第212話「交渉人」
巨竜兵との戦いも冷めやらぬ午後10時過ぎ。
浚われた哀れな魔王様はドナドナ自分が倒した相手と同じ巨竜兵の背中に括り付けられて運ばれていた。
さすがに相手も馬鹿ではない。
奪還の芽を摘む為か。
フラウを人質に取った後はこちらを即座に都市から引き剥がす事としたようだ。
魔術を封ずる刻印が爆破用の刻印の上に重ね掛けされたのが現場から都市の郊外付近に運ばれた後。
他にも色々と毒やら何やら魔術で仕込まれたようだが、更に強固な封じる為の策は用意されていなかったらしく。
その状態で郊外で待機していた運び役に引き渡された。
フラウ達の現状はまるで分からないが、定期連絡はされているようで魔術の反応がチョクチョクその大きな竜や監視役の頭部付近に紅の燐光として確認出来た。
括られたこちらを監視するのは拘束しに来た3人の内の一人だ。
彼らに付いて分かった事は4つ。
正規の兵隊らしいおそろいの服などは無く。
都市迷彩と諜報一般が可能な舞台である事。
囮となった巨竜兵が恐らくは彼らの部隊の人員である事。
巨竜兵になっていた隊員は……恐らくは変身した後の姿で彼らの誰もが同じような力を持っているに違いない事。
恐らく神様に付いてはまったく知らされておらず。
同時に認識も出来ていないだろうという事。
状況はまだとても不可解ではあったが、都市部の制圧が魔王の拉致と両立させられていた辺り、苦労人の部類だろう。
普通ならこんな重要な任務を恐らくは少人数だろう部隊にやらせたりしない。
という事はこちらの情報をよっぽどに知っていなければならない。
魔王が人質に弱いとか。
人質を取られたら、絶対こうするだろう、という情報無しにこの拉致は成立しないのだ。
もしかしたら、そうなのかもしれないと同時に失敗してもいいからとやらせるような下種がいるのかもしれないが、その場合はこちらのターゲットはその誰かに絞られる事になるだろう。
「………了解しました。はい、はい、今から映像を繋ぐ。喋っていいが、下手な身動きはするな」
男に言われて頷く。
すると、転がされて風音だけが支配していた空間に静謐が降り、周囲の音が断絶、すぐに虚空へ映像が現れた。
『お初にお目に掛かる。魔王イシエ・ジー・セニカ殿と見受ける』
喋っているのは先程、フラウに刻印を付けた女だった。
まだ若いようだが、指揮官クラスがまだ出てきていないと考えるか。
それともそいつが指揮官なのか。
聞く必要があるだろう。
「如何にもオレは魔王って呼ばれてる中の人だが、お前らの部隊名、所属、目的、お前の名前、指揮官の名前、それからフラウとそっちに捕まってる連中の安否、人数。後、名簿も欲しい」
「な?! コイツ?!!」
横で思わず監視役が図々しいのだろう要求に口をあんぐりとさせた。
『待て。何もするな』
「は、はぁ……」
思わず手が出そうになった男が自制してか睨むのに留めた。
『自分の立場が分かっているのか?』
「控えめなお願いだと思うんだが、どうだろう?」
『控えめの定義は生憎と我々とは違うようだ。魔王』
「少なくともオレが人質で止まる程度の人間だとの前提で拉致してるんだから、それくらいはいいんじゃないか? 逆に此処で人質を傷付けたりして黙らせるようなのなら、オレはフラウ達がもう死んでいると仮定して判断したっておかしくないんだ。その場合にオレを留めて置けるとでも? こんな気休めの刻印を刻んだってリスクは減らない。リスクを減らしたきゃ、オレの要求で受け入られるところは受け入れる。それが交渉の第一歩だと思うんだが……」
ヒクヒクと監視役の口元は引き攣っている。
だが、映像越しの相手にはそのような反応も見られない。
魔術で誤魔化しているか。
あるいは単にそういう性格なのか。
映像はすぐ女の横に向けられた。
すると、其処には猿轡を噛まされたフラウとヤクシャ、シィラの姿があり、三人とも衣服に乱れは無く眠らされているようだ。
映像が本物なら、適当に魔術で昏倒、転がされているという事になるだろう。
息をしているのも確認済み。
まぁ、何かしらの仕掛けはされているかもしれないが、今のところ自分が知る限りは無事らしい。
「一応、安心した。どうやら元気そうだな。ちゃんと目が覚めるか確認させてくれ。それとオレとの間に受け答えもさせてくれると助かる」
『……いいだろう』
後ろでざわついた声が一瞬入る。
だが、女が僅かに瞳を細めるとソレも消えた。
すぐに魔術が解かれたか。
目覚めた様子のフラウに映像がアップされる。
「聞こえてるか? フラウ」
『……ッ、は、はい!! ご無事ですか!!』
「ああ、一応はな。こんな時に何なんだが、お前が今日食べた朝食って何だ?」
『え、ええと、魔王印のゾウスイとやらでした』
その瞳がこちらを真っ直ぐに見やる。
「ふむ。偽物じゃなくて良かった。お前の受け答えで国が一つ無くなるところだったが、どうやら一歩目のステップはクリアーだな。月竜臣国の兵隊さん」
『我々が脅しているのではないのかな? 魔王』
「お前らの脅すの定義がどうやらオレとは違うようだ」
『何?』
「オレに言わせれば、脅しってのは相手に絶対の優位が確保出来てると確信出来る時以外は行うべきじゃない」
『………』
「オレがお前らに付いて行くのは勿論、フラウ達の安否を気遣ったからだ。だけど、お前らに興味があって、お前らに付いて行く事が、今後の予定に差し障らないと判断したからでもある」
『どういう事かお聞かせ願おうか?』
「月竜は都市を攻撃したよな?」
『ああ』
「死人出したよな? ついでに月猫以外にも月兎、月亀への襲撃も行った」
『耳が早いようで』
「思ったんだが……お前らが職業軍人ならぶっちゃけ、お前らの国が滅びる未来しか見えないんだ」
さすがに横の男が気色ばんだ顔を見せる。
『どうして、そのような結論になったのか興味深いが……』
「月竜が他の先進国に喧嘩を売った。これはまぁいい。だが、現在は月蝶と麒麟国の戦争中だ。ついでに趨勢は麒麟国側に傾きつつある」
どうやらこちらの話を聞いてくれるらしい。
相手が聞く姿勢を取った。
「こんな状況の中で先進国へと攻撃を掛ける理由は幾らか思い当たる。恐らくは以下の三つの内のどれかだ。一つ、月竜は他の三カ国を支配下に置かなけりゃ、マズイ状況もしくは立場にある。二つ、月竜は一部の権力者による命令で訳も分からずに他国へ戦争を仕掛けている。三つ、月竜の直接的目的は戦争で他国を支配する事になく、三国の持つ何かを求めてのものである」
『それで?』
「どれだとしても、オレが直接叩き潰すしかない状況だ。一つ目はオレが困る。二つ目は一部の権力者によって制御不能の強力な専用兵科を持つ国家なんぞを横においておくリスクが高過ぎてやっぱりオレが困る。三つ目はそもそもオレの目的と被ってるかもしれないので確実にオレが困る」
女の表情には変わりが無い。
『だから、月竜が魔王を襲ったのだ、と言いたいのか?』
「そうだ。オレが困ると知ってる人間がそちらにいる、という前提が無いとオレを拉致して同時に都市を落とせとかいう無茶苦茶な命令を出す理由にはならない」
『結論として何が言いたい?』
「結論、お前らが国家に忠誠を誓う部隊なら、オレに協力しないか? もしくはその蒙昧な命令を出させた馬鹿な野郎、もしくは女郎を見限って国家を救わないか? もし、そいつ個人に対して忠誠を誓ってる的な立ち位置なら、そいつ自身の身の安全を保障する代わりに裏切らないか?」
もはや、横の男は絶句していた。
『………噂に違わず……』
女が何処か諦観を含み自嘲めいた顔でこちらを見やる。
『魔王セニカ。貴様はその話術でどれだけの人間を惑わしてきた?』
「凡そ国家三つ分くらいの人間の命運は左右してきたが?」
答えてやると何故か横の男が何かを言いたそうに口だけを開いたが、声にもならない様子で閉じる。
『ふ……まずは名乗らせてもらおう。私の名はクルーテル・ランチョン。貴様が知っているだろうアステ・ランチョンの姉に当たる』
女は今も欠けた鎧姿のまま立ち上がるとフラウを置いて歩き出し、大使館のエントランスへと出た。
映像が付き従って、その場の光景が視界に入って来る。
館は半壊。
その大きな玄関口の中央で3人の近衛の少女達が結界らしき魔法陣っぽいものに封鎖された領域で脇腹やら肩やらの鎧が変形したままの姿で転がっていた。
息はあるようだが浅く。
衰弱しているようだ。
ただ、外傷は無いのでただちに命に直結するような事はまだ無いだろう。
映像がゆっくりと更に横へズラされるとエコーズの面々がやはり同じ魔法陣の結界内部に囚われて、女を睨んでいた。
ただ一人、唇を引き結んで複雑そうな表情のアステだけが姉に何とも言えない視線を向けている。
『全員、無事だ。生憎と後宮の女達には逃げられたが……』
女がこちらに向き直る。
『さて、先程の話の続きだが、我々は月竜臣国昇華軍諜報部所属の間諜部隊という事になるが、名前は無い。いや、付けられないの間違いだが……概ね貴様の我々への推測は正しい』
「月竜の諜報部隊がどうして月猫の首都を落とすなんて大役をやらされてるんだ?」
『我々は何も無謀な命令を受けたわけではない。それと訂正する事があるとすれば、我々に課された任務は都市の一時制圧と後続部隊への引継ぎ。魔王の拉致及び輸送であって、人質を取って大使館に立て籠る事ではない』
「じゃあ、全員を解放してくれるのか?」
『ああ、開放しよう。後続部隊はもう到着している。引継ぎは他の士官が行っているが、そろそろ終わるだろう。制圧された都市を此処の戦力だけでひっくり返すのは不可能。となれば、無理な事は出来ないのは自明。ならば、そちらが我々に付いて来てくれるのならば、後は我々の仕事ではないな。こいつらが此処で他の部隊相手に何をしようと関係は無い』
「実によろしい。と、褒めたいところだが……オレを大人しく付いて来させる理由は用意したのか?」
『……魔王セニカ。貴様が求めているモノを一つ我々は確保している』
「求めているもの?」
『月竜以外の地には其々、この世界の中枢が存在する。という話を知っているだろう? 我々はその一つを手に入れた。いや、正確にはもう持ち出した……貴様はソレを必要とする以上、我々に付いて来ざるを得ない。何故ならば、我々の動向を追う時間が貴様にはあまり無いと推測出来るからだ』
「………それで?」
『我々が貴様に求めるのは目的地まで輸送されて、とある方との交渉テーブルに付く事だ』
「ほう? オレと交渉……分かった。いいだろう……その後、オレも予定が入ってるんだが、それでもいいなら話を聞こう」
『口の減らない男だ。交渉は成立。ご同行願おう』
「了解した。まずは全員が無事であるかどうかの確認はさせてもらおうか。じゃあ、さっそく」
『?』
「エコーズの面々に告げる。お前ら全部脱げ」
『『『『『『!!?』』』』』』
「傷物にされてないか確かめておかないとな?」
『……そんな事がしたいなら後にしてくれないか?』
「おや? どうした? オレに意見する必要もないだろ。何も問題無いのなら、オレのお楽しみを邪魔する理由も無いはずだ? こっちは付いて行くって言ってるんだぞ?」
『……いいだろう』
エコーズの面々が躊躇いながらも、その手を衣服に掛けて、一枚ずつ脱ぎ始めた。
そうして、最後にはその真っ白で純真無垢な体を晒す。
『もういいだろう? お前の趣味にこれ以上付き合う必要は―――』
「オイ。嘘吐き野郎。いや、女郎か? 本物は何処行った?」
『何? 何のことを言っている?』
「残念だが、お芝居は終わりだ。お前は致命的なミスを犯した。言っておくが、エコーズの連中は脱ぐくらいはしてくれるかもしれないが、一人だけ絶対に他の連中を脱がすなんて許さないって食って掛かって来る奴がいるんだよ。そいつがただ躊躇して脱ぎ始めるとか。演技指導が足りてないな。映像を魔術で誤魔化してるにしても、もう少しまともな想像力を働かせろ」
『―――ッ、チ?!』
初めて女の顔が不愉快な色に染まって歪む。
途端だった。
グシャッという音と共に映像を提供していたらしき魔術の大本だろう何かが横倒しになると同時、エントランスが爆風に晒される。
続いて、突入してきたらしき何者かの姿が映った。
それは―――エコーズの面々だ。
所々の衣服を返り血と己の傷から滲む血で染め。
それでも各々の得物を手にバフのキラキラな輝きを纏った全員が直後に全裸の自分らしき何者かを見て顔を引き攣らせ、思わずその拳やらビンタで張り倒す。
これで状況を見限ったか。
撤退していくクルーテルの姿が映像の中で煙の中、僅か見えた。
「オイ!! 聞こえるか!! エオナ!! 魔術具か何かが倒れてたら、危険が無さそうなら拾え!! 通信が繋がってる!!」
『セニカさん!?』
リーダーの周囲を固めて、自分達の偽物を張っ倒した面々が映像の送受信機傍に寄って来る。
その映像の中で偽物達はすぐに溶け崩れた。
中から出てきたのはげっそりする事に別人の肉体。
それも一目で死人と分かる代物だった。
「魔王応援隊とフラウ達、ケーマルやユニ達は無事か!!」
『フ、フラウ皇女殿下だけ連れ去られてしまって!! 突如襲撃を受けて退避したのはいいんですが、どうにも連中、何故か本物にしか見えない精度の偽物を使ってあちこちで情報操作してるようです。ついさっきまで月猫の治安維持当局者から拘束されそうになってたんですよ。苦労しました。ケーマルさんのおかげで助かりましたけど』
「そうか。フラウ以外は無事なんだな?」
『はい。アステのお姉さんの偽物や周囲の警備が偽物に一部すり替わってたらしくて。不意打ちで警備の人達は全滅……我々と近衛の三人、ケーマルさんの護衛の人達で持ち堪えてる間に到着した月兎の懐刀の人が助けてくれて……』
「クノセか。他も無事なら構わない。で、何だが……その死体の方に魔術具向けてくれないか?」
『は、はい。でも、今は―――』
「今、此処で確かめなきゃならない事がある」
『わ、分かりました。リヤ!! 後は任せます!!』
「ああ、分かった。フラウ殿下の事は任せろ。先行してるアステを追う!!」
エオナだけがその場に残って自分達の偽物となっていた見知らぬ男達の方へ映像の送受信機を向ける。
よくよく目を細めて見つめると。
倒れた男達の背中側が僅かに蠢ていた。
「男の身体を触らないようにひっくり返せ!!」
『は、はい!!』
エオナが物を動かす念動力のような動魔術で男の一人を裏がした。
途端、蠢いていたものが姿を顕し、スゥッと周囲の空気に溶けていく。
『何かありましたか?』
「お前……今のが見えなかったのか?」
『今の? 背中に何かいたようには見えませんでしたけど』
「―――そうか。じゃあ、オレが直接確かめる以外に偽物をしっかりと見極める術は無いし、相手が何なのかも分からないから、駆除も困難……と」
『駆除?』
「……とりあえず、フラウの確保に全力を挙げてくれ。さっきまで普通にピンピンしてた。殺されてなければ、恐らく運ばれてるだけだろう」
『ころ―――セニカさん……仮にも貴方の第一王妃ですよ? 皇女殿下は……』
睨まれているのは承知で溜息を吐く。
「オレとあいつは少なくともそういう前提で近頃は会話してたぞ?」
『な?! どういう事ですか!?』
「少なくとも一波乱二波乱あった時、あいつが人質になったり、第一王妃だからって狙われ、暗殺や拉致される可能性は常にあった。オレは万全を期してるつもりだが、例外はいつだってある。だから、あいつには……あいつにだけは命の危険だけは覚悟しておけと前以て言ってたんだ」
『……酷い花婿もあったものです』
ジト目で非難されるものの、仕方ない。
実際、例外はあったのだ。
「あいつとは幾つか約束してるんだ。だから、少なくともあいつは自分が死んでも、自分の望みは果たされると信じてる。オレは必ずその約束を、望みを、あいつがいなくなったら、最後まで貫徹する」
『それでフラウ殿下の―――はい……そう、ですか。分かりました』
耳元に手を当てたエオナが難しい顔になる。
「どうした?」
『今、取り逃がしたとリヤと別ルートで突入した近衛の三人から連絡が……現在、月猫の人理の塔が政府の人員の避難に使われてるんですが、ケーマルさんの連絡が行ってない警備からの攻撃で全員足止めされてて……敵が今度は政府首班の一部に化けてるとの報告を受けました』
「ああ、そうかい。クソ……オレを蹴落とす為だけにここまでやるのか? 何処から何処までが月竜の仕業なんだ? オレを殺す方法が無いと知って自殺するよう仕向けるつもりなのか? あるいは……」
『ちょ、ちょっと待って下さい!? どういう事ですか!?』
「……敵は大きい芋虫だ」
『はい?!』
素っ頓狂な声がこちらの耳に届く。
「実はな。この間のタカ派の首魁はお前の言う偽物状態だった。ついでにそいつに取り付いて操ってたのはデッカイ芋虫の群体。そういう化け物だったんだよ。さっき、オレにはソレが死体の下から這い出て慌てて消えるのが見えた」
『―――冗談、じゃないんですよね?』
「ああ、悪いが冗談でこんなバカバカしい話はしない。その偽物連中とやらも身体の中身は全部本物だ。もし死んでるとしたら、運が無かったとしか言い様がないな」
『……偽物だって分かった人達も一応、操られてるだけかもしれないって話で出来るだけ気を失わせる事にしたんですが、重軽症者は出てたはずです』
「そうか……嫌な事をさせた。だが、性質が悪いのは此処からだ。連中は恐らく、オレ以外には見えない。寄生には何らかの条件があるようだが、それがまだ確定してない。命に関わるような病気で死ぬ寸前とか、死んだ後とか。そういう感じらしいんだが……さっきのはお前らの肉体が乗っ取れなかったから、死体そのものに成り代わって魔術で偽装してたんだろうな」
『そうすると、月竜が攻めてきたのは……』
「化け物共の謀略か。あるいは本当に攻めてきた月竜連中の一部を乗っ取ったってだけか。どちらにしても敵なのは変わらないな」
エオナが月竜だけじゃなく、正体不明の芋虫とかも相手にしなければならないという事実に物凄く渋い顔となる。
「ああ、そういや、月竜の部隊はどうなってる? 後続部隊が来てるってあっちは話してたんだが、本当のところはどうなんだ?」
『あ、そっちは本当に来てますが、クノセさんが連れてきた部隊が中核になって食い止めてます。今のところは都市を囲む城壁と合わせて何とか防戦出来ていて』
「部隊?」
『セニカさんが頼んでいたのでは?』
「いや、オレは反乱軍を動かしてない。というか、後方の護りに付かせてたから動かせなかったんだが……何処の部隊だ?」
『月兎の城下でセニカさんが完全敗北させた近衛の
「またなんつー強引な……それにしても最精鋭持って来たのか。月竜は月兎と月亀にも仕掛けてたはずだが、今は有り難いか……」
『そう言えば、懐刀の人が月兎と月亀からの報告で目を白黒させてました。空飛ぶ小さな機械の大軍が月竜の部隊を足止めしたり、押し返したりしてるとか。首都の周囲に何か結界っぽいものを発生させる塔みたいな施設が突如ニョッキリ生えたとか。知らない間に地下に超大規模な遺跡っぽい避難場所が作られてて、避難させられてるとか。どうなってるんですか?』
「そっちはオレだ。もしもの時の備えってやつを少しな。気休め程度だが」
『デタラメ過ぎて笑いも起きません』
「相手がデタラメだから、丁度いいだろ?」
『それで今何処に? これだけ話してられるような状況なら、すぐに戻って来て欲しいんですけど?』
「悪いが、オレはこれから月猫の遺跡に向かう。オレをこの国から誘い出そうとしていたって事は恐らく……この国の遺跡に芋虫連中がちょっかいを掛けてる可能性がある」
『フラウ殿下の事はどうするんですか?』
「殺すなら最初から殺してる。殺した上で成り代わってたはずだ。だが、オレが話したフラウは少なからず、本物にしか見えないというよりは偽物の余地が無かった」
『偽物の余地が無い?』
「ああ、もしもの時の備えでな? あいつに拉致監禁されてからオレと会話する時の方法を教えてたんだ」
『どんな?』
「どうせ記憶を探る魔術とかがある以上、どんな確証も持てない可能性が高い。なら、いっそ、死んだと思えってな」
『え……それってどういう?』
「情報をトレース出来ても感情まではどうかな? オレはあいつがこれから確定で死ぬと思って話せとだけ言ってる。だから、あいつはオレと会話する時、必ず死ぬ覚悟で会話する。たったそれだけの事だ。そして、その感情までトレース出来る偽物なら、オレは本物かどうかを見極めずに相手を救うだろう」
『―――やっぱり、あなたは最低です。セニカさん』
一人の女として、一人の人間として、その意見は最もだろう。
だが、最もだとしても、自分にとって高度な偽物の判別方法として有効な方法はソレだったのだ。
この何でも複製する魔術がある世界でIFというのは可能性0のお伽噺ではない。
限りなく本物に近い偽物くらい出てきたって何の驚きも無いのだ。
ならば、相手がその時どういうリアクションを取るのかだけを見極め、感情で判断して動くというのは状況の解決方法としてアリだろう。
自分はそれで後悔しない。
そして、少なくともこの話をしたフラウもまた納得していた。
なので、限りなく真顔なエオナからの侮蔑は貰っておく。
「オレがさっき見て会話したあいつは少なくとも、瞳に覚悟があった。死んだとしても自分の望みを頼むという決意があった。そうオレに思わせるだけの視線だった。だから、オレはあいつが生きてると信じて助けに行く。ちゃんと準備してからな」
『……どんな話を?』
「今日の朝の献立聞いただけだ」
『懐刀の人に言い付けておきますね?』
「それは切に止めろ下さい。普通に全うな理由で反乱されても困る」
状況が入って来るのを逐次聞きながら、触手で細胞の一つ一つまでコントロール下においた横の男と巨竜兵を見やる。
接触面から延ばした極細の黒い触手の束は今や血管のように脈打ちながら体表を浸食、相手の神経系を全て乗っ取り、脳からの命令を自立神経系以外遮断していた。
巨大な乗り物+添乗員さんと化した彼らには遺跡まで付き合ってもらうとしよう。
未だ芋虫が這い出てくる様子は無い。
恐らくは本物。
あのアステの姉のように乗っ取られては恐らくないだろう。
遺跡までは数時間弱。
本来の同行者が一人もいないのは不安要素だったが、出来る限り情報を集めて早めに攻略するしかない。
例え、それが仮初でも……嫁を待たせる夫には成りたくなかった。
|謎の敵(イモムシ)も月竜も知った事ではない。
自分の行動する理由は、いつだって身勝手なものだった。
それを今回も押し通すだけだ。
祈りながら、震えながら、弱気になりそうな自分を押し殺して、あの悪魔の枝に侵された少女の下へ駆け付けた時のように。
死なせたくない人間がいるのなら、自分に出来る事はそう多くないのだ。
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