第50話・最悪の手段

 突如として姿が見える様になった原始の精霊から唐突にラビィに対する死の宣告を聞いた俺は、急いでミントとラビエールさんを起こして状況の把握をする為に行動を開始していた。

 今、俺の隣ではふわふわと浮いているミントが魔法陣に集まる力の流れを見てくれている。いつもは燃える様に赤いミントの目が金色の目に変わっているから、何かしらの能力を使っているのは間違い無いんだろう。


「ふうっ……確かに魔法陣へ集まる力が乱れていてぇ、上手く魔法陣に力が集まっていないようですねぇ」

「マジか……」

「だからそう言ったでしょ? 私の言った事を信じてなかったわけ?」

「あ、いや、そう言う訳じゃないんですが、とりあえず確認をしてもらっただけですよ」

「まったく……そこのちんちくりんのドラゴンも、もっと気をつけて状況を観察しなさいよね。アンタが最初から力場をしっかりとその目で見てれば、こんな状況にはなってなかったんだから」

「その通りですねぇ。以後気をつけますぅ」

「本当に分かってるのかしら?」


 可愛らしく頭を下げるミントを見た原始の精霊は、呆れた感じの表情を見せながら小さく息を吐いた。その反応は精霊と言うにはあまりにも人間的で、どこか親しみさえ感じさせる。


「それにしてもぉ、原始の精霊さんはずいぶんと愛らしい姿になりましたねぇ。その金髪も綺麗ですしぃ」

「あれっ? ミントには虹色の羽を持つ鳥に見えてるんじゃなかったっけ?」

「前に見た時まではそうでしたがぁ、今はリョータ君の原始の精霊さんに対するイメージが定着していると思うのでぇ、リョータ君と同じ姿が見えていると思いますよぉ?」

「へえーっ、俺のイメージだけで周りにもそう見えるんだ」

「実際はイメージしてもエネルギー体が本人にだけそう見えているだけなんですがぁ、みんなに見える様に実体化するなんてとても珍しい現象なのですよぉ」

「ふーん」


 この世界における精霊について俺はまだよく知らないけど、とりあえず原始の精霊がここに居て、みんなに俺のイメージした姿で見えている事がとても珍しい事なんだと言うのは理解できた。本来ならその珍しい現象について喜ぶべきなんだろうけど、今はラビィの命がかかっているからそうもいかない。

 とりあえずだが、魔法陣へ流れているはずの力が乱れている事は分かった。それが分かれば、次はどんな解決策をとるかが問題だ。

 原始の精霊が言うには、魔法陣へ力が集まる為のパワーライン上にそれを邪魔する原因があるとの事だから、単純にそれを排除すればいいんだろうと思う。

 だがここで肝心なのは、その排除しなければいけない原因が何なのか――と言うところだ。

 原始の精霊が言うには、『モンスターかもしれないし、自然現象なのかもしれない』との事だったが、要するにその現場を見てみないと分からないって事だ。まあ、幸いにもミントが乱れた力場の流れから方向や場所が分かると言っていたから、わざわざ目的の場所を探す必要はない。これは時間の無い中では幸いだった言える。

 こうして様々な事態を想定して行動を起こそうと話し合った結果、俺とミントと原始の精霊が力場を乱している原因の場所へ行く事を決め、ラビエールさんには呪いの力が弱まった時の為に残ってもらう事になった。


× × × ×


 二人を起こしてから約一時間後。夜空が月明かりと星の輝きを美しく着飾っているその下に俺達三人は居た。先頭はパワーラインの流れを見ているミント、真ん中は原始の精霊、殿しんがりは俺という並びだが、個人的な気持ちとしては真ん中に居たい。

 そりゃあそうだ。こんな真夜中に見知らぬ土地を出歩くとなれば、当然知らないモンスターと出くわす可能性が高い。しかも今は女体化しているから、もしも雄のモンスターでも引きつけようものなら、どんな惨事を引き起こすか分からない。できれば考えたくない状況ではあるけど、その可能性も考えておかないといけないだろう。


「それにしてもぉ、本当に可愛らしいですねぇ、原始の精霊さんはぁ。どうやったらそんなに可愛らしくなるんですかぁ?」

「そ、そんなの知らないわよ。私はコイツのイメージでこの姿に固定化しただけなんだから」

「リョータ君のイメージしている精霊さんはぁ、今までに見た事が無いですねぇ」

「あーいや、俺が元々いた場所では精霊とか架空の存在だったから、色々なイメージで描かれる事は多かったんだけど、どちらかと言うとあの姿は妖精に近いかな」

「妖精さんですかぁ。まあどちらにしても可愛らしいので私はいいんですけどねぇ」


 どうやらミントは、人間だろうと精霊だろうと物だろうと、可愛いものに目がないらしい。そういえば、ラッティの事も猫可愛がりしてたもんな。まあ、それはリュシカや俺やラビィも同じなんだが、ミントにとっては全員が遥かに年下だから、その全員が何かしらの理由で可愛く見えるのだろう。


「原始の精霊さん的にその姿はどうですか?」

「わ、私は別に自分の姿がどうかなんて気にした事が無かったからよく分からないけど……まあ、こんなに可愛い姿になったのは初めてだから悪い気はしないかな……あっ、だからって別にこの姿を気に入ってるって訳じゃないんだからねっ!? 勘違いしないでよねっ!」

「あ、はい。了解です……」


 ――俺は別にツンデレの精霊をイメージしてたわけじゃないんだけど、どうしてこうなったかなあ……。


 俺のイメージによって姿を現したと言う原始の精霊だが、そのツンデレな感じの性格は元からなのか、それとも俺のせいなのかよく分からない。

 こうしてお喋りな伝説のドラゴンと原始の精霊をお供にした俺は、それから三十分程で無事に原因になっていると思われる場所へと着いた。


「――なあ、ミント。本当にここで合ってるのか?」

「パワーの流れはここで不自然に切れていますしぃ、ここで間違い無いのですよぉ」

「そうね。そのちんちくりんの言っている事は間違って無いと思うわ」

「もぉ、ちんちくりんなんて酷いですよぉ。私の事はぁ、ミントちゃんって呼んで下さいよぉ」

「ちょっ、ちょっと!? そんなにくっ付かないでよね! 暑苦しいでしょ!」


 本当なら見ていて微笑ましい状況なのかもしれないけど、妖精風の姿をした精霊と真っ白なドラゴンが絡み合っている姿を見ていると、何だかとても残念な気持ちになる。俺としては人間の女の子同士でその姿を拝みたかった。


「でもさあ、場所がここで合ってたとしても、どこにその原因があるってんだ?」


 手に持ったランプで辺りを歩きながら原因になっていそうな物を再び探して見るけど、ほとんど草も無いこの平原地帯に特に目立つ様な何かは見当たらない。

 辺りが暗いから見落としている可能性があるとは言え、ミントが言っている場所には本当に何も無い。変な魔法陣があったりモンスターが居るなりしてれば分かりやすかったんだが、本当に妙な物一つすら存在しないのだ。


「おかしいですねぇ……場所はここで間違い無いんですけどぉ」

「そうは言ってもなあ……うおっ!?」


 原因の特定ができずに困っていると、突然俺の立っている地面がくぼむ様にして凹み、ガクンと体勢を崩される。

 何事かと思いつつも急いで体勢を立て直してヒョイッとその場を飛び退くと、凹んだ地面から一匹のモグラの様でネズミの様な生き物が顔を覗かせていた。


「な、何だコイツは?」

「あらあら、これはまた珍しい生物に遭遇しましたねぇ」

「珍しい生物?」

「この生物はモグラットと言ってぇ、自然エネルギーを溜め込んでから荒地や平原を耕して進むとても偉い生物なのですよぉ」

「へえー、そいつは凄いな」


 こんなに小さな身体なのに、凄く大変な事をしているんだなと、俺は素直に感心した。地球で言うところのモグラとかミミズなんかがやっている事と似た様なものだろうけど、異世界にもこういった存在がちゃんとあるんだな。


「ちょっとちょっと、感心してる場合じゃないでしょ? パワーが切れてる原因はそいつなんだから」

「えっ? そうなの?」

「はあっ……アンタって本当に鈍いわね。モグラットは自然エネルギーを溜め込むって、そこのちんちくりんが今説明してたでしょ?」

「ああ、そういえば。てことは、コイツを退治しなきゃいけないって事?」

「とんでもない! モグラットは人畜無害な上に、全ての生物が大地を有効活用する為に欠かせない存在なんだから」


 原始の精霊にここまで言わせるんだから、本当にこの異世界にとっては大事な存在なんだろう。そうなれば当然、退治するなんて選択肢は選べない。となれば、後はコイツを捕まえて場所を移動させるくらいしか選択肢が無いように思える。


「それじゃあ、コイツを捕まえて別の場所へ移すとか?」

「それは無理でしょうね」

「どうして? コイツ一匹くらい余裕で運べると思うけど?」

「そりゃあ、一匹なら余裕で運べるでしょうけど、モグラットは基本的に群れで行動しているから、その数は最低でも数百匹単位。そんな数を夜明けまでにここから運ぶって言うの?」

「うぐっ……確かにそれは無理だね。だったらどうすればいいの?」

「数百匹単位のモグラットを一度に移動させる方法かあ……。まあ、方法が有るには有るけど……」

「本当!? だったら頼むよ。ラビィはあんな奴だけど一応仲間だし、それに妹が世話になってるラビエールさんの姉でもあるし。お願いします!」


 俺は原始の精霊に両手を合わせて頭を下げた。

 ラビィに残された時間はそう多くない。となれば、ここでどうしようと頭を悩ませるより、解決策を持っている者にそれをお願いするのが利口だ。


「まったく……しょうがないわね。そこまで言うなら協力してあげるわよ。その代わり、アフターケアはしっかりとしてもらうんだからね?」

「もちろん! 上手くいくならアフターケアでも何でもするからさ」

「言ったわね? 忘れるんじゃないわよ?」


 怪しげな笑みを浮かべながらそう言うと、原始の精霊は静かにその瞳を閉じた。すると原始の精霊の身体全体から、七色の淡い光が放たれ始めた。


「モキュッ!?」


 原始の精霊が七色の光を放ち始めた瞬間、地面に顔を出してこちらを見ていたモグラットが、慌てた様にして地中へと潜って行った。


「あっ!? モグラットが引っ込んだぞ!?」

「慌てないで。あのモグラットは様子を見る為に地上へ出て来ただけの偵察役よ」

「様子を見る為の偵察役?」

「そうよ。地中を移動するモグラットが、何の目的も無く地上に顔を出す訳がないでしょ? さっきのモグラットは私の事を見に来てたのよ」

「えっ? どうして?」

「本当にアンタは鈍いわね。モグラットは自然エネルギーを溜め込むって聞いたでしょ? 私はこれでもすべての自然エネルギーが凝縮した様な存在なのよ? だったら溜め込むエネルギーの質が良い方に惹かれるのは当たり前じゃない。だから私がこうして自然エネルギーを発する事で、偵察役のモグラットにここのパワーライン上に集まるエネルギーよりももっと良いエネルギーがある事を見せて、仲間にそれを伝える様に仕向けたのよ」


 ――なるほど。つまりは質の良い自然エネルギー発している自分を囮にして、モグラットをここから移動させようって事か。


「いい? これから私はモグラットを誘導しながらパワーライン上から少しずつ離れて行くけど、力を出している間は他に何もできないから、モンスターが出たらアンタとちんちくりんで何とかしなさい! 分かった?」

「りょ、了解です!」

「了解なのですよぉ!」


 こうして原始の精霊の作戦により、モグラットの大誘導が始まった。

 ここからは気が遠くなりそうなくらいの地味でゆっくりとした移動の始まりだったが、何とか寄って来るモンスターをミントと一緒に退け、三時間くらいが経った頃には十分にパワーラインからモグラットを引き離す事ができた。

 そして力を出し続けたせいで疲弊した原始の精霊を両手に抱え、俺はミントと急いで解呪の神殿地下へと戻ったんだけど、事態は俺が考えていたよりも切迫したものになっていた。


「どういう事だ? 何でモグラットを遠ざけたのに呪いの力が弱まってないんだ?」


 解呪の神殿へと戻って来た俺の目に飛び込んで来たのは、生気を完全に失っているかの様にやつれたラビィの姿。

 俺としてはパワーラインの問題を解決したんだから、呪いも弱まってここへ帰って来る頃には元のラビィに戻っているだろうくらいの感覚でいた。だからこの状況を前にして動揺を隠せなかった。


「いいえ。呪いの力は確実に弱まっているけど、肝心のこの子の体力がもたなかったみたいね」

「そんな! それじゃあ姉さんは……」

「残念だけど、今すぐにでもその指輪を外さないと助からないでしょうね」

「だったら私が指輪を引き抜きます!」

「待って下さい! それじゃあラビエールさんにも呪いが降りかかるかもしれないんですよ?」

「でも、そうしないと姉さんが死んじゃいます!」


 ラビエールさんの言っている事はもっともで、このままではラビィを見殺しにする結果になる。それだけは何としても避けたい。だからと言って、この状況をどうにかできるだけの知恵も力も俺は持ち合わせていない。それが本当に悔やまれる。


「こうなったら仕方ありませんねぇ。ラビィちゃんが死んじゃうとぉ、私も寂しいですからぁ」


 取り乱すラビエールさんと沈黙する俺を前にしたミントがいつものお気楽口調でそう言うと、魔法陣の中心で眠るラビィの左手を手に取り、いきなりその手をパクリと口に含んだ。


「なっ、何やってんだミント!?」


 その様子を見て驚きの声を上げるが、ミントはそれに答える事なく、左手を含んだ口をモゴモゴと動かし続けている。


 ――まさか、指輪を外す事ができないなら、左手を食い千切ってしまおうって事なのか?


 粗いやり方の様にも思えるけど、他に方法が無い以上、ミントがやっている事を止める事はできない。少なくともそうする事で命が助かるなら、それも止む無しだと思えた。


「――うえぇっ……うぷっ……ふうっ……これでもう大丈夫なのですよぉ」


 しばらくすると、ミントはまるで不味い物でも食べたかの様な感じで嗚咽をもらしながら地面に座り込み、掴んでいたラビィの左腕をそっと床に下した。

 下された左腕のその先、つまり手のある部分は床に座り込んだミントの身体の陰に隠れて見えないけど、あまりその部分を見たいとは思わない。しかし傷口を塞いだり治療したりしなければいけないから、そうも言っていられない。

 俺は覚悟を決めてラビィへと歩み寄り、ミントに食い千切られたであろう左手を覗き見た。


「あれっ? ちゃんと手がついてる……」


 俺が覚悟を決めて見たラビィの左手は、ミントの唾液でヌラヌラとしてはいるものの、しっかりとついていた。しかもはまっていたはずの黄金の指輪だけ跡形もなく消え去った状態で。


「そんなの当たり前じゃないですかぁ」

「えっ!? だって、指輪を外せないから、手を食い千切って呪いの効果を外そうとしたんじゃないのか?」

「そんな事しませんよぉ。だいたい呪いのアイテムが付いた部位を切断するなんてぇ、土台無理な事なんですからぁ。それにぃ、仮にそれができたとしてもぉ、ラビィちゃんにはリョータ君の名付けた絶対防御があるんですからぁ、私にも噛み千切るなんて事はできませんよぉ」

「で、でもさ、それじゃあなんで指輪が綺麗さっぱり消えてるんだ?」

「それはぁ、私が指輪を食べたからなのですよぉ」

「た、食べたあ!?」


 衝撃の発言に対して説明を求めると、ミントはたまに嗚咽をもらしながら説明をしてくれた。

 何でもミントにはこの世界に存在するあらゆる物を食べる事が出来る能力が備わっているらしく、それは呪いと言った概念的なものも例外ではないらしい。

 だったら何で最初っからそうしてくれなかったんだ――と俺が言うと、ミントは『呪いのかかったアイテムなんてぇ、最高に不味いスパイスのかかった料理も同然なのですよぉ。リョータ君だってぇ、不味いと分かっている物を好き好んで食べようとは思わないでしょぉ?』と言った。言ってる事は至極当然なのだが、時と場合を考えてもらいたいもんだ。


「このちんちくりんが……そんな事ができるなら最初っからそうしなさいよねっ!」

「だからぁ、できればこの方法は使いたくなかったのですよぉ。呪いのアイテムを食べるとぉ、しばらくはテンションがダダ落ちしますしぃ、何よりこの不味さがしばらく口の中に残るのが物凄く嫌なんですからぁ」

「それくらいの事なら我慢しなさいよねっ! それにこれじゃあ、私が苦労した意味がないじゃないのよー!」

「いたたたぁー、痛いのですよぉー」


 地面に座り込んでいるミントの方へ向かい、ポカポカと容赦無く身体を叩きまくる原始の精霊。その気持ちはとてもよく分かる。だから俺は、あえてその行動を止めようとはしなかった。


 ――たくっ……今回も無駄な苦労をしたもんだ……。


 この十日間における苦労を思い出しながら大きな溜息を吐き出し、俺はいそいそと帰り支度を始めた。

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