第256話「メイドとにゃんにゃん」

『お帰りなさいませ~ご主人様~』


 カランとメイド服姿のウェイトレス達が入って来る客に愛想よく席を促すのを後ろに水を一口。


 テーブルの対面にはゴツイメットとカッターブレードを量子ステルスで消したベリヤーエフが狭そうに二人掛けの席で縮こまっていた。


 2mを超すロシア系の大男がそうしてチビチビと水を飲む姿は何処かユーモラス全開かもしれない。


「で、だ。分かったか? 今の状況」


「………貴様の頭がオーバーヒートしたマシン並みに壊れているのか。それともこちらの頭がおかしくなったのか。どちらの可能性もあるが……そのどちらでもないとお前が言うなら、この環境に付いても幾分かは説明が付くな」


 昔、殺し合った男とメイド喫茶に入って三十分程。


 一番奥の席でメイドさんに驚かれていた男は店の外が見える窓へチラリと視線を移した。


 其処には土日という事もあり、歩道を闊歩する人々の姿。


 そして、雑居ビルの数々やアニメ調のポスターの数々。


 他にも色々と見るものはあるだろう。

 現代風の衣装はあちらでは珍しい。


 スーツなどは今も変わらないが、根本的に常識も1920年代くらいなのだ。


 キャピキャピ(死語)したギャル(死語)が季節外れの熱さで薄着で出歩いている様子など見れば、ベリヤーエフもまた常識の違う世界に迷い込んでしまったと実感せざるを得ない様子だった。


「随分、嫁を貰ったと聞いたが、何をしているかと思えば……月に別世界、お伽噺にしては出来過ぎている。あの女の力の源。そして……それと同じ力を持った男、か……その上、戦争中だったと」


「ああ、月面の魔王様とはオレの事だ。ドヤ顔出来る気はサラサラしないが」


「……貴様はあの天変地異がUSAと関係があると言っていたな?」


「そうだ。日本帝国連合、アメリカ単邦国。その二つが今はどうやら大陸でも活動しているようだが、生憎とその分派は宇宙で生き延びて、天海の階箸が欲しいとオレを最終兵器で暗殺しようとした」


「……こちらから語る事はそう多くない。貴様が結婚したという報告の後。西側で活動していた。大地震と大津波が来ると本部から連絡が来て以降は空飛ぶ麺類教団のアトラス・パイルに付いて稼働状況を調べていたくらいか」


「ご苦労さんな事だ」


「まぁ、貴様が噛んでいるらしい天海の階箸とやらには我らが円卓を束ねる者が向かっていたが、どうなっている事やら……大量の航空機が遺跡から出て救助活動を行っているとの話だったが……貴様の差し金か?」


「オレが事前に用意していたプランを流用したんだろ」


「……それでお前はあの女と同様の力を持つ力を手に入れながら、おめおめと同じ力を持つ男によって、この場所まで跳ばされた、と」


「そういう事だ」


「……オブジェクト。幾らか確認はしてきたが、その力の凄まじさは知っているつもりだ……同志がそれで幾度も減って来た」


 過去を省みるかのような瞳が僅かに氷が音を立てるタンブラーに注がれる。


「だが、今回ばかりは疑うより先に身体で理解するしかないようだ。此処が過去……我々が戦い続けた世界の取り戻したかったなのだと」


「取り戻したかった?」


 訊ねれば、巨漢の瞳がこちらを見据える。


「カシゲェニシ。貴様は何の為に戦う?」

「オレ自身の為だが」


「我々、妖精円卓の大半はこのような身体になってから、常に己のいた時代を目指して、己のいた時代程の穏やかさを求めてやってきた……」


「己の時代。お前らが生身。いや、そういう身体になる前の話か?」


「フン。この身体は生まれ付きだ。乗り換えられはしても、その気は無い」


 それはまるで自身の運命を宣告するかのように静かな決意に見えた。


「……自分のいた国や時代が懐かしい。今よりも少しマシな日々だったから、そういう事か?」


「亡郷に何もありはしない。懐古も意味を為さない。だが、我々とて、世界が穏やかであった日の記憶はあった……」


 今にも砕けそうな程、タンブラーは握られ、しかし……そうはならず。


 そっと、中身が呷られた。


「妖精円卓とは人々を護る為に組織された最後の壁だ。他の組織がどうあろうとそれは何も変わらない。大を生かし、小を殺す。最も合理的な方法で多くを救う。それに善悪は無い。貴様が潰したあの男とてな」


「そういや、あの半分頭潰れてたのは元気か?」

「死んだよ」

「……そうか」


 たった一言で何故か胸が重くなるのはまだ自分が人らしい証拠か。


 あるいは安堵しているくらいには未だ脅威として身に染みていたからか。


「貴様を責める程の事ではない。我々はその覚悟無しに何一つ進めもしない兵隊だ。奴は奴の正義に殉じて破れ、それ故に己の流儀を見失って消えた。其処に同情の余地など一欠けらもない。そして、それは貴様にも言える事だ。貴様がどんな脅威に晒されていようと、どんな存在でどんな行為を行っていようと、滅ぼすべき存在ならば、この身は全てを燃やして鉄槌となるだろう」


「そこに同情の余地はない、と」

「そういう事だ。我々はそのようにして生きて来た」


「この世界がお前と直接的には関係ない場所だとしても、その決意に変わりはないか?」


「愚問。自らの手で人々を護る。これに如何なる時、場所、状況も関係無い。それは須らく人の根源にある衝動だ」


「……性善説論者なんてあの世界にもいたんだな」


「例え、此処が見知らぬ国で、過去な上、この身が異邦人だろうとも……何かを為すのに理由など必要ない。そうしたいから、そうする。それだけでいい」


 互いに視線の先にはきっと敵だからこそ見える相手の等身大が映っているだろう。


 それに則り、提案をしようかと思った矢先。


「お待たせしました。ご主人様~萌え萌えオムライスだにゃん」


「にゃ、にゃん?」

「にゃ~~♪」


 ノリノリの結構な美人がカートを押してきて、オムライスが二皿。


 置かれた途端に何とも言えぬ表情でベリヤーエフが困ったように此方を見る……いや、そんな顔されても困るのはこちらとて同じだ。


「一緒におまじないを唱えてにゃ♪ モエキュンモエキュンモエキュンキューン♪」


「……もえキュンもえキュンもえキュンキューン?」


 ボソッと呟く巨漢。

 思わず吹き出しそうになった。

 だが、肝が据わっているのか。


 余所行きスマイルが鉄壁なウェイトレスはそれに対してニコリとし、サラサラとハートマークをケチャップで描き終え、ペコリと頭を下げ去っていく。


 その脚は微妙に震えている。

 恐らく、物凄く無理したのだろう。

 こっちのオムライスにハートを忘れていた。


「―――どうやら、此処は想像していた以上に平和なようだ」


 真面目な顔で萌え萌えな衣装を来た相手がそんな事を言い出すものだから、肩を竦めるしかなかった。


「お前自覚無いのか? 十分、お前らだって平和だと思うぞ? 少なくともオレなんかよりはな」


「我々の何処が平和だと?」


「一応、そっちの自覚はあるのか。だが、言っておくとお前の恰好は……その原型になったのは恐らくこの時代の衣装だ」


「ッ―――」


「正義の味方なんだろ? なら、丁度いい。たっぷり、正義面で戦ってくれ」


「その為にこちらを引き込んだのだと?」

「悪いが後半年と少しで大戦の最初期が始まる」

「ッ?!」

「これは確定事項だ。此処が過去だったらの話だがな」

「あの戦争が、この平和な世界で始まるというのか……」


 黄色い卵の膜と店内に流れる穏やかな曲と今もカワイイ恰好で働くウェイトレス達……それを見た末の呟きは無常というものを憤るような哀しさが漂っていて。


「……それでお前はどうする? その力で世界を相手にする委員会と戦うか?」


「いいや、そんなのはオレの仕事じゃない。本当にソレをしなきゃならない奴らがいる。そして、オレに出来る事はいつだって、ほんの少しの手伝いだけだ」


 ベリヤーエフがスプーンでオムライスを一口。


 そして、何やら真顔で皿に視線を向けるとガツガツと掻き込み始める。


 数秒で皿は空になった。


「ならば、何とする。蒼き瞳の英雄」


 ケチャップライスを左頬に付けたまま訊ねる相手に返す言葉はもう決めてある。


「手を組もうか。世界が破滅するのが先か。お前が世界を救うのが先か。どちらだとしても、此処に新しい関係を築きたい」


「殺し合った者が手を取り合えると?」


「手を取り合うなんて話は一度だってしてないぞ? これは互いの為に互いが利用可能ってだけの今を、このよくよく考えたら奇蹟みたいな時間を使って、ちょっと世界に文句を付けようって誘ってるだけの話だ」


「……文句、か」

「ああ、文句だ」


 初めて。


 男の顔が多くの感情を過ぎ去らせた後のような清々しさを、微かな笑みを浮かべた。


「いいだろう。ならば、共にやろうか。貴様を見張るのもまた今のこの身に出来る事の一つ。例え、我が身が刻の彼方で滅び去ろうと……この胸底の願いは変わらず」


 男がそっと手を差し出す。


「此処で新たな同志を迎えるのも、悪くない」

「交渉成立だ。ベリヤーエフ」


 堅く握手する。

 その手は戦ってきた者特有の胼胝に覆われていて固く。

 だが、決して血の通わぬ冷たさでもなく。


「じゃあ、まずは此処の支払いを済ませようか」

「ぬ?」


「日本の警察の優秀さには頭が下がる思いだな。後、これからめっちゃ迷惑掛けるのが忍びなくなってくる……」


 オムライスをベリヤーエフに押し付けて、立ち上がり、会計に向かう。


 店から400m地点。

 急行しつつあるらしい自転車のおまわりさんが数人。

 此処に向かって走って来ていた。

 後ろからはスプーンで再びオムライスを掻き込んで満足そうな巨漢の足音が続く。


「なぁ、お前ならどっちがいいと思う?」

「何がだ?」

「宇宙人が攻めて来るのと。異世界の魔王が攻めて来るの」

「は?」


 支払いを済ませ。

 扉の先に向かう。

 やるべき事は山積み。


「行こうか。相棒2号」


 だが、諦める理由は目の前に一つも転がってはいなかった。

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