THE TaleBreaker-テイルブレイカー-

コケシK9

第1章 地底の物語

プロローグ



「俺……夢でも見てんのか?」


少年は呆然としながらつぶやく。

フィクションの登場人物が目の前の光景を信じられないときによく言う台詞だが、まさかそれを自分が言うことになるとは思わなかった。


「そうね、きっと夢なんだわ。


からかうようにそういうと、隣に立つ少女――少年より幼く、今の時代では見ないような黒いドレスをまとった――が目の前の光景に動じた様子もなく歩き出す。


「おい!危ねえって!」


少年が慌てて止めると、少女は苦笑いを浮かべて振り返った。


「大丈夫よ。この子は噛みついたりしないわ。ほら」


まるで大型犬を見て怯える子供に言うような、そんな台詞を言いながらを撫でる。

ソレは人の2倍ほどの太さの胴体を持った芋虫形で、先端の頭らしき部分には無数の触手がうごめいている。まるで巨大な烏賊イカが逆立ちしたような見た目の生物だった。さらにその黒い表皮は膿んだように腐臭のする液体がにじみ出ていて、臭いを嗅いでしまった少年はこみあげてくる吐き気を何とか抑え込もうと口元に手を当て、その場にしゃがみ込んでしまう。

少年のそんな様子を見た少女は再び苦笑いを浮かべて少年の近くに寄ると、背中をさすってくれる。


少年がようやく落ち着きを取り戻すと、どこからか一冊の小さな革表紙の本を取り出して手渡した。表紙の文字は少年の知らない言語で書かれている。しかしどういうわけか少年にはそれを読むことができた。


「……”地底の物語”? なんだこの本……開かない」

「開かない……? そう、今はまだ早いみたい。でもきっと中を読めるようになる時が……読まなくちゃいけない時が来るわ。それまで大事に持っていてね?」


少女はそれだけ言うと、話は終わりだとばかりにどこかへと歩き去って行く。


「おい、ちょっと待っ……」


追おうとして立ち上がった少年の視界を突如として黒いものが覆う。突然のことに困惑しつつよく見ると、例の烏賊のような化け物が飛びかかってきたのだと分かった。噛みついたりしないという話はどこへ行ったのか、と文句を言う暇もなく少年の体は化け物の口腔に収まり――


「――――のかよぉッ!」


少年、沙渡 勇治さわたり ゆうじは今年最悪の目覚めを迎えた。


「ハァ……ハァ……なんつー夢だ」


枕もとの目覚まし時計に目をやると、ちょうどセットした時間を迎えようとしていた。今見た夢のせいか妙に疲れていたので二度寝したい気分だったがそうもいかないようで、軽く舌打ちしつつベッドから這い出す。勇治は高校2年生の身で、今日は学校がある日だ。


「おはよう」

「あら勇治、おはよう」


自宅の2階にある自室から1階のリビングまで降りて母に挨拶する。勇治には妹がいるがまだ寝ているようだ。父親は夜勤なのでもう少し後に帰ってくるはずだ。

リビング中央のテーブルに移動するとすでに朝食の用意が整っていた。ベーコンと目玉焼きを乗せたトーストとサラダ。いつも母が用意してくれているのだ。


「いただきます」


トーストにかじりつきながら先ほど見た夢について思い出す。

なんとも夢らしいというか、めちゃくちゃな光景だった。

夢は記憶の整理だとか己の願望だとか、はたまた未来の暗示だとか、そんな話をよく聞くが、あの少女には現実でも漫画などの中でも見覚えは無いし、例の烏賊のような化け物も同様だ。化け物に丸呑みされた感覚は夢のくせに妙にリアルで、今でも少し冷や汗が出ている。当然あんな風になりたいなどという願望は無いし暗示だとしてもあんな未来は御免被る。


「あの化け物に関しては思い出したくもないが、本の内容はちょっとだけ興味あったな……読まなきゃいけない時が来る……か」


そう呟き、少女と怪物の他にもう一つ、夢に出てきた本の事を思い浮かべる。

大事に持っていろと言われたが、夢の中の本をどうやって持っていろというのか・・・と考え始めてから、何を夢で言われたことを真剣に受け止めているのだろうとバカバカしくなった。


「大事にしてほしけりゃ現実で渡せよ」


鼻で笑ってそうつぶやいた直後、耳元で「ええ」と女の声が聞こえたような気がして、勇治は周りを見渡す。母は台所に引っ込んでおり妹はまだ降りてきていない。耳元で女の声など聞こえるはずがない。首をかしげているとふと左手に違和感を感じた。


「?」


左手を眼前に持ち上げて見てみると、突如虚空からと何かが滑りだしてきて左手の上に収まった。


「!?」


出てきたそれは一冊の本。

表紙には知らない言語で”地底の物語”と書かれていた。

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