第98話「二輪一つ」

 第二次大戦時。


 第一次大戦時とは劇的に違っていた事が幾つかある。

 その内の一つは確実に人類へ新たな命題を投げ掛けた。

 人の生み出した神とも言うべきもの。


 核兵器。


 この核分裂反応を使用する兵器は単純にそれそのものの領分だけには収まらない問題があり、軍事だけに留まらず、極めて戦略性の強い政治的な課題、材料として取り上げられるようになった。


 これは既存の戦術レベルや戦略レベルでの軍事行動オプションに核という国家を消滅させるに足る兵器が追加された、というだけではない。


 相手を直接的に滅ぼし、自分をも間接的に滅ぼせる力を政治、イデオロギー的にどう扱うべきなのかという課題に人類を、とりあえずは始めてソレを運用したアメリカを、直面させたのだ。


 時のアメリカ大統領。


 トルーマンが原爆の威力を理解し、それを運用する許可を与えた将校とどういう話をしていたのか。


 投下直前の一連の遣り取りには不明瞭な部分がかなり見受けられる。


 莫大な予算を使って完成されたソレを本土防衛網をズタズタにされ、もはや上陸を待つだけの国にダメ押しとして使う事が戦後に及ぼす影響は?


 使うべきだけの理由はあっても、迷っていたはずだ。


 当時、ソ連との関係を睨んでいたアメリカの核事情は世界情勢の中で見ても、デモンストレーションや示威としての意味合いもあった。


 である以上、単に自国の将兵達の命を救い、日本軍上層部を降伏させる、という軍事的な目標が大統領の意思決定において大きな部分を占めていたとしても、ただそれだけで投下が決定されたわけでは決してなかったのだ。


(戦争よりは平和がいい。だが、平和もまた戦争と同じで変わっていく……この世界の平和は一体何処に向かってる?)


 争いの極北にある選択やそれに纏わる事件。


 それがもしも演説の上手い絵描き崩れの躍進や労働者の為に戦っていたはずの善人の変貌や軍部の台頭を抑え切れなくなった政治家の力不足ならば……それと同じような事が今この世界では起こりつつあるのではないか。


 そう、感じていた。

 プロペラとはいえ、それでも大型の輸送機。

 双発で機関銃の類まで付いているソレを見た時。

 想像を膨らませたのは過ぎた話かもしれない。


 が、確かにソレは、幾多あるだろう戻れない転換点の一つに思えた。


 コレがあるなら、どうして核が作れないと言えるのか。


 兵器開発の極北であるソレは未だこの世界には見えないとしても、確実に近付きつつあるのは確かだ。


 それだけでも悩める話だろうが、人類が辿り着く技術として核以上のものがこの世界にはもうある。


 核など御呼びじゃないと言えるだけの威力を持つ宇宙兵器。

 社会を劇的に変容させるに足る学問による教育装置。

 全てを無に帰す神話の力にも似た星穿つ杭。

 あらゆる科学の進歩を早めるだろう叡智に通じていた記憶装置。


 これらに関わって、全てただの妄想だと切り捨てるにはあまりにも知り過ぎたように思える。


 国家総力戦。


 総動員という単語はやがて戦乱渦巻く大陸で現れるはずだ。


 まだ、それが誰の言葉にもなっていないだけで。


 その時、軍に携わる科学者達の誰かが、ふと……天才の生み出したあの式を発見したならば、未来は確実に現実と同じように、それよりもきっと早く、破滅へと向かって歩み始める。


「エニシ殿。あれがポ連の最前線らしい」


 百合音達と共にダークグレーの輸送機に揺られて十時間弱。


 懐に入っていた発条ぜんまい仕掛けの懐中時計を機内の時針に合わせてから四時間半。


 秘密の滑走路と呼ぶべきだろう場所に着陸してから3時間。


 馬車に揺られて現在。

 草木も眠る丑三つ時。

 巨大な枯れ草色の渓谷より先に広がる広大な河の跡地。


 昔は大河が流れていたとも思える底を40m以上高台の淵から見れば……灯かりが延々と道のように照らされている光景が見えていた。


 百合音は共和国製の双眼鏡で。

 こちらはズームする仮面の光学観測機器で。

 確かに未だ止まらないポ連の昼夜無い道路工事を確認する。


「ふぅむ。何やら機械が一杯でござるなぁ……しかも、操っている人が見えぬ。これは……何処からか動かしていたりするんでござろうか?」


「鋭いな……無人のショベルやらロードローラーやらトラックまであるのか……燃料は……」


 よく観察すれば、道を建設しているのは無人の重機ばかりだった。


 ポ連側の軍人はその重機が動き回る後方で警戒任務に当たっているようだが、それにしても欠伸をするやら白湯を啜るやら、冷える荒野の任務に退屈している様子。


 だが、それでも男達が任務を果たしている事には相違ない。


 アサルトライフルのような銃剣付きの火器、拳銃、防寒用の軍服と外套。


 完全防備な上にその背後には自走砲らしきものまで20両程見える。


 その周囲には40台近い装甲車の類まであった。

 どう考えても自走砲陣地とか、自動車化歩兵とか。

 そういう単語しか思い浮かばない。


「火砲がそれを運ぶ機材と一体化してるんでござるか? 車輪も付いているようだが……」


「ゴム製のタイヤだ」

「たいや?」


「ぶっちゃけるが、アレを全部破壊しない事にはオレ達、逃げる途中に粉々だぞ」


「何と言う悪逆非道なる武装!!」


 百合音が分かり易く悪の兵器だと言わんばかりに拳を握る。


「いや、身体中に非耐性食材の細粉ズッシリなお前に言われたら、相手も困惑するぞ。絶対」


 溜息を吐きつつ、更に見渡し、夜中を照らすライトなどの電力供給源を見付けた。


「発電機……じゃないな? まさか、蓄電池?」

「?」


 後方の幕屋群。


 陣地の奥まった場所に引き込まれた太い線の先にあるのは正方形型の巨大な鉄箱。


 それがまったく揺れていない事に驚きを隠せなくなる。


「あっちはかなりハイテク。燃料を使ってないって事はたぶんどっかに大規模な太陽光発電施設があるはずだ……じゃなきゃ、塩の化身の力でも使ってるって事になる」


「はいてく? はつでん?」

「ええと……」


 一緒に並んで渓谷の淵から覗いている百合音に分かるように説明するべく脳裏で話を整理した。


「あの工事してる機械は電気で動いてるんだ。電気、分かるか?」


「そ、それくらい知ってるでござるよ!! あれであろうピカピカーとか光る雷の小さい版みたいな奴であろう!?」


 百合音が身振り手振りで何とか知ってますアピールをしてくる。


「そうそう。それを発生させる施設がたぶんこの荒野のどっかにあって、ソレをあの箱に溜めて使ってるんだよ。結構兵隊が多いのはメンテナンスと電池の入れ替えもしてるからなんだろうな」


 幕屋の数は少なくとも50を下らない。

 その大きさから言って、確実に百人以上が寝泊りしているだろう。


(そもそも現実だと諸々ああいう移動するドローン化された機材は民間用衛星の精度が甘くて自動化が遅れてるって話だったような? 遠隔操作にしては迷いみたいなのも無いし、周囲の機械との距離の保ち方も明るくしてるとはいえギリギリを通過してる。その癖、接触が無い……安全確認で止まる様子すら無いとなれば……思ってた以上にコレは電子的な部分で進んでるのか?)


 ポ連兵が現在の大陸にはオーバーテクノロジーだろう機材に驚いている様子は無い。


 彼らにとってはソレが日常的な光景なのだろう事が分かる。


 人間、中身がどうなっているのか分からなくても便利な道具というのは使うものだ。


 これが兵器の類なら動作不良や整備性の悪さで不信感を持つ輩もいるのだろうが、道路工事用の建設重機である。


 頑丈に作られているだろう事は傍目からも分かるし、きっとユニット化された蓄電池の交換作業と整備要員への協力、定期連絡くらいしかする事が無いに違いない。


「機械化歩兵って程、装備は良さそうに見えないが……自動車化されてるとなると……逃げられないな……」


「そうなのでござるか?」

「百合音。もう一度こっちの逃走手段を教えてくれ」


「うむ。近くの小山の背後に馬モドキが二頭繋がれておる。それで先程来た道を戻ってあの飛ぶので帰る」


「……その馬、どれくらいで輸送機に辿り着く?」

「全力で飛ばせば距離的には50分くらいでござろうか?」


「ちなみにこの渓谷の上まで下から連中がやってくるとしたら、どれくらいだ?」


 周囲の地形が書き込まれた手書きらしい地図を広げた美幼女が月明かりでキョロキョロ地図を眺めた後。


 何やら端に指先で文字を書いた素振りになると暗算で答えを出す。


「馬モドキなら30分というところか。この渓谷の上に昇る為の道は幾つかあるものの、移動手段を陸続きのところから一緒に持ってくるなら、それくらいは掛かろう」


「………ダメだな。居場所が見付かった時点で砲弾の雨。それを掻い潜っても、車両で追い掛けられたら、すぐに追い付かれる」


「むぅ。エニシ殿は我侭でござるなぁ」


 頬を膨らませる百合音に溜息を吐く。


「悪いが下調べして、作戦を練るまで何も出来ない。もし可能性があるとしたら、あの陣地を潰した上で装甲車を奪って、他のを壊して逃げる、くらいだろうな……それも近くに同じような乗り物に乗った連中がいないって事が前提だ」


「そうでござるか。取り合えずは敵の装備を奪う方向で?」

「ああ、ちなみにポ連側に工作員とか潜入させてないよな?」


「いるでござるよ」

「そうか。さすがに……いるのか?」


「無論でござる。まぁ、羅丈は何処にでもいるのが身上でござるからして」


「さすがに此処を守ってる部隊にはいないよな?」


「うむ。さすがにそこまでは。ただ、ポ連側の制服などは一式揃っておる。潜入する場合は小物も付けて何処からでもポ連兵に見えるよう某が“めいくあっぷ”しよう」


「付近を守ってる部隊の名前や電信の符丁とか。諸々分かるか?」


「それは問題なく某が覚えておる。ただ、あの部隊に関してはさすがに調べられなかった。どうやら中核となる兵器を扱う部隊は技術開発局の直轄らしく。内通者の話ではソレ以外の警備連中はポ連陸軍内で死んでも構わないような者ばかりらしい。まぁ、寄せ集めの名無し部隊といったところか。本人達は暇な部隊に回されたと思っておるのだろうが、実際にはこの工事が終わった後たぶん……まぁ、知らぬ方がエニシ殿の精神衛生上良いでござろう」


「言ってるようなもんだからなソレ」


 思わず額に手を当てる。

 どう考えても誘拐は難事だった。


 敵の部隊に守られているだろう相手を襲撃し、部隊に気付かれる前に奪取。


 それと同時進行で火砲を潰して、車両を爆破もしくは行動不能にし、逃げ果せる。


 これらを二つ同時に行うとすれば、場所は最前線の視察当日の部隊陣地内が望ましい。


 この地域一帯は不毛の土地過ぎて領有権を何処の国も主張しておらず。


 周辺でしか育たない植物と家畜を飼って暮らす遊牧民と行商人の商隊くらいしか通らないとの話。


 ポ連領ではないという事で基地のようなものは未だ1つか2つ建設中であるだけ。


 しかし、ポ連側が車両技術をかなり進んだ状態で保持しているのは確定的であり、補給部隊やその護衛部隊を含めて毎日のように後方道路はポ連兵が馬車などで走っているという。


 となれば、ポ連領に近い道で襲撃しても、十中八九電信で連絡された挙句に増援が大挙してやってくる。


 元々、乗り物の速度で遅れを取るこちらにしてみれば、誘拐が上手く出来ても逃げ切れない可能性が極めて高い。


(こうなると。誘拐相手がやってくるまでに工事前線に張り付いた陣地を調べ上げて、無力化して最短距離を連中の車両で逃げるってのが一番現実的だ。四方八方から探されるよりは一目散に逃げられる状況で行方を眩ませるってのが最良。自走砲と装甲車を使う連中以外の兵は肉盾扱いしてくるって事なら、無力化するべきは中核部隊だが……)


 それが一番難しいだろう。


 練度の高い兵隊を一網打尽、行動不能にする方法なんて夜半に就寝している連中を幕屋毎爆破でもしない限り、二人では不可能だ。


 夜に目標が来るかなんて分からないし、来たところで全員起きているに決まっている。


 無人の後方道路で待ち伏せして誘拐に成功しても即座追い付かれる状況では意味も無い。


「エニシ殿。何やら煮詰まっている様子。今日はこのくらいにして明日に備えて寝た方がよいのでは?」


「そうしよう。まずは潜入と下調べからだな」


「うむ。遊牧民の衣装もあるので、裏からも表からも如何様にも設定は可能でござる。エニシ殿の好きにするとよい」


 双眼鏡を下ろした百合音が地面に擬態するよう作られた平べったい簡易テントへモソモソ潜り込む。


「さ、一緒に寝るでござるよ♪」


「馬車があるだろ。そして、何故発見されたら言い訳出来ない類のソレの中で寝る必要があるんだ? 一般人じゃないってバレバレだろう」


「鋭い洞察でござるな!! しかし、その理由なら簡単!!」


 キリッと百合音が無駄に凛々しい顔をする。


「某がエニシ殿とイチャイチャしたいからでござる」

「そんな力説されても……今、非常時なんですが……」


「日常でも同じように『時間を掛けて、そういうのは……』云々と言い訳しそうな誰かさんを某は一人知ってるでござるよ♪」


「ぅ……否定出来ない……」


「発見された時点で妖しいからと撃ち殺される可能性を考えれば、こちらの方が防弾な上温かい点で合理的!! 完璧な理論展開でござるな!!」


「近頃、妙にそういう知識で武装してくるな……」

「ふふ、これもエニシ殿の影響でござるよ?」

「分かった。オレの負けだ」


 考えてみても百合音の言う通りなので、しょうがなくモソモソとその狭い二人入ったら満杯の寝袋みたいな幕屋の中へと潜り込む。


 内部は十分に綿が詰められており、入り口部分は枕代わりになるようモコモコしていたので入り込んだだけで身体は十分温かくなった。


「………♪」

「………はぁ」


 一応、こちらの言っている事は考慮してくれるのか。


 並んで幕屋の端から星を見上げているだけで百合音は愉しそうにしている。


「明日はどういう手でゆこうか。ああ、任務が愉しいだなんて、生まれて初めてかもしれぬ」


「あんまり、浮かれるなよ。オレはお前が撃たれたりするのは見たくない」


「それはこちらの台詞では?」


「少しだけ……お前と一緒に何かするって事に浮かれてるかもしれないが、気は引き締めてる。一応」


「―――」

「?」


「エニシ殿は……いや、止めておこう。某だけのものにしておくのも悪くない」


「何なんだ?」


「ふふ、エニシ殿はいつでも某が一番嬉しいものをくれるという話でござるよ」


「遺跡の情報とかな」


「うむ。そして、今まで感じた事の無かったはずのものも……」


 コツンと左側の腕に小さな頭が当たった。


 髪は背中で引き攣れないよう白い布で束ねられている為、ポニーテール状になっている。


 いつもと少し違う様子の幼女はちょっとだけ、甘えるように腕へ頬を摺り寄せた。


「エニシ殿……某はこれでも歯の浮くような閨事の台詞からおのこが思わず襲いたくなってしまう淫靡で卑猥な語録集まで完全読破の超読書家なんでござるよ」


「そうか。今、その能力は発揮されない事を祈る……」


「でも……エニシ殿と一緒にいると……頭の中の辞書が真っ白になる。ああ、こんな時、どうすればよいのだろうと。答えは知っているはずなのに出てこなくなる」


 これも手練手管。

 その一つかもしれない。


 そうだとしても別に構わないし、そうであったとしても、嬉しい事に変わりはない。


「それがどうしてなのか。何となく近頃は分かるようになったのだ」


「どうしてなんだ?」

「エニシ殿は嘘でもいいのだと思っているであろう?」

「嘘?」


「うむ。もし、某が愛の言葉で迫っても、それが嘘だとしても、きっと優しく抱き止めてくれるであろう?」


「それはさすがにオレへ対して夢を見過ぎな気が……」


「フフ。でも、某の中ではエニシ殿にどんな言葉を吐いても、きっと同じようにしてくれると……そうとしか答えが出ぬ」


「………」


 瞳が見つめて来る。

 吸い込まれそうな程に星々と己を映して。


「エニシ殿は奇特過ぎる愚か者でござる……破滅すると知っていても自分の決意や言葉を曲げぬ為なら行き先が死であろうとも道を進む。気に入った者の為に戦い続ける。そういうお人でござる」


 初めて聞く百合音の本音か。

 そう見えているのだとすれば、大概自分も人として全うではない。


 いや、全うというのが普通の高校生の話だとするなら、自分は全うとは少し違う事自体、昔から分かっていた事ではあった。


 両親の為に外国暮らしで友達なんて殆どおらず。


 今、両親以外にまた会いたい現実の人間も生きている者にはほぼいないと言っていい。


 暗いとは思わないが、普通とは掛け離れた子供時代を過ごして来たのは事実で……娯楽に溺れつつ、適当に学業をしていた感は否めない。


 本来、そこで培うべき人間関係とか。

 学ぶべき社会の縮図とか。


 そういうものとは遠い場所でいつも自分を眺めていた事は今更な話でもある。


 将来、ロクな大人にはならないだろうと自分で思っていたし、将来なりたい職業なんて無かった。


 強いて言うなら、楽しく暮らせればそれでいいという投げやりさでいたかもしれない。


 大学に行かせてもらえるくらいには両親が稼いでいたのも知っていたし、それで適当に自分の好き学問でも見付けて、研究して、論文でも書いて、学問の徒。


 助教くらいの職を手に入れたら、上等な方だろう……なんて想像くらいした事があった。


 学業自体の成績は悪くなかったし、親譲りだろう“思える事が楽しい”という性質みたいなのは受け継いでいたから、ある程度の努力と人付き合い、運さえあれば、この就職難の世にも生きていけるとの計算はあったのである。


 そして、また両親譲りだろう頑固さみたいなのも確かにあった。


 どんなゲームをしていようと、此処まで到達するまでは止められない。


 目標を設けたら、飽きるという事を知らない。


 一種のサイコパスな性質。


 競技選手や頭脳労働で秀でた成績を上げるような人間にも多少はある集中する為の脳の気質的な問題というやつがあったのだ。


 そういう性質が過ぎると生来的に犯罪者になる確率が高くなるというのは確かアメリカの一部精神医学では知られた話。


 特に熱中する事が止められなくなるという特質は皆同じで、それが賭博なら破産するまで、それが性行為なら、身を持ち崩すまで。


 何でも己の快楽を追及し続ける姿勢は自分に大部分当て嵌まる。


「……気を悪くしたであろうか?」

「いや、当て嵌まってる。確かにオレはそういう性質だ」


「……触れているだけで通じておるような気がするのだ……この身の内に沈めた言葉よりも……ずっとずっと強く……」


「百合音……」


 僅かに瞳が細まり、薄っすらと笑みが浮かぶ。


「今日は何もせぬ。明日も明後日も……エニシ殿が良いと。そう言ってくれる日まで某はいつまでも待ち続けよう。それが―――」


「某の頑固なおのこへの気持ちでござる。縁殿」


 スルリと外からもう一人。

 声と共に入ってくるのは百合音だった。

 今まで外の警戒と周辺への罠の設置を行っていたのだ。

 誰かがやってくれば、すぐに分かるようにとの備え。

 夜半の寒さは今まで二人の間にあった温もりを奪っていく。

 それでもまた三人ならば、再び温かくなるのは早いだろう。


「……ちょっといいか?」


「「?」」


 外から戻ってきた百合音の身体を優しく抱き締める。


「「エ、エニシ殿……?」」


「温かくなるまでこうしてて欲しい」


「「ッ……うむ」」


 四つの瞳が薄く細まり、笑みが零される。


「温かくなったら」

「両側から寄り添って」

「よいか?」


 交互に訊ねてくる声に頷く以外ない。

 荒野は寒く。

 また、一人で寝るには寂しい場所だ。


 理論武装してみても、傍目から見れば、きっとトンデモない光景だろうが、それもまた確かに自分の望んだ今だろう。


「ああ」


 温もりが満ちていくに連れて瞼が落ちていく。


 見知らぬ場所で寝ているというのにまったく……本当にまったく……寝心地は悪くなかった。


「おやすみ。百合音……」


「「……うむ。おやすみでござるよ。我が愛しき伴侶殿」」


 小さく声がいつの間にか両側から響いて。


 深く、闇が、落ちた。


 優しく、温かく、穏やかに………。

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