第65話・世の中は知りたい事ほど知れない

 大時化おおしけ状態が長い間続いている港街アルフィーネ。

 海上輸送による輸出入で成り立っているこの街は大時化のせいで物価などが異常高騰を続け、現在は大きな混乱状態にある。それを速やかに解決するには、現在進行形で続いている大時化が一刻も早く収まるのを祈るしかない――のだが、ミントが言うにはこの大時化は自然現象ではなく、同じアデュリケータードラゴンに属するネプチュヌスが起こしていると言っていた。

 それが真実なのか俺にはまだ分からないけど、ミントが戻って来ればそれも含めて色々な事が分かるだろう。そう思ってギルドから宿屋へと戻ってずっとミントの帰りを待っているんだけど、陽が落ち始めてから街の向こう側に陽が沈んで夜になってもミントが戻って来る気配は無かった。

 こうなるとミントに何かあったのではないかと心配になるけど、だからと言って女体化したこの状態では迂闊に外へ出る事はできない。まあ、奇襲スキルを使えば外出も可能ではあるけど、それをやってミントとニアミスをしたら面倒臭い。

 そわそわと落ち着かない気分で窓の外を見ながらミントの帰りを待っていると、俺の後ろで木製のベッドがギシッときしむ音が聞こえて振り返った。


「ふあぁぁぁぁ~。私は疲れたからもう寝るわよ~」


 俺に向けて一言そう言うと、ラビィはそのまま薄手の掛け布団を被って寝てしまった。最近は毎日クエストの掛け持ちで疲れてるのは分かるけど、コイツには少しくらい俺に労わりの言葉をかけるくらいの気持ちは無いのだろうか。

 ラビィがそんな事に気の回る奴じゃない事を理解しつつも、ついついそんな事を考えてしまう。それはきっと、心のどこかでいつかラビィが天使と呼ぶに相応しい奴になるんじゃないかと期待しているところがあるからだろう。まあ、そんな片鱗は今のところ微塵も見えないけど。

 呑気に寝息を立て始めたラビィを見てから溜息を吐きつつ、俺はミントが帰って来るのをただひたすらに待った――。




「…………あっ、もうこんな時間か……」


 ベッドに寝転がってミントを待っている間にすっかり寝てしまったらしく、枕元に置いていたランプの燃料石に灯りを点けて懐中時計を見ると、既に日付が変わる直前を示していた。


「ミントはまだ戻って来てないのか……」

「ちゃんと戻って来てますよぉ?」


 部屋の片隅から聞こえてきた声にパッと身体を起こしてその方向を見ると、そこには俺達が持って来た荷物の上にちょこんと座っているミントの姿があった。


「いつの間に戻って来てたんだ?」

「戻って来たのはだいたい二時間くらい前ですかねぇ」

「だったら戻って来た時に起こしてくれたら良かったのに」

「そうしようかなとは思ったんですがぁ、リョータ君もラビィちゃんも疲れてる様子だったのでそのままにしておいたんですよぉ。それにぃ、私もネプチュヌスさんのお手伝いで疲れてましたからねぇ」


 そう言ってからゆっくりと首を左右に振り疲れをアピールするミントだが、実際にそれが本当の事なのかは疑わしい。なにせミントと知り合ってから、俺は一度もミントが疲れた様子を見せるのを見た事が無いからだ。

 もちろんこれは俺の主観だから、実際にミントが疲れを感じているかどうかは分からない。けれど、伝説にまでなっているアデュリケータードラゴンなら疲れ知らずでもおかしくはないと思える。


「そっか。まあ、とりあえずお疲れ様。それでどうだった?」

「やっぱりこの大時化はぁ、ネプチュヌスさんがやっていた事でしたよぉ」

「大時化の原因はミントが言っていたとおりだったってわけか……で、そのネプチュヌスが大時化を起こしてる理由は何だったんだ?」

「うんしょっとぉ。それはですねぇ――」


 パタパタと小さな羽をはためかせながらベッドに座る俺のもとへと飛んで来たミントは、隣にちょこんと座ってから話を始めた。

 ミントはいつもと変わる事のないゆっくり口調だったから話しが長く感じたけど、内容を要約すると非常に単純で短くなる。

 なんでもミントがネプチュヌスに会って聞いた話によると、今現在このアルフィーネの港からラグナ大陸へかけての海域にとても強力な催眠効果を持った成分が溶け込んでいるらしく、その成分を取り込んだ魚貝類を人が口にしたらもろにその影響を受けかねない――との事から、ネプチュヌスは必死でその催眠成分が広がらない様にしているらしい。

 そして今起きている大時化は、その強力な催眠成分を広がらせない為にやっている工程で起きてしまっている副産物との事だった。


「――なるほどな……。で、ネプチュヌスにはその催眠成分を撒いた奴に心当たりはあったのか?」

「残念ながらそれは分かりませんでしたねぇ。ネプチュヌスさんもぉ、『気が付いた時にはそうなってた』と言っていましたからぁ」

「そっか……何か手掛かりでもあればと思ったんだがな……」


 異世界の海に関する知識は乏しいのでよく分からないけど、そのネプチュヌスが言っている催眠成分がおそらく人の手によって意図的に散布されたのだろうという事は想像がつく。しかしそれをやったのが誰で、何の目的でそれをしたのかが分からないと事件の解決は難しいだろう。


「あっ、そういえばぁ、ネプチュヌスさんは『この催眠成分には強力な魔術の力を感じます』と言ってましたねぇ」

「強力な魔術の力ねえ……」


 まさかとは思ったけど、魔術の力と聞いて俺の頭にはすぐにロマリアの事が思い浮かんだ。いくらロマリアが魔術の発展などに力を注いでいる国とは言え、あまりにも考えが直球だとは思う。けど、魔術という繋がりがある面においてはこれ以上無いくらいにロマリアが怪しいのも事実。

 もちろんロマリアを疑う理由はそれだけではない。アクア湖汚染事件などでもロマリアの暗躍が見て取れたし、その事件には強力な魔法の力を秘めたアイテムの存在もあったわけだがら、ロマリアに疑いの目が向くのは当然と言えば当然だと思う。

 本当なら色々と考えを巡らせてから行動に移したいところだけど、今の俺達には悠長に考えを巡らせている時間的余裕も資金的余裕も無い。可能性があればその全てに片っ端から当たってみるしかないわけだ。

 俺は自分の考えについてミントに話をした後、その内容を朝にみんなが起きたら話しておいてくれと頼んでから別れて再び眠りについた。


× × × ×


 翌朝。

 俺は目覚めてから早々にラビィを叩き起こし、ミントとの会話の内容を話して聞かせた。寝てるところを叩き起こされたラビィは気だるそうに話を聞いていたから内容が頭に入っているかは疑わしいけど、とりあえずこれから行う事を実行してもらえれば今日はそれでいい。

 眠気でぼーっとしているラビィに着替えを促しつつ俺も着替え、その後でミントに伝えていた集合場所に急いで向かった。


「あっ、おはよう、お兄ちゃん」

「おはようございます。リョータさん」

「おはよう。二人共早いね」

「お兄ちゃんからのお願いだもん、当然だよ」

「私も姉さんがお世話になってますから、出来る限りの協力はさせてもらいます」

「ふんっ! 私は別に世話になんてなってないもん!」

「お前はどの面下げてそんな事を言ってるんだ……」

「あの……すみません、リョータさん……」

「ああ、いやいや、ラビエールさんが謝る必要はないですよ。それと唯、今回は協力してくれてありがとうな」

「えへへ」


 そう言って唯の頭を撫でると、唯は凄く嬉しそうに表情を綻ばせた。

 小さな頃からこうして唯の頭を撫でてきたけど、今でもこうして撫でられている時の顔は歳よりも幼く見えて可愛らしい。そう思うのはきっと、妹としての唯をずっと見てきたからだろう。


「――おはよう、ダーリン」

「あっ、ティアさん。おはようございます」

「お、おはよう……」

「おはよう、アマギリ。今日はよろしく頼むな」

「う、うん……」


 ふて腐れているラビィを隣に唯やラビエールさんと話をしていると、しばらくしてティアさんとアマギリが集合場所へとやって来た。

 ティアさんはいつもと変わりなく挨拶をしてくれるけど、アマギリは最近ティアさんの背に隠れた状態で顔を覗かせながら挨拶をする様になった。やっぱり俺の事が嫌いなんだろうか。

 そのへんの事をちょっと聞いてみようとティアさんへ近付いて行くと、アマギリはそれに合わせてティアさんの背から離れてあからさまに距離を取った。


「あの……ティアさん、俺ってやっぱりアマギリに嫌われてるんですかね?」

「ん? どうしてそう思うの?」

「どうしてって、あからさまに俺の事を避けてますし……」

「ああ、そう言う事ね。うーん……あれは別に嫌ってるわけじゃないから大丈夫だと思うわよ?」

「そうなんですか? だったら何で避けられてるんですかね?」

「それを私の口から言うのはどうかと思うから言わないけど、ダーリンはもう少し女心のお勉強をした方がいいかもしれないわね」

「そうなんですか?」

「うん。ダーリンは今でも良い人だけど、鈍感は時に罪だからね?」

「はあ……肝に銘じておきます」


 結局避けられている理由に対する答えは教えてもらえなかったけど、嫌われているわけじゃないならまあいいだろう。俺の知りたい避けられている理由については、その内アマギリ本人にそれとなく聞いてみよう。素直に答えてくれるかは分からないけど。


「皆さん~、お待たせしましたぁ~」


 ティアさんとアマギリがやって来てから程なく、ミントがいつもの様にパタパタと小さな羽を愛らしくパタつかせながらやって来た。その愛らしさはラッティと並んで我がパーティーのマスコットと呼ぶに相応しい。


「よしっ、これで全員揃ったな。それじゃあみんな、今日の調査、よろしくお願いします!」

「よろしくお願いしますはいいけどさあ、調査に回る組み合わせはどうするの? 言っておくけど、私はエルと一緒に回るのは嫌だからね」

「姉さん……」

「はあっ……まったくお前って奴は……」


 この天使姉妹の間で過去に何かがあってこうなったのは分かるけど、ここまで頑なに妹を避ける理由とはいったい何なのだろうか。今後の為にもこの姉妹には仲良くしてほしいところだけど、今はその為に割いてあげられる時間がない。

 俺はラビィとラビエールさんの事を考えて調査に向かうメンバーの割り振りを決め、早速今日の調査を開始する事にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る