宵闇の桜
桜月雛
出会い編
第1話 桜咲く
美しく整えられた中庭の、盛りに咲いた桜の花びらがひらひらと風に揺られて舞い落ちる。
それを酒の盃に浮かべて“風流だ”と連呼しているのは、まだ若い
興が乗ってくれば、ぐだぐだと上役の文句を遠回しに呟いたり、どこそこの深層の姫君が美しい琴の音を奏でるだのと噂話で盛り上がり始めるのことも多い。
政治の中枢でありながら、政治とは全く関係のない話をする。その実、次期の天皇である東宮の
堅く二世を誓った相手ですら、政治の前に別れるくらい人の心は移ろいやすいのに、この世界はとても不思議だ。
遠く
「左近さん。
呼ばれて、前方を見ると同僚の
「お待ちになって、今参りま……」
言葉を続けようとして、誰かに呼ばれたような違和感にふっと唇を閉ざす。
冷たいけれど暖かい、何か不思議な感覚が背中を駆け抜ける。その出所を見つけようと、視線を先程の貴族たちに向けた。
そこにひとりの公達が立っていた。背も高く、すっきりとした立ち姿。遠すぎてどこの誰とはわからないが、目鼻立ちはとても整っているようにも感じる。
その彼と目が合った。
……気がするだけだ。こんなに遠くて自分を見ているのがわかるなんて、そんなわけがない。
何故か高鳴っていく胸元を押さえ、深呼吸を繰り返した。
「
再度呼ばれてその視線を振り切ると。サッと裾を捌き、慌てたように彼女たちについていく。
「どうかなさったの?」
「いえ。何でもありませんわ」
やわらかく微笑んで、ゆるゆると首を振った。
せわしない動作はここでは眉をひそめられる。最初の頃はなれなかったが、時が経つにつれて慣れていくのもだ。
それにしても今のは何だろう?
まさに一瞬の間に感じたのは“恐怖”だ。
どこまでもどこまでも見通されてしまうような、誰しも感じる原始的な恐怖。
あの人は何者なのだろう? 振り返ると、まだあの公達が見ているような気がしてならない。
そそくさと彼女たちの間に紛れ、その場を後にする。
その後ろで桜がザワリと風に吹かれて花びらを零していった。
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