第240話「異説~黒き幕が上がりて~」


 当たり前に朝が来て、当たり前に一日が始まる。


 それが明日も明後日も一週間後も一か月後も一年後も百年後も続く事がどれだけの奇跡である事か。


 それを人は己の破滅の中にようやく見つけて、少し賢くなる。

 たった一つの命を賭けて、たった一つの未来を紡ぐ。

 灰と塵の中で誰が想像するだろう。


 文明がやがては人々に遍くとは言わずとも、確かに灯の輝きを見せる事を。


「え~っと、こっちの回線を繋いで? そうそう、そっちをあっちに繋ぎ直して、あのごはんの国の黒幕さんが使ってる回線を拝借すると」


「うんうん。ああ、やっぱり面倒事になってる。やだなぁ」


「うわ……この周波帯域全部使われてる。ああ、一応あの頃の苦労は報われたみたいだね」


「だけど、やだなぁ……自分で逃がしたモノが今度はこっちを追い詰めるとか。ああ、僕らって何かを育てるとかにはトコトン向いてない」


「うん。まぁ、向いてない」


 ギルドで弁当屋をしていて数日。


 色々と会ったが、最終的に昇華の地に出発しました○……というのがつい先日。


 しかし、その旅路も途中で打ち切りのラノベ並みな安っぽい事態を前にして中断となった。


 世界が猛烈な閃光に包まれ、直後に黒い巨塔が地の果てに出現。


 ついでに程無く近場の寄った街でこんな話が出ていた。

 世を騒がせていた魔王が終に灰の月と喧嘩を始めた。


 神と同等の世界を滅ぼす悪の軍団を組織して、世界を救ってやるとか言いながら世界の外から来る何かと戦っている。


 荒唐無稽な流言が飛び交いまくりのギルドへ確かめに行けば『魔王様の軍団に入ったら、めっちゃくっちゃ超越者になれて、ついでに最強武装奢られまくりで恐ろしい敵と戦えちゃうぞ♡ ついでに勝って帰ったら子々孫々まで生活保護奢られまくりだぞ♡ やったね!!』という頭の悪そうな謳い文句で傭兵が集められ、影域のあちこちの国家が徴兵して、その魔王軍へ自国の成人男子の大半をぶっ込むという博打を始めていた。


 どうなってんだと頭を悩ますまでもなく。


 黒の巨塔がニョッキリ生えた当たりから、F言葉大好き妖精さんと双子軍人ズが何やらあーでもないこーでもないとそこらの遺跡らしき場所に陣取って、外に繋がる回線を確保。


 現在、絶賛戦争中で何処も手が回らないシステム管理の間隙をついて情報収集。


 いやぁ、ファイアーウォールは強敵でしたねと汗を拭いつつテラバイトの戦況情報をぶっこ抜いて、現状を少女達にも込々で教えてくれた。


 悲報!!!


 魔王は誰とでも寝る上に美少女美幼女美女熟女何でもござれのハーレムを創る淫魔王!!!


 ついでにどっかで見たような超絶ラスボスが乗ってそうな黒主人公機に乗っちゃうお茶目さん!!


 という情報が出て来たわけだ。


 それに反応したのが少女達だったのに驚いたのだが、どうやらあの統合からやってきた男の娘達が嵌っているというか妄信しているアニメの機体に激似だったらしい。


 こんなのにこの状況で乗ってるとしたら、そんなの一人しかいない。


 という、本人的にはまったく頷きたくないが、否定もあんまり出来ない事実を突き付けられ。


 じゃあ、あの黒の巨塔がある国家に向かおうか、というところで魔王軍からの捜索隊と遭遇。


 魔王のお姿とやらを写真で見せられ、探しに来てくれただと目をウルウルさせた美少女達はその数時間後にドナドナと輸送機に載せられた。


 付いて行くべきだったのだろうが、双子がどうやらヤバい状況を解析し終えたらしく。


 カシゲ・エニシ本人が魔王である事を確認した為、それはお流れとなり。


 結局、最初のメンツであるエミと自分、妖精さんに双子という五人での再出発と相成ったわけだ。


(そして、こんな森の中の端末のある遺跡……つーか、ガソリンスタンドにしか見えない場所で外の戦争の情報を解析してると)


「ん? どうしたかね? ちょっと一人で抜いてくるか?」


 ナチュラルにセクハラ発言をする妖精に溜息を吐きつつ、エミがコンクリートらしき床で毛布に包まって寝てるのを横目にして、お湯を啜る。


「はぁ……とりあえず説明」


 どっから持って来たのか。


 小型のディスプレイ付きの端末を覗き込んでいた妖精と軍人ズに状況の説明を頼んでみる。


 周囲は薄暗い。


 そろそろ夜明けだが、塔の出現以来、世界は影域の大半と大差の無い明度で時間間隔も殆どあったものではなかった。


「ああ、簡単に言うと。JAで昔仕事してた時に人類保全の為に逃がした人達が何か一大勢力を築いて攻め込んで来た。という事になるかな」


「ああ、本当。僕らにしてみたら、あの頃に珍しく善行を積んだんだけどなぁ……従来の計画だと太陽系外に逃げ出す予定だったのに……ぅ~ん……持たせたオブジェクトが悪かったのかなぁ?」


 何か物凄く嫌な予感がしつつ、目を細める。


「なぁ、お前ら。聞いていいか?」

「何だい?」

「何かな?」


 その双子が同じタイミングで首を傾げる。


「その逃げ出した連中に何をくれてやったんだ?」


「ああ、取り敢えず宇宙で長期間生きられる分くらいの水と空気と食料と生存環境再現用のコロニーと作業用ドローン一杯とオブジェクトを三つ」


「……三つ、ね。中身は?」


「ええと、アメリカ大統領と何でも改良してくれる歯車の塊とノンブランドのデスクトップPCだけだよ?」


「最初からおかしいだろ。何だ大統領って……」


 明らかにげんなりする内容に違いなかった。


 だけ、というが……その“だけ”が現在の状況に繋がっている以上。


 ロクなものではないのは確定的だろう。


「ああ、君の生きてた頃に発見された初代大統領がいてね。アメリカが大ピンチだから、君がみんなを守って生存を確保するんだって日本語教えてカリスマに期待したんだよ。うん……どうせ、Kクラスには程遠かったし……あの頃は関連施設が殆ど潰れてて、重要なもの以外押し込んでおくスペースが無かったんだよね……あそこのサイト……」


 思わず額を指で押さえる。


「お前らは……そんな年末の大掃除みたいなノリでその“大統領”とやらをその連中に押し付けたのか?」


「やだなぁ。100%善意混じりっ気無しの在庫セールだったよ?」


「そうそう。他のヤバいのに比べたら大人しい類のものしか渡してないし」


 二人がハハハと軽いジョークを聞いたような笑みで肩を竦める。


「お前らが興味あるのはKクラスだけだものな」


 冷ややかな瞳で妖精がジト目になっていた。


「で、何でも改良してくれる歯車の塊って何だ?」


「え? ああ、適当に中身を入れて、改良の度合いを選べる感じの改良マシーンだよ」


「そうそう。物凄く改良すれば、鉄が未知の金属原子になるくらいだから、別に……」


「うん。お前らに聞いたオレが馬鹿だった……何だ未知の金属原子って……」


 お歳暮に拳銃を渡すくらいアクロバティックな思考の飛躍に違いないと思いつつも、先を促す。


「生物さえ入れなければ、健全なレベルだよね? 一応」


「まぁ、入れるモノ次第でソレが極めて高度なものになって戻って来るだけだからね。適当に生存環境に必要なものを入れて、適当に使ってくれれば、生存可能な時間が延びるだろうって押し付、プレゼントしたよね」


「言い直したところは褒めてやる。だが、お前らいつか絶対痛い目見るからなソレ……」


「残機君。こいつらに何を言っても無駄の極みだ。こいつらは当時から自分達の守備範囲外のオブジェクトに関してはママの作るミートパイ並みに適当な扱いをしていたからな」


「それって美味しいよね?」

「絶対、美食より食べ慣れた味だよね?」


「まぁ、いい。それで最後は? 単なるデスクトップPCなんぞを渡して何がしたかったんだ?」


「え? ああ、その頃には解析が済んでた代物でね。立ち上げる度に別次元とか並行世界とか別時空とかソレっぽい世界のOSが立ち上がって、情報が出て来るんだよ。当時、管理用のハイスペックマシンが足りなくて、高度な次元のOSが欲しくて使ってたんだけど、今標準規格になってるOSの雛型が写し取れたから用無しになって……ソレ目当てのお客さんにも渡せないから、地球圏の外に持って行ってもらえないかなぁと」


 もう言葉は無かった。


「なぁ……一つ聞いていいか?」

「何だい?」

「どうかした?」


「その歯車の塊に大統領とPCを入れて物凄く改良したら、どうなる?」


「え……それは勿論、物凄く改良されて出て来るんじゃないかな?」


「そうそう。物凄くパワーアップして戻って来るよね。きっと」


「「………」」


 妖精もさすがに閉口していた。


「別世界の高次OSを呼び出せる機械と人型の中でもスペック的に高度なアレをあの機械にブチ込んだのか……連中がどんな文明を築いているのか知らないが、恐らくこっちとはまた別の意味でSFをしているんだろう……残機君も気を付ける事だな」


「ああ、肝に銘じておこう」


「酷いなぁ」

「濡れ衣だよね。僕らってほら誤解され易いから」


「「HAHAHAHA」」


 同時にそんな大した事無いってって顔の双子軍人の顔を無性に張っ倒したくなったが堪えておく。


「ふぅ、疲れる……が、そうも言ってられないんだったな。で、外の戦況は?」


 海軍の人がディスプレイをこちらに向けて来る。


「今、丁度核の撃ち合いで適当に遊んでるよ。もう一人の君と艦隊が」


「それだけでもうお腹一杯だが、この艦隊の連中が撃った兵器は何だ? それとあの塔は?」


「確認したけど、あの黒いのを構成してる物質、あらゆる波を吸収する性質があるみたいなんだよね。アレってあっちの君が使ってるやつの塊だと思う。それと恐らく超磁力と大量のガンマ線が一瞬記録されてたから……超大質量を何らかの方法で爆宿して超新星爆発みたいなのを起こしたんじゃないかな? でも、そんな大質量が地球圏にあるわけないから、オブジェクトみたいなのがあるか、未知の物質……ぁ……」


 説明していた陸軍の人がこっちから視線を逸らした。


「何だッ。今のあって!!」


「そう言えば、歯車の塊で最後に実験した時、適当にこの世で一番重い物質を入れたんだよね。そしたら、何か質量はあるみたいなんだけど、重さが光学的に測定出来ない代物が出てきて困っちゃって、適当に渡す時のサンプルに入れてたんだけど……」


 チラリと双子の視線が妖精に向く。


「オイ……それってダークマ―――」


「ああ、あっちとは恐らく違うだろう。残機君にも分かり易い説明をしようか。光学的に観測出来ない物質というのはこの世にほぼ存在しない。まだ見つかってない定理だの仮定上の物質だのが存在しない限りにおいてという前提だがな。後、委員会が造っていた巨大インフラの類には幾つか旧世紀では考えられないような物理的におかしな事象を引き起こす物質が幾つかあった」


「で、結論は?」


「当時、この世で一番重いとされた金属元素があった。だが、明らかに爆宿した時に放たれるエネルギーがヤバいのに質量が極めて軽かった見かけ上は……」


「見かけ上?」


「……憶測で委員会が出した結論はこうだ。この金属元素は“空間をスポイルしている”らしい」


「空間をスポイル?」


「見かけ上の質量が軽いのは金属元素が重過ぎて空間を歪ませてるせいで正しく計測出来ないからだと言われていた。例えにするなら、ブラックホールが出来る寸前の惑星が原子だと考えればいい。重力崩壊を引き起こす程に重いせいで周辺の空間が歪んで、正しい質量を測定するには様々な方法を駆使し、試す必要がある。光学的な観測が正しく行えないものはこの世には存在する……つまり……」


「そのヤバい物質が更に強化されて新兵器に使われた、と」

「いやぁ、手違いとかよくあるよね」


「うん。誤差って実は自分が思ってるより大きい事とか、あるよね」


「原子核魔法数……原子核が安定する陽子、中性子の数はあの頃最大で300番台まで分かっていたが、ソレは推定で何番だった?」


「ええっと……確か666だったかな?」

「うん。間違えてなければ、666だったような?」


 もう言葉も無かった。

 暗示し過ぎだろとか。

 そもそもそんなの渡すなよとか。

 そんなのはもはや彼らに言っても詮無い話なのだ。


「はぁ……しょうがない。美少女と凡人のキャッキャウフフファイトも見られないようだし、取り敢えずは魔王とやらにそちらは任せておこうか。どうせ、お前らはこれから収容目的で動くんだろう?」


「ああ、バレてる」

「しょうがないね。付き合い長いから」


「お前ら……地球に帰るんじゃなかったのか? あのヤバい女の事もあるんだぞ? 深刻そうなところ悪いが過去の話で寄り道してる暇があるのか?」


 こちらの声に双子が肩を竦めて、その片手にある拳銃を突如、雑にこちらへ数発ぶっ放した。


 思わず飛び起きた猫みたいな様子でエミが目を白黒させている合間にも背後を振り向けば、シュウシュウと煙を傷口から上げる3mはありそうな直立するワニというか蜥蜴っぽい生き物がドッと大往生で倒れ込み。


 その更に背後にいた100mはありそうな影。


 否、壁がズドオオオオオオオオオオオォオオオオオオオオオオオオオオオオッと土砂を撒き散らしながら地震を伴って仰向けに倒れる。


 更にその周辺に何やらドバァアアアッと白いブヨブヨした蠢く何かが溢れ出してウネウネしていた。


 あまりの状況に再びエミが健やかな引き攣り笑顔で眠りに付き。


 妖精が肩を竦める。


「さっき見たんだけど、どうやら此処で元凶を全部捕まえておかないと人類数万年後には太陽にダイブらしいよ?」


「はぁ?!!」


「ああ、うん。地軸が曲がるとかじゃなくて、公転軌道を外れちゃったみたいだから」


「―――ッ」


「それ以前に月のマスターマシンの完全開放をどうにかしないとあの月の天才が地球をリファインし兼ねないみたいだし、魔法使いも収容しないと卓袱台返しされるし、そこの蛆虫も封じ込めないと結局人類の破滅だし……とりあえず、いつも通りに薙ぎ倒していくって事で」


「……なぁ、何かお前らこっちに来てから、アグレッシブになってないか?」


 こちらの問いに双子が同じ所作で肩を竦めた。


「「そんな、そんな、僕らってほら……控えめさはヤマトとナデシコ並みだからさ♪」」


 何から突っ込めばいいのか。

 とりあえず、敵は多いらしい。


「「さて、偵察も終わったみたいだし、行こうか? ね、エニシ」」


 彼らの背後。

 雑木林の中から複数の人影が出て来る。


 D-大隊。


 そう呼ばれる何処からか現れた黒マスクに目出し帽という完全武装な近代兵士姿の者達が次々に目の前で整列し、双子の背後に付けた。


「諦めろ。そして、残機君も知るがいい……オレの苦労を……」


 いつの間にか一人称が変わるくらい、諦観しているらしい妖精が手招きする地獄の亡者のような顔をしている気がした。


「「まずはウクレレ男の捜索と同時に何か追加ルートで出た竜の国とか潰しに行こうかな♪」」


 どうやらオレ達の戦いはまだ始まったばかりだ、という展開が自分の人生には待っているらしかった。

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