第24話・交渉は慎重に

 ラビィの精神を犠牲にし、何とか辿り着いた中級冒険者の街リザルト。

 街に着いてすぐに大泣きを始めたラビィをパチパチで釣って何とか泣き止ませた後、俺はキャットピープルのニャンシーを捜す為に街中での捜索を始めた。

 外側から見ただけでもリリティアより大きいこのリザルトの街で人一人を捜すというのは無理ゲーだと思っていたけど、日没後に女体化して街の男共に追われている時に助けてくれた人物が、まさか捜していた人物その人だった時には流石に驚きを隠せなかった。

 まるで仕組まれた様な出来事だと思うけど、この際これが誰かに仕組まれた事だろうとそうじゃなかろうとどうでもいい。今は目的を果たして無事にリリティアへと帰るのが先決なのだから。


「私に何か用だったのかニャ?」

「えっとあの……私は冒険者なんですけど、リリティアの街でニャンシーさんが珍しい金色のキノコを手に入れたと聞いて商談に来たんですよ」

「へえー。てことはお姉さん、アイテムハント専門の冒険者なのかニャ?」

「あっ、いいえ。別にアイテム収集専門の冒険者ではないです。それにまだ駆け出し冒険者なんで、冒険らしい事はほとんど出来てませんし……」

「ふーん……まあいいニャ。とりあえずお金を出せば一応はお客ニャ。まあいくらお金があっても、嫌な奴には売らないけどニャ。それじゃあ、さっそく商談場所に行こうかニャ。こっちに来るニャ」

「は、はい」


 ニャンシーはそう言うと、踵を返してどこかへと向かい始めた。その様子を見て商談には応じてくれると安心した俺は、所々に大きく跳ねた癖毛のある銀髪を見ながら後をついて行く。

 そして案内が始まった場所から人目を忍ぶ様にして歩く事しばらく。ニャンシーは小汚い家屋が立ち並ぶスラムの様な一角に入り、その中にある一つの建物に入った。


「何してるニャ? 早く中に入るニャ」

「あ、はい」


 促されるがままにボロボロの小さな家屋に入ると、中には今にも壊れそうな木製テーブルとその上に燃料石が入ったランプがあり、ニャンシーは素早くそのランプに灯りを点けた。


「それじゃあ、さっそく商談といくニャ。その椅子に座るといいニャ」

「あ、どうも」


 テーブルと同じく壊れそうな見た目の椅子にビクつきながら徐々に体重を乗せていくと、その椅子がギシギシと嫌な音を立てる。この音にヤバイと思った俺は、全体重を乗せる事なく椅子に座ったフリをした。


「それじゃあ商談に移るニャ。まずはお姉さんの名前を聞いていいかニャ?」

「あ、えっと、名前は近藤リョーコといいます」

「コンドウリョーコ? 珍しい名前だニャ。まあいいニャ。それでリョーコはこの金色キノコをいくらで買うつもりかニャ?」


 そう言うとニャンシーは机の上に奇麗な白い布を取り出して敷き、両手に薄手の手袋をつける。すると持っていたポシェットの様な物から金色キノコを取り出してその上へと乗せた。


 ――間違い無い。あの時に山でラビィが見せてきた物と同じ金色キノコだ。


 白い布の上に置かれた金色キノコを見た俺は、それが間違い無く探し求めていた物だと確信する。後は相手の納得する金額を提示すれば商談成立だが、これが最大の難関。

 何せ今の所持金は全部合わせても50万グランちょっと。ラビィが買い取ってもらった金額の約半分だ。これではまず買取不可能だと思うけど、商談てのはやってみなければ分からない。


「そうですねえ……30万グランでどうですか?」

「30万グラン? それじゃあお話にならないニャ」

「では、35万グランでどうですか?」

「まだまだだニャ」


 俺は不可能と分かっていて最初に低い金額を提示してから徐々に値段を上げていく。これは昔ネットで見た事のある交渉におけるやり方の一つだが、果たして上手くいくかは分からない。

 しかし商談などやった事の無い俺には、どんな知識や方法でもとりあえずやってみるしかない訳だ。


「――それじゃあ、48万グランでどうですか?」

「……なるほど。何となく分かったニャ」

「何がですか?」

「お姉さんの持っているお金の総額ニャ。おそらく50万から55万グランの間ってところじゃないかニャ?」


 いきなり図星を突かれ、ドキリと心臓が跳ねる。どうしてこちらの限界所持金額が分かったのだろうか。


「そ、そんな事は無いですよ……」

「相手に弱みを見せようとしないその姿勢は感心するニャ。でも、このキノコはそれなりの値段で購入した品だから、それ以上の値段で売らないと私には何の旨味も無いのニャ」

「それじゃあ、いくらなら即決で売ってくれますか?」

「そうだニャ……まあ、お姉さん美人だから、300万グランなら即決しない事も無いニャ」


 ――300万グランて、買い取り金額の三倍じゃないか。くそう、何とかできないだろうか……。


「……それにしても、アイテムハント専門じゃない冒険者がこんな物を欲しがるなんてちょっと変だと思うんだけど、何か事情があるのかニャ?」


 どう考えてもこの場における商談力は相手が上だ。

 しかもこちらの持ち金を見透かされている以上、下手な事をすれば商談自体が出来なくなる可能性が高い。それならいっその事、素直に事情を説明してみる方が良いのかもしれない。


「……実はですね――」


 俺は決心を固め、金色キノコを求めて来た事情を話して聞かせた。


「なるほどニャ……それは大変な事になってるニャ」

「そうなんです。だからその金色キノコをどうしても持って帰らなきゃいけないんですよ」

「まあ、事情は分かったニャ。私も商売をする場所や人が居なくなるのは困るから、この金色キノコはお姉さんに渡してもいいニャ」

「本当ですか!?」

「ただし条件があるニャ!」

「じょ、条件ですか? どんな条件でしょうか?」

「まず一つ目は、お姉さんの言ってる事が本当かどうか確認するまでこのキノコは私が預かるニャ。二つ目は、この件が解決したら私のお願いを一つ聞いてほしいニャ。そして三つ目は、今日一晩、私に付き合ってほしいのニャ。この条件がめるなら、お姉さんが持って来た情報の確認が取れ次第このキノコを渡してもいいニャ。どうかニャ?」


 色々と思うところはあるけど、300万グランを払えと言われるよりは遥かに好条件だ。それに俺には悠長に迷っていられる時間的余裕は無い。


「分かりました。その条件で結構です」

「商談成立だニャ。それじゃあ、少しだけ時間をもらうニャ。そんなに時間はかからないと思うから、ここを出て右手に曲がった先にあるリリーってお店の中で待っててほしいニャ」

「分かりました。あの……そのお店ってどんな店ですか?」

「心配しなくていいニャ。そこは私がよく使ってる酒場で、中に男は居ないニャ」

「そ、そうですか……」


 それを聞いた俺は安心して思わず大きな息を吐いた。

 その後ニャンシーから直筆の紹介状を書いてもらった俺は、言われた酒場へと向かった。


「いらっしゃい。あら、見かけない顔ね。とても可愛らしくて好みな顔だけど、ここは初入店時には紹介状が無いと入れないのよね」

「あっ、紹介状なら持ってます」

「どれどれ……へえー、ニャンシーからの紹介状か。珍しいわね。まあ、あなたニャンシー好みの顔してるからね」

「ニャンシー好み?」

「あっ、気にしないでいいわよ。それじゃあ、中に入って下さい」

「は、はあ……」


 とても引っかかる言葉を聞いた気がするけど、今はとりあえずそれをスルーして店内へと入る。


「「「「いらっしゃいませ!」」」」

「ほあー、凄いなあ……」


 ボロっちい外観の建物に入り地下階段を下りた先の扉を抜けると、そこには外観からは想像すらつかない豪華で煌びやかな空間が広がっていた。

 そして店の中にはその内装に負けない煌びやかなドレスに身を包んだ美しい女性達が沢山居て、店内にある豪華なソファーに座ってお客さんらしき人達をもてなしている。ちなみにお客さんと思われる人物も全員女性だ。


「ニャンシーからの紹介ですよね?」

「あ、はい」

「では専用室がありますのでこちらへどうぞ」

「は、はい」


 あまりの場違い感に圧倒されつつも、美人なお姉さんに案内されて店の奥へと向かう。

 こんな所に行った事が無いから分からないけど、日本の銀座とかにある高級店とかはこんな感じなのだろうか。


「それではこちらのソファーにお座り下さいませ」

「あ、はい」

「ニャンシーが来るまでの間は私があなたの担当をしますね。お名前は気軽にシャロとお呼び下さい」


 にこやかな笑顔でそう言いながら、シャロさんは目の前の綺麗な木製テーブルの上に置かれた美しく透明感のあるグラスに金色の液体を注いでいく。


「サービスです。どうぞ」

「は、はい。ありがとうございます」


 飲み物を注いだグラスを目の前に置くと、シャロさんは身体が密着する位置まで来てから横に座って自然に腕を絡めてきた。


「ああああの、これはいったい?」

「ふふふ、お客さん可愛い。これくらいの事で動揺しちゃって。まるで童貞の男の子みたい」


 ――いや、紛れも無く俺は童貞の男です……。


 などと言えるはずも無く、俺は貝の様に口を閉じてお姉さんが居ない方へと顔を逸らす。

 どうせなら男の時にこんな素敵体験をしたかったけど、どうやらそれは無理そうだ。何せ店内には、男性入店禁止の張り紙がしてあるのが見えたから。


「あの……ここってどういうお店なんですか?」

「ここ? ここはね、女性好きの女性が集まる会員制のお店よ」

「女性好きの女性が集まる?」

「そう。ここへ来るほとんどの女性はね、女性しか愛せないの。まあ中にはどちらでも可って人も居るけど、基本的には女性の方が好きって人が多いわね」

「あの、男の人は絶対にこの店に入店できないんですか?」

「出来ないわね。昔ここの店員に惚れ込んだ男が無理やりこの店に入って来て暴れた事があったらしいんだけど、うちの店長にボコボコにされた挙句、アレをちょん切られて放り出されたって事があったって聞いてるくらいだから」

「…………」


 それを聞いた俺は、思わず股をギュッと閉じてその上に両手を被せた。まさかこんな所に来て玉ヒュンな話を聞かされるなんて思ってもいなかったからだ。まあ、今は玉ヒュンする玉も無いんだけど。


「あはは、怖くなっちゃったかな? ごめんなさいね。でも、あなたは女の子だから心配しなくていいわよ?」

「そ、そうですよね……」


 お姉さんに向かって苦笑いをしながら、グラスに注がれた飲み物を飲む。

 本来なら凄く美味しいんだろうその飲み物の味は、玉ヒュンの恐怖で気が気じゃなかった俺にはよく分からなかった。

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