第178話「終焉を齎せしもの」

『起動よろし!! 全マテリアルの砲弾への充填完了致しました!!』


【これよりエーテル・カスケード術式を起動する!!】


『全マテリアル励起開始!!』


【全光学観測妨害術式駆動開始!!】


『敵陣観測図来ました!! 前線部隊の航空術師達の大戦果です!!』


【全軍に通達!! 全部隊は後退開始せよ!!】


『敵陣の地表隠匿を確認!! ですが、問題ありません!! 新式のエーテル観測術式に切り替えます!!』


【皇国の荒廃この一戦に有り!! 敵主力誘引に務め!! 後退は第二次防衛ラインまでだ!! 残り1時間、第三防衛ラインまでを絶対に死守せよ!!】


『右翼側背に高エーテル反応!! 陣地内でタイタンズの起動を確認!! 専任部隊への命令を開封!! 敵陣の攻勢発起点に近い“巣”を優先的に掃討せよ!!』


【敵陣より高速飛翔体を複数確認!! 全戦略術式のストックを観測手排除へ優先的に使用せよ!! 繰り返す!! 全戦略―――】


『光学観測不能!!? 地表に対空迎撃用術式のエーテル紋を無数に確認しました!! ただちに観測手は全域後退!! 退避して下さい!! 退避して下さいッ!!』


【右翼突撃開始!! タイタンズ3000を盾に押し込め!! 敵側面を取り、圧迫せよ!!】


『左翼は後退しつつ、連続交換射撃でタイタンズの掃討にまず務めよ!! 我々の足を鈍足と侮ってきた者達にこちらの磨いた“退き足”を見せてやれ!!』


【左翼の二個師団が突出だと?! 命令はまだだぞ!? 現地の指揮官は誰だ!? 何?! クソッ!? あの貴族のボンボンか!!?】


『敵右翼少数の突出を確認!! 敵総数長距離観測によれば、推定2万!! ふ、無能が無謀を連れてやってくるぞ!!? もはや指揮統制も行き届かないかッ!! 戦略級を1度切れ!! 防御などせぬよなぁ!! 虎の子の正面防御用をなぁ!!』


【敵陣後方より左翼に高速でエーテル紋の飛来を確認!! 観測手の映像出ます!!】


『高円環収束術式解凍!! 着弾地点を平たく灰にしてやれ!!』


【くッ、悪いが無能に構っている暇はない!! 正面はどうか!!】


『敵正面の崩壊を確認!! 引いていきますッ!!』


【騎士団損耗率が32%を超えました!! 命令通り順次撤退していますが、損耗率尚も拡大中!!】


『こちらの部隊の足が止まった? 一体、どうしたと言うんだ!!?』


【想定内だ……騎士達の無念を存分に味わうといい……戦場で焔と毒と煙は定石だろう? なぁ、鈍足共!!】


『敵部隊の屍骸から術式が無差別に拡散!!? 炎と強毒性のガスと煙を確認?! ああぁ!? 前衛部隊の一部が壊滅しました!?』


【戦略級を一度切れ!! 轟雷華ごうらいかを中央に!! 陣先端は切られるはずだ!! 攻め手が途切れた隙に部隊を第二防衛ラインまで後退させろッ!!】


『チッ、一時後退!! 戦略は相殺させろ!! どうしても地表を這わせたいか。なら、乗ってやろうか。両翼の第二陣を出撃させる!! 全面攻勢開始!! 奴らの各戦線に戦術級を其々30発ずつ御見舞いしてやれ!!』


【こ、これは!? 戦術級と思われるエーテル紋が高速で全戦線に接近中!! だ、ダメです?!! すぐに防御用の術式を切らなければ!? 前線が総崩れになります!?】


『敵の攻勢が来るぞ!! あちらの大将はそういう男だ!! タイタンズの巣の掃討率は!!』


【こうなっては後に下がったところで死ぬだけだ。前に進めれば遺体くらいは回収出来よう!! 敵正面に向けて戦略を二発!! 前線から2km以上下がれていない部隊に突撃命令!! 攻撃には構うな!! 退けば、着弾地点に近付いて塵も残らん!! 両翼に迂回高速突撃を命令!!】


『掃討率83%!! 守備部隊は壊滅!! 前線でのタイタンズ主力の撃滅まで後少し待って欲しいとの事です!!』


【進め!! 進め!! 後少しで我らの守護神が蘇るッ!!】


『戦略は相殺!! 第二陣での波状攻撃開始!! 交差射撃陣を形成しろ!! 迂回してきた連中を両側から襤褸屑にしてやれ!!』


【前線とのエーテル供給ライン途絶!! 光学観測妨害術式機能不全!! 前線の隠蔽が解けますッ!!】


『観測手を前線に再び上げろ!! 多少の損害は構わん!! 必ずあの悪魔の巣を発見し!! 先手を取るのだ!!』


【敵後方からの戦略級エーテル紋の反応多数!! これは……待機状態にしてある?!! 観測手をただちに殲滅しなければ、偽装が看破される畏れが!?】


『敵右翼後方に大規模召喚陣の反応を検知!! 特定成功!! 特定成功!!』


【ふん……全部隊に撤退命令!! 我々は勝利した……起動完了。神代の魔神が蘇る……】


『戦略を全て召喚陣地に向けろ!! 即時発射!!』


【遅いわッ!! 全軍に道を開けさせろッ!! 勝敗は決した!! 全部隊は足を腐らせる物資は投棄!! 鎧も脱いで構わん!! とにかく逃げろと伝えろッ!!】


『命中まで残り8秒、7、6、5、4、3、2、1。着弾しました!!?』


【それでどうにかなるわけもない……もはや貴様等に勝ち目など……】


『勝ち目など、無い……ああ、そう思っているだろうな。数年前はそれで良かった。その認識で……だが、戦略級を全て無力化する化け物だとしても、コレはどうかな?』


【何だ? 奴らが下がらない?】


『マテリアル励起終了……全砲仰角微調整終了。弾道補足術式展開。命中精度99.422%以上。状況誘導完了!!』


【薙ぎ払え!!】


『バニンシグ・マテリアライザー!! 発射ぁあああああああ!!!!』


 もし、今この世界にBGMが掛かっているのならば、禍々しい旋律が流れている事だろう。


 世界が静止する。


【何、だ……身体が動か、ん】


『何、だ?! 命中、した、の、か?!』


 巨大な神代の魔神と呼ばれし、化け物はどうやらあらゆる広範囲に効果を及ぼす魔術を無効化するらしい。


 その上で自己再生する巨人相手には正しく誰も勝てまい。


 また、月亀軍の最終兵器はこの世界における最重要物資である魔術触媒であるマテリアル。


 水晶のようなソレを使って、物質の原子崩壊を誘発する場を形成する代物らしい。


 だが、今更どちらも手遅れなのは間違いない。


 大戦争などを繰り広げまくった代償は自分達の肉体で払ってもらう事にする。


【こ、これは?!! せ、戦略級反応が東部に……け、計測不能?!! あ、が―――】


『か、観測手からの緊急入電です!! 我、東の空に船を見たり!! な、空飛ぶ巨大な船の群れが近付いてくるという報告が次々に上がっ―――』


 まずは邪魔臭い魔神とやらを消す事にする。

 魔術は効かずとも物理は聞くだろう。


 戦域全体にばら撒いたの発芽と同時に戦死者達を取り込ませつつ、全ての有機物から毒素を排出。


 その上で取り込ませた水分と栄養分の全てを増殖に回す。


 戦場の中央が巨大な盛り上がりを見せながら、両軍を分断していく。


 そして、その肉の山の一部はこちらの指示通り、事前の調査で分かっていた通り、巨人を解体する際に使われるアポトーシス命令を出す蛋白質を含む水分を大量に注入。


 次々に過剰な自死を受諾した細胞が崩壊していく。


 また、虚空に魔術で静止させていた砲弾を全て強制的に広範囲化した複製の魔術【モールド・ドロー】による量子転写によってそこらに咲いていた手中の白い野花へと変換して花弁の雨を降らせる。


(ホント、便利だな。コレ……)


 複数の魔術をマルチタスクしながら、光量子通信の受信装置を埋め込んだ触手の種に直接命令を下す。


 機械と神経接続する代物だ。


 現在、こちらの脊髄に直刺しになっている銀のカバー型のソレこそは遠隔操作の指揮棒。


 今までは直接繋がりながらでしか操作出来なかった触手を光量子通信経由で操作可能になったのは画期的な事だろう。


 この世界に侵入を果たしてから計画を練った数日の間に色々と仕込んでいたのだが、その一つが戦場に無線操作可能な触手の芽を植える作業であった。


 それは地下に潜り、地表から浸透してくる栄養分。


 つまり、そのまま遺棄された遺体の血液や投棄された腐肉を夜間に外へと這い出して取り込む事で密かに成長を続け、今や数百kmにも及ぶ戦線を隔てる小連山の如く成長したのだ。


 正に肥料となって死んでいった者達が育てた力と言える。

 周囲の船団は勿論のように脱出艇を魔術で複製した代物だ。

 とりあえず30隻。

 大気圏内での飛行能力は無い為、魔術で浮かした張りボテである。

 だが、その威容だけは迫力満点だろう。

 一糸乱れぬ統率。


 それに実際、内蔵している兵器までもコピーしている為、撃とうと思えば、全軍を殲滅するに足るだろう量の武器弾薬もばら撒けるのだ。


「くくくく、ははははははははは、はーっははははははははははははッッ!!!」


 予め哄笑の練習をしておいたのだが、本番は録音を使う。


 音声が流れ始めるのに合わせて身振り手振り、口パクまでもする自分は正に舞台役者。


 しかし、大根だって録音を流してそれっぽく振舞う簡単なお仕事くらいは出来るのだ。


 どちらの軍の内情も超小型のマイクを戦場中に空からばら撒いたおかげで筒抜け。


 魔術も使わないので誰も発見しようが無い諜報活動は完璧。


 演目の第一部が山賊団と行く魔王降臨編だとすれば、第二部は魔王参戦編といったところか。


 空から響く。


 いや、触手からすらも響く声を前にして戦場は完全に停止を余儀なくされていた。


『笑っています!? に、肉のや、や、山までも笑って、う、うぁあぁぁあぁあぁあぁああ?!!!』


【伝令!!? 声の主と思われる人物をか、観測班が、きょ、巨大な船の群れの先頭を行く機影の先端に確認致しました】


 巨大な触手溜りである連山の内部で生成した無味無臭の筋弛緩剤を地下から両軍の陣地後方まで延ばした無数の小触手から薄く薄く散布し始めて数分。


 一定濃度で行動不能になるのは今まで敵兵で実験したので証明済み。


 次々に戦線からゆっくりと兵達が倒れていく。


「愚かなる者達よ」


 ハウリングし、肉山から飛び出た無数の口が紡ぐ音声は心底におぞましい。


 通常、こんなビックリドッキリを前にして心身共に健全さを保つなんて不可能だろう。


「我はこの世に巣食う全ての悪の代弁者。あらゆる嘆きを前に愚かにも他者を喰らおうとする獣以下の貴様等を平らげる為、灰の月より遣わされた使者……貴様等が魔王と呼ぶ存在」


 もはや誰もが連山を見上げていた。


 誰もが、東部から中心部へと向かう船の群れを見つめていた。


 傍らに殺すべき敵がいてすら、その手は武器を取る事も忘れていた。


「レッドアイ地方は我が領土となった。我が信徒はこの世界に虐げられる者全て。そして、我が敵はこの世を虐げようとする者全て。畏れよ……我が御名を……崇めよ……我が力を……貴様等は己の力で不幸とした全ての亡霊と全ての生けとし生ける者を前にしているのだ。貴様らに裏切られ、故郷を失ったもの。貴様等が虐げ、搾取した同胞。貴様等が殺し、我が力の贄となった全ての魂が、我が軍団、我が軍勢、我が信徒也!!!」


 世界に悲鳴が唱和する。


 全ての戦場で、全ての人々が、全て感情のままに振り切れた。


『う、うぁあああああ゛ああぁ゛あ゛ああ゛ああああ゛ああぁあぁあぁあぁ!!?!』


『ああああああああ、アアアアアッ?! あがががあがあああああああ?!!!?』


【ひぎぃいいぃいぃぃぃい?!! あ、あぁ!? あああああああああああッッッッ】


【逃げなきゃ?! に、逃げな、逃げられな、あ、ぁああぁぁあああああ!!!?】


『おがああぁあさあぁん!!?! おどおおおおおおじゃぁああああああああ?!』


『来ないでくれ?! 来な、来ないでぐでえええええええええええええ!!?!』


【ひ、ひヒヒヒひひひひイひひイひひッ、ひぁあああああああああああああ!!】


【ま、まおうしゃまばんじゃあああああああああああああああああああああ!!】


『おうぢがえるううううううううううううううううううううううううううううううううううう!!?』


『ごめんなさいごめんなさいごめなんあごめごめごめごめおgっごごごめめ!!!?』


【たずげてええええええええええええええええええええええええええええ!!?】


【やめてやめてやめてやyyyyyymemmemmememeeteeeeeeeeeeee!?!】


 軍が完全に崩壊し始める。

 秩序の逃亡。

 しかし、それも全てはこの戦線と後方の内部で完結する。


「我が最初の信徒を紹介しよう。さぁ、来るのだ!! 救世の巫女よ!!」


 後に控えていた皇女殿下は此処までの録音で血の気を引かせて青白い顔のまま卒倒する勢いであったが、傍に控えてあまりの出来事に固まっている二人の従者の手前。


 何とか意識を保っていた。

 文字通りの地獄絵図を前にして。

 それでも事前に説明していた通り。


 そして、己の全てを掛けて戦争を終わらせると決意した彼女が予め付けていたヘッドセットのマイクを口元に寄せて、こちらの傍で無風の中、声を張り上げる。


「わたくしの名はフラウ・ライスボール・月兎。戦場の全ての方に今語り掛けています……皆様、どうか此処で死ぬより故郷へ帰る為、武器をお置き下さい」


 邪悪な声の後は清廉な声。

 この計画の元ネタは単純なものだ。

 怖い刑事と優しい刑事。


 犯人の自供を引き出す時に使われるなんて話のある、あのテクだ。


 犯罪者は全ての兵士。

 そして、自供とは降伏。

 鉄はそのままではハンマーでは曲がらない。

 だが、熱して叩けば話は別だ。


 そこに水として皇女の声があるならば、軍という鋼すらも自在に形を変えるだろう。


「この戦場に暮らし、共に隊伍を組んだ全ての仲間達の願いをどうか無駄にしないで下さい。ただ生きて帰る。それだけでの事の為にどれだけの血が流れたでしょう……わたくしの願いを前に魔王様は一度だけ機会を下さいました……武器を置いて去るものは追わず。しかし、武器を置かず戦う者は……あのおぞましき世を覆い尽くす肉の牢獄で囚われ、永劫の苦痛と無限の後悔に襲われるままにこの世が終わるまで悪の象徴として人々に憎悪されましょう!!」


 救済される道がある。


 絶対の絶望を前に徴兵された兵士が抗う理由も無い。


 味方を殺されたから殺すという普遍的な敵意の持ち方すらも、見せ付けられた圧倒的な地獄を前にしたら、強靭な意志が無ければ、支え切れはしない。


「武器を置き、共に帰りたいと願う人々と共に軍の食料を分け、帰りましょう。我が家を心配する方も我が家の人々から心配される方も、例え孤独であっても、この場所で人々に憎まれ終わらぬ懺悔を強いられるよりはマシなはずです」


 そもそもどうして憎悪されるのか?とか根本的な疑問を説明してやったりはしないし、こういうのは半分以上、場の空気によって相手に呑み込ませる為の修飾なので詳しくは考えられていない。


 だが、それでも世界の異変を前にして、極大の醜悪な絶望の塊を前にして、混乱した者達の心にはその言葉がズガンと胸に突き刺さるだろう。


「どうか、皆さん……武器を置いて下さい。魔王様は慈悲深い方でもあらせられます。食べ物が無い方。傷を負った方。病に苦しむ方がもしも軍門に下るのならば、全ての餓えを癒し、全ての傷を直し、全ての病を癒してくださると……そう、わたくしにこの偉大なるお方はお約束して下さいました」


 降れば、今すぐにでも助けてやる。


 嫌なら死ね、という分かり易い言葉にするよりはオブラートに包んだ方がインテリな指揮官連中にこの降伏勧告は受けがいいだろう。


「武器を棄て帰る方は船の周囲に集まって下さい。己の家に辿り着くまでの糧と傷の治療をお約束致します。他者を助け、殺さず、妬まず、蔑まず、法を守る方を我々は決して見捨てません。ですから、どうか皆様……武器をお棄て下さい……」


 世界の常識が数ならば。

 人間の強さは数の強さだと言える。


 そして、戦争の最も重要な数はこの世界においてはまだ人間だ。


 で、ある限り、大多数の兵が自主的に戦闘を離脱した時点で、もはや軍は維持すら不可能。


 一部の規律と意思の強い部隊が残っていたとしても、指揮系統の完全崩壊を前にして、目の前であれほどに欲しがっていた食料や薬や怪我の治療が出てきたら、揺らがずにはいられまい。


 戦いが数だとするなら、その自分が揃える無限の物資を前にして戦争なんて馬鹿らしい浪費を選択する兵隊は多くない。


 そもそも確固たる主義思想で一兵卒までも固まった軍隊なんてのは古今東西存在するとは言い難い代物だ。


 未だ月兎のように兵農混合軍が普通だったりすれば致命的。


 月亀のように規律だった軍を持っていようとも、その人々の利益の核心は凡そにして物質的な充足であり、主義思想ではないのが大半だろう。


 衝撃の冷めやらぬ混乱した兵に刷り込むように優しい慈悲と慈愛に溢れた厳然たる事実を突き付ける……これ以上に効果的な心理誘導もあるまい。


 筋弛緩剤の効果は限定的。

 数分もせずに動けるようになるだろう。

 其処から先の収拾を付ける手口は単純だ。

 奇跡とやらを見せてやればいい。


 粛々と進んだ東部から中央に掛けてのデモンストレーションが終わった。


 そして、最後の仕上げとばかりに魔術を起動する。


 数百km単位に広がる肉の連山を対象に【モールド・ドロー】を発動。


 その地表部分のみを雑穀へと変換する。

 紅の燐光が世界を多い尽くしてく。

 まるで地表から溢れ出したオーロラ。


 この光景が終わった後、人々が見るのは食料の山の上に着地する医療物資と水を大量に積んだ船から出て来た無数の小型巨人タイタンズ


 地表のほぼ全ての区画を100m単位で区切って正方形状の地下空間内を全て持ってきた生活物資と同じものとして変換。


 この列で戦線中央より東から西までブチ抜けば、巨大な軍を形成する百万前後の人間を何日でも養えるだけの備えは全て完了。


 そうしてようやく後続の魔王軍とやらがやってくるのだ。


 ちょっかいを掛ける連中がいれば、それこそ周囲に屯する兵から袋叩きに合うだろう。


 戦争を再び始めるにはどちらの軍も死人を出し過ぎ、疲弊した。


 管理する者達を最低限残し、小型巨人タイタンズを軸に警備させれば、問題ないはずだ。


 足りているモノを奪う為に命を掛ける馬鹿らしさが分からない奴がいても、そいつらは自然に群集の中で駆逐されていくだろう。


 高きは低きに流れる。


 司令官や貴族、戦争継続派が民衆……否、圧倒的なと化した人々と同じだけの人数の部隊を用意出来るとは到底考えられない。


 逆に偉そうにしている奴を袋叩きにしろと暴動の餌食になるのは目に見えている。


 普通の司令官にならば分かるはずだ。

 もはや詰んでいる。


 そう、この戦場は最悪のタイミングで瓦解し、二度と元には戻らない。


 離反する兵を引き止めようと督戦官的な事をしようなんて輩がいれば、タイタンズを使用するとの話も現在、……いや、を告げるフラウに喋らせている。


 もはや此処は月兎と月亀の戦場に在らず。

 乱入者が開催する大帰宅大会の会場だ。

 軍規なんぞクソ喰らえ。


 オレらは魔王様に付くぜ(だって、勝てないし、食料くれるし、命見逃してくれるって言ってるし)という呟きがボソッと囁かれまくる場所となった。


 通信を切らせたフラウがカタカタと震えながらも、こちらを見上げる。


「……あれがあなたの本性なのですか? 魔王閣下……」


「はぁ? いや、分かるだろ。ただ役柄を演じただけだ。お前もな。そして、人間てのは見たいものを見て、信じたいものを信じて、やりたい事をやるってのが相場だ。この場合、魔王というものを見て、魔王の巫女と言われるだろうお前の話を信じて、さっさと命掛けの戦場から家に帰るってのが兵隊達の行動となる」


「ですが、これで本当に……?」


「帰りたい兵隊と戦わせたい国家。そのこの場での力関係の均衡を崩し、絶対に帰還を阻止出来ないようにしてやっただけだ。戦争を即座に止める方法なんぞ無い。一時的に我を忘れさせてるだけではある。だが、その戦争が停滞している間にオレはちゃんと戦争を止めよう。だからこそ、お前らに首都の話を聞いてたわけだしな」


「まだ戦おうとする者はいるはずです……」


「生憎とオレはこの戦場にいる偉い連中のリストなんかを持ってるわけだが」


「?!!」


 フラウだけではなく。


 周囲の女騎士も猫娘もこちらの手にある数枚の紙束を前に絶句した。


「じゃあ、最後の仕事を始めようか。人々をこんな無益な戦争に駆り立てたってやつが何処にいるのかを此処の兵隊全員に教えてもらおう。発見されれば、タイタンズが駆け付ける。となれば、連中にもはや逃げる以外の手段なんぞ残されちゃいない。部下から裏切られたら悲惨だな。主にお前の国の軍高官ばかりになるだろうが、な」


「「「―――」」」


 また、声を張り上げる為、着陸しようと高度を落とし始めた船の上で通信関係を取り仕切るアイアンメイデンに小さく促せば、また音声が世界へと響き始める。


「我は敵を断じてのがさず。全ての者に告げる。貴様等を終わりなき戦いに放り込んだ者達を狩り立てる時が来た。今より告げる名を持つ者が何処にいるかを我が巫女へ告げに来るがいい。全ての情報に褒章を与えよう。我らが手勢の者が須らくこの戦場から奴らを逃がさぬだろう」


 世界に罪人という名の軍の建て直しが出来そうな連中の名前を告げていく。


 辛うじて理性を保とうとした兵すらも褒章と命の保証を盾にする飴と鞭の前には大半下るしかないだろう。


 間髪を与えず。


 敵を一気呵成に攻め立てるのが戦の習いならば、今正に銃弾よりも戦場を支配するのは人の感情とそれを導く声に他ならず。


「殺すな。生かして、捕虜とするのだ!!」


 情報の濁流に混乱した兵達にとなる事を誘導した以上、もうその場にいる人々など何も怖くなかった。

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