第19話・不幸は後からやって来る

「あれっ……ここはどこだ?」


 見開いた俺の目に最初に映ったのは、石造りのなめらかな質感が美しい見知らぬ高い天井。俺とラビィが寝泊りしている長屋の汚れた薄い木板もくいた天井とはまったく違う。

 どこだろうと思いながらゆっくりと上半身を起こして辺りを見回す。

 上品な石の質感が溢れる部屋には、もう一つのベッドがあるだけで他に目立つ様な物は無い。至って質素な感じだ。


「あっ、目を覚ましたんですねぇ。良かったですぅ」


 視線をあちこちに向けながら部屋の様子を見ていると、小さく開いた木製扉の隙間からパタパタと小さな翼を動かしながら飛んで入って来たミントの姿が目に映った。その姿だけを見れば、愛玩動物の様でとても可愛らしい。


「ミントか。ここはどこだ?」

「ここはぁ、ラッティちゃんとリュシカちゃんが寝泊りしている宿ですよぉ。気を失ったリョータ君をー、私がここまで運んだんですぅ」

「ミントが俺を?」

「えぇ。リョータ君を両手で掴んでぇ、のーんびり空を飛びながら運びましたぁ」

「そ、そうだったんだ。ありがとな」

「いいえぇ。どういたしましてぇ」


 手の平サイズのちっこい姿に似つかわしくない行動に驚きを隠せないが、相手は滅びの裁定者と言われている伝説のアデュリケータードラゴン。人間一人を運ぶくらいはどうって事無いのだろう。


「ところでぇ、体調はどうですかぁ?」

「そうだ! 俺は変化の実を食べさせられたんだった!」


 ミントの言葉を聞き、慌てて身体のあちこちを見回すけど、特に身体的変化は無い様に見える。

 まあ、そこまでは同じく変化の実を食べたラビィと変わらない状況だが、問題はこの後だ。

 俺はベッドの脇に置いてあった道具袋を手に取り、目を瞑りながら袋の中を手探りで漁って冒険者カードを取り出す。


 ――ええいっ! 南無三!


 覚悟を決めて目を開き、手に取った冒険者カードのステータス欄を見る。


「…………あれっ?」


 目にしたステータス欄には特に変わった部分は見受けられず、俺はかなり驚いた。

 そりゃあラビィのあんな酷いステータスを見れば、誰だって同じ様になると思ってびびるだろう。だから俺も相当の覚悟はしていたわけだが、何の変化も無かったのはある意味でラッキーと言えるかもしれない。

 しかし身体的変化もステータス変化も無いとなると、どうにも解せない事がある。


「なあ、ミント。変化の実って、食べても何の変化も起こさないって事はあるのか?」

「いいえぇ。変化の実はぁ、食べれば必ず何かしらの変化を起こしますよぉ」


 ミントからの返答を聞くとますます分からなくなる。俺はいったい何が変化したんだろうか。

 そう思いながら冒険者カードの内容を隅々まで見ていると、スキル欄に一つだけ前には見かけなかった表示が出ていた。

 正確に言えばそこにはスティールという盗賊スキルがあったんだけど、その表示がスティールからラッキースティールに変わっていたのだ。

 俺は表示の変わったラッキースティールの説明欄を開いて内容を見る。


 ――何々……ラッキースティール。相手の運を奪い取り、戦闘が終了するまでの間、自分の運に奪った運を上乗せする。奪える運が相手に無い場合、相手が持つ所持品の中で盗られたくないと思っている物をランダムで盗む――何だこれ! めちゃくちゃ良いスキルになってね!?


 ラビィの件を考えてかなり絶望していたけど、他に大した変化が見られない以上、これはむしろ良かったのではないだろうか。


 ――フ、フフフッ……ラビィの奴、俺を陥れるつもりが、逆に喜ばせる事になるとは思ってもいなかっただろうな。


「どうかしましたかぁ? 急に嬉しそうな顔をしてぇ」

「えっ? ああいや、何でも無いよ」


 ついついラビィに対するざまーみろと言った感情が溢れてしまい、顔をにやつかせてしまったらしい。

 嬉しさで飛び跳ねたい気持ちはあるけど、とりあえずこの事は黙っておこう。下手に話してラビィに伝われば、また面倒な事になりかねないから。


「ところでミント、ラビィ達はどうしたんだ?」

「ラビィちゃんはぁ、リョータ君に変化の実を食べさせた後でぇ、『ちょっと飲んでくる!』と言ってどこかへ向かいましたよぉ。ラッティちゃんとリュシカちゃんはぁ、アイテムショップでお買い物をしていると思いますぅ」

「なるほど」


 とりあえず、ラビィが祝福の鐘でやけ酒をしているだろう事は分かった。それならこっちにとっても都合が良い。

 買い物をしているラッティとリュシカはその内ここへ戻って来るだろうし、二人にはその時に俺の変化について話をしておこう。


「あのぉ。もう大丈夫ならぁ、私もお出かけして来ていいでしょうかぁ?」

「お出かけ? どこに行くの?」

「私も酒場でパチパチを飲みたいのですよぉ」

「ああ、なるほど。分かったよ。でも飲んで来てもいいけど、これで飲める分だけにしてくれよ?」

「わわわぁー。ありがとうございますぅ。このお礼はいずれしますねぇ。ではぁ、早速行って来ますぅ~」


 お金が入った袋から5千グラン銀貨を取り出し手渡すと、ミントは嬉しそうに翼をぱたつかせながら空いていた扉の隙間から部屋の外へと出て行った。

 正直、今の経済状況では痛い出費になるけど、これで滅びをもたらすドラゴンに恩を売れたと思えば安いもんだろう。

 とりあえずベッドから下りて大きく背伸びをしながら近くにあった椅子に座り、そこでラッティとリュシカが戻って来るのを待ちながら、他に変化を起こしている部分が無いかを入念にチェックする事にした――。




 あれから嫌になるくらい色々な事をチェックした結果、ラッキースティール以外に変化している部分は見受けられなかった。

 そしてチェックをしている最中に戻って来たラッティとリュシカに結果だけを簡潔に述べた後、余計なトラブル発生を避ける為にラビィには本当の事を言わないようにお願いをしてから部屋を後にした。

 それから祝福の鐘に居るであろうラビィとミントの様子を見に行ったんだけど、ラビィもミントもパチパチを飲んですっかり酔っ払い楽しそうに騒いでいたので、声をかけずに長屋へと帰った。決してテーブルの上にあった大量の食器を見て逃げたわけではない。


「何だろ……今日はやけに眠いな……」


 そろそろ陽も落ちようかという頃、長屋で装備品の手入れをしていると急激な眠気が襲って来た。

 そしてあまりの眠気に耐え難くなった俺は、ちょっとした仮眠のつもりで床に寝そべり目を瞑った。


「――ううん……どんくらい寝てたんだ……」


 目を覚ましてからすぐに燃料石が入ったランプへと手を伸ばして明かりを点け、近くにある道具袋の中から懐中時計を取り出す。


「げっ!? もうすぐ日が変わるじゃないか! どんだけ眠かったんだよ俺……」


 ついつい寝過ぎてしまった事に落胆しつつ部屋を見回すと、ラビィの姿はまだなかった。


 ――ラビィの奴はまだ戻ってねーのか。どんだけ飲んでんだアイツは……絶対に足りない分の金は出さねえからな。


「ううっ、トイレに行くか……」


 小刻みな身震いと共に尿意を感じて立ち上がったのだが、その時、身体に妙な違和感があった。両肩が異常に重いし、股の部分が妙に寂しい。

 俺は何となく右手を股の方へと伸ばし、違和感のある部分を触ってみた。


「……あれっ?」


 右手が触れた部分にいつもあるはずの感触が無く、俺はビックリして思わず穿いている物を下へとずらしてその部分を確かめた。


「な、何じゃこりゃ――――っ!?」


 そこには普段から俺に付いているはずの大事な物が消え失せていた。

 その事に動揺を隠せない俺は何かの間違いだと思いたかったけど、すぐにそれが現実なんだという事を思い知った。

 なぜなら床に置いていた短剣に映った俺は見事に女性の顔つきになっていたし、今更だが大きな胸の膨らみにも気付いたからだ。加えて声も女性の様に高く変化してるし、もはや自分が女性化した事を疑う余地は無い。


「…………ラビィのドアホ――――!!」

「うるせーぞっ! 叩き殺されてーのかっ!!」


 ラビィへの怒りを込めて叫んで隣人のおっちゃんに怒号を浴びせられつつ、俺はその場にへたり込んだ。


 ――ああ……異世界に来て今度は女体化とか、いったい誰得な流れなんだよ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る