第61話・駄目な天使の天使な気まぐれ
ロアンナの頼みでユーティリアの丘へと向かっていた俺達だったが、モンスターの襲撃が多くて辿り着くのに二時間程を費やしてしまった。
まあ、時間がかかったのはロアンナを守りながらの戦いだったからと言うのもあったけど、実際は相手の数が多いのと、単純に強かったからってのが大きな原因だ。これでもしミントが居なかったらと思うとゾッとする。
しかし俺としては、この程度の時間で辿り着けたのはむしろ早かったと思える。ロアンナにお願いをされた場所からこのユーティリアの丘までの距離を考えれば、何の妨害も無かったらだいたい五十分くらいで辿り着けるだろうから。
そしてもう一つ良い意味で誤算だったのは、ラビィ自らがロアンナの守りに徹してくれた事だ。
本来なら三人で戦うのが普通だろうけど、はっきり言ってラビィはあのパラメーターだから攻撃面ではまったく役に立たないし、下手に攻撃面で参戦していたらもっと時間がかかっただろう。だからラビィがロアンナの護衛に徹してくれていたのはありがたかった。まあ、モンスターの攻撃を受ける度にエロイ声を出していたのは緊張感に欠けたけど、それはラビィの仕様だから仕方ない。
「で? アンタの言ってたホープフラワーってどんな花なの?」
「えーっとね、空色の小さな星型のお花が沢山集まってるお花だよ」
「それではぁ、みんなで探しましょうかぁ」
「そうだな。でも、絶対に俺達の近くから離れちゃ駄目だよ? ロアンナ」
「うん、分かった。それじゃあ私、お姉ちゃんの近くで探すね」
自分をモンスターから必死に守ってくれたからなのか、ロアンナはすっかりラビィに懐いていた。
ラビィはそんなロアンナに対し、『気をつけて探しなさいよ』と、まるで本当のお姉さんの様に振る舞っている。いつもならそんなラビィを見たら調子に乗ってる――なんて思うだろうけど、今回ばかりはそんな事は思わなかった。
仲良く目的の花を探す二人を見て少し微笑ましく思いつつ、ミントに周囲の警戒を頼んでからホープフラワー探しを始めた。
「――思ってたよりも見つからないもんだな……」
ホープフラワーを探し始めてからしばらく経った頃、俺は額に浮かんだ汗を拭いながら一言そう呟いた。
このユーティリアの丘はそれなりに広くて沢山の花が咲き乱れているんだけど、問題なのはその咲き乱れている花にホープフラワーと同じ空色の花が多い事だ。探しているホープフラワーがそれなりに見つけやすい花なら問題無いけど、それが希少な花なら一気に難易度が上がる。
しかも探しているホープフラワーは群生する事はないらしく、同じ様な色の花に紛れて一つだけ育つと言うから質が悪い。
「ミントー! ちょっといいかー?」
「何ですかぁー?」
このまま探し続けるのもどうかと思った俺は、ミントがホープフラワーについて何か知っていないか聞いてみようと考えていた。
上空で俺達の安全を守る為に警戒をしていたミントが、小さな羽をパタパタと動かしながら素早くこちらへと向かって来る。
「どうしたんですかぁ? リョータ君」
「あのさ、ミントはホープフラワーについて何か知ってる事はないのか?」
「私はホープフラワーと言う名のお花について耳にするのは初めてなんですよねぇ」
「そうなのか……」
野草などについても詳しいミントなら、何かしら見つける為のヒントをもらえるのではないかと思っていたんだけど、それはさすがに甘かった様だ。まあ、どんな時でもミントを頼ろうとする俺もいけないだろうけどな。
「でもぉ。ロアンナちゃんの言っていたのと同じ様なお花の事なら知ってますよぉ?」
「同じ様な花?」
「はい。私の知っているそのお花はぁ、ロアンナちゃんの言っていた様に空色で小さな星の形をしたお花が沢山集まったお花なのですよぉ」
「えっ? それってロアンナの言ってたホープフラワーじゃないのか?」
「確かにここまではロアンナちゃんの言っていたお花と同じなのですがぁ、私の知っているそのお花は星屑の花と言ってぇ、夜にしか咲かないお花なんですよぉ。しかも夜に探して摘まないとぉ、お花が咲いた状態でプレゼントする事は不可能なのですぅ」
「夜にしか咲かない?」
「はい。だからもしもロアンナちゃんの探しているホープフラワーが私の言った星屑の花の事だとしたらぁ、どれだけ探しても今は見つけられないですねぇ」
「なるほど……」
もしもホープフラワーがミントの言っている星屑の花の事だとしたら、今はどれだけ探しても無駄と言う事になる。それに本来の目的は孤児院の修繕に使う材料を集めて来る事だから、いつまでもここに留まるわけにはいかない。
俺はミントにお礼を言ってから再び周囲の警戒に戻ってもらい、ラビィとロアンナにさっきミントと話した事を伝えた。しかしロアンナはその話を聞いてもホープフラワー探しをする事を諦める気配がなかったので、俺はあと三十分だけという制限時間付きでロアンナにホープフラワー探しをするかどうかの選択を任せた。
そして俺達はその後も諦めきれないロアンナの選択に従ってホープフラワーを探し回ったけど、それらしき花の一つすら見つける事はできなかった。
あのままホープフラワー探しを続けていては当初のクエストを達成できなくなるので、俺達はきっちり三十分経った頃にホープフラワー探しを切り上げた。もちろんロアンナは納得した様子ではなかったけど、いつまでも子供連れで危ない外を行動するわけにもいかないから仕方ない。
ホープフラワー探しを切り上げた後できっちりと材料を獲得して孤児院へと戻った俺達は、予定よりだいぶ遅くなったけど孤児院の修繕作業を手伝った。
修繕作業は孤児院に居る子供達も手伝ってくれたけど、ロアンナを含めた子供達の表情がどこか元気が無い様に見えたのは気のせいではないだろう。きっと孤児院の子供達でホープフラワーをナナリーさんにプレゼントする計画だったんだろうけど、それが叶わずにがっかりしていたんだと思う。できればロアンナ達の願いを叶えてあげたかったけど、現実はどうしようもない事の方が圧倒的に多い。
こうしてどこかモヤモヤした気持ちを抱えつつ、孤児院から受けたクエストは終了した。
× × × ×
孤児院からのクエストを達成した日の深夜。俺は宿屋のベッドの中でゴソゴソと何かを扱う音を聞いて目を覚ました。
何だろうと思ってその音がする方へ静かに寝返りを打つと、ラビィが装備を整えてから道具袋を持って部屋を出て行く姿が映った。
――アイツ……こんな夜中にどこに行くんだ?
また良からぬ事をしでかそうとしているのではと思った俺は、無理やりに意識を覚醒させてから素早く準備を済ませ、奇襲スキルを発動させてからラビィの後を追いかけた。
「――ラビィの奴、どこに行ったんだ?」
すぐに宿を出たとは言え、その頃には既にラビィの姿はどこにも無かった。
しかし準備をしつつ部屋の小さな窓からラビィの向かって行く方向は見ていたので、とりあえず俺はその方向へと向かう事にした。
そしてラビィが向かっていた方向へ進む事しばらく、街の出入口付近まで来た時に偶然にもミントを発見した。きっと日課の散歩でもしていたんだろう。
「おやぁ? この匂いはリョータ君ですねぇ。どうしたんですかぁ? こんな時間にぃ」
パタパタと羽を動かして飛んでいるミントの側まで近付くと、鼻をスンスンと鳴らした後で俺の方を向いてそんな問いかけをしてきた。
奇襲スキルは姿を消す事はできるけど、匂いや足音などまでは消す事ができない。だからスキル使用者の存在を見破るのはそう難しい事でもないけど、匂いで見破るというのがなんともミントらしい。
俺は更にミントに近付き、周りの人に気付かれない様にしながら小声で話しかけた。
「ちょっと野暮用があってな。ミントは散歩か?」
「そうですねぇ。散歩と言えば散歩ですがぁ、今は街の外へ出て行ったラビィちゃんの後を追って行こうとしてたところですねぇ」
「えっ!? ラビィは外に行ったのか?」
「そうですよぉ。リョータ君も一緒に行きますかぁ?」
「あ、ああ。そうだな。一緒に行くよ」
「そうですかぁ。それでは私にも奇襲スキルを使ってくれませんかねぇ? 私の色は夜には目立ちますのでぇ」
「分かった」
俺は街の外へと出たところでミントにも奇襲スキルを使い、それから間もなく平原を歩いているラビィを発見した。
「アイツ、こんな夜中にどこに行ってるんだろうな?」
「どこでしょうねぇ?」
スタスタと平原を歩くラビィに迷いの様なものは感じない。つまり行く先は決まっているという事だろう。そしてそんなラビィの腰に下がってる道具袋からは、微かに淡い光が漏れ出ている。
「なあ、ミント。ラビィの道具袋から出てる光が何か分かるか?」
「あれはおそらくぅ、モンスター除けのアイテムから放たれてる光でしょうねぇ」
「モンスター除け? アイツどこでそんなアイテムを……」
「それは多分ティアちゃんからだと思いますよぉ? 夕暮れ前にラビィちゃんがお願いをしてぇ、ティアちゃんから何かを受け取っているのを見ましたからぁ」
「ティアさんから?」
いわゆる犬猿の中みたいなラビィとティアさんだが、そんな相手にお願いをしてまでモンスター除けのアイテムを欲しがるとは普通ではない。ましてやプライドだけは一人前なラビィがお願いをするなんて、もっと普通ではない。
いよいよラビィの目的が気になってしょうがなくなった俺は、モンスターに襲撃されてラビィに気付かれる事を防ぐ為にミントにお願いをして空へ掴み上げてもらい、上空からラビィの追跡を続ける事にした。そして上空から追跡をする事しばらく、ラビィは昨日の朝に俺やミント、そしてロアンナと共に訪れたユーティリアの丘へと着いた。
俺はミントに頼んで地上へと下してもらい、一緒に草花の陰に身を潜めながらラビィの様子をしばらく窺い続ける事にした。
「――なあ、ミント。ラビィは何をしてるんだと思う?」
「ロアンナちゃんが欲しがっていたホープフラワーを探しているんじゃないですかぁ? 孤児院のお手伝いから帰る時にぃ、ホープフラワーについてラビィちゃんから色々と質問をされましたからねぇ」
「そうなのか……」
状況を考えれば、ラビィがホープフラワーを探しているんだという事は何となく分かっていた。だが不思議なのは、なぜ面倒くさがり屋のラビィが自らそんな事をしているのかという事だ。その理由はいくら考えても分からない。
「――あらぁ、これは良くないですねぇ……」
らしくないラビィの行動をしばらく見守りながらその理由を考えていると、ミントが唐突に不穏な言葉を口にした。
「良くないって何だ?」
「ラビィちゃんの道具袋に入っているモンスター除けアイテムの効果が切れてるんですよぉ」
「いっ!? マジか!?」
「大マジですよぉ。その証拠にぃ、道具袋から光が漏れ出てないですからぁ」
その言葉を聞いてラビィの腰に下がっていた道具袋を改めて見ると、確かにミントの言う様に漏れ出ていた光が一切見えなくなっていた。
あの道具袋に入っていたアイテムがどんな退魔アイテムかは分からないけど、ミントの言っていた様にあの光が出ている間が効力を発揮できる時間だとすれば、既にその効力は無くなっているという事になる。それはつまり、いつモンスターに襲われてもおかしくはない状況だと言う事だ。
「…………ミント。暗いけど上空からモンスターの接近を察知して排除できるか? ラビィに気付かれない様にして」
「ちょっと大変だとは思いますけどぉ、リョータ君が協力してくれるなら可能だと思いますよぉ?」
「そっか。それじゃあ頼むよ」
「了解なのですぅ!」
こうして俺とミントは、ホープフラワーを探しているラビィに気付かれない様にしながら護衛を始めた。
暗く静かな夜に一人の人物に気付かれない様にしながらモンスターを排除するのはかなり骨が折れたけど、結果的に夜明け前にラビィはホープフラワーを何とか見つける事ができたから良かった。これで見つけれなかったら俺達の苦労が水の泡だからな。
嬉しそうにしながら大事にホープフラワーを持ち帰るラビィの護衛を最後まで勤めつつ、街へと戻った時にはすっかり夜が明けていた。
「――これで一件落着ですかねぇ」
「そうだな。俺達はラビィに見つかる前に宿屋へ戻るとするか。行こう、ミント」
「はいですぅ」
街へと戻ってから開店前のお花屋さんを叩き起こしたラビィは、持ち帰ったホープフラワーを綺麗に包んでもらった後でそれを持って孤児院へと向かい、綺麗に包まれたホープフラワーを孤児院の出入口の地面へと優しく置いた。
俺とミントは地面へ置いたホープフラワーを満足そうに見つめるラビィを見てからその場を後にし、宿屋に戻った俺は何も知らない振りをしてベッドに寝転がり、ラビィが帰って来るのを待った。
「――よう。早いなラビィ」
「起きてたんだ」
「まあな。お前はこんな朝早くにどこへ行ってたんだ?」
「ちょ、ちょっと散歩にね」
「そっか」
ぶっきら棒にそんな嘘を言うラビィ。そんな態度を見て思わず、『そんなに身体中が汚れる散歩って何だよ』と言いたくなったけど、今だけはそんな野暮な事は言わないでおこう。理由はどうあれ、アイツが初めて自分から他人の為に頑張ったんだから。
俺は素直じゃないラビィを見てから薄く微笑んだ後、消費した体力を少しでも回復しておこうと瞳を閉じた。
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