第4話「フリー素材にご用心」

 祈り始めたフラムが僅かに沈黙した後。

 気を取り直した様子で付いて来いと顎で示し、ズンズン歩き始めた。

 それに無言で付いていくと即座に自分の今の下半身事情。

 主に装備の貧弱さが気になり始めた。


 このままでは風が吹いただけで何処かの少年漫画雑誌ばりにパンチラ……自分で想像しても二重の意味で気分が悪くなる光景が展開されるのは確定的だ。


「ちょっといいか? フラム・オールイーストさん」

「何だ? 野蛮人?! はッ!? まさか、此処で私を襲う気か?! く、この下郎め!!?」

「そういうのじゃなくて。服が欲しいんだが……」

「む? 服……野蛮人にそれ以上似合いの衣装があるだろうか。いや、無い」


「反語表現ありがとう。でも、君の上司の言いようからして丁重に持て成されるべきだと思うのは間違いなのか?」


「く?! ここでベアトリックス様の名前を出すとは……いいだろう!! 今から酒保の補給二課に行く」


「早めに頼む」

「付いて来い!!」


 通路は極めて明るくなっていく。

 それは通路の天蓋が高くなり、上からも日差しが差し込み始めたからだ。

 横幅も広くなったせいで道往く往来者達がジロジロとこちらを見てくる。

 その制服はカーキ色のものが殆どで白い外套や内側の黒い制服は異質なようだ。

 だが、その後ろに野蛮人がいるのだから何事かと目を丸くする者は多かった。

 平均年齢的には20代から50代くらいまでの男女。

 それも全体的にキビキビとした歩き方から、彼らが軍人である事は何となく推し量れた。


 通路の壁面がやがて飴色の木製となり、石畳が綺麗に加工、磨き上げられたものになった辺りから人の往来は益々増え、最後には道幅だけで20mはあるだろう十字路に差し掛かる。


 豪奢という程ではないが、彫金と漆塗りのような光沢が眩い天蓋の装飾は華麗で壁に掘り込まれた美しい麦畑の風景は見るものに大きな感慨を抱かせるだろう。


 そして、その美しい回廊に比例して人は多くなり、十字路の中心を進む頃にはもう誰も彼もが自分達を注目しているのが分かった。


 基本的には白人なのだが、ちらほらと黒髪や褐色の肌の人間も混じっている。


(これが羞恥プレイ……こんな性癖オレにあったかな……)


 思わず恥ずかしさに顔が引き攣る。


 しかし、此処を通り抜ければ、少しは視線もマシになるだろうとグッと内心を呑み込んだ。


 そうして通り過ぎて数十秒後。

 再び狭くなった通路の先。

 人集りの行列が出来ている一室が見えてくる。

 その場所のプレートには第二課と漢字で書かれている。


「頼もう!!」


 堂々と自分よりも背の高い大の男を押し退けてフラムが部屋に入っていく。


 その様子に普通ならブーイングや険しい視線が送られると思ったのだが、並んでいる誰もが一瞬で驚きに目を見開き、ビシッと一回り二回り歳の離れたフラムに直立不動で敬礼した。


 内部に入るとカウンター越しに相手へ対応していた者達が一斉に固まった様子となり、慌てた様子で髭面の50代がやってくる。


 たぶん、偉い人なのか。

 その肩には幾つか渋い色の勲章のようなバッヂが付いていた。


「酒保、補給二課のヴァイゼンです!! これはどうなされましたか!? オールイースト様!!?」

「済まないが、このやば……この男に合う服を早急に見繕って着せてやってくれ。後、靴も」

「畏まりました」


 ペコリと頭を下げたヴァイゼンと名乗った髭面がこちらをジッと見てから即座に手で奥の方に来るよう促す。


 それに僅か不安になったが、だからと言って服を着なくていいという事は無い。


 イソイソ付いていくと何やら複数の制服がズラリと掛けられたハンガーが天井付近から複数吊るされている部屋に出た。


 ザッとメジャーらしきものが取り出され、無言でこちらのサイズを測り出した髭面がすぐに近くのハンガーから一着の制服を取り出して、更に奥の更衣室と書かれたカーテンを示した。


 それから二分後。


 異世界設定なのにゴムやジッパーまで使って体にピッタリフィットする制服が無事に下半身事情を改善するに至る。


 そのまま元の場所まで出て行くと何やら不機嫌そうな顔でフラムがこちらを睨んでいた。


「さぁ、行くぞ」


 そっと、その後ろに再び定位置を確保すると髭面の偉い人がこちらにそっと頭を下げてきた。


「ありがとう。諸君らも騒がせて悪かった」


 今まで野蛮人扱いしてきた相手が普通に誰かへ感謝したり謝る様子に何か理不尽なものを感じたが、敵と見なされているのは間違いない相手と仲間では扱いに天地の差があるのは理解出来たので無言で通す。


 そうして背後に視線を受けながらようやく今度は出入り口らしい場所まで来る事が出来た。


 どうやら人気の少ない裏口のような場所。


 木製の扉を開いて外に出ると地面はアスファルトに覆われており、左右には二階建ての建造物が聳えていた。


 外観的には木造建築なのだが、ところどころに何やら黒い塗料が吹き付けられていたりする棟の間を縫って歩き出してすぐ。


 拓けた光景が出現した。


「―――」


 それは窓から時折見えていた麦畑だ。

 何処までも広がる黄金色の草原は遥か彼方にある山岳の麓まで途切れる様子も無い。


「綺麗だ……」


「ほう? 野蛮人の癖に美を解するのか。まったく、おかしな奴だ。公国の回し者ならば、この光景に泣いて絶望すると言うのに」


「言ってる意味がまったく分からない……絶望要素0だろ」


「くくく、やはり貴様はアレなのか。狂人の類なのか……いや、今はいい。ベアトリックス様のご命令とあらば、例えお前が如何に特殊な野蛮人だろうとも、私は全てをやり遂げてみせる」


「エニシだ。そろそろ野蛮人は止めてくれ……」


「いいだろう。エニシ。貴様に我が一族の門を潜る許可を与えよう。しかし、勘違いするな。貴様が共和国に仇なす蛮行を働けば、その瞬間に処分する」


 歩き出すフラムの後ろ姿は夕景の中で一際輝いて見える。

 絵になる背中に違いない。


「蛮行の内容を後で教えてくれ」

「……行くぞ。はぁ……家人達に何と言うべきか……」


 溜息一つ。

 初めて聞いた美少女の憂鬱そうな声は今までよりも幾分か親しみ易く。


「軍の関係で預かってますと素直に言えば、いいんじゃないか」


「ただでさえ、親戚の叔母連中は見合い話で煩いというのに。若い男を家に連れ込むなど……貴様には相応の代価を支払ってもらうぞ」


「何も持ってないがな」

「黙れ。お前に拒否権など無い」


 やがて、馬車が無数に行き交う通り。

 いや、巨大な城とも見紛う小高い丘にある数km単位の大型施設の前が見えてくる。

 その中で馬車の群れの中で白い塗装を施されたものが一つ。

 ポツリと乗り合い所らしき場所の端に止まっていた。


 一緒に馬車の傍まで行くとフロッグコート?のような外套を身に纏った中年の眼鏡を掛けた男が馬車の扉を開いた。


 乗り込むと赤い革張りの座席から普通の馬車よりは良いのだろうかと何となく気付く。


「何も知らないと言い張るのならば、見せてやろう」


 馬車が他の馬車を追い越すように走り出すが、どの馬車もまるで畏れるかのように左右に道を開けていく。


 やがて、少し昇ったかと思うと。

 その光景が見えた。


「―――」

「これが、我がパン共和国の首都」


 聞いている間にも下り坂を馬車が進んでいく。

 少なからず。

 それは確かに大都市と言うに相応しいだけの威容だった。


 大きな建造物は石造りのものでも5階建てくらいまでが限度なのだろうが、それでも十分に過ぎる。


 果てが見えない何処か“ハイカラ”な街並みは1920年代の日本が有したモダンさにも似て。


 電柱と看板。

 人込みと行列。

 洋服と和服。


 様々な色合いが混沌と猥雑に溶け込んでいた。


「ファースト・ブレッドだ」


 それがどんなに荒唐無稽な光景でも夢なのだからアリだ。

 しかし、都市の中央。

 遺跡の如く鎮座するものがあった。

 石材に補強され、何やら神殿のようなものが併設された下部。

 塗り直されつつあるらしい細長く白い上部。

 奇妙な程にその威容が現在の都市部とは合っていない。

 いや、建築水準的に在り得るはずも無いというべきか。

 それが、日本のシンボルタワーと瓜二つの威容が、馬車の中からも見えた。


(絶望的に想像力が欠如していると言うべきか。それとも細部まで覚えていた記憶力を賞賛するべきか。悩むな……)


「アレこそは我らが共和国首都の象徴!!! 空飛ぶ麺類教団のご本尊にして、遥か太古より受け継がれし、我がパン共和国のシンボル!!」


 誇らしそうに、自慢げに、フラムが名前を力強く叫ぶ。


「NAT《ナット》HES《ヘス》ツリーだ!!!」


 白い正鉤十字が寺でも祀るかのようにタワーの中央を飾っている。


「せめて、英語なんだか日本語なんだかハッキリしてくれ。ついでに空飛ぶ麺類ってスパ的なモンスターでも崇めてるのか?」


「何を言っているのか分からないが、空飛ぶ麺類教団すら知らないとは田舎者め。それとエイゴーとかニホンゴーとか、適当な事を言いよって。貴様とて大陸標準言語を話しているではないか。まったく、野蛮人の集落では自分の話す言葉の名前すら教育しないのか……憐れだな」


(オレってこんなにタワーとかストリッパー楽しむ宗教とか好きだったかな……某第三帝国は某動画サイトで時々、見掛ける程度だと思ってたんだが……)


 あまりのごちゃ混ぜぶりに頭痛を覚えつつ。

 外を見れば、馬車は何やら物凄く道端の人々から凝視されていた。

 それを見た夕飯の材料を買っているらしきオバサン達はヒソヒソと噂し合い。

 若者達は何やら目をキラキラさせて見つめて来て。

 ついでに若い男達の大半が敬礼している。


「この馬車、有名人御用達なのか?」


「難しい言い回しを知っているな。その答えはYESだ。何故なら、この馬車は近衛師団の専用車だからな。さっさとブラインドを閉めろ。目敏い者がお前のような輩の搭乗に気付いたら、何と噂されるか」


「ブラインド……これか?」


 窓の上にある留め金を外せば、サッと丸められていたカーテンが下りた。


「さて、エニシ。貴様には幾つか我が家での注意事項を教えておく」

「何だ?」


「まず第一に!! ちゃんと靴を脱いで入れッ!! 第二に!! 家の者達に一切手出しはさせんッ!!! 第三にッ!! 貴様の寝床はソファーだ!! 第四にッ!!! 貴様のような野蛮人だろうとも薄汚い身体で寝るのは許さんッ!! 夜には風呂へ入ってもらうぞッ!! いいかッ!?」


「あ、はい」

「ごはん公国の野蛮人にも我が共和国の衛生管理というものを教えてやる」


 ふふんと。


 自信満々に言い切るフラムは「野蛮人にはどれ一つまともに出来ないだろう」という顔をしていた。


 それからお小言にも等しい注意事項とやらを山程に聞かされたものの。

 どれもこれも日本人ならば、当たり前、常識、と言えるものが諸々だった。


(これから、どうなる事やら……夜になっても醒めない夢、か……)


 窓の外、そろそろ宵が終わろうという都市には活気だけが満ちていて。


「………」


 まだ一日は終わりそうもなかった。

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