尻尾使い
/十九/
刀使いが移動した先、そこはかつて競技場だったのだろう。
倒壊した建物群の中、かろうじてすり鉢状の客席が残っているが、芝はすべて吹き飛んでいて、コンクリートの地肌を覗かせていた。
なるほど、とバックスは納得する。
CATとしての戦闘、つまり立体的な戦いでは負けると判断した刀使いが取った解決策。
それは至極単純な話、自分が万全の性能を発揮できる場所で戦うだけのことだった。
しかし、判断が早い、速すぎる。
ここまで戦術展開が変わるとは、ナイフの一投といい、アドバイスと言い、情報を与えすぎたか。
いやはや、末恐ろしいな。そう愚痴り、バックスは正眼に赤い猫を据える。
二刀流。かつて、宮本武蔵という剣豪が摂ったと言われるスタイル。
主に威嚇のためだったとも言われるが、それの二刀流は、用途が異なる。
かの刀は、薄羽蜉蝣により、すべてを両断する。
剣線に触れれば両断、それが二つとなれば今のバックスでは手が足りない。
ロングナイフ二本を片手ずつ構え、二刀をいなしたとしても、攻撃する方法がないのだ。
足技があると思うかもしれないが、二刀をいなして両手が塞がった状態では効果が薄いだろう。
足技というのは腰と上半身が自由でないと、十全の威力を発揮しないからだ。
ただ、相手も二刀流という選択肢で捨てたモノがある。
アクティブアーマーであるブレードマガジンが、上半身を自由にするため、腰に移動していた。
おそらく高速で刀を振るためには、自分の体でないアクティブアーマーは邪魔だと判断したのだろう。
防御を取るか、攻撃を取るか。二律背反のトレードオフは、かの刀使いにも適用されるようだった。
——全く、素晴らしいセンスだ。
その判断は正しい。
攻撃力は圧倒的にヤツの方が上で、それに対してこちらの
このまま行くと、明らかな詰み。
もちろん、察しのいい兵士はここから逃げるだろう。
だが——もっと頭の良い兵士は、相手の目的を考え始める。
結局の所、全ての戦場において『
しかし、その有利というのは戦場全体を見渡しての客観的評価のことだ。
ルールが作られた遊戯上では簡単に視覚化されるアドバンテージ。
しかし、現実の戦場での有利というのは、ただの主観的想像にすぎず、自分が有利を選び取ったと思っていても、その選択さえ相手のアドバンテージになる場合がある。
主観ではなく、客観的に。相手を知り、自分を知ることこそが勝利への道。
それは何処の誰の言葉だったか。おそらく歴史的に有名な知将の言葉だろう。
ここから自分が有利な町中へ戻っても、刀使いは追いかけてこない。
バックスは長年に渡ってきた戦場の勘から、そう確信する。
一方、刀使いのインジケーターは、残り四十パーセントを切っていた。
/二十/
「行くぞ、ユキナ」
[わかった]
だが、今までの話は、二刀流となった刀使いの想像する有利だ。
解決方法は至極簡単、刀使いを倒せば良い。
駆け出すバックス機。刀使いは一瞬だけ体をこわばらせたが、すぐに構え直す。
こちらの攻撃に対応するだけのイージーゲーム、と相手は思ってはいないようだ。
様になった二天一流にある中段の構に近い、ハの字の構え。近づくモノは何人たりとも斬り倒す、そんな鋭い殺気がバックスの脳を刺激する。
久方ぶりの、CATを通り越して感じる威圧感。バトルジャンキーとしては歓喜でゾクゾクと背筋が震えそうになるのは当然だろう。
だが、とバックスはそれに震えるのをやめた。
あちらが本気であれば、こちらも本気で戦おう。
「ユキナ。パージ、レディ」
[テイルズレストレイント、パージレディ]
バックスの宣言と共に、雪色の猫の尻尾が肩越しに前面へと出る。
刀使いはそれをさも当然のように受け止めた。尻尾使いであれば、尻尾を犠牲にして攻撃を仕掛けると予想していたからだ。
だが、その尻尾の変化に気づいていなかった。
尻尾の蛇腹状の外部装甲が、少し膨らんでいたことを。
装甲の間隙が広がっていたことも。
その尻尾の本来の姿も、もちろん。
そして、尻尾がいち早く刀使いの攻撃圏内に入った。
刀使いは問答無用でその尻尾を両断しようと、左手の刀を上段から振るう。
「パージ」
その時、尻尾の外部装甲がはじけ飛んだ。
その中から、二尾の尻尾が現れた。
そして、刀は止まった——二尾の尻尾に阻まれて。
「言い忘れていたが、俺の二つ名は、テイルマスターだ」
テイルマスター、それはテイルバランサーを第三の手として扱える者の通称だ。
そのテイルマスターと言う言葉は、かつての大戦で尻尾を自在に扱った兵士の二つ名から取られている。
猫よりも尻尾の扱いが上手いと言われたその兵士——つまりバックスは、一つの尻尾だけでなく、複数の尻尾を扱えるという、類い希な身体感覚拡張のセンスを持っていた。
そのバックスの能力を遺憾なく発揮するために製造されたのが、この雪色の猫、通称「
二尾となった尻尾は、螺旋状に束ねてあった一本のときより非力な印象を持たせたが、——その一閃を受け止めた。
白刃取り。古典的であるその防御方法は、しかし、諸刃でもある。受け損ねば脳天は捌かれ、受けてもその刃筋を間違えれば手に痛手を負う。
だが、その二本の尾は、それを実践可能までにしていた。
刀身の中腹から、その黒く光る波筋に沿うように波打った一対の尻尾が挟み込む。挟む表面積を増やすことにより、摩擦抵抗を増やし、なおかつ失敗しない形。波の山という多数の接点を作ることにより刃の微細な動きにも対応していた。
尻尾が二本なければできない芸当だ。しかも、二本の尻尾を繊細に操ることが必要不可欠だった。
刹那を斬り合う戦いにおいて、その白刃取りが取った有利値は言うべくも無く。
即座にバックスは左手のロングナイフでもう一つの刀を押さえる。
バックス機、「
かろうじてアクティブシールドがバックス機に迫ろうとしたが、経路上に刀使いの腕があることで動きが止まる。
バックスは、右手のナイフを落とし、握りこぶしを作る。
その右手から放つのは、超加速を付けたボディーブロウ。
込められるだけの全質量、全人工筋肉の駆動を込めた強烈な一撃が、刀使いの赤い猫の腹部に突き刺さる。
その腹部に突き刺さった拳は上を目指し、胸部へとその衝撃を打ちつけた。
刀使いのコックピットが、直下型地震が真下で起こったように揺れ、コックピット内部のエアバッグが作動する。エアバッグがあるとはいえ、その衝撃を全て打ち消せるわけではない。腹部にベルトがめりこみ、HMCDを装備した頭部は反動でコネクトシートに打ちつけた。
CATの思考中枢、つまりパイロットは頭でなく胸部にいる。相手の行動を止めるには、そこに衝撃を叩き込むこと。バックスの攻撃は、CATでなく、パイロットにダメージを与える最適手段だった。
ボディブロウの衝撃で、二つの尻尾で押さえていた刀が中腹で折れる。バックスはそれを確認すると、未だ赤い猫の腹部に刺さっている拳にさらに力を込めつつ拳を回して回転力を足し、赤い猫を殴り飛ばした。
地に堕ち、動かない赤い猫。
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