第70話・幼女と童女とドラゴンと、想いを寄せる二人
数多くの温泉があちらこちらに存在する街、テンペイへとやって来て三日目の朝。俺は唯からの勧めで受けた天然温泉浴場のお掃除クエストを遂行する為、テンペイを出てから二時間ほど歩いた先にあると言う、ムルガ
どうして天然温泉浴場のお掃除クエストなんてものがギルドに持ち込まれるのかと言うと、単純に危険だからだ。なにせギルドで聞いた話だと、かなりモンスターの出現率が高いらしいから。
なぜそんな危険な場所をわざわざ浴場にしたのかと疑問に思うけど、その天然温泉はテンペイにある天然温泉とは違い、温泉の熱源元であるムルガ特源火山に近い事もあるせいか、かなり特殊で強い効果効能を含んだ温泉が多いと聞いた。
しかもその中には、体質改善などに強い効果を持つ温泉もあるとギルド職員から聞いた。それを聞いた時に俺が思った事は、もしかしたら俺の女体化する体質を元に戻す事ができるかもしれない――という思いだった。
だが、ムルガ特源火山天然温泉浴場は誰でも自由に入れる場所とは言えテンペイからかなり離れているし、モンスターの出現は多いと言うし、俺一人で行くには心許無い。
そういった事もあり、俺は仲間にお掃除クエストを一緒にやってくれないかと頼んでみたんだけど、結果的について来てくれたのは、ラッティ、ミント、アマギリ、ティアさん、それと、今回お掃除クエストを勧めて来た唯だけだった。
ちなみにだが、ティアさんは今回のクエスト参加に対して不思議なくらい乗り気な様子を見せていた。その時に乗り気な理由を聞いてみたんだけど、ティアさんが言うには『とても効果の高い美肌効果のある温泉があるって聞いたからよ』と言っていた。やはり異世界と言えど、女性の美に対する思いは変わらないのかもしれない。
テンペイに来て温泉を気に入ったラッティに、面白そうだからとついて来たミント、興味があるからと同行して来たアマギリ、『お兄ちゃんは私が守る』と意気込んでいる唯。
それぞれに色々な思いを持ちながら、依頼元である温泉協会から受け取ったお掃除に関する説明書を持ち、俺達はムルガ特源火山天然温泉浴場へと向かった。
「――唯! そっちに行ったぞっ!」
「任せてお兄ちゃん! ウインドエンチャント!」
湯煙が立つ天然温泉浴場。
唯は風の属性魔法を両足に纏わせてスピードを上げ、一瞬の内に多方向から次々と襲いかかって来るモンスター達を湯煙と共に斬り捨てて行く。
そんな唯の移動スピードは、風の魔法で強化しているとは言え俺には視認できない。流石は超上級職の一つと言われているマジックソードマスターだと言いたいところだけど、これは唯本人が持つ身体能力の高さとセンスによるところが大きいだろう。それはこの異世界における唯の実績を考えれば分かる。
今の唯は地球で言うところの人間やめちゃってるレベルを遥かに超えているが、
「――ふうっ……まあ、こんなところかな」
攻め込んで来ていたモンスターの集団を一掃し終えた唯は、手に持っていた細身の剣をヒュンと音を立てて一振りし、腰にある専用の鞘へと収めた。
俺達に襲い掛かって来ていたモンスターの数はゆうに数十匹を越えていたけど、そのほとんどを倒したのは唯だ。我が妹ながら、その強さには惚れ惚れしてしまう。もしも俺が女で、唯が男だったら、俺は今の戦いを見て唯に惚れてる自信がある。
本当なら俺がこの異世界において今の唯の様な立場で居たかったけど、現実の厳しさはどこまでも付きまとう様で、異世界に来てもこれと言った活躍の場は無い。
その事に悔しさや虚しさの様なものは感じるけど、分相応と言う言葉を考えれば、今の俺は十分に分相応なのだろう。
「お疲れ、唯。多分しばらくは襲撃も無いと思うけど、次もあったらよろしくな」
「うん。任せておいて」
「ありがとう。みんなー、とりあえず今来てたモンスターは全滅したから、掃除に戻ってくれー。ミントは引き続き空からの監視を頼むなー」
「了解なのですよぉー」
みんなからそれぞれの返事を聞き、俺は天然温泉の清掃作業へと戻る。ちなみに清掃作業とは言っても、温泉の中を掃除するとかそう言った作業ではない。
俺達のやる主な作業内容は、ムルガ特源火山の山頂から転がって来る岩などを邪魔にならない場所へ移動させる事と、定期的にやって来るモンスターを倒して温泉領地をしっかりと確保する事だ。
いくらここへ入浴に来る人が少ないとは言え、放って置くとモンスターの住処にされたり、温泉を荒らされたりするから、温泉協会は定期的にギルドへお掃除クエストの依頼を出しているらしい。貴重な温泉が多いから守りたいというのはよく分かる話だけど、定期的にこんな事をしなければいけないなんて、何とも面倒な事だと思う。
どちらかと言うと温泉協会が言っている清掃作業より、倒したモンスターの片付けの方が面倒に感じるかもしれないけど、そこは特に心配無い。なぜならこの異世界は、理由は分からないけど死者の自然サイクルが異常なくらいに早いからだ。
さっき俺達が倒したモンスター達も、おそらく数時間と経たない内に土へと還るだろう。だから特に問題は無い。
ちなみに倒されたモンスターの身体が分解されて土へと還る際は、危険を知らせるフェロモンらしきものが分泌されているらしく、それによってモンスターは危険を察知して近寄って来なくなるらしい。しかもそのフェロモンは、倒されたモンスターが強力であればあるほどモンスターには強く匂い立つと聞いた事がある。
だから先程襲って来たモンスターより弱い奴は、あの死体が土に還るまでは襲って来る事は無いだろう。よほどの命知らずか馬鹿でなければ。
唯によって大量のモンスターを倒された事で警戒をされているからか、あれから作業を終えるまでの間、俺達は一度もモンスターと対峙する事は無かった。
こうしてお昼過ぎまでに清掃作業を終えた後、俺はテンペイで買った温泉用水着を着て温泉へと入浴していた。もちろんそれは俺だけではなく、唯もティアさんもアマギリも、テンペイに売られていた温泉用水着を着用している。
ちなみにだが、ラッティとミントは水着を着けていない。どちらもすっぽんぽんだ。まあ、ミントは元々服を着てないからすっぽんぽんだけど。
そして俺は今、『疲労回復』と書いてある立て看板があった温泉へ入っているんだけど、そんな俺のすぐ左側には唯が、すぐ右側にはティアさんが密着状態で座っていて非常に困っている。
「あの……二人共、もう少し離れない? せっかくこれだけ広いんだからさ」
「嫌よ」
「嫌だよ」
両隣に居る二人は俺の言葉を短く端的に拒否した。
そんな二人に対してどうしたものかと思っている俺の前には、少し距離を空けた状態で背中を向けて座っているアマギリの姿があるが、そのアマギリも時折こちらの方を振り向いては様子を観察している様に見える。そしてそんなアマギリの更に奥では、ラッティとミントがばしゃばしゃと音を立てながらお湯をかけあって遊んでいる。
本来なら可愛らしい女の子達と一緒に入浴ができて嬉しいと思うところだろう。俺もアニメなんかでそんな場面を見てたら羨ましくて仕方なかったけど、現実に女の子達と一緒に入ると、こうも落ち着かないものだとは思わなかった。
やはり二次元と三次元では違うんだなと思いつつ、小さく溜息を吐く。
「ねえ、ダーリン。この後はあっちの温泉に二人っきりで入らない?」
「えっ? あの赤い色をした温泉ですか?」
「うんうん」
「あっ! ティアさんズルイですよ! お兄ちゃん、私とあっちの温泉に行こうよ。もちろん二人っきりで」
ティアさんの言葉を聞いて慌てた様子を見せる唯は、そう言ってからティアさんの指し示した温泉とは逆側にある青色の温泉を指差した。
「ねえ、ダーリン。一緒にあっちの温泉に行きましょう?」
「お兄ちゃんは私と一緒に行くよね?」
「ちょ、ちょっと!?」
お互いに俺の腕を両手で抱き抱え、自分が入りたい温泉の方へと引っ張る。
そんな二人の様子に動揺していた俺は、少しの間だが二人の引っ張り合いに付き合わされた。
「ねえ、二人はどうしてそんなにリョータと入りたいの? 何かあるの?」
「「えっ!?」」
一歩も譲らない二人の引っ張り合いが更に過激さを増そうとしていたその時、いつの間にか近くまで寄って来ていたアマギリが、二人に向けてそんな疑問を口にした。すると二人の引っ張り合いがほぼ同時にピタリと止まり、二人は疑問の言葉を投げかけたアマギリを困惑の表情で見つめていた。
「べ、別に大した理由なんて無いけど、久しぶりだからお兄ちゃんと二人でのんびり入浴したいだけよ……」
「わ、私も大した理由は無いのよ? ただちょっと、ダーリンと二人っきりで混浴気分を味わいたいだけだから……」
「それなら、お互いに時間を分けて入ればいいんじゃないですかね?」
「私と先に入ってくれるならそれでいいわよ? ダーリン」
「ズルイですよティアさん! お兄ちゃん、私と一緒に先に入ってよ!」
「いやいや、結果的にどちらとも入るなら、どっちが後でも先でもいいんじゃないの?」
「「それだけはダメッ!」」
せっかく解決案を出したと言うのに、二人はまるで示し合わせたかの様にして同じ事を口にした。
それにしても、大した理由は無い――と、二人はそう口にしたけど、その様子はあからさまに怪しい。しかも、俺と一緒に入るのは絶対に自分が先だと譲らない。そこには何か理由があるはずだ。
俺が二人の行動に怪しさを感じて色々と推察を始めると、再び二人が言い争いを開始した。
「ねえ、それならジャンケンで順番を決めたらいいんじゃないの?」
「いいですね。私はそれでいいですよ。ティアさんはどうです?」
「望むところよ。これでも私は運が良いんだから」
ヒートアップする二人に向けてアマギリがそんな提案をすると、俺の意見や思いやらを全て無視したところでジャンケン勝負が決まってしまい、三回先に勝った方が俺と最初に指定の温泉へ入るという事が決定してしまった。
「「ジャーンケーンポンッ!」」
最初の出し手がお互いにグーになったのを見た俺は、その場から徐々に距離を取り、こっそりと温泉を出て二人が言っていた温泉の看板を見に向かった。
俺は最初に一番近くにあった赤色の温泉の看板を見たんだけど、看板には『美肌効果』と書かれていただけで、他に効能は書かれていない。
その事に首を傾げた後、俺は唯が誘った青色の温泉の方へと向かった。だが青色の温泉の立て看板に書かれていた効能も、なぜか赤色の温泉と同じく『美肌効果』だった。
同じ効果を持つ温泉が複数あるって事はありえるだろうけど、それならわざわざあの二人が違った温泉に俺を誘うというのもおかしい。
俺はこの疑問を解消してくれるかもしれないミントの居る場所へと急いで向かい、この温泉の事について質問をした。
「なあミント、ラッティと遊んでるところ悪いけど、あっちの赤色の温泉とそっちの青色の温泉て何が違うのか分かるか?」
「違いですかぁ? ん~、見ただけでは分かりませんけどぉ、どうしてですかぁ?」
「いや、唯とティアさんが一緒に入りたいって言ってるんだけど、どうにも様子がおかしくてさ。それであの温泉には何か秘密があるんじゃないかと思ってね」
「なるほどぉ、それは面白そうですねぇ。それでしたらぁ、私がちょっと調べて来ますよぉ」
言うが早いか、ミントは温泉を飛び出るとそのまま青色の温泉へと向かって行った。どういう方法で調べるのかは分からないけど、今はミントの報告を待つしかない。
こちらからそれなりの距離にある場所では唯とティアさんがジャンケン勝負を続けているんだけど、三回先取の勝負がまだ決着していないという事は、神がかり的確率で引き分けが続いているんだろう。
「ねえねえ、にいやん、一緒に遊ぼうよ!」
ミントと遊んでいたラッティが、新たな遊び相手として俺を指名してきた。
俺としては遊んでいたところを邪魔してしまったんだから、一緒に遊んであげたいんだけど、今はミントやティアさん達の動向が気になって遊んでいられる心境ではない。
「ごめんな、ラッティ。後で遊んであげるから、少しだけ一人で遊んでて」
「分かった……でも、後でちゃんと遊んでね?」
「うん、分かった。後でちゃんと遊ぶよ」
「約束だよ?」
「うん。約束だ」
落ち込んだ様子を見せるラッティと遊ぶ約束を交わすと、ラッティは表情を明るくしてから喜び、泳いで温泉の奥の方へと向かって行った。
すると泳いで行ったラッティと入れ替わる様にしてミントが戻り、赤と青の温泉についての説明をしてくれた。
「――と言うわけなのですよぉ」
「なるほど。それで二人はあんな事を言ってたのか……」
温泉の秘密を探って来たミントからの情報によると、あの赤と青の温泉は確かに美肌効果の高い温泉ではあるらしいんだけど、隠れた効能とやらがあるらしい。
それが何なのかと言うと、簡単に言えば媚薬的な成分を含んでいるらしく、意中の異性と入ると
ちなみに、なぜティアさんと唯が別々の温泉に誘ったのかだけど、青色の温泉は年下が意中の年上を射止めたい時に使う温泉で、逆に赤色の温泉は年上が年下の異性を射止めたい時に使うものらしい。
そしてあの二人がなぜ最初に入る事を切望していたのかと言うと、温泉の媚薬効果は最初に適用されたものが効果として優先されるらしく、後からのものは無効化されるとの事だった。これであの二人が順番に拘っていた理由が分かった。
未だ決着していないジャンケン勝負を遠くから眺めつつ、女性のしたたかさにちょっとした凄さと恐怖を感じていたその時、ラッティが泳いで行った方向から酷くむせ込む声が聞こえていた。
その声を聞いた俺は、もしかしたら足場の深い場所にラッティが行って溺れたのかもと思い、急いでその声がする方向へと向かった。
「大丈夫か!?」
「ゲホゲホッ、に、にいやーん!」
「ファッ!?」
俺達の入って居た温泉の一つ奥にある乳白色の温泉。そこから聞こえてきた声に急いで足を踏み入れてラッティの様子を見に行くと、真っ白な蒸気の立ち込めるちょっと熱めの温泉の奥から、俺の身長とあまり変わらない何者かが俺に向かって飛び付いて来た。
胸板に感じるふくよかで柔らかな二つの感触、そしてその感触を更にはっきりとさせる様に力強く背中に回された両手。
「ちょ、ちょっと!?」
「怖かったよぉ、にいやん……」
「ラ、ラッティなのか?」
力強く抱き締められていてはっきりと顔は見れないけど、その綺麗な栗色の髪をした女性はコクンと頷いた。この髪色は間違い無くラッティだけど、その身体はラッティとはまったく違う。
俺に抱き付いているのは幼女ではなく、リュシカにも匹敵しそうな我がままボディをした大人の女性だが、言動は間違い無くラッティそのものだ。
「大丈夫だから落ち着いて。どうしたの?」
「……泳いでたら深い所があってね……そこでお湯を飲んじゃったの……」
突然の事に俺も混乱していたが、優しく頭を撫でながらそう言うと、その女性は徐々に落ち着いて理由を話してくれた。
「そっか、そうだったのか。それは怖かったな」
「うん……」
「ダーリン、何があったの!?」
「お兄ちゃん!」
ティアさん達にも声が聞こえたのか、後ろからこちらへと向かって来る声が聞こえてきた。
「ラッティ。怖かっただろうけど、ちょっと手を放してくれないか?」
「いやっ!」
なぜか大人の身体になってしまったらしいラッティに向かってそう言うと、ラッティは頭を左右に振りながら更に強く俺を抱き締め始めた。
「ちょっ、ちょっとダーリン!? 誰よその女っ!」
「おおおおお兄ちゃん!? 何やってるの!?」
「あらあらぁ~。これはまた大変な事になってますねぇ」
「リョータのスケベ……」
「ち、違う! この子はラッティだよ!」
「ラッティちゃんは小さな子供でしょ!? お兄ちゃん、嘘をつくにしても酷いよ?」
「そうよダーリン! そんな素っ裸の女に力強く抱かれちゃって! いつからその女とできてたの!?」
「リョータのスケベ…………」
俺の言葉は少しも聞き入れられず、後ろから好き放題に言われてしまう。
そりゃあ俺だって、抱き付いてる子がラッティだなんて信じられない気持ちで一杯だけど、この場で見え透いた嘘なんてついても意味は無いんだから、そのへんは少しくらい信じてほしいもんだ。
「ラッティ、ちょっとだけ離れてくれないかな?」
「いやっ! ウチはにいやんから離れないっ!」
「お兄ちゃん……いつの間にラッティちゃんの口癖をその人に教え込んだの?」
「ダーリン、ここでその女と何をするつもりだったの? 事と次第によっては……分かるわよね?」
「リョータのスケベ………………」
背後から感じる様々な負の感情。それは俺を恐怖させるには十分で、このままラッティに離れてもらったとしても、後ろを振り返る勇気は無い。
「違う! 違うんだ! 俺は何もしてないし、何かをするつもりも無いんだ――――っ!」
湯煙が立ち上る温泉地に、俺の力強く悲痛な叫びが響き渡った。
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