第60話・苦労人と駄天使の日常

 俺を含めた九人で東のラグナ大陸へと向かい始めた今回の旅だったが、この旅は出発から二日と経たない内にさっそく頓挫とんざしていた。

 リリティアの街であれだけ用意周到に準備をしていたというのに、なぜこうも早く俺達の旅が頓挫したのか。それは言わずもがな、我がパーティー唯一の汚点であるラビィのせいだ。


「おいラビィー。手を休めてんじゃねーぞー」

「分かってるわよ! いちいち私を監視しないでよねっ!」


 俺とラビィは今、クラーフの街にある酒場で皿洗いのアルバイトをしている。

 なぜラグナ大陸へ向かっているはずの俺達が、二日と経たない内に通過地点であるクラーフの街でアルバイトをしているのか。それはここへ訪れる前に通った海峡の橋の上で、ラビィが荷馬車に積んであった荷物を全て海へと投げ捨てたからに他ならない。

 ではなぜラビィがそんな馬鹿な真似をしたのかと言うと、このクラーフの街へと続く海峡の橋の上を通過中に激しい海風に煽られて橋が大きく揺れ、その時に荷馬車内で寝ていたラビィがそれを地震だと勘違いをして飛び起き、慌てて近くにあった荷物を片っ端から海へと投げ込んだからだ。

 なんでも寝惚けて屋敷の自室と勘違いをし、私物を守る為に屋敷の外へと私物を投げている感覚だったらしいのだが、いくら寝惚けていたとは言え、ラビィの行動には毎度の事ながら辟易へきえきする。

 もうここまでくると天晴れとしか言い様がないくらいの疫病神っぷりだが、そんなラビィの疫病神っぷりにすっかり慣れて行動をしている俺もどうかとは思う。まあそれでも、リュシカとティアさんとアマギリの財布だけは本人達が持っていた事により被害を免れたから良かった。

 でも持って来ていた荷物は全て海の藻屑と消えたてしまったわけだから、それはしっかりと弁償しなければいけない。だけどみんなの持って来ていた荷物分の弁償するとなると、その額は半端なものじゃない。それを考えただけでも気が滅入ってしまう。

 魔王ラッセルの事やロマリアの事などを調べる為に意気揚々と旅に出たと言うのに、出だしからこの始末ではこれからの行く末が不安でしょうがない。

 それに集団行動においては一人の愚かな言動がそのまま集団全体に悪影響を及ぼす。これまではパーティー内でラビィからの迷惑を直接こうむるのはほぼ俺だけだったが、これからはそうはいかない。今回の様にラビィの疫病神っぷりが発揮されれば、それはそのままみんなへの迷惑に直結するのだから。

 俺はこれまで以上にラビィの監視を強めなければいけないと思いつつ、日暮れ近くまで日銭稼ぎのアルバイトに勤しんだ――。




 忙しかったバイトが終わり、この街で一番安いと言われているボロ宿の部屋へと戻って来た俺とラビィは、旅の疲れとバイトの疲れでこうべを垂れていた。


「はああっ……疲れたわね……」

「だな……明日もバイト忙しいだろうから、早めに寝――」


 早めに寝とけよ――と言い終わる間も無く、ラビィは粗末なベッドに文字通りぶっ倒れて即座に寝息を立て始めた。その早さたるや、どこぞの青ダヌキの相棒であるの〇太君もビックリの早さである。しかし冒険者としてはこの寝付きの早さは一級品だと言えるだろう。是非ともこの才能を別のところにも活かしてほしいもんだ。

 うつ伏せ状態で眠るラビィを横目に見つつ、俺も早く寝ようと思って身体をベッドへ預けようとしたその時、部屋の古びた扉がコンコンと優しく叩かれた。


「はーい。どちらさまですかー?」

「私よダーリン」

「あっ、今開けますね」


 俺は倒しかけていた身体を勢い良く戻して立ち上がり、出入口の古びた扉を引き開けた。そこには沢山のパンが入ったカゴを両手で持ったティアさんの姿があり、扉を開いた俺へサッとそれを差し出してきた。


「はい、ダーリンお疲れ様。私からの差し入れよ」

「わざわざありがとうございます。ティアさんも疲れているのにすみません」

「気にしないで――っていうのは無理かもしれないけど、こうなった以上は現実を見て次へ繋いで行くしかないでしょ?」

「まあ、そうですよね」

「そうよ。それにダーリンはそこの疫病神とずっと一緒にそうやって生きて来たんだから、今更それが一回や二回増えたところで大して変わらないわよ」

「ははっ。その一回や二回が毎回致命的に痛いのが問題なんですけどね」

「ふふっ、そうかもしれないわね。まあそれはそれとして、ちゃんと差し入れを食べてから寝てね。ダーリン」

「はい。あっ、泊まってる宿まで送りましょうか?」

「いいわよ。外へ出たダーリンが途中で女体化したら大変でしょ? それにダーリンの妹やそこの疫病神の妹もそろそろ戻って来るだろうし、色々と準備もしておかなきゃだから」

「そういえばそうですね……それじゃあ、唯とラビエールさんの事、お願いします」

「分かったわ。それじゃあ、お休みなさいダーリン」

「はい。お休みなさい」


 用件を済ませたティアさんは、そのまま背を向けて宿を出て行った。

 実は俺達は同じ宿に泊まっていない。とりあえずお金を持っているリュシカとティアさんとアマギリは別のまともな宿を取っている。

 ちなみにお金を持っていない俺とラビィは粗末なベッドしかない宿だが、ラッティとミントはリュシカの計らいで同じ宿へ泊まっている。まあ、子供のラッティや被害者であるミントをこんな所に寝かせるわけにもいかないから、リュシカの寛大な計らいには感謝したい。

 それから同じくラビィの被害を受けて文無しになった唯とラビエールさんだが、二人は俺とラビィの様にアルバイトをするという選択肢を取らず、この街にあるギルドでクエストを受けてお金を稼ぎに行っている。

 きっと冒険者のお金稼ぎの方法としては唯達の方が正しいんだろうけど、俺とラビィのコンビではクエストを受けても達成できない可能性が限り無く高い。それならほぼ安全で収入に確実性のあるアルバイトを選択する方が、みんなにも迷惑をかけなくて済むってわけだ。

 呑気に寝息を立てて寝ているラビィを見ながらベッドへと戻って腰を下し、俺はティアさんの持って来てくれた差し入れのパンを食べてからしばらくして眠りへとついた。


× × × ×


 クラーフの街に来てから三日目の朝。ラビィとラッティとミント、そしてリュシカと俺はクラーフの街にある孤児院へと向かっていた。孤児院からのクエスト依頼を受けたリュシカの手伝いをする為だ。

 クエストは孤児院でのお手伝いって事だったらしいから、どんな手伝いをするのか内容は分からない。しかしまあ、クエストの報酬はかなり安かったから、そう大した内容ではないだろう――と、孤児院へ着くまではそう思っていた。


「――はあっ!? お花を取りに行きたいですって?」

「うん。お姉ちゃん達は冒険者でしょ? だから私をユーティリアの丘まで連れて行ってほしいの!」

「ええっ……」


 目的の孤児院へと着いた俺達は、そこで孤児院の代表をしているナナリーと言う若い女性から孤児院の修繕などを手伝ってもらうように頼まれ、その為の材料集めにチーム分けをして街外まちそとの各場所へと向かっていたんだけど、その途中で案内役として行動を共にしていた孤児院の女の子ロアンナが、唐突にそんなお願いを申し入れてきた。

 しかしそんなロアンナの唐突なお願いにラビィが良い顔をするわけもなく、当然の様に面倒くさそうな表情を浮かべた。クエストの報酬額を考えるとラビィの気持ちは分からんでもないけど、あからさまに嫌そうな表情を子供の前で見せるのは止めていただきたい。


「オホンッ! なあ、ロアンナ。どうしてそのユーティリアの丘に行きたいのかな?」

「……あのね、もうすぐナナリーお姉ちゃんの誕生日なの。だからユーティリアの丘にあるっていうホープフラワーをどうしても摘みたいの」

「それは素敵な誕生日プレゼントですねぇ」

「うん! だからお願い。私をユーティリアの丘まで連れて行って!」

「なるほどね……」


 とても真剣にお願いをするロアンナ。冒険者の一人としてはいたいけな少女のお願いを二つ返事で聞いてあげたいところだけど、見知らぬ土地での採取クエストはとても危険度が高い。それは何よりも土地勘が足りないからだ。それに加えて今回の場合はあまりにもお願いが突然で、必要な情報を知る暇も無い。これでは更にクエストの危険度を増す事になる。

 とりあえずミントが居るからある程度の事はどうにか対処できるかもしれないけど、それでもどんな危険があるのか予想がつかないので素直に頭を縦には振れない。


「……ねえ、アンタは何でその花がいいの? 花ならそこらへんにあるのでもいいじゃない」

「それはそうなんだけど……前に食料の買い出しに行った時、ナナリーお姉ちゃんがお花屋さんに出されていたホープフラワーをじっと見つめてたの。ホープフラワーには願いを叶えるって言い伝えもあるし、ナナリーお姉ちゃんにも叶えたい願いがあるんだと思うの。だからどうしてもホープフラワーが欲しいの!」

「だったらそのお花屋さんで買ってあげればいいじゃない」

「それは無理だよ。ホープフラワーはとても貴重なお花で、私達に買えるようなお花じゃないもん。だからお願い! ナナリーお姉ちゃんにホープフラワーをプレゼントするのに協力して!」


 とりあえずロアンナの言うホープフラワーってのがどれだけ貴重な物なのかは分かったし、それをナナリーさんにプレゼントしたいと言うロアンナの気持ちはよく分かった。

 俺としてはロアンナのお願いを何とか叶えてあげたいと思うのだけど、きっとラビィは大反対するだろう。それはさっきまでのラビィの質問内容からも容易に窺える。

 とりあえずそのホープフラワーを採取できるかどうかは別にして、ユーティリアの丘と呼ばれる場所まで足を伸ばしてみようと考え始めていた俺は、どうやったら乗り気じゃないラビィを説得できるだろうかと考えを巡らせ始めた。


「…………いいわよ。それじゃあ、その花をとっとと摘みに行きましょう」

「えっ!?」

「い、いいの? お姉ちゃん?」

「だから摘みに行きましょうって言ったじゃない。行かないの?」

「う、ううん。ありがとう、お姉ちゃん」

「お礼なんていいから、とっととその何たらって丘に案内しなさい」

「うんっ! ありがとう、お姉ちゃん!」


 俺の予想を裏切る形でロアンナの依頼を受け入れたラビィは、ロアンナの案内でユーティリアの丘がある方へと歩き始めた。


「なあ、ミント。アイツはラビィで間違い無いよな?」

「間違い無くラビィちゃんですよぉ?」

「て事は、これは夢か?」


 そう思ってこんな時のお決まりの様に頬をつねってみるが、夢とは違ってしっかりと痛みが走る。どうやらこれは夢でもないらしい。


「なーにしてんのリョータ? 早く来ないと置いてくわよ」

「お、おう……分かってるって」


 予想外な行動を見せるラビィに困惑しつつも、とりあえずロアンナの願いを叶えてあげられる機会ができた事に安堵し、俺はミントと一緒に二人の後へ続いた。

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