第51話・ドリームバトル
爆煙があちらこちらで立ち上り、その煙が辺りを包み込む戦場。目に見える範囲だけでも、沢山の冒険者や腕っぷしの強そうな戦士達が倒れ重なる死屍累々の光景。これはまさに、地獄絵図と呼ぶに相応しい光景だ。
この戦いが始まる前に居た数百人の内のどれだけが今生き残っているかは分からないけど、その数は決して多くないだろう。下手をすればその数は数人までに減っているかもしれない。それ程に俺達が相手にしている奴は強かった。
「くそっ……何て強さなんだ。これが魔王の本当の力ってやつか……」
這いつくばった地面から空を見上げ、悔しさで声を上げる。
異世界にやって来てから五年の月日が経ち、様々な冒険を経て成長してきた俺達は、大規模な魔王討伐クエストに参加していた。あれから随分と経験を積んで成長してきたつもりだったが、それでも魔王との実力差は大きかった。
相当な強者であるにもかかわらず、あっけなく命を絶たれて永遠に動かなくなっていく多くの仲間達を前に、俺の中にも死の文字が浮かんでくる。
「にい……やん……」
「ラッティ!? どこだラッティ!?」
そんな死の恐怖が目前に迫って来た中、爆音響く戦場にラッティのか細く俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「にい……やん……がんば……って……」
声が聞こえてきた方へ視線を向けると、一瞬だけにこっと微笑んでから倒れたラッティの姿が見えた。そんなラッティを見た俺は、悲しみと怒りのあまりに出した事も無い様な大きな声でラッティの名前を叫んだ。
這いつくばりながらも倒れたラッティの側へと何とか辿り着いたが、既にラッティの命の鼓動は止まっていた。
「くそっ……」
「リョータ、泣いてる場合じゃないわよ」
ラッティの手を握って涙を流していた俺の前に、ボロボロの姿になったラビィが姿を現した。毅然とした様子を見せてはいるが、ラビィも既に限界が近い事は分かる。だって俺達は、今までずっと一緒に戦ってきたんだから。
「そうだな……それよりも、ラビエールさんと唯とリュシカはどうした?」
「……死んだわ。私をアンタの元へ向かわせる為に魔王に向かって行って……」
「そうか……」
「今はミントが時間を稼いでくれてる。だからリョータ、私に残った最後の力をアンタに託す。だからきっと魔王を倒して。頼んだわよ?」
「…………ああ、分かったよ。ラビィ」
「頼んだわよ、リョータ。そして魔王を倒したら、またみんなで冒険をしましょう」
ラビィが握っていた俺の手が、僅かに震えているのが分かった。それはきっと、自分が言っていた事ができないと分かっていた上での発言だったからだろう。
「ああ、そうだな……またみんなで冒険をしよう!」
でも俺は、そんなラビィの気持ちを汲んで力強くそう答えた。きっとこれが、みんなとの永遠の別れになる。それが分かっていたから、最後くらいはこれでもかってくらいに格好をつけたかったのだ。
「そんじゃラビィ、いっちょあのクソッタレにドデカイのかまして来るぜっ!」
「うん! 頼んだわよっ! アルティメットエンジェルブレスッ!!」
「いくぞ魔王! 全ての人達の苦しみと悲しみを思い知れっ! うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――っ!!!!」
強い思いを胸に、俺は今、一つの大きな光の矢となった。
× × × ×
「ぐあっ!? いたたっ……あれっ? ここは……?」
大きな光の矢となって魔王へ最後の一撃を食らわせに行った俺が次に見たのは、天地逆さまになった自室の光景。
最初こそ魔王の攻撃で天地がひっくり返ったのかとも思ったけど、それが単にベッドから俺が落ちただけだと悟るのにそう時間はかからなかった。
「夢か…………」
さっきまで見ていた光景が夢だと分かると、急速に虚しさが心を支配していく。
まあ考えてみれば、ラビィが魔王との最終決戦であんなに役立つわけがないからな。せいぜい今のラビィに出来そうな事と言えば、魔王をこれでもかってくらいに挑発して盾役になるくらいだろうか。
しかしまあ、どちらにしても盾役はとても重要だから、今のラビィには最適な役回りとも言える。もしもそんな場面に遭遇したら、ラビィには上手い事を言って盾になってもらうとしよう。
それにしても、夢だと分かるとラストまであの戦いを見届けられなかったのが実に惜しく感じる。きっと夢の中の俺はあのバトルに大勝利し、英雄として語り継がれる存在になっていたに違いないのだから。現実では程遠く叶わない様な事でも、夢の中でなら叶う事もある。そして都合良くもそんな夢を見れたのなら、最後までそれを見届けたくなるのが普通だ。だって現実はどこまでも非情なのだから。
「ちょっとリョータ! いつまで寝てる気? いい加減にしないとアンタの朝食全部食べちゃうんだからねっ!」
「すぐ行くよ」
這い登る様にしてベッドへと座った俺は、扉の向こう側から聞こえてきたラビィの言葉にぶっきら棒に返答をしてから着替えを始めた。
ラビィの呪いの指輪事件から一週間程が経っていたんだが、呪われていた時の綺麗なラビィは既に一片の欠片も無く消え去っていて、この異世界へ来た時のままに傍若無人で我がままな駄天使へと戻っていた。そんな元に戻ったラビィを見ていると、誰か死なない程度のリスクで性格の変わる指輪を作ってくれないだろうか――と考えてしまう。そう思うくらいに呪われていた頃のラビィは良かったのだ。
そんな不毛な事を考えつつ着替えを終えた俺は、今週の朝食当番であるラビィが用意した朝食を摂りにダイニングルームへと向かった。
「はあっ…………」
辿り着いたダイニングルームのテーブル上に用意された明らかに手抜きと思われる朝食を見て溜息を吐きつつ、俺は小さなお皿に乗ったパン一個と水の入ったコップを手に持ってたった二分の朝食を終えた。
そして朝食を摂った後、俺は朝食当番のラビィにちょっとした嫌味を言ってから屋敷を出てギルドへと向かっていた。
屋敷を出るまでにラビィが何やらかんやらと文句を言っていたけど、その言葉はどれ一つとしてまともに覚えていない。あいつの
「――今日もギルドは大盛況だな」
春を迎えたギルド内は、冬の間に浪費した金を稼ごうとしている冒険者で連日の大賑わいを見せている。
ギルドは毎日、朝昼晩のそれぞれ一回ずつクエストの更新をしているんだけど、その更新されたクエストに群がる冒険者達の様は、まるでバーゲンセールの品に
我先にと良いクエストを取ろうとする冒険者達の動向を見ながら、俺は近くにある酒場の椅子を引いてそこに座り込んだ。今更慌てたってどうしようもない事が分かっているからだ。
半ば悟りきった様にしてその光景を見ていると、同じ様に近くの椅子に座っている冒険者達の声が聞こえてきた。
「最近魔王の軍勢があちこちに現れてるって聞いたけど、本当なのかね?」
「ああ、その話なら俺も聞いたよ。何でもこの前は北にあるチョポロン村が襲われたって聞いたぜ?」
「マジか!? チョポロン村って言ったら、リリティアから結構近いじゃねーか。この街は大丈夫なのかねえ」
――魔王の軍勢ねえ……。
以前に聞いたティアさんの話からすれば、その冒険者達が話している事は何とも胡散臭く感じるんだけど、ここしばらくの間で魔王の軍勢に関する噂が急速に広まっているのは確かだ。火の無い所に煙は立たないって言うし、ちょっとは気をつけておくべきなのかもしれない。
近くに座っている冒険者達が魔王軍関連の話を続けるのを聞きながら、俺はクエスト掲示板に集まっている冒険者連中の数が少なくなるのを待っていた。
しかし集まった冒険者達が散った後に残されたクエストは、どれも俺達――いや、俺とラビィを交えたパーティーの実力では達成できそうにない難易度のものばかりで、結局はこの朝もまともなクエストを受ける事はできなかった――。
もうしばらくすればお昼を迎えようかと言う頃、俺は明るい太陽に照らされた大地の上を歩いていた。
正確には俺とラビィとティアさんの三人だが、無理矢理にでも働かせようとラビィを連れて来たのは失敗だったなと、今更の様に後悔している最中だ。
「だいたいさあ、アンタこんな甲斐性無しのどこが良いわけ?」
「はあっ!? ダーリンの溢れる魅力に気が付かないなんて、アンタの目は節穴なんじゃないの? それにダーリンが貧乏生活を送ってる原因はアンタなんだから、さっさとダーリンから自立しなさいよ。この疫病神!」
「大天使の私を前にして疫病神とか言ってくれるじゃないの! この色ボケ駄目男キャッチャー!」
「何ですってえ!?」
俺達は今、ティアさんとティナさんが経営する雑貨店、ミーティルに出す為の品を仕入れに行く手伝いとして中級冒険者の集まる街リザルトへと向かっているんだけど、お店で顔を合わせてからずっと、二人はこの調子で言い争いをしている。
最初に出会った頃から仲が良かったわけじゃないけど、この様子だとこの二人はとことん相性が悪いらしい。
まあ、無駄にプライドが高くて我がままでちゃらんぽらんなラビィと、ちょっと変わったところはあるけど、基本的に生真面目なティアさんとでは馬が合わなくて当然と言えば当然なんだろうけど。
「あのー、ティアさん。そろそろどこかで休憩を入れませんか? ティアさんも何度かモンスターと戦って疲れていると思うので」
「あ、うん……。やっぱりダーリンは優しいわね。そうやって私の事をいつも気にかけてくれるんだから」
ラビィとの言い争いで険しくなっていた表情が一気に緩み、顔を赤くしながらしおらしくそんな事を言う。何と言うか、本当に魔王との関係者である事が悔やまれる。
「たくっ、そんなオ〇ニートのどこがいいのか理解に苦しむわ。でもさ、こんなにリョータの事を好きだって言ってるのに、どうして付き合ってあげないわけ? リョータは相手を選り好みできる立場じゃないでしょ?」
「ちょっとアンタ! 珍しく良い事言うじゃない。少しだけ見直したわ」
「ティアさん、そんな事でこの馬鹿を見直さんで下さい」
「馬鹿とは何よ馬鹿とは! ホントにアンタってクソ生意気よね!」
ティアさんとティナさんが魔王の幹部であるという事は、他の誰にも話していない。それはティアさんに口止めされているからというのもあるけど、俺自身がそれを口外したくないからというのもある。
本当なら冒険者としては魔王に関する情報などを提供するのが筋だろうとは思うけど、この世界における魔王の像がいまいちぼやけていて、俺には腑に落ちない点が多い。
だからその辺の事がある程度はっきりするまでは、この事実は自分の胸の中だけにしまっておこうと決めている。
「あー、はいはい。悪かった悪かった。ラビィさんは凄い大天使ですからねー」
「ちょっと! 何よその投げやりな言い方!」
「それじゃあティアさん、あそこの大きな木の木陰で少し休憩しましょう」
「うん」
「コラーッ! 私を無視するなあー!」
スッとラビィの横を通り抜け、俺はティアさんと一緒に目当ての木陰へと向かって行く。後ろでは今もラビィがギャーギャーと喚いているが、こういった時は徹底的に無視するに限る。
ラビィのうるさい罵りを受けながら木陰の下を陣取り、道具袋からシートとして使っている大きな布を取り出す。
そしてその敷いたシートの四つ角に重石代わりに荷物を置いて行き、突風が来ても飛ばされない様に固定した後に腰を下ろしてしばしの休息を取り始める。
地球で言うならちょっとしたピクニックに来ていると言った感じの、とても心地良い陽気と柔らかな風が吹き抜けて行く平原。
だがここは、地球ではない異世界。のんびりとピクニック気分ではいられない。こうしている間にもモンスターが襲いかかって来るかもしれないし、野生の動物に邪魔をされる可能性だってある。だから冒険者は、休憩が短時間になっても大丈夫な様に効率的な休息を取る必要がある。
俺は座ると同時に道具袋から携帯食料を取り出し、それをかじり始めた。
携帯食料は地球で言うところの大豆に似た物をすり潰した物に砂糖を混ぜ込んで作られた大豆バーの様な単純な物だが、これはこれで結構いける。油で揚げられているからカロリーは激高だが、冒険者が持って行く携帯食料としては申し分ないと言えるだろう。
ちなみにこの携帯食料の名前はその硬さからカタカタと言うんだが、この歯が折れそうなくらいの容赦ない硬さと食感が案外癖になる。
「そういえばティアさん、最近あちこちで魔王の軍についての噂話を聞くんですが、ティアさんも噂を聞いてたりしますか?」
「あー、そういえばこの前来たお客さんがそんな話をしてたわね。確かここから数十分くらいの位置にあるチョポロン村が襲われたとか。でも聞くところによると軍とは言えないわよね。何せ相手は一人だったって言うし」
「たった一人ですか?」
「ええ。しかもそのチョポロン村を襲撃したって奴は、大した被害も出さずに村から撤退したらしいわよ?」
――わざわざ村を襲ったくせに、大した被害も出さずに撤退した? 妙な話だな……。
「ティアさん、余裕があればでいいんですけど、少しチョポロン村に寄ってみませんか? 少し調べてみたい事があるので」
「別にいいけど、何を調べるの?」
「あー、いや、少しだけその魔王軍について村人から話を聞くだけですから、そんなに手間は取らせませんよ」
「ちょっとちょっと! リザルトへ行くだけでもしんどいのに、この上寄り道なんて私は反対よ!?」
「それじゃあ、お前だけ先にリザルトへ行くか? 言っておくが、この仕事の途中放棄は認めんぞ? もしも途中放棄したら、お前の部屋から荷物が全てなくなると思え」
「ぐっ……相変らず卑怯な奴……分かったわよ! 行けばいいんでしょ! 行けば!」
予想通りに反対を始めたラビィに対し、俺は強権発動をチラつかせる事でそれを無理やりに抑え込んだ。ラビィにはこれが一番効果的なのは既に分かっている。
こうしてしばらくの休息を取った後、俺達はチョポロン村へと立ち寄る為に進路を少し変え、平原を進み始めた。
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