第241話「真説~邪神達の夜会~」


 もし月に深海と呼ばれる場所があるとするならば、それは確かに其処を差す言葉に違いない。


 海中に沈んだ。

 いや、浮かんだ長い空洞の在る円筒形。


 大蒼海の制御中枢にして“神の水”のオリジナルロットを吐き出し続け、月面下にある恒久界の生態系維持に遍く行き渡らせるシステムこそがソレだ。


 “神の輪”


 そう呼ばれる巨大なリング状コロニー型生産設備。


 魔術が人類の到達した科学における頂点の一つである以上、其処には常識的なシステムの構成が存在する。


 あらゆる情報を得る為の入力装置、あらゆる情報を解析する為の情報処理装置、あらゆる情報を吐き出す為の出力装置。


 それらが単なる通常の無機物などを加工して出来るものならば、分かり易いのだろうが、実際には違う。


 地球上に存在する深雲ディープ・クラウドすらも今やそのエンジニアリングを行う存在は補修用のプログラムとその配下にある保守作業機械群のみであり、実際にどんな材質がどのように加工され、どのようにシステムを構成しているのか分かる者は存在しない。


 もはや保守用のプラント以外では失われた技術が数多く存在するし、現在其処以外で地球上に無い物質すらも存在する。


 魔術コードの処理に使われる入出力装置はそんな中でも最たるもの。

 もはや解析不能の古のブラックボックスたるマスターマシンである。


 それを構成する物質もまた長い年月の最中に無数の技術によって、中枢が変質しないよう手が加えられ続け、とある時点を境にしては不変という属性を獲得した。


 情報処理能力の大半が人類の生存という一点において使用され、他の要求に対して僅かな割り当てしか寄越さないシステムの限界はそれでも以降人類史に出て来たあらゆる量子コンピューターより高いものではあったが、魔術コードの処理は恐ろしく煩雑で複雑な上にその本来ならば大抵の案件において余るだろう能力をパンクさせる程膨大であった。


 此処で月の天才は考える。

 なら、どうやって魔術コードを大規模に奔らせようか。

 その問いに応えるシステムが“神の輪”だ。


 僅かな魔術コードによって形成する水素原子プロセッサとも言うべき“神の水”の登場である。


 人類が知り得る内で最も軽い元素である水素を魔術コードによって組成をストレージ化し、同時に処理能力も与えた。


 与えられた力は容積に比例して大きくなり、外部から入力される様々なエネルギーを使って、更に規模を拡大……最終的にマスターマシンの外郭に当たる自己増殖、自己再生産、自己組織化、自立肥大化能力を備えたストレージ兼処理装置として完成する。


 この制御された水素原子環境そのものである“神の水”の開発は人類が新たな星を開拓したに等しい成果であると言えるだろう。


 何故ならば、そこに存在する水素原子を取り込むあらゆる生物は魔術コードの恩恵を何処でも受けられる。


 魔術コードは物質があるならば、“何でもあり”の技術だ。

 ならば、人間は万能に近しい能力を手に入れたとも言える。


 これはシステムそのものが原子レベルのミクロの世界を完全に制御し、同時にマクロ環境の維持装置として生物に同化するという初の試みだった。


 ソレを進化と呼ぶべきかどうかは意見が分かれるだろう。


 あるいはシステム無しには存在し得ない脆弱な生命など退化だ、と蔑むべきなのかもしれない。


 過去、宇宙においてあらゆるコロニー型の生命維持システムが試されてきたが、この魔術コードによる自己再生産型の環境システム“神の水”はそれを運用する人間の間にインターフェースの介在無しにその威力を発揮する。


 究極の科学と魔法に区別が無いと言うのなら、それは確かに魔法であり、同時にあらゆる科学分野における究極の成果を同時に体現する万能の力だ。


 今まで個別に発達、先鋭化してきた人類の道具がたった一滴の水によって全ての能力を再現可能だとすれば、これこそが魔法の杖と呼ばれて然るべきだろう。


「だが、我々にも時さえあれば、この力は到達出来た。何せ時間だけは有った……日本帝国連合……いや、今はJAだったかな。大統領閣下、首相閣下」


 パーン。


 大邪神と呼ばれ続け、委員会の宇宙施設を破壊して尚生き残り、今や月面下世界において神という役割を追わせられていた男がサウンド・オンリーという二つのアバターの画像を虚空に見て、話し掛ける。


『まさか、あの頃の攻撃隊の生き残りがこうして封印され続けて来たコードで今何が起こっているのか分からない月面から通信してくるとは……さすがの我々でも思いも拠らなかったよ。宮田東郷ミヤタ・トウゴウ技術少佐。いや、大佐と言うべきなのかな』


 男の二階級特進の結果への言及にパーンが苦笑を零した。


『まさか、二号研究を実施していた当事者が見つかるなんて……これは正しく奇跡と言うべきかしら。無論、人の手による必然とは思うけれどね』


 女が何処か薄らと笑んだような声で呟く。


「どのように取ってもらっても構いませんが、本題に入らせて頂きたい」


 今現在、薄暗い倉庫のような広大な空間内部を見渡す陸橋のような場所の中央で一人四足を鳴らして進んでいる男がそう切り出した。


「二号研究は続いていますか?」


『君達が施設を破壊してから数百年後に凍結となった』


『そうね。こちらも同様の計画を推進していた記録が残っているのだけれど、見る限りは同時期に凍結……事実上の破棄になったようよ。大佐』


「それは我々がしていた第491次の中核情報が抜けた為、ですね?」


『ああ、そう取ってくれて構わない』

『当時の情報を参照しているけれど……ええ、こちらもそのようね』


「現在の状況は送った情報通り。彼が現在、USA宇宙軍を名乗る者達との戦闘に入って数日……今、この通信を覗き見る者は“プレイヤー”にいないでしょう。ですから、お話しますが……二号研究は完成致しました」


『おお、もしもと期待してはいたが、驚くべき……いや、祝うべき朗報だ』


『貴方のその研究者としてのスピリットに敬意を表するわ。宮田大佐』


「嘗て、古の祖国が敗戦に塗れる前。前時代の神を打ち倒す新たな神が誕生した……その名は核……ええ、大戦によって地球環境の大崩壊が起きた直接の遠因です。これによって地球上の生物は苔と人類以外が消滅した」


『私も学生の頃に習ったよ。祖国がもう少し早くソレを開発出来ていたならば、敗戦は避けられないとしても、また違った結果になったのではないかとね』


『ふふ、でも、その結果があるからこそ、我々は一つの共同体を運営するに至った。歴史は残酷なものだけれど、決して無為では無かったでしょう。少なくとも盟友としてこの時代まで生き残った国家は我々だけなのですから』


「同意しましょう。大統領閣下。ですが、大戦によって荒廃した世界において始まったこの二号研究と称された技術開発は……研究が終了出来たならば、核を超える神を生み出すはずだった……そして、それは世界を救うものだった……」


『『………』』


 沈黙の中に潜む畏れ疑念がパーンには手に取るように分かる。

 凍結された研究が何なのかを考えれば、一目瞭然だ。


 それは委員会ですら到達しなかった人類が宇宙開発において最後に突破すべき技術的なブレイクスルーだったのだから。


「そちらからの情報を見る限り、USA宇宙軍の使った兵器は超磁力を放ち、超大出力ガンマ線バーストで相手を消滅させる兵器だったようですが、送った情報の通り……“彼”は生きている。それどころか。恐らくは最終兵器であろう星を破壊するに足る力を完全に防ぎ切った」


『“彼ら”が収容していた“彼”の同異体……世界を終わらせた委員会最大の功労者にして我々の始祖を救った者の息子、か』


『“彼ら”が消えてしまった今となっては惜しい人材ではあります。こちらの“彼”は少なくとも我々に協力的で理想に共感してくれる人物でしたから。同異体とはいえ、個人でそこまでの能力を有するとは……やはり、ラスト・バイオレット権限のせいでしょうか』


「こちらの見解ですが、偶然と必然が彼を導いている。どうしてそうなったのかを検証しても恐らく機械の出す回答は不正解でしょう。ラスト・バイオレット権限を持つに至るまでに彼は幾らでも死ぬ可能性があったはずだ。しかし、そうはならなかった……運命を曲げる何者か。少なくともオブジェクトのようなものが介在していたと考えるのが妥当だ」


 男女が再びその言葉に沈黙する。


「今や地軸が再び曲がり、公転軌道を外れた地球環境がやがて限界を迎えるのは必定。数万年先に至る前に完全な死の星となるでしょう。月は地球より長く持つかもしれませんが、太陽に呑み込まれるのを防ぐ方法が無ければ、結果は同じ……人類は消滅という事実を持って歴史に幕を下ろす事になる」


『本当に遺憾よ。人類の種の保存の為、逃がした同胞達がまさか我々の住まう星毎……全てを崩壊させようとしているだなんて……もう地球圏を旅立ったものだとばかり思っていたのだけれどね』


 女の声が深い諦観と溜息を吐いた。


 無論、こんな事になるとは露ほども思っていなかった共同体側からすれば、パーン……宮田から齎された情報は寝耳に水だったのだ。


「こちらも彼らがまさか生きているとは思いませんでしたよ。文明期こそ違いますが、人類にとって彼らは希望になるはずだったのですから」


『謝罪してどうにかなる状況でも無いのは分かっているけれど、身内の不始末と言えなくも無い。可能ならば、こちらで対処したいけれど、今の状況では不可能ね。結局のところ我々はまだこの牢獄のような星から出る事は叶わないのだから』


「……話を戻しましょう。二号研究を完成させる際、月面にあった最後のサイトから齎されたオブジェクトが極めて有用に働きました。月面地下世界は彼の天才の庭ですが、同時にイレギュラーも多数存在する。そのおかげでこちらにも何とかカードを創るだけの余裕が出来た」


『やはり、オブジェクトの使用が前提なのかね? 二号研究に再現性があれば、嬉しいところだが……』


『問題はそこでしょうね。でも、その自信満々な顔……期待は出来るものと考えたいところだわ』


「はは、アバターのせいで顔色だけは取り繕わなくていいだけですよ。それとご心配なく。オブジェクトによって生み出されたものであっても、全て人類の技術において再現可能である事は実証済みです。その為にテクノロジーとして知識を集積して来ました。どうぞお納め下さい」


 途端、サウンド・オンリーの先から簡単の声が漏れる。


『?!―――おお!? これが……二号研究の情報……ただちに解析へ回して良いかね?』


『我々が待ち望んでいた最後の希望が……潰えたはずのものがコレなのね……』


「多少、月でしか生み出せない物質もありますが、それもそう遠くない内に本星へ供給出来るでしょう」


『そうか。まぁ、その程度は許容範囲内だよ。大佐……我々は数千年以上待ったのだからな』


『そうね。待ち望んでいたものがタダで手に入るとはこちらも思っていないわ。リスクは常に人生の横にあった。今、人員が解析して歓喜の声を届けて来てる最中よ。これだけでも十分に我々はあなたから得るものがあったわ。大佐』


「それは良かった。まぁ、此処から先、どうなるとしても勢力間の足の引っ張り合いになる事は自明。その合間にこちらはこちらの計画を進めましょう。そちらの彼女もこちらの彼もまだ我々の動きに気付いてはいないはずだ。これが我々にとって最大のアドバンテージになる……」


『具体的にはどうやって、その月でしか生成出来ない物質を持ち出すつもりかね?』


「彼らの裏を掻く用意があります。月の天才は月面という殻の内部に閉じ籠もり、世界を生み出し放っておいた。地球の天才は人類を裏切りながら、その力によって人を支配し、己の世界を創造させようとしている。彼らは同一の技術を手にしながら、まるで正反対の道と理想を歩きつつ、しかし、それなのに同じような地位、状況、情報しか持っていない。ですが、実質的に彼らが依存している深雲とマスターマシンが誰のものでも無い限り、こちらには勝機がある」


『二号研究を使うと?』


「ええ、取り敢えずは趨勢が何処かの勢力に傾くまで魔王と今この世界で呼ばれている“彼”を注視するのがこちらの仕事になるでしょう」


『皮肉ね……何処の勢力も自分達に一番必要なものを一つも手にしていない。それを全て持っているのが個人だなんて……』


「その全てを持っている彼カシゲ・エニシこそ鍵だ……だからこそ、誰もが彼に注目する。しかし、この研究こそが彼にも無い最新にして最後のカードとなれば、一転して状況の天秤を傾ける事は可能なはずだ……」


 パーンがようやく立ち止まる。


 そして、不意に周囲の明度が上がったかと思えば、世界が蒼に染まった。


 まるでプラネタリウム。

 否、本来的にはアクアリウムと言うべきだろう。


 広大な室内の全ての壁が水によって満たされ、その内部でチカチカと輝く紅の星を宿して幻想的な景色を生み出していた。


 内部に泳ぐ者はその蛍のような燐光だけだ。

 何処までも深く、何処までも蒼く。

 何処までも続くようにも錯覚出来る施設の中枢。


 それこそが毎秒10000トンにも及ぶ“神の水”を生み出す錬金の窯……大水槽とも呼ばれる大蒼海の中枢だった。


『それが二号研究最後のピースかね?』


「ええ、首相閣下。あの月の天才が生み出した“神の水”……その自己肥大化能力の中枢ユニット……古代中世の時代における虚構の名を取って、名を【賢者の石ラピス・フィロソフィカス】……コレは言わば、この世界の中枢であり、元となる物質さえあれば、無限に水資源を生み出す叡智の結晶でもある」


『叡智の結晶?』


「今、月にある全ての水資源の処理能力を合計すれば、深雲の10分の1程あります。そして、その全てがマスターマシンの力を借りずとも一応は魔術コードを奔らせる事が出来る。つまり、この水は水という名を借りたあらゆる物質に変換可能な万能資源なのですよ」


『魔術コード、量子転写技術の極致……あらゆる物質になる……それで最後のピースというわけね?』


「ええ、大統領閣下。コレはオブジェクトではありません。厳然たる科学の結晶です。同時にオブジェクトの理不尽さにも食らい付く研究者や科学者にとってのメスのようなものかもしれない……コレはこの宇宙の極限環境状態にある空間内でしか存在し得ない物質以外ならば“如何なる物質にも成る”ものなのです」


『如何なる物質にも、か……“彼女”がこの数千年で何度か情報を得る度に理不尽な強さだったのも、量子転写技術故……せめて、我々にデータさえ残っていれば……』


 男が僅かに苦々しい声で呟く。


「そちらに送信した情報の中に量子転写技術でこちらが解析出来た成果は全て入れてあります」


『!?―――こう聞いてしまうのは上に立つ者としてはどうかと思うが、いいのかね? ソレは君にとっても生命線だろう。大佐』


「ハッキリと申し上げれば、危なくて使えないのですよ。量子転写技術そのものは彼と彼女が同時に辿り着いた極致ではありますが、いつかは到達出来る程度のものです。公表された万物の理論と彼らの実用段階の魔術コードを観測し続け、中身を解析しながら延々と使ってきましたが、どれもが解析用AIを使えば、数十年程の時間は掛かってもしっかりと解析出来る代物だった。ですが、それすら彼にとっては数年で無数に創った代物の一つでしかない。機械知性は確かに解析には優れますが、その高度な内容を完全に把握出来るよう人間に噛み砕いて説明するのは至難。理解が及ぶ範疇で良いのならば、彼と彼女が辿り着いたあの頃の水準に到達するまで我々は1000年掛かりました。そこから更に水を開けられているのが現状……彼の創ったコードに裏コードや外部からの干渉で起動するバックドアが無いとは……数百年どころか千年単位で解析しなければ、我々には断言出来ない……つまり―――」


『その情報を使って、我々が量子転写技術で何かを生み出せば、支配や妨害されるリスクが極めて高い、と言いたいのかしら? 大佐』


「可能性の問題ですが、そういう事になります。未だ人類は機械に負けていないと言えば、少しは慰めになるかと……この身体となった攻撃隊の人員がまだ人間と言えるのなら、ですがね」


 自嘲を零したパーンが目の前の水槽に手を付く。


 それと同時に紅の燐光がゆっくりと水槽内で増えていき、周囲を明るく照らし出し始めた。


『我が方の人員ならば、理解にどれほどの時間が掛かると推測するかね? 大佐』


「基礎理論ならば1週間もあれば、普通の人間にも理解出来るでしょう。無論、その系統に詳しい研究者や学者であるという前提ですが。更にそれをエンジニアリングで物質に干渉するシステムとして形にするのならば、最低半年……物質を別の物質に変換するまでで1年、様々な原子を組み合わせて単一元素の固体を作るまでなら2年、極めて単純な構造の分子を構築するだけならば3年、蛋白質を基礎とした構造体ならば4年、それを組み上げて臓器を造るとなれば5年、人間一人を丸々、あるいは高度な分子組成を持つ薬品や薬剤を造るとなれば6年、もしこの地下世界のような環境を造るのならば、100年単位の時間が必要でしょう。それ専門の人材の育成とリソースを大規模に投資し続けられるならば、年数は短縮されるでしょうが……現実的にはそういう事になります」


『……ギュレン・ユークリッドのコードを使ったならば?』


「ははは、何を言う必要も無いでしょう。今すぐに惑星程の岩塊があるならば、ソレが第二の故郷になると確約しましょう。無論、ソレ用のコードを大規模に処理出来る量子コンピューターが存在すれば、ですが……」


『では、本質的に何かをコピーするだけならば?』


 女の声に肩が竦められた。


「最も単純な“同期”による同物体の生成だけならば、先程送った情報で数週間も試せば、可能でしょう。無論、それだけで恐ろしい処理を可能にするシステムが必要ではありますが……マスターマシンの影響下にある領域内で深雲へのアクセスコードさえあれば、大本のシステムをエンジニアリングで開発する必要も無い」


『やはり、ネックは其処なのね……』


「この数千年、この“神の水”の掌握の為に労力の大半を割いてきました。コレを使って、マスターマシンの外郭である入出力装置を複製出来れば、地球圏外であろうとも、物質とコレさえあるならば、量子転写コードは実行可能、人類は超長期生存出来るようになる……二号研究における最大の懸案も消え失せる……其処から先を想像するのはあなた方の仕事ですがね」


『大佐……一つ訊ねたい』


 男の声がパーンの耳元に響く。


「何でしょうか。首相閣下」


『君の狙いは何だ?』


「保険です」


『保険?』


「考え過ぎという言葉はこの世界に封じられた当初から捨てている。もしもの備えは幾らでも必要だ。それにもはや我々を巡る因縁は人間だった頃とは変質してしまった。人類は複数の勢力に分かれ、一つの組織の下に戦国乱世。生き残った者達の諸勢力は互いの理念を通す為に躍起。彼カシゲ・エニシがこちらに齎した情報はあの頃からすれば、人類が復興しているという皮肉な証のようなものだった……だが、だからこそ、その全ての勢力に平等に切り札が必要なはずだ。ただ、技術に優れただけの者に人類の行き先など考えさせはしない。ただ、長く生きているからと過去だけを誇る者に今日を必死に生きる若者の未来を決める資格は無い。そして、少数の人々が今日の生存だけに必死では未来が切り開けない」


『『………』』


「我々の二号研究は元々が人類を委員会の頚城から解き放つ為のものだった。しかし、委員会が存在しなくなった今、今度は旧き時代の人々が新しき時代の人々と共に己の業と頚城によって苦しんでいる。だから、“何処が勝とうとも”最低限度の未来は確約されている世界を……我々は、ソレを望むのです」


 パーンの周囲にフッと数人の男女の姿が空気中に構成されるかのように現れた。


 まるでギリシア神話の彫刻のような者もいれば、女神のように嫋やかな姿の者もある。


 だが、一様に言える事は自分達をこのような境遇に封じ込めた男へ一泡吹かせてやろうという不敵な笑みか。


『あなたは愛国者じゃなくて、ロマンチストだったようね。大佐』


「究極のリアリストと言って欲しい。これでも数千年以上考え続けた結果だ。まずはあの男の計画、この恒久界と地球の初期化阻止……そして、USAを名乗る者達との戦争を乗り切れなければ、月のみならず地球にも未来は無い……協力して頂きましょうか。首相閣下、大統領閣下」


『君の意気は良く分かった。宮田大佐……それで我々に何をさせたい?』

『共に行くとするならば、まずは最初の共同作業を決めましょうか』


「お二人にはそちらでやって頂きたい事があります……万年来の再戦が起きようという今、奴の足を掬う一手をそちらで作って頂きたい。二号研究は万能ではないが、奴に一矢報いる可能性を秘めている。奴が揺らげば、彼女もまた唯一己を確定的に脅かすだろう相手の窮地にやってくるはずだ……此処から先は邪神らしく悪巧みと行きましょう」


 邪神達は次々にその手を水槽の表面へと付けていく。


 そして、同時に紅の燐光は閃光となり、全てを染め尽していった。

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