灰色の空
/二十一/
——気を失っていた?
HMCDの光が、刀使いの瞼奥の眼を焼き付ける。
暗いコックピット内では、たとえ灰色の空でも、眩しい。
——空?
自分の体、機体の状態を確かめる。仰向けに倒れていることはすぐにわかった。
手を動かす。SSSーNが反応し、仮想神経と接続。自分の体より大きな猫の体。
自分の体を切り離し、CATの体を自分の体だと思いこむ。幽体離脱してCATに移りこむイメージ。その間には介在するはずの翻訳システムは存在しない。つまり、人間の動きをトレースさせるのではなく、CAT化した自分の動きをトレースさせる。
最小のプログラム構成。AIも存在しない、CATとしての最低限の構成。それにより、AI持ちのCATとはかけ離れた駆動を獲得できたが、それによる代償は大きい。
まず、射撃武器が扱えない。
刀使いのCATには、火器管制を司るAIが存在しない。
ヘッドユニットのAWSにより目標の移動体との距離は測れるが、それを計算するプログラムがない。人間の眼では追えない高速移動中の目標、その脚力で縦横無尽に動き回る標的、それを撃ち落とせるのは、AIの火器管制システムによる照準補正、移動予測が必要になってくる。もちろん、火器管制がなくとも打ち抜ける、いわゆる才能持ちはいるが、刀使いはその素養がなかった。銃を扱う素養がなかった。
次に、BFUSNの恩恵が受けられないことだ。
実世界の情報を仮想世界にコンバートし、戦場予測を行う
それを扱えないことは、現在の戦闘では脱落者とされてもおかしくはない。
最後の、そして最大の問題は、仮想神経の経験フィードバックシステムの値がたまらないことだ。
人間の中枢神経、運動神経、感覚神経をSSSーNで読みとり、CATのボーンフレーム内で構築された仮想神経場へ転写することで、仮想神経としてCATに実装される。しかし、人間というモノはとても不確定な要素だ。
ナノマシンで検知できない神経細胞の機微、体調、身体の成長によってどこまでも神経の構成は変わってしまう。
仮想神経の構築自体はAIが無くてもできるが、そういった不確定要素に対応できるのはAIだけだ。経験フィードバックシステムとは、つまり乗れば乗るだけ自分の体にCATが馴染むシステムであり、CATを乗り換えたときもAIを新しいCATに実装するだけでその馴染み加減が受け継がれる。刀使いのCATにはその機能がなく、常に仮想神経はデフォルト設定という状態だ。問題をクリアするには自分の不確定な要素をなくすしかない。
それを可能にしたのは、手動でナノオペレイトしたEXAIDを利用した体調管理法だ。さすがに月に一度のあれは無理だが、この方法のお陰で身体の成長もナノマシンで止めることができた。
付け焼き刃に等しい対応法ゆえに、CATを扱うときは並ならぬ集中力が要求された。
最小構成、AIが存在しないからこその欠損、リスク。
それを選んだのは、自分自身。
ぎゅ、と拳を握る。演算装甲の感受ナノマシンがそれぞれ装甲のダメージや状態を痛覚として伝える。装甲自体に損傷は無し。若干、人工筋肉と仮想神経との接続が
『さあ、いつまで寝ている気だ?』
/二十二/
『何分、気絶していた?』
「ほんの数秒だ」
『なぜ、攻撃しなかった』
「俺の流儀に反するからな」
『ここは、戦場だ』
「だが、今はお前との一対一の決闘だ。全力同士で戦い合うのが、俺の流儀だ」
『そうか、全力か』
「ああ、そうだ。さあ来い、刀使い」
——ここからが、俺たちの本番だ。
/二十三/
赤い猫は立ち上がった。
カタナチャンバーから次の刃を抜く。残り四本。
二尾の尻尾が動く。ロングナイフを体の正中線から少しずらして、斜めに構える。そのグリップを強く握りしめると、刀使いも柄を握り込む。
瞬間、二体は超加速。五十メートルもない世界を瞬間最大四〇〇キロメートル毎時で駆け抜ける。
二刀で横縦と切りつける刀使いに対し、バックスは尻尾取りで一刀取り、ロングナイフで一刀を横に弾き、再び右手で格闘を仕掛ける。だが、刀使いが二度目の限定超加速——移動ベクトルを左九〇度変え、刀を尻尾から抜き取りながら距離を取る。
二度目で対応された。その事実にバックスは驚くどころか、歓喜した。
「すげぇな。適合者というだけじゃないな、あいつ」
[確かに、彼は適合者としてのパラメータよりも、その戦闘判断力の高さ、つまりバックスがいうセンスがいい]
ユキナも感嘆する。
再び、二体は肉薄し、直後、
バックスはさすがに驚いた。
自分が飛ばされたことよりも、相手の吸収力の高さに。
刀使いは今度は蹴ってきたのだ。バックス機、
刀攻撃でくると予測していたバックスは完全に不意を取られた。
先の先を見切った攻撃。
右腕でガードしたものの、限定超加速分のエネルギーを載せたキック、質量が軽いCATは吹き飛ばされるしかない。
空中で半回転、体制を取り戻し、バックス機は四肢をついて着地する。
「おう痛てて……今度は蹴りかよ」
格闘攻撃と刀攻撃、その即興的に来る二択に対応しつつ、相手に攻撃を加える。
なるほど、これは難しい。
バックスはヘッドセットから露出した口の口角を上げた。
刀使いのHMCDに表示されたインジケーターは二桁を切り、残り九%となっていた。
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