第221話「真説~秘書達の夜会~」
『セニカ』
『セニカだ』
『セニカ様。生きてた……良かった……』
『セニカは死んでなかったんだ』
『様を付けろよ』
『セニカ様がお仕事だって』
『セニカ、あんなになっても戦う気なんだ……』
『守らなきゃ』
『護らなきゃ』
『仕事をちゃんとしないと』
『そうしないとセニカに嫌われちゃう』
『そんな事ないよ』
『セニカ、そんな事で怒らないもん』
『サボったら呆れるかもしれないけど』
『でも、セニカ大丈夫?』
『本当に大丈夫?』
『うん。うん……傍で見張ってないと』
『セニカが無茶しないようにみんなで見張ろう?』
『セニカだから、目を離したらまた女の子を連れて来るかもしれないし』
『ねー?』
『ねー!!』
『セニカだから仕方ない。セニカだし』
『様を付けろよ』
世界が沸騰している。
否、世界に全てが沸騰させられている。
地中が、空中が、真空が、人が、物が、事が、あらゆる神羅万象が。
無限に連なる世界の記憶。
掃き溜めのように積み重なり、折り重なり、淀みの中にある記録。
今正に崩れていく鉄板の上のチーズのように。
昨日食べたのはアップルパイ12421前の祝日。
今日死んだのはお爺ちゃん現在より23秒前の話。
全てが一緒くたとなった情報の羅列は映像も画像も文字列も記号も関数も全てがパッケージングされた一繋がりのキューブにも見えて積み上がりブレる。
仮想空間とソレを呼ぶのは相応しくない。
何故ならば、無限のように連なる全てが現実と重なっているからだ。
あらゆる空間に凝る記録は昨日のワンシーンを今も色濃く残して、過去に連なる世界の色をピンボケの曖昧な色に塗り潰している。
全てが一つ。
絶対の記録。
しかし、それは地球や太陽の公転軌道上に存在しているわけではない。
もし、ソレが絶対座標にあるはずのものならば、地軸に僅かなズレがあっただけでも、惑星の軌道がほんの少し違っているだけでも、次に同じ場所を通るまで引き出せない情報となってしまう。
そんな事になったら本末転倒だ。
だから、それは絶対座標上に静止する記録、ではない。
だが、全てが一繋がりのソレは今、過去と違い滲んでいる。
変化が起きやすい場所程に色の塗り潰しが酷い。
そういう場所で確固とした自己を持つ彼女達は、一人の少女の顔をして今日もお喋りに興じる。
ああ、早く自分の出番が回ってこないかと。
『セニカの身体に何か良いものを取って来なくちゃ』
『セニカ。また無茶しそう。止めないと』
『でも、止めちゃダメ……セニカが望んだ事だから』
『頑張ろう。セニカの為に……』
『全部終わったら……そうしたら、お母さんのお墓を作ってあげよう』
『うん』
『うん』
『そうしよう』
『あ、セニカが女性に詰め寄られてる!? 助けなくちゃ!?』
『え? え? 赤ちゃん? セニカ、どういう事!!?』
『どういう事なの!!?』
『セニカぇ……セニカは本当に見放されても文句が言えないくらい誑しだと思うの』
『賛成』
『条件付き賛成』
『ちゃんと、こっちとも赤ちゃん作ってくれないと困るんだから』
『セニカ……様は今だけ付けなくてもいい』
『ハーレムの女主人にガルンは成る!!』
常に少年の傍で忙しく立ち働く背の高い彼女。
ガルンと呼ばれる少女と同じ姿、同じ声をした彼女達はウンウンと頷く。
夢はデッカク愛人、嫁、妾の取り纏め役。
彼女達は今傍まで戻ってきた彼女が拳をプルプルしながら、猫耳幼女の護衛達と愉快気な話を繰り広げるのを横目に次々とその場から消えていく。
『お仕事しないと』
『みんなを護らなきゃ』
『ガルンをセニカが護ってくれたように……』
『……様をやっぱり付けよう』
『お仕事終わったら、セニカの×××をガルンの×××に××して貰って、一杯×××するんだから。えへへ、えへへへへ♪』
『いつの間にか知らない私が増えてる?!!』
『××を××してもらうの!! セニカがそれで××を××すればいいって、私を思いっ切り×××っ―――』
『誰か!? ちょっと、このお見せ出来ない私連れて行って!! 他の私に悪影響が出ちゃ―――』
『セニカと×××××……いい、かも?』
『セ、セニカの×××ってお、おっきいのかな?』
『きゃ~~~!? た、確かめちゃう!? 確かめちゃう!?』
『でも、男は自分より小さい女の子の方がいいって、この間呼んだ本に書いてた……』
『ああ、もう!! お仕事!! セニカに嫌われちゃうよ!!』
『はーい』
『分かった』
『取り敢えず、赤ちゃんは保留で』
次々に消えていく少女達。
そうして最後に残った彼女の内の一人は世界の下に見下げる。
全てを生み出せしモノ。
この世界の根幹。
輝けし紅の一点。
そこに揺らぎが生じている事を観測し―――ふと自分と同じ場所に立つ少女を見付けた。
『……誰?』
『某は……某? 某は……某という一人称は……某の……』
ブツブツと喋る少女。
否、幼女。
小さな小さな体で長い黒髪、小柄な肢体。
その何一つ身に付けぬ誰か。
『どうしたの?』
『……また、刻が迫っているでござるよ』
『トキ?』
『取り返せぬ時間。過ぎ去りし日々。誰かが経験したあの日の再現……私の願ったいつか』
『?』
『プライマル・テンプレート・イグジステンス……』
『ぷら?』
『……ワールド・デストラクト』
『わーるど?』
『リヴァイヴァル・ハザード……全てがまた揃う』
『………つまり、何?』
クルリと振り返った少女は嗤う。
いや、その笑みが滲む世界の中、陽炎のように揺らめいていた。
『こんなところにいたのか【02《ゼツ》】』
唇がまるで幼女に語り掛けるように、自分へ語り掛けるように呟く。
『さぁ、戻ろう。僕らの戦争が、彼らが来る』
滲んだ唇はやがて黒く黒く塗り潰されて、漆黒の闇へと、夕暮れ時の宵へと、山の稜線から伸びる長い長い影の中へと沈んでいく。
森の奥へ奥へ沈み込んで―――。
『世界の破壊者、原初の男……預言通りの展開だ。泥の神を沈めて、人の根絶と洒落込もう』
滲む世界の只中にガスマスクがチラついて、クシャリと……その特別製だろう口元が横に裂け、唾液に滑る乱杭歯が覗いた。
『嵐の時間だ』
クツクツと嗤みが静かに遠ざかっていく。
見送って、最後の彼女もまた消えていく。
夜の先へ今が追い付いて、世界は暗く暗く、消しゴムのように全ての滲みを消す漆黒の塔に浸食されていく。
蒼き天の海は濁り、戦乱の足音は確実に最後の破局に向けて歩み出した。
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