最初の村でレベル100になった俺は

七咲

1話_変わってしまったこの世界で俺は

 平穏そのものだったこの世界は変わってしまった。

 昔からこの世界には魔獣が存在はしている。しかし、人間の生活圏にまで出てくるものは稀だった。

 数年前から魔獣が活発化し、人間に害を与えるようになった。数も増え、知能も高まり、人語を話したり、集団を統率したりする個体も発見されている。あまつさえ、城を立てて王のように振る舞う者もいるという。それらの知能の高い魔獣は魔人と呼ばれ恐れられていた。

 業を煮やした人間の世界の王は魔獣駆除のために新たな仕組みを作り出した。魔獣を狩ることで報奨金を得られるようになり、魔人を討伐すれば階位が与えられ、貴族の地位を得ることさえ可能になった。

 こうした施策のおかげで各国では騎士団やギルドが誕生し、世界は平穏を取り戻しかけていた。



「クハー、やっぱり娑婆の空気はうめぇ」

 ここ一週間、洞窟にこもりっぱなしだったせいで空気がうまい。すはーすはーと肺がパンパンになるまで息を吸った。周りが木に囲まれているおかげで心も安らぐ。

 深く息を吸っているとこれまでの苦労が思い起こされた。

 変わってしまった世界のせいで、俺は生き方を変えなくちゃならなくなった。

 魔獣が広がっていった時期、俺はまだ小さい子供だった。その年ごろっていうのは足が速いやつが無条件でモテていた。それから頭のいい奴もモテていた。

 俺はモテたいと、ちやほやされたいと、強く願っていた。

 だから、だから頑張って速く走る練習と、勉強をしたのに。

 それなのに世界は変わってしまった。女の子に好かれると思って頑張ってきた勉強や運動なんて意味をなさなくなった。

 昔ならクラスで一番のモテ男になってもおかしくなかったのに。

 強い人間がカッコいい。

 それがこの世の真理になってしまったんだ。

 厄介なことにこの世界にはレベル制度というものが存在している。戦闘による経験値がカウントされてレベルが上がっていく。対人でも上がるが魔獣との戦闘の方が格段に高い経験値が手に入る。大体どこの村にでも自分のレベルを知れる装置は置かれている。

 これのせいでテストの点数で頭の良さを測るみたいに強さを計測できるようになってしまった。

「ソラ君、弱いんだね。弱い人ってかっこ悪い」

 学校で強制的に計測させられた時に言われたセリフだ。

 だけど、その程度でへこたれる俺じゃない。世界が変わったのなら俺が変わればいいだけだ。

 強い男に。そしてモテモテになる。

 モテたいと思うのに理由なんていらないだろう。男なら、いや、人間なら誰しもが思うことだろう。

 その一念を胸に、地道な努力を続けた。実力をつけた奴らが上位の魔人を倒して名を上げようとしている間も淡々と地味な戦闘を繰り返した。ひたすら、いかにしてレベルを上げるか。戦う奴らは次々と名を上げに魔人のところへ挑みに行く中、俺は最初の村を出ることすらなくレベルを上げた。


 そして、今日は初めて隣の町まで出る。

 久しぶりに店でご飯を食べられると思うとお腹が鳴る。

 あー、うまいもん腹いっぱい食いたい。

 狩り倒したおかげで換金所に行けばちょっとした小金持ちになれるだろう。

 洞窟の周りの木々を通過すると、あまり大きいとは言えない町に出た。とは言っても今やどんな小さな村でも換金所はあるので問題はない。

 何年か前、王が決めた仕組みのうち1つはこの換金制度だ。

 狩ったことの証明に魔獣の体の一部を換金所に提出すればそれに見合った額が支払われる。実力者ならば狩りをするだけで裕福な暮らしができるほどの額が手に入る。そのため、魔獣狩りを生業とするギルドが誕生したのだった。

 そうした背景もあって、あまり大きくない町の換金所にも人入りがあった。

「換金をお願いします」

「はい、それではこちらの用紙に記入してください」

 受付のお姉さんに用紙をもらった。結構可愛い。久しぶりに女の人に会ったので妙にドギマギしてしまう。

 世界一律の記入事項は名前、ギルドやチームに所属していればその名称、そしてレベルだ。

 地元で何度も換金しているおかげで勝手はわかっている。サラサラっと書き入れた。

 おっと、

 久しぶりに文字を書いたせいかもしれない、うっかり用紙を落としてしまった。

 近くでクエストを見ていた金髪の人が拾ってくれた。

「はい、どうぞ」

 背丈が俺より高いくらいだから男だと思っていたら、声は女のそれだった。くそ、女のクセにデカすぎだろ。

 とは言っても拾ってくれただけの相手に悪態もつけないので素直に礼を言って受け取った。

 そして窓口に提出する。

 少し、いやかなりドヤ顔で出した。

「お名前はソラさん。所属なし、レベルは……え!?」

「記入間違いではありませんよ」

「レベル100と言えばカウントストップ、英雄の領域ですよ?」

「えぇ、なので僕は結構強いと思いますよ」

 爽やかさを意識してニコッと笑ってみた。これは落ちただろ。

 けど、俺の期待とは裏腹にお姉さんの反応は芳しくなかった。

「そ、それでは規定に従って換金致しますので、ご確認ください」

 事務的に対処された。ちょっと虚しい。

 何だろう。レベルは高い、だから力も強い。学校の成績も上位だったから頭も良いはずだ。見た目も悪くはない、と思う。

 これでモテないのはおかしいだろう。

 強いて言えば、ちょっと、ほんのちょっと背が平均より低いぐらいだな。

 栄養剤でも買おうか。

 換金所を出つつ、俺はそう思った。


 とは言っても金は思っていたよりも入った。豪遊するくらいの余裕もある。

 どうしようか。ここはパーっと気晴らしに行こうか。

 そもそもこんな大きな町に来たのも初めてだ。生まれ育った村とその近くの自然から外に出たこともなかった。

 言ってしまえばちょっとした旅行気分でテンションが上がりまくる。

 おのぼりさん全開でキョロキョロしながら歩いていると、裏道に出てしまった。人通りも店も少なくてあんまり面白くなさそう。

 くるっと来た道を戻ろうとしたところで背中に何かがぶつかった音がした。

 音の方を見ると、背筋に冷たいものが来た。

「何しやがる、危うく怪我するところだ」

「不意をついてナイフで刺したのに無傷ってどういうことだよ」

 俺の背中に刺そうとしたらしきナイフは粘土のようにぐにゃりと曲がっていた。最近、攻撃を身体に受けることがなかったので気づかなかったけれど、耐久性は冗談ではないくらい上がっているみたいだ。

 何が目当てだ?

 金か?

 まずは襲撃してきた相手を睨んだ。痛くも痒くもないとはいえ、刃物で狙われていい気はしない。

 見たところ単独犯、フードを被り背丈は俺より少し高いくらい。

 さっき発した声も合わさって思い出す。換金所にいた金髪女だ。

「どういうつもりだ」

「ちょっと腕試しってところ。君、レベル100なんでしょ?」

「それなら不意打ちなんてするなよ」

 言葉を交わしながらも剣を交える。

 こちらは正統派の両手剣、腰から抜いて構えた。相手は両手のナイフを巧みに使ってくる。力や固さはないけれど、連続技が上手く、やりにくい。

「すごい力、そんなに背が低いのに」

「あ!? テメーなんて言ったコラ。誰がチビだ。喧嘩売ってんのか買うぞオラ」

「いや、だってウチの身体より小さいし」

 俺は平均よりも若干低めなだけで決して小さくはない。ちょっと自分が長身だからとそれをいじるなんて。

 許せん。

「オラァ」

 本気で地面を蹴る。グラグラと地響きが起きた。

 そして、よろめいた敵に全力で殴りかかる。とは言っても相手は一応女だ。直接は当てるつもりもない。

 本気でふるった拳は風圧だけで十分な威力だ。

 それを連続で叩き込む。

「タイム、タイム。ごめんなさい。悪かったって。謝るから一回待って。話聞いて。ね?」

 女に上目遣いで頼まれると弱い。反射的に手が止まった。

「はー、危ない。本当にデタラメなパワー」

「それで、話って言うのはなんだよ。こっちもいきなり襲われて訳がわからないんだけど」

「その事も含めてまずは謝る。悪かったよ」

「なんでこんなことしたわけ?」

 落ち着いて見ると整った身なりをしている。金目当てで襲ってくるような人間ではなさそうだ。

「あなたの腕を試したかったの。レベル最高値、英雄の領域、ソラ」

「なんで、レベルと名前をってあぁ、そうか」

 紙を拾った時に盗み見たのか。

「ウチの名前はアイリ。あなたがギルドに属していないこと、そしてその実力を見込んでお願いがあるの」

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