第18話・人を追うは天使

 ラビィがミントを連れ去ってからしばらくした頃、酒場にラッティとリュシカがやって来た。

 酒場で眠ってしまっていた俺とは違い、二人はとても身奇麗にしている。


「おはようございます」

「おはよう、にいやん!」

「あ、おはよう……」


 爽やかに挨拶する二人とは違い、俺は覇気も爽やかさも無く挨拶を返す。

 まるで二日酔いで起きたオヤジの様だなと思ったけど、今更その事を後悔しても仕方がない。


「あら? ラビィさんはどうしたんですか? またどこかへ行ったんですか?」


 俺しか酒場に居ない事に対し、早速リュシカが疑問を投げかけてきた。

 本来なら家でまだ寝てるとか考えるのが普通だと思うんだけど、『またどこかへ行ったんですか?』と言っているあたりが、既にラビィという人物を理解していて凄いと思う。


「それはですね――」


 どうせ話さなきゃならないのは間違い無いので、話題が出たついでに先程までの事を二人に話して聞かせた。


「なるほど。そんな事があったんですね」

「ウチのカボチャ、本当に無くなってる……」

「まあ自分にもよく状況が飲み込めてない部分もあるけど、ざっとこんなところかな。ところでリュシカ、アデュリケータードラゴンってどんな種族なのか知ってますか?」

「そうですね……私も詳しくは知りませんが、古の伝承では滅びの裁定者と呼ばれていたドラゴンらしいですね」

「滅びの裁定者……ですか?」

「はい。何でもアデュリケータードラゴンは、世界にとって驚異的な害悪となる存在を滅ぼすドラゴンだと伝え聞いています。加えて様々な仮の姿をもっていて、それに扮する事で世界の様々なものを自分の目で見て回り裁定を行うらしいのです。一説では遥か昔の超文明を数時間足らずで滅ぼしたという話もありますね」

「マジですか……」


 まさかあのちっこいドラゴンにそんな恐ろしい逸話があったなんて驚きだ。

 そしてもしリュシカの言っている事が事実だとしたら、ラビィと一緒なのは非常にマズイ気がする。

 だってミントがラビィのいい加減さを見て人間を滅ぼそうとか、そんな事を考えたりしないとも言えないからだ。


「俺は急いでラビィを追いかけます。ラッティはどうする?」

「ウチも一緒に行く! ミント見てみたい!」

「分かった。リュシカはどうしますか?」

「そうですね。私もアデュリケータードラゴンには興味がありますし、一緒について行く事にします」

「分かりました。それじゃあ行こう!」


 こうして俺達三人は、昨日行った遺跡周辺の森へラビィを捜しに向かった。


× × × ×


 酒場を出てから程なく昨日訪れた遺跡周辺へと辿り着いた俺達は、さっそく周囲の森に入ってラビィを捜し始めていた。

 俺としては普段から騒がしいラビィを見つけるのはそう難しくないと思っていたんだけど、予想外に遺跡周辺は静かで、未だラビィを見つけるには至っていない。


「おーい! ラビィー! どこに居るんだー!」

「ラビねーやーん! どこー?」


 俺とラッティが声を出しながら森を歩き回る中、リュシカは口を開かず黙って後をついて来ている。

 どうせなら協力を求めたいところだけど、それをすれば経済状況が悪化するのは分かっている。だからリュシカの行動について余計な口出しはできない。

 何とも非効率的な事をしているとは思うけど、こればかりは仕方がないと思う。


「あっ、あっちからラビねえやんの甘い匂いがしてくる」

「甘い匂い?」

「うん!」


 問いかけに対して元気良く返事をすると、ラッティは指差した方向へササッと駆け出して行く。


 ――アイツ、そんなに甘い匂いしてたっけ?


「つい先日の事ですが、三人でアイテムショップへ行った時にラビィさんが香り瓶を購入してたんですよ」


 ラッティの言葉に首を傾げた俺に対し、リュシカがご丁寧に説明をしてくれる。


「香り瓶?」

「はい。香り瓶は主に女性が使う物で、身体に良い匂いを纏わせる道具です」

「なるほど」


 つまり香り瓶ってのは香水みたいなものなんだろう。まあラビィも女性なんだし、それくらいのアイテムは持ってても良いとは思う。


「ちなみに香り瓶のお代5万グランは、リョータさんのお財布から払ってましたね。『リョータにばれないようにしなきゃ』ってい言いながら」

「…………」


 持っていたお金の総額が合わないとは思っていたけど、まさかあの駄天使が原因だとは思っていなかった。

 とりあえずアイツを見つけたら、持っている香り瓶と売れそうな何かを奪い取ってから売り払ってしまおう。

 そんな事を密かに思いつつ、駆けて行ったラッティの後を追いかける。


「これはいったい……」


 駆けて行ったラッティが見つけたラビィは、地面に横向きになって倒れていた。

 その様子を見てとりあえず死んでいないかを確認してみた結果、どうやら死んではいないようだった。ちゃんと息もしているし、ぱっと見る限りでは外傷も無い。


「たくっ……心配させやがって」


 とりあえず無事だった事に安堵した後、俺はラビィの道具袋を取り出して中を覗いた。


 ――コイツ、こんな高そうな貴金属まで隠し持っていやがったのか……。


 おもむろに袋の中へと手を伸ばし、例の香水といくつかの貴金属を取り出しながら自分の道具袋へと入れていく。


「ラビねえやんの道具取っちゃうの?」

「いいかいラッティ。これはパーティーの状況も考えずに贅沢をしていたラビィへの正当なお仕置きなんだよ」

「お仕置き? ラビねえやん、悪い事したの?」

「そうだよ。悪い事をしたからそれに見合った罰が必要なんだ。だからこの事はラビィには内緒だよ?」

「内緒なの?」

「うん。これを知ったらラビィは更に悪行を重ねるかもしれないからね。ラッティもラビィに悪い事はしてほしく無いだろ?」

「うん。してほしく無い」

「それじゃあ内緒にできるね?」

「うん! ウチ、内緒にする!」


 本当にラッティは良い子だ。是非ともこのまま良い子に育って、俺達の様な大人にはならないでほしいと思う。

 笑顔のラッティに対して後ろめたさを感じつつも、ラビィの持っていた貴金属を道具袋に入れていく。

 本当ならここでリュシカにも口止めをするべきだろうけど、何となくリュシカはこの事をラビィには言わない気がする。

 なぜならリュシカはラビィが困ったりする様を見て楽しんでいる節が大いにあるからだ。

 まあ、リュシカにとってはおちょくりやすい相手だとは思うけど、俺は自ら進んでおちょくろうとは思わない。おちょくった代償として俺にトラブルが舞い込んで来る事が多いから。


「そういえば、ミントはどこに居るんだ?」


 ラビィの持つ貴金属をある程度抜き取った後、俺は周囲を見回しながらミントが居ない事に疑問を抱いた。

 もしかしてラビィが何かをやらかしてこんな事になったんだろうか。

 だとするとますますマズイ。コイツを基準に人類の事を考えてもらったら、間違い無く誤解をされる。


「あっ、リョータ君来てたんですねぇ」


 ミントの姿を捜して周囲を見回していると、頭上から聞き覚えのあるゆったりとした口調の声が聞こえてきた。


「あっ、どこに行ってたんだ?」

「周囲に嫌な気配を感じたのでぇ、様子を見に行ってたんですよぉ」

「嫌な気配?」

「えぇ。案の定ラビィちゃんを狙っていたモンスターが居ましたのでぇ、サクッと丸焼きにして滅ぼしておきましたぁ」

「そ、そりゃあどうも……」


 さらっと恐ろしい事を口にするミントに恐怖を感じつつも、仲間を守ってくれた事には感謝を述べる。それは人としての礼儀だから。


「にいやんにいやん。この仔がミント?」

「あ、ああ。そうだよ」

「小さくて可愛い。ウチはラッティ、よろしくね」

「これはどうもご丁寧にぃ。私は新しく仲間に加えていただいたぁ、アデュリケータードラゴンのミントですぅ。よろしくお願いしますねぇ」

「私はシスタープリーストのリュシカです。よろしくお願いします」

「ラッティちゃんにリュシカちゃんですねぇ。よろしくお願いしますぅ」


 お決まりの様な挨拶を交わす三人――いや、この場合は二人と一匹か。

 二人は既にミントを受け入れる雰囲気だけど、今はその事について何も言わないでおこう。


「ところでミント、ラビィは何でこんな場所に寝転がってるんだ?」

「あぁー、それはラビィちゃんがぁ、私の隠していた宝物を食べちゃったからですよぉ」

「宝物を食べたあ!?」


 いったいどういう事なのかさっぱり訳が分からなかった俺は、ゆっくり口調のミントからラビィがこうなった経緯を聞いた。

 それによると、ミントの隠していた宝物とは宝石や貴金属ではなく、変化の実と言うとても貴重な古代の果実の事だったらしい。

 この果実は食べた者の何かを変化させるという、名前のままの効果があるらしいんだけど、食べ終わった後に必ず気を失うらしいのだ。

 そしてラビィは何を思ったのか、ミントがこの果実の説明をしている途中で果実を口にしてしまったらしく、その結果こんな場所で寝転がる羽目になったらしい。


「はあっ……それで? ラビィはいつ頃目を覚ますんだ?」

「個人差はありますけどぉ、一時間くらいで目を覚ますと思いますよぉ? だからぁ、そろそろ目が覚めると思いますぅ」

「ううん……」


 そんな話をしていると、ミントが言ったようにラビィが薄く目を開いた。


「おっ、大丈夫か? ラビィ」

「ふあっ? 何でリョータがこんな所に……?」

「何でじゃねーよ。心配して捜しに来たんだよ」

「なーに、リョータ。普段は私に対してツンツンなくせに……。もしかしてツンデレさんなの?」


 お前の態度を見てミントが人間を滅ぼそうと考えないか心配してたんだよ――と言いたいところだけど、本人が目の前に居る以上そんな事は言えない。


「アホな事言ってんじゃねーよ。それより、身体は大丈夫なんか? 変化の実を食べたんだろ?」

「あー、そういえばそんなのを食べたわね。でも、特に変化は無いみたいだけど」


 確かにラビィの言うように、身体的な変化は見られない。もしかして果実が古過ぎて効力を失っていたんだろうか。


「あっ、変化の実の効力はぁ、身体的変化だけを起こすとは限りませんよぉ?」

「えっ? それってどういう事よ?」

「つまりぃ、食べた人が持っている特性が変化したりぃ、固有のスキルが変化したりぃ、ステータスが変化したりとぉ、色々な変化を起こすんですよぉ」

「…………ラビィ、冒険者カードを出してみろ」

「う、うん。――な、何これっ!?」


 ラビィは取り出した冒険者カードを見て顔を青ざめさせた。

 俺はそんなラビィの横から冒険者カードを覗き見る。


「なっ!?」


 覗き見たラビィのステータス表示は恐ろしい変化をしていた。


 ――レベル99、力1、体力999、魔力1、知力10、素早さ50、器用さ1、運0。何じゃこれは……。


 体力はともかくとして、他のパラメーターの数値が壊滅的にヤバくなっていた。

 そして何よりもヤバイと感じたのは、HPとMPの表示だ。俺の目が悪くなった訳じゃないなら、その二つの数値は共に1となっている。


「あらあら。これは大変ですね」


 同じくラビィの冒険者カードを覗き込んだリュシカが、にこにこと笑顔を浮かべながら呑気な声音でそんな事を言う。

 この人は絶対に大変だなんて思っていない。むしろこの状況を楽しんでいるはずだ。


「何でこんなにパラメーターが下がってるの!? 変化の実を食べたら強くなるんじゃないの!?」

「確かに強くなるかもしれませんとは言いましたけどぉ、絶対に強くなるなんて一言も言ってませんよぉ? ちゃんと最後まで説明を聞かないからそんな事になるんですよぉ。それにぃ、変化には当然良い変化もあれば悪い変化もあるんですからぁ、そのへんもちゃんと考えないとぉ」

「そんなあ!? どどどどうしようリョータ!」


 取り乱しながら泣きついて来るラビィ。

 正直、これはどうしようもないと思えた。せっかく使えない天使が多少使えるようになってきたと言うのに、ここに来てこのステータスはヤバイ。

 特にHP1なんて、モンスターに一発でもど突かれたら間違い無く死んでしまう数値だ。下手をしたら転んだだけで死ぬかもしれない。

 しかも運の悪い事にレベルがカンスト状態だから、これ以上のパラメーター上昇も無い。まさに絶望的とはこういう状況の事を言うのだろう。


「ラビィ……今まで色々あったけど、元気に暮らすんだぞ……」

「ま、まさか私を見捨てるつもりじゃないでしょうね!? そんなの許さないんだからねっ!」

「離せラビィ! こんな最悪のパラメーターをした奴なんて冒険に連れてける訳ないだろがっ!」

「お願いよリョータ様ー! 私を見捨てないでー!」

「うるさい離せっ! そんなパラメーターになったらいよいよ役立たずだろうが!」

「くっ……リョータがその気なら、最後の手段をとるからねっ!」

「な、何だよ?」

「アンタにもこの果実を食べさせて同じ目に遭わせてやるんだからっ!」

「ば、馬鹿止めろっ! 自暴自棄になるんじゃない! 話せば分かる!」

「問答無用よっ! このままじゃ私は見捨てられちゃうんだから! 覚悟しなさいっ!」

「や、やめろ――――っ!」


 それから俺は無駄に森の中を追い回された末に体力を失って追いつかれ、ラビィから無理やり変化の実を口に突っ込まれて意識を失った。

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