第82話・昔々の天使のお話

 パーティーを二つに分けての旅は続いていたが、あれからずいぶんと遺跡やダンジョンなどを回った。

 しかし、ロマリア王が領地内で起こっていた行方不明事件解決の為に巡っていた場所には、特にロマリア王が変わってしまう様なものなどは今のところ無かった。これにはさすがの俺も、今回ばかりは勘が外れたかなと思い始めていた。

 そしてパーティーを分けてから今日で十日が経ち、約束の合流日まで残すところ四日となったある日の夜。俺は泊まっていた宿屋の簡素なベッドの上で寝ていたんだが、唐突にゆさゆさと優しく揺さぶられる刺激で目を覚ます事になった。


「んん……何だ?」


 揺さぶられる刺激にぼやーっと目を開くと、そこには俺の顔を上から見ているラビィの顔が見えた。


「……どうしたんだラビィ? トイレなら一人でいけるだろ?」

「あの、別にトイレに行きたくて起こしたわけではないのです」

「じゃあ何だ? こんな深夜から酒でも飲みに行こうってのか?」

「いえ、それも違います」

「それじゃあ何なんだ? こんな時間に起こしやがって……」

「あっ、それはすみません。私もこんな時間に起こすのはどうかと思ったんですが、こうして話せる時間は限られているので、こんな時間に起こさせていただきました。すみません……」

「…………」


 寝惚けていたからその違和感に気付くのが少し遅くなったが、あの傍若無人ぼうじゃくぶじんなラビィが俺に対して敬語を使って喋っている。と言うか、話す口調が丁寧過ぎる。


「あっ、あの、いったい何を?」

「ああ、いや。また変な呪いの装備でも拾って付けてるのかなーと……」 


 前にあった呪いの指輪騒動の事もあり、俺はまた変な物でも拾ってそれを身に付け、呪われたんだろうと思った。だからラビィの手を握って引き寄せ、両手の指を調べたが、特に何かを身に付けたりはしていなかった。

 しかしそれで安心をする俺ではなく、首周りや耳、果ては頭の隅々までくまなく呪いのアイテムらしき物が無いかを探してみたが、特にそんな感じの物は発見できなかった。


「おかしいな……何も無い」

「あの、これで納得していただけましたか? 私が呪われてはいないと」

「納得はできないが、目に付く場所には何も無いな。で? 本題に移るが俺を起こした理由は何なんだ?」

「そうでした。特別何かをするわけではないのですが、どうも私が涼太さん達に多大な迷惑をかけている様なので、そのお詫びをしておこうと思いまして」

「はっ!? マジでどうしたんだ? 風邪でもひいたのか?」

「い、いえ、違います。驚かれるかもしれませんが、私が本当のラビィなんです」

「はあっ? 本当のラビィ? 何言ってんだよ。それじゃあ、いつも俺達と冒険してるラビィは偽者って事か?」

「簡単に言ってしまえばそう言う事になってしまいますね」

「おいおい。マジでどうしたんだラビィ? 今度は不思議ちゃんキャラでも始める気なのか?」

「突然こんな事を言っても信じてもらえませんよね……。順序立ててお話をしますので、どうか聞いて下さいませんか?」

「……分かったよ。それじゃあ、そこの椅子にでも移動して話をきこうじゃないか」

「ありがとうございます。涼太さん」


 こうして俺は様子のおかしいラビィの話を聞く為にベッドを下り、狭い部屋の中にある小さなテーブルを挟んだ二組の粗末な椅子の一つへと座った。

 そしてそこから始まったおかしな様子のラビィの話を聞いたわけだが、それはこの異世界に来て一番の驚きと衝撃を受けた。

 真剣に話をしてくれたラビィの話の内容を説明すると、かつてラビィには俺と同じ様に日本から転生して来たパートナーが居て、その転生者と一緒にこの異世界で魔王討伐の為の冒険をしていたらしい。

 だがその転生者の性格は傍若無人で我がままで、当時一緒に行動をしていた本物のラビィさんもかなり手を焼いていたらしい。そして異世界で冒険を始めてからしばらくしたある日、その事件は起こった。

 ある日の朝。ラビィさんが目を覚ますとその転生者の姿がどこにもなく、いつもの様にふらりとどこかへ出かけたんだろうと思ってその帰りを待っていたらしいのだが、お昼を過ぎて夜になっても戻って来ない事を心配して捜しに出ると、ギルドで『ダンジョンへ向かった』と言う話を聞き、急いでそこへと向かったらしい。

 だが、捜しに出たラビィさんがそこで見たのは、ダンジョンの出入口付近で既に息絶えて倒れていた転生者の姿だった。


「――そ、それって本当なんですか?」

「本当の事です。今こうして話している私が本来のラビィである私で、いつも涼太さん達と行動を共にしているのが、かつて私と一緒にこの異世界で活動をしていた日本人のパートナー、白鳥麗香しらとりれいかさんなんです」


 本当ならそんな話は根っこから疑ってかかるところなんだが、こんな面倒なストーリーをいつものラビィが考えられるわけがないし、話の筋はしっかりとしている。


「でも、だったらどうしてその白鳥さんがラビィさんの中に居るんですか?」

「それは……白鳥さんがダンジョンの前で息絶えていたのを発見した時、既にその魂は身体を離れていました。ですがその魂は天界へと向かう事なく留まり、私を待っていたんです。そして魂の状態になっていた白鳥さんは、私に向かってこう言いました。『アンタがもっと早く来てくれたら、こんな事にはならなかったのにっ!』と」

「いつもの俺が知ってるラビィとまんま同じ物言いですね……」


 そもそも自分の独断でダンジョンへ行ったのが原因だと思うんだが、そう言った無茶苦茶な責任転嫁の仕方はいつものラビィに通じるものがある。


「それから彼女はこう言いました。『私の事ですまないと思うなら、私をあんたの中に住まわせなさい。そして私にその身体を使わせなさい。私が満足したら出て行ってあげるから』と」

「それでラビィさんは身体を貸す事にしたんですか?」

「はい……。理由はどうあれサポーターとしての役割を全うできなかったのは事実ですし、それで彼女の気が済むならと思ったので……」

「なるほど……。でも、ラビィさんの力でその白鳥さんを追い出す事はできないんですか?」

「私と白鳥さんの間で結ばれたのは正式な約束です。ですから、天使である私の方から一方的にそれを破棄する事はできないんです」

「なるほど。それで主導権はその白鳥さんにあるから、ラビィさんは表に出られないってわけですか。でも、それならどうして今はこうして出られてるんですか?」

「それはおそらく、今日が私の生誕日だからです。天使にとって生誕日はとても特別な日で、本来持っている力がとても高まる日なんです。ですから白鳥さんが眠っているこの時だけ、身体の主導権を持つ事ができたんです」

「なるほど。そう言う理由だったんですか。それでラビィさんは、白鳥さんにどうしてほしいんですか?」

「色々と困った人ではありますが、彼女も寂しい人だったんです。あの様な性格になってしまったのも、生前に色々とあった影響もあるんでしょう。ですから、出来る限り彼女の望みは叶えてあげたいと思っています。ですから涼太さん、身勝手なお願いだとは分かっていますが、この世界で彼女を満足させてあげて下さい。そうすれば彼女は天界へ旅立ち、次の人生を歩む事ができるはずなんです」


 瞳に涙を浮かべてそうお願いをするラビィさん。

 その姿はいつもの傍若無人なラビィと変わらないから違和感が半端じゃないけど、とても真摯しんしにお願いをしているのは分かる。

 正直言ってどうしてやればその白鳥さんが満足するのかは分からないが、このままでは本物のラビィさんも可哀相だし、妹のラビエールさんも可哀相だ。


「……分かりました。どうにかできる自信はありませんが、やるだけの事はやってみます」

「ありがとうございます! よろしくお願いします! 彼女もきっと、良太さんと旅をしていれば満足してくれると思いますから」

「それはどうですかねえ……俺とラビィ――じゃなかった。その白鳥さんは仲が悪いですし、いつも口を開けば喧嘩ばかりですからね」

「それは違いますよ、涼太さん。彼女はあれでも涼太さん達との旅を楽しんでいます。それは彼女を受け入れてる私が良く分かっています」

「マジですか? それはちょっと信じられませんね」

「ふふっ。今は信じられなくても構いません。ですが、彼女が皆さんと一緒に居るのを大事に思っているのは事実です。それだけは覚えておいて下さい」

「……分かりました」

「さて、これ以上は彼女に気付かれるかもしれませんから、私はそろそろ引っ込む事にします。涼太さん、色々とお願いしますね」

「はい。あっ、妹のラビエールさんにはこの事を話しておくべきですか?」

「……そこは涼太さんにお任せしようと思います。無責任ですみませんが、涼太さんが必要だと思えばお話して下さい」

「分かりました」

「本当にありがとうございます。貴方が私をサポーターとして選んでくれた事、感謝致します……」


 そう言うとラビィさんは、突然意識が途切れたかの様にして頭をうな垂らせた。おそらく白鳥さんへと主導権を戻したのだろう。

 俺は白鳥さんであるラビィが目覚める前に元のベッドへと移動をさせ、何事も無かったかの様にした。

 そして本物のラビィさんの話を聞いた俺は、色々な事を考えながらもうしばらくの眠りにつこうと両目を閉じ、緩やかな眠りの波へとその身を任せる事にした。

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