第25話・銀の光は虚偽を見透かす
ニャンシーに紹介されてやって来たお店で当人を待つこと約二時間。俺は通された部屋でお店の従業員であるシャロさんとお話をして過ごしていた。
腕に抱きつかれたままでお話をするのはかなり緊張したけど、流石にこれだけ時間が経ってくるとそれなりに慣れてくる。まあそれは、現在の自分が女性化しているという気楽さがあったからかもしれない。
しかし、それでも時間がどんどん過ぎ去って行くのはとても気になる。
なぜならあと十時間も経てば、元通りの男性へと戻るからだ。別にその事自体はいつもの事なので普段は気にしていないのだけど、今の状況ではそんな事を言っていられない。だってここは、男子禁制の女の花園なんだから。
もしもこのまま夜明けまでにニャンシーが戻って来なければ、男性とばれた時点でどんな事になるか想像もつかない。いや、さっきシャロさんに聞いた話を考えれば、男として活動できなくなる事態に陥る可能性は非常に高いだろう。それだけは絶対に避けたいところだ。
「ニャンシーさん、遅いですね」
「あの子とどんな取引をするかは分からないけど、焦りは禁物よ。あの子は相手の焦りとか動揺に凄く敏感だから」
「そうなんですか?」
「うん。あの子がキャットピープルなのは知ってるわよね?」
「はい、知ってます」
「あの子はキャットピープルの中でも特に感覚に優れてて、心臓の動きや脈の速さが音で分かるらしいの。つまり、とても耳がいいのね。それで相手が嘘をついているとか焦っているとか、そういうのが何となく分かるんだって」
「シャロ、そんな事を話されたら商売がやりにくくなるニャ」
部屋の出入口の方から聞こえてきた声に視線を向けると、取引相手であるニャンシーが困り顔をしながらこちらへと向かって来た。
「あっ、ごめんなさいニャンシー。この子がとっても可愛らしいからついね」
「ついじゃないニャ。上手い商売をするには、表に出す部分と出さない部分の見極めが必要なのニャ。だから簡単に私の事を喋ってもらったら困るのニャ」
「あはは、分かってるわよ。それじゃあ、私はこれで失礼するわね」
悪びれる様子も無く部屋を出て行くシャロさん。
そんな彼女を溜息を吐きながら見送ったニャンシーは、俺の対面に位置するソファーに座ってからテーブルの上にあるグラスの中の飲み物をグイッと一気に飲んだ。
「待たせて悪かったニャ。十分な情報を得るのにちょっと時間がかかったのニャ」
「そうだったんですか。それで、どうでしたか?」
「確かにお姉さんの言う通り、リリティアの街は大変な騒ぎになっているみたいだニャ。だから約束どおりに金色キノコは渡すニャ」
「ありがとうございます!」
「でもその前に、こっちの約束を果たしてもらうニャ」
「約束ですか?」
「私が言った条件の中にあったはずニャ。一晩私に付き合うって」
そういえばそんな事を条件の一つとして出されていた。
いったい何をするのかは分からないけど、ここは素直に頷いておかなければいけない。まだ目的のブツは相手の懐にあるのだから。
「分かりました。それで、一晩付き合って何をするんですか?」
「ニャフフ。それはだニャ……」
ニャンシーは含み笑いをしながら席を立ち、こちらへと近付いて来る。その様を見る限りでは、はっきり言って嫌な予感しかしない。
こちらへ近付いて来るのを見ながらどんな事を言われるのだろうとビビっていると、ニャンシーは俺の隣へ座ってから距離を詰めて来た。
「私がこの一晩で求めるのは、これニャ……」
そう言いながら密着して顔を近付けて来る。
そんなニャンシーに心臓がドキドキと高鳴って焦っていると、途端に口へ固い感触が当たった。
「あの……これは?」
「ここへ来る前に買って来た高級パチパチニャ。さあ! グイッと飲むニャ!」
「いやあの――うぐっ!」
突然の事態に説明を求めようとした事などお構い無しに、瓶の口を俺の口へと押し込んで傾ける。その傾けられた瓶からは容赦無くパチパチが注ぎ込まれ、俺の焦る気持ちをより一層高めていく。
そして焦りながらもニャンシーの方へ視線を向けると、非常に楽しそうにしていた。その様子からは瓶を手放す気配はまったく感じられない。
ニャンシーのそんな様子を見てヤバイと思った俺は、とりあえず傾けられた瓶の中身を飲み干す勢いでゴクゴクと飲んだ。
「うぷっ……」
「うん! いい飲みっぷりニャ!」
結局瓶が空になるまで手を離してくれなかったニャンシーは、空になった瓶を見て満足そうな笑顔を見せた。
「あ、あの、これはどういう事で?」
「ん? 今日一晩は私のお酒の相手をしてほしいのニャ。もちろん、お姉さんの奢りで」
「私の奢りですか?」
「心配しなくてもいいニャ。お姉さんの持ち金を超える様な事はしないのニャ」
「……分かりました」
まあ、300万グランで取引をすると言っていた事を考えれば、ここの飲み代など安いものだろう。
とりあえずニャンシーのやりたい事が分かった俺は、飲み物を注文してからそれをグラスに注いでニャンシーへと差し出した。
「どうぞ」
「ありがとニャ。それじゃあ、はいニャ」
酒を注いだグラスを差し出すと、ニャンシーはそれを受け取ってから俺の口元へとそれを持って来た。
「あの……何ですか?」
「飲むニャ」
「はい?」
「だから飲むニャ。私は自分が飲むより人に飲ませてあげるのが好きなのニャ。だからグイッといくニャ」
にこにこしながらグラスを口元に近付け、飲むように勧めるニャンシー。
正直言ってこれはまずい。俺はそんなにお酒に強いタイプではないからだ。
それにこのままお酒を飲まされてもし眠りでもしたら、間違い無く夜明けまで寝てしまう。そうなれば想像したくない未来が俺に訪れる事にってしまうから、それだけは絶対に避けなければいけない。
「あ、あの、ニャンシーさんも一緒に飲みませんか? 私は誰かと一緒に飲むのが大好きなんですよ」
「ニャ? そうなのかニャ。そう言う事なら仕方ないニャ。それなら一緒に朝まで飲み明かすニャ!」
「そ、そうですね」
のんびり朝までなんて飲んでいられない。ここはどんどんお酒を飲ませて酔い潰れてもらわないと、俺の男としての今後に関わる。
俺は怪しまれない程度に酒を飲まされながら、ニャンシーにも酒を勧めて飲ませ続けた――。
「ニャハハハッ! 今日は久々に楽しいのニャ!」
お互いに酒を飲ませ続けてから七時間くらいが経った。
俺は既に限界を超えていたけど、なぜかニャンシーは飲ませる程にテンションが上がっていくだけで一向に酔い潰れる気配が無い。酔っ払っているのは間違い無いだろうけど、これはとんだ計算違いだ。
もしかしたら飲ませてる酒が弱いのだろうかと思い、途中でアルコールの強い酒をじゃんじゃん飲ませてみたけど、その効果は今のところほとんど実感できていない。
――ヤバイ……マジでどうにかしないと時間が無い。
あと一時間も経たない内に夜は明け始めるだろう。そんなヤバイ状況の中、俺は一向に光明の見えないこの事態に終止符を打つべく、最後の手段を取ろうとしていた。
腰から下げている小さな道具袋へと手を伸ばし、中に入れてある物を手に掴んでサッと取り出す。
そして席から立って楽しく笑っているニャンシーがこちらに背を向けた瞬間、取り出した物を素早くお酒に溶かして混ぜ込んだ。
「さあ、ニャンシーさん、次をどうぞ」
「ありがとニャ」
これまでと同じ様に陽気にグラスを受け取ったニャンシーを見てほっと胸を撫で下ろす。後はあの酒を飲んでくれたら万事OKだ。
そう思いながら様子を見ていると、突然陽気だったニャンシーが笑うのを止め、受け取ったグラスをじっと見つめ始めた。そんな様子のニャンシーを見て、俺がした事に気付かれたのだろうかと気持ちが焦り始める。
「…………それじゃあ、いただきますニャ!」
いきなり変わった雰囲気に心臓が止まりそうな思いだったけど、ニャンシーは再び陽気に笑いながら持っていたグラスのお酒を飲み干した。そしてそこから約二十分後、部屋には静寂が訪れた。
――ようやく寝てくれたか……。世の中どんな物が役に立つかホントに分からないもんだな。
道具袋から睡眠液の入った容器を取り出し、小さく息を吐く。ちょうどこちらに来てしばらくした頃に眠れない事があって購入した物だけど、まさかこんな所で役に立つとは思わなかった。
とりあえずニャンシーがちゃんと寝ているかどうかを何度か確かめた後、俺はニャンシーの持つポシェットから金色キノコをそっと取り出した。
「すみません、ニャンシーさん。金色キノコ、いただいて行きますね」
罪悪感を胸にペコリと頭を下げてそう言った後、部屋を出てから支払いを済ませて店を後にした。
そして店を出てから五分も経たない内に激しい眠気が襲い掛かり、股間がムズムズとし始める。
「ふうっ……危なかったな」
夜明けと共に女性から本来の男性へと身体が戻る。
俺は股間へと手を伸ばし、いつもの感触があるのを確かめた後でどこかの酒場に居るであろうラビィを捜してから急いでリリティアへと戻る事にした。
× × × ×
「はあっ……とりあえず何とかなったな」
そろそろ陽が沈もうかと言う頃、俺はリリティアの冒険者ギルドを出てから家への道を歩いていた。
あれから街中に居るであろうラビィを捜して回り、二時間くらいをかけてようやく見つけ出したのだけど、その時には既にベロンベロンに酔っ払っていたラビィは一人で歩く事すら出来ない状態だった。
ラビィにはリザルトへ来る時の様に囮になってもらおうと考えていたんだけど、あんな状態では役に立たないのでそのまま放置して一人でリリティアへと戻って来た。
ちなみに帰りは強い冒険者を雇ったキャラバン隊にお金を払って同行させてもらう事で何とか無事に帰る事ができたのだけど、予想以上にモンスターの襲撃が多く、リリティアへ戻るまでにはかなりの時間を費やす事になった。
そして何とか期限内にリリティアへと戻って来れた俺は、今回ラビィが引き起こした金色キノコ事件をどうにか無事に処理する事ができたわけだ。とんでもなく色々と大変な事件だったけど、無事に終わったのだからとりあえず良かったと思う。
「ヤベッ、そろそろか」
自分の住む長屋の前へ着いた頃には完全に陽が沈み、俺はまた女性へと身体が変わった。
「ふうっ……この変化にもだいぶ慣れたよな」
「なるほどニャ。そういう事だったのかニャ」
右方向から聞こえる聞き覚えのある声に特徴的な語尾。その声に顔を振り向かせると、リザルトにあるお店でお互いに飲ませあった相手であるニャンシーの姿があった。
「ど、どうしてニャンシーさんがここに?」
「これはご挨拶だニャ。私にはまだ守ってもらわなきゃいけない約束があるはずなのニャ。それにしても、まさかお姉さんが男だとは思っていなかったのニャ」
「な、何を言ってるんですか? 私はどう見ても女じゃないですか」
「確かに女ニャ。今は――だけどニャ」
「ええっ? な、何を言ってるんですか? 人の性別が変わる訳無いじゃないですか」
「なるほど、そうくるかニャ。それじゃあ、お姉さんの冒険者カードを見せるニャ。それで全てははっきりするはずニャ」
その言葉を聞いて一気に心拍数が跳ね上がったのが分かった。だって冒険者カードには、俺の名前と性別が克明に載っているのだから。
「どうしたニャ? 私に見せられない理由でもあるのかニャ?」
もはや隠しても無駄だと悟った俺は、大人しく冒険者カードを取り出してからニャンシーに差し出した。
「やっぱり男だったニャ。どういう原理かは分からないけど、上手く化けたものニャ」
「すみませんでした。騙すつもりはなかったんですけど……」
「本来なら万死に値するところだけど、お姉さんの時は本当に私の好みだから全てを洗いざらい話すニャ。それで今回の事は水に流してあげるニャ」
「分かりました。それじゃあ、家の中でちゃんとお話をしますね」
「OKニャ。それじゃあとりあえずお酒も持って来たし、飲みながら語り明かす事にするニャ!」
「マ、マジですか……」
「さあさあ! 中に入って飲み明かすニャ! あっ、ちなみに今度は睡眠液を飲ませるのは無しにしてほしいのニャ」
こちらのしていた事は筒抜け状態だった様で、俺は色々な事を観念して家の中へと入る。
こうして俺は再びニャンシーとお酒を飲み交わす事になってしまい、夜が明けるまでしこたまお酒を飲まされ続ける事になった。
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