第269話「BBQ」
本来、一週間くらいで国外に行けるだろうと工程を組んでいたのも遠い昔。
現在、日本地域の魔法使いさんとの大戦争(仮)の終結は若干の遅れが出ていた。
綿密に色々と予測やら予定を組んでいても、やっぱり何処かで予想外が出るのは相手が物理法則に準拠しない技術を扱う故か。
従来の自然科学的な因果関係の熟知に基く知見は微妙に用を為していない。
要は何処かで少しずつ計画の歯車が狂う。
例えば、人間だと思っていた魔術師が実は人間じゃなくて予想外に鎮圧に時間が掛かったり、魔術師と早くも連携を開始した政府が魔術師に軍事兵器類を渡して、各地の現場に迅速な急行を可能とする態勢を構築したり、そもそも何やら予測合戦が行われている様子で予測精度が鈍くなって来ていたりするのだ。
科学は汎用性と万能性で魔術を圧倒している。
が、相手に付け入る隙を与えてしまっているのは事実であり、その主要因は自分の魔術への理解不足だろう。
とにかく、物理法則無視の叡智だの技術だのが、今まで超技術と得たいの知れないオカルトの塊であるオブジェクトにどっぷり浸っていた自分にとって死角となっているのだ。
それはそれでオブジェクトにも共通しているが、こちらは何せ汎用の異端知識や異端技術の類だ。
オブジェクト1個1個とは違ってある程度体系化された上にオブジェクトよりも広範囲でやれる事が多い。
こんなの相手にしていたら、まず間違いなく自分の頭をフラットにして再度真面目にソレを勉強するしかないだろう。
(実際に色々と検証も進んでるしな。国家よりも早くそれなりの手札として蓄えられればいいが……)
日本のみならず。
海外では魔術師さん助けて下さいの大合唱と同時に各国の沈黙の裏で暗闘が繰り返され、独自に魔術師達の戦力化を推し進める国家機関は増えて来ている。
その割に今現在、先兵が地球単位で敷く情報ネットワークから入って来る情報には魔術師側の悲劇的な出来事は然して入って来ていない。
魔術を使えようと犯罪を犯していなければ、単なる一般人と同列に身柄を扱うのがファースト・クリエイターズの指針だ。
きっと、ある程度は悲劇も量産されるだろうとソレ専用の予備兵力が世界各国で魔術師の住まう土地に隠蔽され、待機している。
だが、今のところ、善良な魔術師とこちらが定義出来る人物の悲劇は数件のみ。
それも先兵が先だって国家機関の手先を洗脳しつつ、対処しているだけで事足りてしまっている。
他は超ブラックな人間を何とも思わない化け物系やら、犯罪犯しまくりな真っ黒な相手が現地の軍隊や警察権力と血で血を洗う殺し合いをしているのみだ。
一応、そういう時は逆に国家権力側にこっそり先兵で助力したりしているのだが、全滅したり、組織が破綻したりというところは今のところ出ていない。
(思ってたよりは人間が賢明だった? いや、というよりは……手を出す相手の選別がちゃんとされてる、って事なのか? その情報の出所が妙に隠蔽されてる気配……魔術師の星詠みとか占い師とか呪い師とか……予測、予想、予言や預言の類が使われてると見るべきだな)
そう考えれば、微妙な誤差が積み上がる現在の状況にも納得が出来る。
予測合戦はユニとの間にもしていたが、見知らぬ相手との予測による演算勝負には一つの利点が存在する。
それは相手の目標と自分の目標が完全に対立したものではない限り、互いの予測結果の揺らぎ、予測合戦特有の未来の変動を捕捉する事で相手の一部の情報をスマートに取得出来る事だ。
例えば、こちらがAという目標を狙う相手を積極的に排除する、という情報を予測する人物がいれば、Aの排除よりもBの排除を優先するよう伝えられた実働隊はこちらの手間を増やさず、自分達の標的を変更する可能性がある。
力の差が大きい以上、Aの排除に出て来るこちらを狙うというのは非合理的であり、その狙った末の結果が全滅ならば、実働隊がAを標的として攻撃する事は最終的な結果として控えられる。
予測合戦における状況判断の基準となる情報の取得とそれに伴う合理性から来る誘導がこれで成り立つのだ。
国家毎の連携を分断し、人物同士の会合でしか殆ど情報を動かせないようハッキングで常時情報インフラを破壊、電子の海を先兵達が駆け巡っているのも要因としては大きいだろう。
国家規模でも組織間の連携が大まかに取れなければ、多国間での意思疎通の頻度低下はあらゆる行動の速度を鈍らせる。
相手が勝てると勘違いをするような規模の行動が不可能ならば、こちらの意図を破壊しようとする相手がいない限り、大勢は変わらない。
(というわけで。さっそく実験してみようか。魔術の魔の字しか知らないこちらが強く決めた行動に対して、どれだけ外部からの干渉が起こり得るか)
現在鹿児島上空。
急降下した先は小さな個人経営の精肉店の店先。
一般人にしか見えない普通の高校生カシゲ・エニシ。
その大いなる実験が今、始まるのだ。
「あ、黒豚ロース30kg、豚骨30kg、ラード30kg、ホルモン30kg、トンとろ30kg下さい」
「あっら~大丈夫?」
「こう見えて鍛えてますから(嘘)」
店頭のおばちゃんに頷いて、ザッと包んでもらった黒豚の肉の塊を両手で担ぎ、即座にその場を離脱する。
その時、不意に脳裏の予測へ揺らぎが発生した。
(やっぱり、何か仕掛けて来たな? こちらエニシ。鶏肉担当応答しろ)
脳裏で呼び掛ければ、即座に返事が返った。
『こちら、鶏肉担当……比内地鶏のガラ30kg、皮30kg、卵10ダース、鶏肉はモモ肉ムネ肉両方で40kg確保済みだ』
(そっちに恐らく邪魔が入る。具体的には監視用のドローンが百機単位だ)
『フン、その程度……あの無限のドローンとの消耗戦に比べれば、何のことも無い。全て破壊してしまっても構わんのだろう?』
(卵割るなよ。作戦終了予定時刻19:00までに帰投しろ)
『了解』
空へと昇り、時速300km程での飛翔モードに入る。
すると、今度は別の場所でも予測に揺らぎが出る事が感じられた。
(こちら豚肉担当。牛肉担当応答されたし)
『こちら牛肉担当。黒毛和牛のフィレ40kg、ハラミ30kg、リブロース30kg、サーロイン50kg、テール20kg、牛筋40kg、牛タン30kg、牛脂20kg、牛骨30kg、全て買い揃えて車両で移動中。ふむ、肉々しい香りで吾輩も久方ぶりに重いものが食べたくなってきたところだ』
(そっちに尾行車両が付くぞ。相手を撒いて作戦終了予定までに帰還せよ)
『ふ、これでも若い時は馬に乗って草原を駆けていた事もある。馬車の御者になりたい事もあったのは秘密だ』
(ああ、そうかい。幸運を祈る)
『全てを抜き去ってしまっても構わないかね? くくく、どうやらさっそくお出ましのようだ。随分と団体さんのようだが……まず何よりも彼らには速さが足りない事を教えようじゃないか』
そんな言葉と同時に老人に与えておいた玩具。
時速1200kmくらい出るガジェットマシマシなスポーツカーの反応が、急加速した。
老人にも運転出来るよう楽々機能満載。
ついでに運転制御用のAIも複数載せてある。
路面どころか、水上も空中も壁すら走れる峠の豆腐屋も真っ青な代物を追い切れるのは戦闘機くらいだろう。
加速中、運転者の脳波に反応し、予測進路上の障害物を自動で避けてくれる優れものはハッキリ言ってSFの塊だ。
どっかのハリウッド映画やスパイ映画の車両もぶっちゃけ敵わないだろう。
ちなみに衝突事故を起こす事すら無い。
理由は単純だ。
前方にある物体が車体に激突する瞬間に魔術コードで分子レベルで崩壊するからである。
反応だけ網膜投影の情報で追って見たが、トンネルを逆走しつつ、あまり迷惑にならないよう天井走りを駆使して抜けているようだ。
(何か性格変わってないか? これがハンドル握ると別人ってやつなのかもしれないな……)
続いて三人目の揺らぎを観測。
『は、はぅ?!! エ、エエエ、エニシさん!? 何か魔術結社の人に追い掛けられてるのですけども!!?』
「具体的にどんなのに追われてるんだ?」
『な、何か白い角の生えたお馬さんに乘った人とか!? 燃えてる鳥に乘った人とか!? 他にも空飛ぶ天狗とか、天使っぽい何かとか!!? 何か物凄く睨まれてて!?』
「あ、それオレがたぶん担当した地域の連中だと思う。お馬さんは国内でユニコーン飼ってた牧場経営の魔術師関連、燃えてる鳥はほらフェニックスって聞いた事無いか? 違法飼育してたらしい業者をぶっ潰した時の関係者だな。天狗は確か京都近辺で適当に結社の連中を半殺しにして封印してた化け物を消滅させてやったのに根に持ってるみたいだ。何だっけ? ええと、自分達のアイデンティティーを消滅させてくれてどうもありがとう死ねって言われた。後、天使はそのまんま、本当に天使、らしい。オレには未来で唯一神名乗ってる知り合いはいるが、きっと別物の方だな。勝手に終末始めんなクソ野郎って襲い掛かって来たから、適当に4体くらい全身の血液を液化爆薬に錬成して内部から消し炭にしたんだよ。偉そうな事言う割りに人間滅ぼしていいのは我々だけ!! 的な感じの言動で街の人間まで犠牲にしそうだったからさ。いや、そんな強くなかったから大丈夫大丈夫」
『どこらへんが大丈夫なのですか?!!』
「幾ら再生しようが、復元じゃなかったし。それと天使は何か翼とか輪っかを適当に吹き飛ばせば、再生も止まるっぽい。再生速度は極めて速いし、体表も銃弾くらい弾くみたいだが、アンタの乗ってるソレの掃射する機銃って実際戦車砲弾の20倍くらい威力あるから、イケルイケル」
だが、そう言った途端。
馬の嘶きと共に爆音。
怪鳥の叫びのようなものと共にまた爆音。
『覆滅!!!』の雄叫びと共に更なる爆音。
ついでに『裁きをッッッ!!!』という大音声と共に雷鳴が連続して響く。
『もう、ャ~~~~~!?!?』
悲鳴が上がる後ろで攻撃音は止む気配もない。
「深呼吸して右ポケットのボタン取り出して押せば、全部解決だ」
『ふぐぅ~~~!!?』
涙目な千音がもうヤケな様子で自分の服から見知らぬボタンを取り出した様子でガチガチ連打し始めた。
それと同時に超大音量の連続した金属の摩擦音が響く。
「大抵の生物ってのは200mmのポロニウム製重金属弾頭を使う超大出力ガトリング・レールガンの秒間3000発を喰らって生きてるようには出来てないんだ。イヤ、本当だって。弾丸の結果は大抵嘘吐かないからウン。あ、ちゃんと用途使用後は魔術コードで適当な重金属に置換されるから環境問題も安心だぞ」
『ぅぅう、後ろはもう見たくありませんっっ!!?』
「人間に直撃はしないようプログラムしてるから、倫理面でも安全だ。落ちた連中や天狗さんはまぁ……死に掛けてたら、地域の先兵にどうにか治療させよう。化け物は消し飛ぶか、消し飛ばずに即死しなかったら地獄の苦しみを味わいながら、ゆっくりと体内汚染で死ぬか、それすら不可能なら最後には弾頭内の魔術コードで原子分解、苦痛もなくあの世へ旅立てる。全部撃ち落としたみたいだし、後ろとか振り向いても構わないんだぞ?」
『うぅ、そんなよく分からないSF聞きたくありませんでしたッ!!?』
「まぁ、最もだけれども……」
『ほ、本当に大丈夫、なのですか?』
「ああ、無論だ。近辺に生体反応0だし、誰もいないって」
『じゃ、じゃあ………ひぎぃぃ?!!』
「何かいたか?」
『て、てて、天使の方の顔の皮がぁ~~~ッッッ!!!?!』
「ウォッシャー機能起動」
プシャッとアトゥーネ専用航空機動要塞アトゥーネ・フォート(そのまんま)が内蔵していた水分を表層に噴き出させて余計なものを洗浄、洗い流していく。
『ッッ、ふぅふぅふぅ……ッ……うぅぅ……心臓に悪過ぎます!!?』
「ちなみに野菜担当として米と野菜は死守したか?」
『の、農家さんに悪いですから、一応……うぅ、都内だったのに一番何だか苦労したような気がします。場外市場は愉しかったですけど……で、でも?! 今回の任務……ブ、ブラック過ぎます……切に……ぁ、何だか眩暈が……………』
カクンと千音が気を失ったのをフォートが自動で内部に格納。
適当に自動運転で秘密基地上空への帰路に付く。
(どうやら、今回はこれで全部みたいだな。揺らぎはもう無いか。どっかで見切り付けたな。それにしても……千音がこちらにいるのに相手がこっちの行動を把握し始めてるってのはちょっと頂けないな。一般人扱いしてた魔術師の中に占いやってるのがいるんだろうなやっぱ。後で調べてみよう)
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