だからな。ハードだぞ? 数日後に向けて英気を養わないとな」


「聞いてませんよ?! 何ですか!? 善意って!? 何ですか核弾頭募金って!!?」


「そのうち慣れる。あいつらをちょっと見習えば、簡単なお仕事だ」


「ぁ……また、気が遠く………」


 フラッと気を失った千音を抱き抱えつつ、先を見る。

 進路上には都市部の輝きが出迎えつつあった。

 政府広報は未だ陸自の敗北を伝える事なく。


 しかし、ネット上では奥多摩で行われている大規模戦闘に付いて察している者もあり、翌日にはきっと色々と情報も出される事だろう。


(さて、帰ったら男料理くらいやろうか。料理の出来る人材がダウンしそうだしな)


 数日後の混沌を思い。


 本日のメインデッシュには老人待望のステーキも追加する事とした。

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