第103話「蒼き目の英雄」

「いやぁ~~~久しぶりに芋以外のもん食うたわ~~」


 薄暗い電灯の付いた狭い地下通路。


 その中をもっちゃもっちゃと白いムッチリした物体―――餅を食いながら歩く隣人はあっけらかんとしていた様子で足取りには迷いもない。


 現在、本当に関西弁なのかも妖しい感じのガス室少女バナナは拘束を解かれ、装備も返されており、出会った時とほぼ変わらない姿となっていた。


 相棒が未だ捕まっているとは思えない明るさだ。


「ニョッキやろ~マッシュポテトやろ~フライドポテトやろ~芋澱粉の麺×100種類やろ~……ああ、ウチの身体、絶対九割以上芋で出来とる……ようやく他のもんが入るんやなぁ~魚やら海産物はあっち結構旨かったが、主食がなぁ~~」


 餅をゴクリと喉の奥に消して。

 遠い目となったバナナは溜息を吐いた。


 その様子は普通に見えるが、人としての螺旋がほぼ喪失状態なのは変わらないだろう。


 後ろでアイアンメイデン(in黒猫)がいつでも殺せるようにと微妙な距離感で付いて来ているのだ。


 本人にも最初警告されていた事を思えば、その神経の図太さは並みではない。


「本当にいいのか? この危険人物を解放して?」


 後ろに尋ねるものの。


「まさか、黒鳩以外のおまけも付いて来るとは思わなんだが、この女はかなり稀少な技能を持つ旧世界者プリカッサーとして有名なのじゃ。ほんに今回は運が良い」


「どういう意味だ?」


 長い通路に未だ終わりは見えない。

 背後の女性型ロボ。

 いや、ガイノイドと言うべきか。

 ヒルコに訊ねると横でケタケタとバナナが笑った。


「はは、まさか、ウチの事を知っとるとは……公国の二人羽織も豪く情報持ってんなぁ~」


「表向きは黒鳩の愛人とか妾とか言われておるが、奴の“めんてなんす”をしておったのはこいつよ。もう旧世界者プリカッサーの間でも失われた叡智と技術を幾つも受け継いでいるとの噂だ」


「あはは、んなわけないやろ。やれやれ……ウチの技能は相棒を修理しとる間に身に付いただけの代物で、どうすれば直るかが分かるってだけや。設備があれば、創り直せる部分はあるが、中核部分や1からの製作はどうにもならん」


「本人はこう言ってるが? それと運が良いって結局どういう事だ?」


「それは―――」


 不意にヒルコの声が途絶え。

 前方に大きな扉が見えてくる。

 大型のハッチを中央のハンドルを回して開けるタイプ。


 となれば、男の出番かと前に進もうとしたら、後ろに摘み上げられて、横に置かれる。


 ヒルコが片腕で大きなハンドルを回し、数秒でハッチのロックが解かれた。


「ロボの力は偉大だな」


 巨体の横を抜けて通路を出るとだだっ広い倉庫らしき場所。


 ゆっくりと天井の明かりが薄暗く点り始め。

 内部の様子が露となる。


「こいつは……オレ達を運んできた輸送機? いや、形が違うな」


「おお、ポ連の最新六式高空輸送機やないか。よくこんなんちょろまかしたなぁ……頭数多過ぎて統制取れてへんとは思うてたが、終にこんなんまで横流し……ああ、良い時期に抜けた気がするで」


 倉庫の中央に鎮座していたのは巨大なダークグレーな双発のプロペラ輸送機。


 その背後のハッチはもう開いており、暗い内部へと誘っている。


「バナナ・R・クリームよ。そなたの相棒を解放する条件は一つじゃ」


 すぐ傍でブゥゥンと音がした。


 倉庫の壁際に埋め込まれていたディスプレイが起動したらしい。


 其処には老人と見た映像が別視点で撮られた様子で映し出されている。


 バナナが歩いてディスプレイの前まで行くとしばらく凝視する。


「ん~~ああ!! 随分と形が変わっとるから分からんかったが、こいつNV型やないか。まだ、こんな骨董品が生きとったんか。いやぁ~~それにしても貧相になってしもうて。標準装甲は付けてへんし、超軽量化タイプだとしても、剥き出しは無いやろ。剥き出しは」


「お前、分かるのか?」


「ワカルかって。分からない方がおかしいで。だって、これ大昔に標準スタンダードタイプで普及させる原因作ったのウチやもん」


「ブッ?!」


 思わず噴出した。


 そして、ようやくヒルコが言っていた事の意味を悟る。


「そっれにしても、技術がかなり退化しとるんやないか? こりゃ、足回りの技術が3世代は旧い。パーツの設計はたぶんウチらより旧い時代のもん使うてるな。あぁ~~これ何処の戦線のかと思うたら、あの西方戦線の地雷原帯で使うやつやないか。ピョンピョンしとるのはそのせいや。あの次期は地雷がとにかく強くてなぁ……こいつの独特な足回りや爪先、動作プログラムは地雷踏み抜いた瞬間に効果圏外に跳躍する為のもんなんよ。ま、パーツが旧いせいで昔みたいには跳べへんみたいやけど」


「エニシ殿にも分かるよう話せば……この女は過去の大戦の生き残り。その中でも軍人の技術者であったという……旧世界者の中でも飛び切り危険なやつなのじゃ」


「えっらい言われようやなぁ。まだ、あの変態妖精共の中にも大戦中に従軍してた奴はいるんやで。まぁ、あの当時の戦争で殆どの軍人が死んでもうたから、旧世界者プリカッサーって言うても、大抵は民間人や技術者だったもんが大半なんや。ウチやガトーはあの頃から傭兵紛いな事してたから、難を逃れた変り種やね」


 バナナが肩を竦める。


「で? こいつを狩ろうって言うんか?」


「それは最終目標ではないのう。ワシらが目指すのはパスタ王党派とピッツァ国粋派の秘匿していた旧地下首都の極秘施設……其処にあるはずの薬じゃ」


 初めてバナナの顔が固まる。


「………此処らで地下首都持ってたのは……はは、まさか……アンタ?」


 ヒルコの瞳がバナナをキロリと見下ろす。


「噂くらいは聞いた事があるじゃろう? 貴様よりも旧い旧い時代。委員会の本拠地となっていた廃棄されし楽園の事は」


「ラスト・リゾート……“双極の櫃”かいな。ぶっちゃけ、ガトーがいても厳しいで。絶対」


 何やら随分と大仰な話になっているのは感じているものの。


 口を挟むような雰囲気では無かったので黙ったままにしておく。


「ああ、お主にも教えておかねばならんか。あの春守モドキ共の主を羅丈が焚き付けた情報はな。過去の大戦おおいくさにおいて人類の敵とされた者達が残した遺跡に火が入った、という代物なのじゃ」


「火が入った?」


「うむ。遺跡というのは大抵にして旧世界者プリカッサーの肉体に起因するコードで始動するものなんじゃが……近頃、何処かの誰かさんが遺跡をバンバン起動しているという噂が大陸中に出回っておる。過去にもそういった敵が作った“蒼い瞳の肉体”を用いて重要な遺跡を開いてきた者達がおった。それを旧世界者プリカッサーの一部は―――」


「遺跡の御子、と呼んでいるわけか」

「頭の回りが早くて助かるのう」


 バナナがこちらを見て、目をパチクリさせた。


「ああ、そういう事なん? という事は……まだ、身体が残ってたんやな。いや~~初めて見るわ~~随分と長い事、放浪してるんやけど“蒼い瞳の英雄”に出会うなんて今まで無かったからな~~へ~~これがね~~」


(……そういう事か。オレが今まで遺跡の力を受け取って来れたのは……)


 夢世界に来てから随分と時間が経っている。

 その中での疑問や経験は幾らもあった。

 だが、今日一つそれが解消されたらしい。


「さて、話は纏まった。ワシらと共に往くか。それとも此処で尋問という名の拷問を受けるか。貴様はどちらにするかや?」


「ま、ええやろ。ウチも技術者の端くれや。大昔の噂の真実を確めに行く位は付き合うさかい。ガトーの事よろしゅう頼むわ」


「安心しろ。あの男のコードが必要だっただけじゃ。中身に対しては弄らんよう厳命してある」


「さよか。なら―――」


 パンと渇いた音がして。

 地面で銃弾が弾ける。


「悪いが此処で終わりだ」

「?!」


 輸送機の陰から人影が数人出てくる。

 狐面を被った男女の前を歩いてくるのは聖上。

 この国の矢面に立つ男だった。


 それを見て、ヒルコが生身の男の前へと進み出て、片手でバナナにこちらへ来るように指示する。


「盗み聞きとは正道を往く兄上らしくないのう」


「主上。貴様、今まで隠していたな? その遺跡にあるのか? あの霊薬が!!」


 男の顔が初めて怒りを表現する。


「知ったら、無理やり戦争を強行するじゃろう?」


「決まっている!! 大陸の命運すら握る力だぞ!! アレさえあれば、我らが国土の全てを取り戻す事すら容易い!! あの耄碌した老人の理想とやらすら可能だろう!!」


「だからこそよ。我らは古の力で強引に事を進めるべきではない……強行な策としてソレを頼れば、頼った分だけ……また、我らは滅びに向かってゆく……それを分からない兄上では無かろうに」


 2m近いガイノイドの頭部に乗る猫が哀しそうな顔をしていた。


「生憎と今は国民の生命と財産を守るのが先だ。そんな感情論には付き合ってられんな」


「……どうしても行かせてはくれんのか? この可愛い妹が頼み込んでも?」


「可愛いと自分で言ってしまう妹にはしばらく冷や飯を食べて貰おうか」


 ヒルコが男に突き従う狐面達に向かって声を張り上げる。


「お主らもそれで良いのか!! 生存の為なら戦うのは誰もに残された選択肢じゃが……戦う相手も、戦う相手の家族も、皆が皆お前達のようには強くないのじゃぞ!! これは平和裏に事を勧められる最後の機会じゃ……例え勝利したとしても禍根を残せば、再び戦乱の世が訪れるのは確定的……そも無辜とは言えずとも、何も知らぬ子供や赤子までも惨い最期を迎えさせる事の何処が戦略じゃ!!」


 男女共に僅か、ほんの僅か手が震えていた。


炒間イルマ……養育係として聖上の誤った決断を止めるのもお前の役目だと分かっておったじゃろう。何故、今の兄上に付き従う?」


 狐面の中でも最も年嵩だろう男が仮面を外した。

 その静観な顔立ち。

 長年、戦いで研ぎ澄まされてきたのだろう相貌は巌の如く。

 そんな男が今は目を伏せて僅かに頭を垂れる。


「我が意見を僭越ながら述べますれば……主上……もはや、我らに他者を気にしておる余裕など無いのです」


「何じゃと?」


「主上の次善策。KOME以外の主食に耐え得る食品の完全耐性を祖国の民に組み入れるという一計は確かに成功しております。しかし、それと同時に我が国への輸入を渋る国々が出始めているのもご存知のはず……禍根を残しても今は民の為に白紙和平以上の状況が要ります。各国が我が国への輸入を再開するだけの状況が……」


「そうか……分かった。心労を掛けたな……面を付けよ」


「ハッ」


 炒間と呼ばれた壮年が再び狐に戻る。


「降参しろ。主上……羅丈四人とオレがいる時点でお前と其処の子供程度ではどうにもならん」


 ジャコッと外套の下から狐面達がショットガンを二挺ずつ取り出した。


 散弾の雨が降れば、少なくともこちらは痛いでは済まない挽肉。


 バナナも生身である以上、死ぬ可能性しかないだろう。


「それはどうかのう?」

「何?」


 聖上が瞳を細めた時だった。


 ドガァアアアアアアアアアッッ!!!!


 そんな馬鹿でかい金属の拉げ、爆砕する音が倉庫内に響き。

 土煙を上げて、春守と主上達が呼ぶロボ。


 それも背中に何か武器の収納ボックスでも括り付けたようなタイプが突入してきた。


 その手にあるのは網だ。


 硬直こそしなかった羅丈達達だが、いきなりの襲撃に聖上の身柄を優先したか。


 咄嗟に主を背後にして、こちらがやってきた地下通路の方へと下がり始める。


 数発の散弾が春守に向けて撃たれたが、それは装甲らしき硝子の鎧のようなものに弾かれて罅一つ入れられなかった。


「百合音か!?」


 思わず。

 この状況で突入して来そうな相手を思い浮かべる。


『バナナ。迎えに来たぞ』


「お? まさか、それに乗ってんのは……」


『後で泣かす。それよりこの輸送機は使えるな。さっさと乗れ』


「おお、相棒!! いやぁ~~首だけお化けになっても優秀やね。さすがガトー・ショコラやな♪」


『フン』


 地下通路の扉が足先で蹴られて拉げ、内部との通路を寸断する。


 網が襲撃時に打ち破った倉庫の一角に投げ掛けられると急激に硬化して檻のようになった。


「ああ、でもなぁ。今、面白そうな話聞いたねん。ちょっと、そっちに寄ってっていい?」


「こちらはそのつもりだ。降りろ」


 カシュンと春守の背後に据え付けられた箱の四方から螺旋が迫り出し、開いたパーツの内側から小柄な身体が出てくる。


「エニシ殿~助けに来たでござるよ~」

「百合音。そいつはどうしたんだ?」


「いや~~主上からもしもの時の為にと秘密兵器の傍で待機命令を受けていたのでござるが、コードを抽出した後は用無しと生首が調度置いてあったので主上に使い方を聞いて、接続して持ってきたんでござるよ」


「そんな事してたのか。アンタ……」


 話している最中に裏工作。

 羅丈の首魁というのも伊達ではないらしい。


「うむ。揃ったようじゃのう。では、往こうか」


 輸送機のエンジンに火が入ったのか。

 すぐにプロペラが回り始めた。


 ハッチ内部へと入っていくヒルコに続いて春守を動かす黒鳩とバナナ、百合音と共に入る。


 自動でハッチが閉まり。

 倉庫のシャッターが上がっていく。


「戦いを止めに行く戦士達。うむ……ワシ好みな展開じゃな♪」


 世界は広い。

 世の中にはノジャノジャ言っていても炉利ではなく。

 鋼鉄と陰謀に塗れた女もいるらしい。


「出発じゃ!!」


 一路、向かうのはパン共和国首都ファースト・ブレット。


 目的地はその地下遺跡。


(あ、またあいつらに言い損ねた……まぁ、後で叱れるか……)


 だが、しかし、それよりも怖いのはまた置いてけぼりの少女達のジト目な視線に違いなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る