第44話・妹達の想い
唯とラビィの決闘が行われた翌日の朝。俺は変わらずお客の来ない店のカウンターで頬杖をついたまま、弱い陽射しの射す窓外を見ていた。
本来なら一生懸命にお客を呼び込んで商品を売らなければならないのだけど、俺が考えた集客作戦はどれもことごとく失敗。まったく成果は上がらなかった。一生懸命にやった結果とは言え、ここまで徹底して成果がでないとふてくされたくもなる。
「暇だな…………」
もはや万策尽きた俺にできるのは、こうしてお客さんが来てくれるのを神に祈りながら待つだけ。それ以外はもう、俺にできる事はない。
それにしても、あのラビエールさんとラビィが姉妹だった事には本当に驚いた。世の中には似てない兄弟姉妹の方が多いのは確かだろうけど、それにしたってあの二人の差は酷いと思う。
言ってみればあの二人は女神様と悪魔くらいの違いがあり、性格の良さは完全に妹のラビエールさんが圧勝。その実力も話を聞く限りではラビィより高いのは明らかだ。てか、今のラビィと比べたら大概の人が圧勝だとは思うけど。
「何があったのかねえ、あの姉妹は……」
とりあえずあの出来事からしばらくして屋敷に戻った後、俺は部屋に戻っていたラビィと話しをしようとしたんだけど、アイツはご立腹の様子で部屋から出て来ず、こちらの話にも一切耳を傾けようとはしなかった。ラビエールさんとの間に何があったのかは分からないけど、きっと複雑な事情があるんだろう。
どちらにしてもここのアルバイトは今日までだし、夜にはもう一度ラビエールさんと唯がやって来る。色々な話はその時にするとラビエールさんは言ってたし、とりあえずここでごちゃごちゃと思考を巡らせても仕方ない。
まったく気にしないのは無理だけど、とりあえず今は腐る気持ちを抑えてアルバイトに専念しないといけないだろう。
そしてそれから閉店を迎えるまでの間で頑張った結果、アルバイト最終日は奇跡的にやって来たお客さんに何とか三つほど商品を買ってもらう事ができた――。
アルバイト最終日の営業が終わって店じまいをし、それからしばらく経った頃、昨日言っていた通りに唯とラビエールさんがお店へとやって来た。昨日は色々な驚きでまともな話はできなかったけど、今日はじっくりと落ち着いて色々な事を聞いてみようと思っている。
俺はやって来た二人の為にお茶を淹れて丸型テーブルに置き、いつもの様に洒落た木製の椅子に座って話を始める事にした。
「それでラビエールさん、いったいアイツ――いや、ラビィとは何があったんですか?」
話の開幕早々、俺は直球の質問をラビエールさんに向けて放った。どうせ話のお題は決まっているんだから、今更回りくどい事をする必要は無い。
「その事なんですが……どうして姉さんがあんな風になったのか、私にも分からないんです……」
「分からない? 何も思い当たる節が無いんですか?」
「はい……ある時期から姉は無茶苦茶な事をするようになりましたけど、幼い頃はとても優しくて聡明な姉だったんです」
「あのラビィが優しくて聡明!?」
「はい」
ラビエールさんの言葉が信じられないのも無理はない。だってラビィとこの異世界へ来てから、アイツが優しくて聡明なところなんて微塵も見た事はないのだから。
「…………本当にあのラビィがラビエールさんのお姉さんなんですか? 人違いとかじゃないですかね? ラビエールさんの言っている人物とは似ても似つかないんですが……」
「本当ですっ! 姉さんは本当に優しくて聡明で、誰よりも尊敬できる姉だったんです!」
「うーん……」
ここまで真剣に言われると、あのラビィがラビエールさんの姉である事は間違い無いのだろうけど、何があったらラビエールさんの言っていた様な性格からあんなとんでもない奴になってしまうと言うのだろうか。
その後もラビエールさんに色々と昔の話を聞いてはみたものの、アイツがあんな風になる切っ掛けのようなものは掴めなかった。ただ、ラビエールさんの話を聞いていて一つ分かった事は、ラビィのおかげでラビエールさんは持ち前の才能を開花し、とても優秀な天使へと成長したと言う事だけ。
そしてラビエールさんの話の後、今度は俺がラビィと異世界に来てからの事を話し始めた。
俺はラビィについてのエピソードを誇張する事もオブラートに包む事も無く話したんだけど、その話を聞かせている最中、どんどんラビエールさんの顔が青ざめていくのを見ているのは実に心が痛んだ。
「――って感じですかね。俺がラビィとこちらに来てからの事は」
話を終えた後のラビエールさんの表情は、もはや何と表現していいのか分からなかった。
ただ、困惑と混乱、そして申し訳なさの様な雰囲気だけはひしひしと感じ取る事ができた。
「…………本当に何と言っていいのか……姉が色々と申し訳ありませんでした」
「いやいや、別にラビエールさんが謝る事じゃないですよ」
「そうよ、ラビエールちゃん」
唯と二人でそうは言うものの、ラビエールさんは俯かせた顔を上げようとはしない。
本来なら姉の方にこの神妙な態度をとってほしいのだけど、それができない事は俺が一番理解している。
「……あの、私きっとこの世界で姉さんを更生させて見せます! ですから涼太さん、姉の事を見捨てないで下さい!」
「あっ! ラビエールさん!」
思い詰めた表情でそう言い放つと、ラビエールさんは勢い良く店の扉を開いて外へと出て行ってしまった。彼女なりに姉の現状を知ってショックを受けたんだろう。気の毒な事だ。
「追わなくていいのか?」
「うん。今はそっとしておいてあげた方がいいと思うから。それに私もお兄ちゃんに言っておきたい事あるからね」
「言っておきたい事? 何だ?」
唯の言葉に対して反復する様にそう言うと、何やら顔を赤らめながらもじもじと両手の指先を合わせてクルクルと人差し指を回し始めた。
その様子を見る限りはとても言いにくい事なんだろうとは思うけど、どちらかと言えば物事をはっきりと言うタイプの唯にしては珍しい光景だ。
「お兄ちゃんてさ、この世界で付き合ってる人とか居るの?」
「へっ? そんな人居ないけど?」
「そう。良かった……」
心底安心した様にそう言うと、唯は顔を赤くしたまま席から立ち上がって俺の方へと近付いて来た。その様子は今まで見てきた唯とはまったく違い、妹と言うよりは一人の女性という感覚を強く俺に印象付けた。
妹に対して一瞬でもそんな感覚を抱いてしまった自分に対し、俺は思わず椅子ごと後ずさってしまう。
しかし唯はそんな俺の戸惑いなど知る由もなくこちらへと歩み寄って来る。そしてついに俺のすぐ目の前へと立った唯は、こちらをじっと見つめながらその口を静かに開いた。
「私ね、お兄ちゃんの事がずっと好きだったの」
「……はい?」
――唯は今何と言った? 俺が好きだと言ったのか?
「あの、唯さん、それってどういう事ですかね?」
「どう言う事も何も、私はお兄ちゃんが好きなのよ。日本で生活していた時からずっと、もちろん異性としてね」
「はいぃぃぃぃぃぃっ!!?」
俺の両手をガッチリと掴み、はっきりとそう言う我が妹。
そんな妹の告白に俺が驚いた瞬間、店の扉が大きく開いて誰かが店の中へと入って来た。
「い、いったい何をしてるの!?」
「ティ、ティアさん!?」
店の中へと入って来たのは、この店のオーナーでもあるティアさんと妹のティナさん。
ティアさんは持っていた荷物を床へドサッと落とし、信じられないと言った感じの表情を浮かべてこちらを見ている。
「あらあら。リョータさんも隅に置けませんね」
「ご、誤解ですよティアさん! コイツは俺の妹ですから!」
「あっ、何だ、妹さんだったのね……もう、ダーリンたら驚かさないで」
「ダーリン? お兄ちゃん、付き合ってる人は居ないんじゃなかったの? 私に嘘をついたの?」
突然表情を険しくし、俺をじっと見つめる唯。
はっきり言って唯のその雰囲気は恐い。まるでアニメで見ていたヤンデレの様な表情をしていたからだ。
「いやあの、俺とティアさんは別に付き合ってるわけじゃ――」
「ダーリン! まさか私を差し置いてその子と付き合い始めたんじゃないでしょうね!?」
「えっ!? いやあの、付き合ってませんけど……」
「あなた! 私のダーリンにちょっかいを出さないでちょうだい!」
「何を言ってるんですか? 私がお兄ちゃんを好きで何がいけないんです?」
――いや、普通に考えて実の兄と妹の恋愛はいかんだろう。
「あ、あのさ、唯。お前の気持ちはさっき聞いたけど、流石に実の兄妹で恋愛はないと思うぜ?」
「どうして?」
「どうしても何も、兄妹恋愛って変だと思わないか?」
「それはあくまでも、日本に居た時の常識や概念でしょ? ここは異世界なんだから、日本の法律とか常識は一切関係ないもの。それにこの異世界では兄妹婚だって珍しい事ではないし。そうですよね? ティアさん?」
「まあ、それはそうだけど……」
唯の質問に対し、小さく頷きながら返答をするティアさん。
この異世界の結婚事情やその組み合わせはほとんど知らないけど、今の話を聞いた限りでは日本での結婚観や倫理は通用しないと言う事は分かった。
しかしだからと言って、実妹である唯を恋人にしようと思えるかと言えば話は別だ。そりゃあそうだ。長年妹としてしか見てなかった相手に告白されたからと言って、おいそれと恋人になろうとするなど不可能な話だ。
「私は日本に居た時は本当の気持ちを押し殺してずっとずっと我慢をしてた。だけどこの異世界では、私とお兄ちゃんとの間を阻む物なんて無い。だから私は、この異世界では自分の気持ちに素直になるって決めたの」
「ダーリンは私が先に恋人になってって告白したのよ!?」
「でも、お兄ちゃんはその気持ちに応えてはいないんですよね?」
「そ、それはそうだけど……」
「だったら私がお兄ちゃんにアプローチしても何も問題は無いですよね?」
「お、おいっ!?」
そう言ってティアさんに見せ付ける様に俺へと抱き付く唯。その姿を見たティアさんの表情が、一瞬にして凍りついていくのが分かる。
この時の俺がこの場において感じていた気持ちをあえて一言で表すとしたら、『超ヤバイ!』って言葉しか思いつかない。
「ちょっと! ダーリンから離れてよねっ!」
「嫌ですっ! 私は絶対にお兄ちゃんから離れません!」
想像すらしてなかった唯とティアさんの俺をめぐる争い。こういうのって一人のヒロインをめぐって男がやるものだと思うんだが、どう言う冗談か俺がそのヒロインポジションになっている。
この後、俺を取り合う実妹と魔王幹部の争いは約数時間に及んだ。
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